忠誠は獅子座の影に   作:ぼくの友達

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第十章 緑の獅子

レギュラス・ブラックの死を聞いてから、

スネイプの胸の奥には、

小さな影が沈んだままだった。

 

その影は、

日を追うごとに形を変え、

静かに広がっていった。

 

死喰い人の任務は続き、

ヴォルデモートの命令は絶対で、

誰も逆らうことはできない。

 

それでもその絶対の中に、

ひとりだけ逆らった者がいた。

 

レギュラス・ブラック。

 

その名は、

死喰い人たちの間で軽く笑われ、

裏切り者として扱われていた。

 

だが、

スネイプの胸には沈んだままだった。

 

ある夜、

任務の帰りに、

闇の中で二人の死喰い人が話しているのを聞いた。

 

「レギュラスの家のしもべ妖精、どうなったんだ?」

 

「クリーチャーか?

 あいつは戻ってきたらしいぞ。

 レギュラスと一緒に行ったのに、

 ひとりだけ帰ってきたって話だ」

 

スネイプは足を止めた。

 

クリーチャー。

レギュラスと共に行き、

レギュラスを置いて帰ってきたしもべ妖精。

 

「……どうやって戻った」

 

「知らん。

 ただ……

 “レギュラスが命令した”って噂だ。

 あの坊ちゃん、最後まで頭がおかしかったらしい」

 

スネイプの胸の奥で、

影がわずかに揺れた。

 

レギュラスは、

しもべ妖精を帰らせた。

 

自分は戻らず、

しもべ妖精だけを帰らせた。

 

その選択は、

死喰い人の誰も理解しようとしない。

 

だが、

スネイプには静かに沈んだ。

 

「……クリーチャーはどこにいる」

 

「ブラック家の屋敷だろう。

 あの家はもう誰も住んでないが、

 しもべ妖精だけは残ってるらしい」

 

男たちは笑いながら去っていった。

 

だが、

スネイプはその場に立ち尽くした。

 

クリーチャー。

レギュラスの最後を知る唯一の存在。

 

レギュラスが何を見て、

何を知り、

何を選んだのか

 

その断片を持っているのは、

死喰い人ではなく、

そのしもべ妖精だった。

 

その夜、

スネイプはスピナーズ・エンドの薄暗い部屋で、

机に手を置いたまま動かなかった。

 

「……クリーチャー」

 

その名を口にすると、

胸の奥の影が静かに動いた。

 

レギュラスの死は、

ただの噂ではない。

 

あの少年が残した影は、

確かに存在している。

 

そしてその影はしもべ妖精の中に沈んでいる。

 

「……確かめる必要がある」

 

その言葉は、

誰にも聞こえなかった。

 

だが、

スネイプ自身には確信めいたものがあった。

 

レギュラスの影を追うためには、

クリーチャーに会わなければならない。

 

あの少年が見たものを。

あの少年が知ったものを。

あの少年が選んだものを。

 

その断片は、

しもべ妖精の心の奥に沈んでいる。

 

スネイプはゆっくりと立ち上がった。

 

翌日、

スネイプはブラック家の屋敷へ向かった。

 

ロンドンの古い街並みの中に、

その屋敷は沈んでいた。

 

黒い石造りの壁は、

長い年月を吸い込んだように重く、

窓は暗く閉ざされ、

門は錆びついていた。

 

だが、

その屋敷には確かに“影”があった。

 

レギュラスの影。

その影を抱えて生きるしもべ妖精の影。

そしてその影に触れようとする自分自身の影。

 

スネイプは門を押し開けた。

 

軋む音が、

屋敷全体に響いた。

 

中は静かだった。

誰も住んでいないはずなのに、

空気は妙に重く、

まるで誰かが息を潜めているようだった。

 

廊下の壁には、

ブラック家の肖像画が並んでいた。

 

そのどれもが、

スネイプを見ているように感じられた。

 

「……クリーチャー」

 

スネイプは低く呼んだ。

 

その声は、

屋敷の奥へ沈んでいった。

 

しばらくして小さな足音が聞こえた。

 

暗い廊下の奥から、

しもべ妖精が現れた。

 

痩せた身体。

赤く腫れた目。

震える手。

そして胸に抱えた古いロケット。

 

スネイプは息を呑んだ。

 

クリーチャーは、

スネイプを見ると、

その場で立ち尽くした。

 

「……ご主人様の……お仲間……ですか……」

 

その声は、

壊れた心の残響だった。

 

スネイプはゆっくりと歩み寄った。

 

「レギュラス・ブラックの……最後を知りたい」

 

その言葉は、

屋敷の空気を震わせた。

 

クリーチャーの目が揺れた。

 

その揺れは、

痛みと、

恐れと、

そして深い影の揺れだった。

 

クリーチャーはロケットを抱きしめたまま、

小さく震えた。

 

「……ご主人様は……

 クリーチャーに……命令を……」

 

声が途切れた。

喉が詰まり、

言葉が出ないようだった。

 

スネイプは静かに待った。

 

クリーチャーは、

ゆっくりと、

まるで壊れた心を拾い集めるように言葉を続けた。

 

「……ご主人様は……

 クリーチャーを……帰らせました……

 湖の底で……

 亡者に囲まれながら……

 クリーチャーに……帰れと……」

 

その言葉は、

屋敷の闇に沈んだ。

 

スネイプの胸の奥で、

影が強く揺れた。

 

