クリーチャーが語った“洞窟の出来事”は、
屋敷の空気を一瞬で変えた。
その夜、ブラック家の壁に飾られた肖像画たちは、
いつもより静かだった。
まるで、レギュラス様の心の揺らぎを見守っているかのように。
私は廊下の隅で、クリーチャーの震える背中を見つめていた。
彼は暖炉の前で膝を抱え、
レギュラス様の帰りを待っていた。
「……ミスト」
レギュラス様が静かに呼んだ。
その声は、いつもより低く、重かった。
「クリーチャーを休ませてやってくれ」
「はい、レギュラス様」
私はクリーチャーを部屋へ連れていき、
毛布をかけてやった。
だが、彼は震えが止まらなかった。
「……ご主人様……レギュラス様……どうして……」
その呟きは、痛みそのものだった。
私は何も言えず、ただそばに座った。
屋敷しもべ妖精は主人の心に触れてはならない。
だが、この夜だけは、規則が遠く感じられた。
しばらくして、レギュラス様が部屋に入ってきた。
「クリーチャー」
その声は、優しさと決意が混じっていた。
クリーチャーは涙で濡れた目を上げた。
「レギュラス様……クリーチャーは…………守れませんでした……」
「いいんだ」
レギュラス様は膝をつき、
クリーチャーの肩にそっと手を置いた。
「お前は命令に従っただけだ。
それが、お前の忠誠だ」
その言葉は、クリーチャーの心を少しだけ救ったように見えた。
だが、私は気づいていた。
レギュラス様自身は、救われていない。
むしろ――
彼の影は、濃く、深く、静かに形を変えていた。
「ミスト」
名を呼ばれ、私は背筋を伸ばした。
「準備をする。
クリーチャーと共に、もう一度……あの洞窟へ行く」
その言葉は、雷のように胸を打った。
「レギュラス様……それは……」
「止めるな」
レギュラス様は静かに言った。
その瞳は、決意で固く閉ざされていた。
「ヴォルデモートは……クリーチャーを道具のように扱った。
それを許すことはできない」
私は息を呑んだ。
レギュラス様は、純血主義の息子であり、デスイーターであり、
ヴォルデモートを崇拝していたはずだった。
だが――
その忠誠は、クリーチャーの苦しみを前にして崩れた。
「レギュラス様……ヴォルデモート様は……」
「もう“様”と呼ぶ必要はない」
その言葉は、屋敷の空気を震わせた。
レギュラス様は立ち上がり、
窓の外の暗い空を見つめた。
「ミスト。
お前はここに残れ。
クリーチャーと私が戻るまで、誰にも何も言うな」
「……はい」
忠誠は影の中で息をする。
だが、この夜、私は初めて理解した。
レギュラス様の忠誠は、
既にヴォルデモートに向けられてはない。
その心は――
クリーチャーに向けられたものだった。
そしてそれは、
獅子座の影の中で静かに燃え始めていた。
レギュラス様は、背を向けて歩き出した。
その背中は、影をまといながらも、
どこか光を宿しているように見えた。
私はその姿を見送りながら、
胸の奥で何かが軋むのを感じた。
レギュラス様は、もう戻れない。
影の中へ進む道を、自ら選んでしまったのだ。
そして――
その影の先に待つものが何かを、
私はまだ知らなかった。
ただ一つだけ、確信していた。
忠誠は獅子座の影に沈む。
その影は、やがて湖底へと続いていく。