スピナーズ・エンドの薄暗い部屋に、
雨の音が静かに響いていた。
セブルス・スネイプは、
古い魔法薬の瓶を棚に戻しながら、
その音を聞いていた。
死喰い人としての任務を終え、
ようやく帰ってきた夜だった。
だが、
その夜はいつもと違っていた。
「……聞いたか、スネイプ」
背後で、
同じ死喰い人の男が低く囁いた。
「ブラック家の坊ちゃんが……死んだらしい」
スネイプは振り返らなかった。
「……誰のことだ」
「レギュラス・ブラックだよ。
シリウスの弟だ。
ヴォルデモート様の“お気に入り”だったはずだが……
どうやら裏切ったらしい」
裏切った。
その言葉が、
スネイプの胸に重く沈んだ。
「……どうやって死んだ」
「さあな。
ただ……湖で沈んだとか、
亡者に引きずられたとか……
そんな噂が流れてる」
男は笑った。
「愚かな坊ちゃんだよ。
ヴォルデモート様に逆らったんだ。
当然の報いだ」
スネイプは瓶を棚に戻す手を止めた。
レギュラス・ブラック。
ホグワーツでは一つ下の学年。
スリザリンの優等生。
純血主義の家系に育ち、
死喰い人としてヴォルデモートに従った少年。
だが――
その少年が、
ヴォルデモートに背を向けた。
「……理由は」
スネイプの声は低かった。
男は肩をすくめた。
「知らんさ。
ただ……
“ヴォルデモート様の秘密を知った”とか、
“何かを奪おうとした”とか……
そんな噂だ」
スネイプは目を閉じた。
噂話は断片的で、
どれも曖昧だった。
だが――
その断片の向こうに、
ひとつの“影”が見えた。
レギュラス・ブラックは、
何かを知り、
何かを奪い、
そして死んだ。
ヴォルデモートの“秘密”。
“奪おうとしたもの”。
“湖で沈んだ死”。
スネイプは手元にある瓶の向こう側を見ていた。
「……愚かではない」
男が笑いながら去っていく背中を見ながら、
スネイプは静かに呟いた。
「愚かではない。
……あの少年は、ただあの方を裏切るはずがない」
その言葉は、
誰にも聞こえなかった。
だが、
スネイプ自身にははっきりと聞こえていた。
レギュラス・ブラック。
死喰い人でありながら、
ヴォルデモートに背を向け、
何かを守ろうとして死んだ少年。
その影は、
スネイプの胸に深く沈んだ。
そして――
その影は、
スネイプの心の奥で静かに揺れ続けた。
レギュラスの選択は、
噂話の断片だけであっても、
スネイプの心を揺らすには十分だった。
その夜、
スネイプは初めて思った。
忠誠とは――
恐怖ではなく、
守るべきもののために捧げるものだと。
レギュラスが残した影は、
スネイプの中で静かに形を変え始めていた。