忠誠は獅子座の影に   作:ぼくの友達

2 / 11
第二章 影が揺らぐ夜

その夜、屋敷の空気はいつもより重かった。

ブラック家の壁に飾られた肖像画たちが、

まるで何かを予感しているかのように沈黙していた。

 

私は廊下を歩きながら、胸の奥にざわつきを覚えていた。

理由は分からない。

ただ、何かが“ずれている”ような気がした。

 

その違和感の正体を、私はすぐに知ることになる。

 

――クリーチャーが帰ってきたのだ。

 

「……ミスト……ミスト……」

 

かすれた声が、廊下に落ちた。

私は振り返り、息を呑んだ。

 

クリーチャーは、いつもの誇らしげな姿ではなかった。

身体は震え、目は虚ろで、

手足は泥と血で汚れていた。

 

「クリーチャー!? どうしたのですか!」

 

思わず駆け寄った。

屋敷しもべ妖精は主人以外に触れてはならない。

だが、その禁を破るほど、クリーチャーの姿は異常だった。

 

「……ご主人様……レギュラス様……」

 

その名を呼ぶ声は、泣き声に近かった。

 

私はクリーチャーを支えながら、レギュラス様の部屋へ向かった。

扉を叩くまでもなく、レギュラス様はすでに立っていた。

 

「クリーチャー……どうしたんだ」

 

その声は、いつもの穏やかさを保っていた。

だが、瞳の奥には鋭い影が走った。

 

クリーチャーは崩れ落ちるように膝をつき、

震える声で語り始めた。

 

「……ヴォルデモート様が……クリーチャーを……洞窟へ……」

 

その瞬間、レギュラス様の表情がわずかに揺れた。

 

私は息を呑んだ。

ヴォルデモート――

レギュラス様が崇拝していた人物。

 

その名を呼ぶクリーチャーの声は、

恐怖と絶望で濁っていた。

 

「毒薬を……飲ませられ……亡者に……湖に……引きずられ……」

 

クリーチャーの言葉は途切れ途切れだった。

だが、十分だった。

 

レギュラス様は、静かに目を閉じた。

 

その沈黙は、怒りでも悲しみでもない。

もっと深い、もっと重い――

“崩壊”の気配だった。

 

「……クリーチャー。よく帰ってきた」

 

レギュラス様は膝をつき、

震えるクリーチャーの肩にそっと手を置いた。

 

その手は、優しかった。

だが、その優しさが、逆に痛かった。

 

私は見てしまった。

レギュラス様の瞳に宿った“決意”を。

 

それは、純血主義でも、家族の期待でも、

ヴォルデモートへの忠誠でもない。

 

ただ一つ――

クリーチャーを守るための決意だった。

 

「ミスト」

 

突然、名を呼ばれた。

私は背筋を伸ばした。

 

「このことは……誰にも言うな」

 

その声は静かだった。

だが、命令の重さは、屋敷の空気を震わせた。

 

「はい……レギュラス様」

 

私は頭を下げた。

その瞬間、胸の奥で何かが軋んだ。

 

忠誠は影の中で息をする。

だが、その影が濃くなりすぎれば――

忠誠は、命を奪う。

 

その夜、私は初めて恐れた。

 

レギュラス様の優しさが、

彼自身を殺してしまうのではないかと。

 

そして、クリーチャーの忠誠が、

彼を地獄へ導いてしまうのではないかと。

 

屋敷の闇は、静かに深く沈んでいった。

 

その中心に、

レギュラス様の影があった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。