レギュラスは、

しもべ妖精を守るために命令を使った。

 

自分は戻らず、

しもべ妖精だけを帰らせた。

 

その選択は、

死喰い人の誰も理解しようとしない。

 

だが、

スネイプには静かに沈んだ。

 

クリーチャーは涙を落としながら続けた。

 

「……ご主人様は……

 何かを……持っていました……

 黒い……ロケット……

 それを……持ち帰れと……

 クリーチャーに……命令しました……」

 

スネイプは、クリーチャーの震える手の中にあるロケットを見つめた。

 

その大きくSの文字が刻まれたそれは、

ただのロケットではなかった。

触れずとも分かるほどの何かがあった。

同時に、それはレギュラスが最後に選び、

最後に託した“影”そのものだった。

 

「……ご主人様は……戻れませんでした……」

 

クリーチャーの声は、

壊れた心の奥から絞り出されるようだった。

 

「……ご主人様は……

 ヴォルデモートが……

 何をしているのか……

 知ってしまったのです……」

 

スネイプは静かに息を吸った。

 

ヴォルデモートの“秘密”。

魂を切り分けるという禁忌。

不死を確信するための闇の魔法。

 

誰にも知られず、

誰にも称えられず、

ただ影の中で選び、

影の中で沈んだ少年。

 

スネイプは、

その事実を悟った。

 

レギュラスは、

死喰い人の誰も知らぬまま、

ヴォルデモートを裏切った。

 

誰にも理解されず、

誰にも褒められず、

ただ静かに、

ただ確かに、

“闇に抗った”。

 

クリーチャーは涙を拭いもせず、

ロケットを抱きしめた。

 

「……ご主人様は……

 クリーチャーに……

 ロケットを……壊せと……

 命令しました……

 でも……

 クリーチャーには……できませんでした……」

 

スネイプはロケットに手を伸ばさなかった。

 

触れてはならないものだと分かった。

これはレギュラスの影であり、

クリーチャーの忠誠の残響であり、

ブラック家の沈んだ心臓だった。

 

ただ、

スネイプは静かに言った。

 

「……これは、誰にも触れさせるな」

 

クリーチャーは震えながらうなずいた。

 

その姿は、

レギュラスの忠誠が形を変えて残った影だった。

 

スネイプは屋敷を歩いた。

 

レギュラスの部屋に入ると、

そこは昨日まで誰かが生活していたかのような温度が残っていた。

 

整然と並んだ本。

丁寧に置かれた羽ペン。

破られた新聞の切り抜き。

机の木目。

 

スネイプは机に触れた。

 

冷たい木目の感触が、

胸の奥に沈んだ影を揺らした。

 

「……レギュラス・ブラック」

 

その名を口にすると、

屋敷の空気がわずかに震えた。

 

スネイプは悟った。

 

レギュラスは、

死喰い人の誰も知らぬまま、

闇に抗った。

 

誰にも知られず、

誰にも称えられず、

ただ静かに沈んだ。

 

 

スリザリンの緑の中に、

確かに獅子の影があった。

 

そしてスネイプは気づいた。

 

自分もまた、

守るべきもののために闇に抗おうとしている。

 

愛する人――

リリーを守るために。

 

レギュラスが選んだ影の道は、

自分が歩こうとしている道と、

静かに重なっていた。

 

 

スネイプは屋敷を出る前に、

もう一度だけ振り返った。

 

廊下の影が揺れた気がした。

 

それは、

レギュラスの影だったのかもしれない。

 

スネイプは静かに目を伏せた。

 

「……お前の選んだ道は、

 無駄ではない」

 

その言葉は、

誰にも聞こえなかった。

 

だが、

レギュラスの影には届いた気がした。

 

スネイプは歩き出した。

 

胸の奥に沈んだ影は、

消えなかった。

 

それは、

レギュラスが残した獅子座の痕跡だった。

 

そしてその影は――

スネイプの歩む道を、

静かに照らし始めていた。

 

 

 

 

夜空の雲の隙間から、星がひとつだけ輝いている。

 

獅子座の心臓――レギュラスの星。

 

輝いているというにはその光は弱く、

地に生きる者は誰も見ていないし、気づいてすらいない。

だが確かにそこにあった。

 

 

その男の長い黒髪は、油を含んだように重く、肩に落ちるたびに影を深くした。

その男の肌は青白く、光を反射せず、まるで地下で育った植物のようだった。

その男の瞳は黒く細く、常に何かを見透かすような光を宿していた。

その視線は、相手の心の奥に沈んだ影を探るようだった。

 

その男の鼻筋は鋭く、頬はこけ、表情はほとんど動かない。

怒りも喜びも、その顔にはほとんど浮かばない。

歩くとき、ローブは影のように揺れ、音を立てずに廊下を滑るようだった。

その男の影は誰よりも黒く、深い色をしていた。

 

だが――

クリーチャーやミントはそこに、獅子座の影を見た。

 

誰よりも尽くし、

誰よりも沈黙の中で選び、

誰よりも深い影を抱えながら歩く男の姿に、

かつての主人レギュラスの影を見た。

 

そして彼らは気づいた。

 

その男――セブルス・スネイプは、

スリザリンの緑の中に立ちながら、

静かに獅子の影を宿していた。

 

その獅子はグリフィンドール寮のどこにも、

ホグワーツでも、どこにも描かれることはない。

 

影の中に潜む緑の獅子は決して咆哮しない。

 

忠誠は獅子座の影に灯る。

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