屋敷を出た瞬間、空気が変わった。
ブラック家の重たい闇とは違う、
もっと冷たく、もっと静かな闇が広がっていた。
レギュラス様は深い緑のローブをまとい、
その背中は、昨夜よりもさらに大きく見えた。
クリーチャーはその後ろを歩いていた。
震えはまだ完全には止まっていない。
だが、その足取りには迷いがなかった。
忠誠は、恐怖よりも強い。
私は屋敷の門の前で二人を見送った。
門が閉まる音は、まるで屋敷そのものが
二人の運命を拒むように響いた。
レギュラス様は振り返らなかった。
ただ、静かに歩き続けた。
クリーチャーが、かすかな声で言った。
「……レギュラス様……本当に……行かれるのですか……」
レギュラス様は歩みを止めずに答えた。
「行く。
お前が受けた苦しみを……見過ごすことはできない」
その声は、怒りではなかった。
悲しみでもなかった。
ただ――
静かな決意だった。
クリーチャーはうつむき、
その小さな手をぎゅっと握りしめた。
「クリーチャーは………………」
「命令通り、帰ってきた。
それで十分だ」
レギュラス様の言葉は、
クリーチャーの心に深く染み込んだようだった。
だが、私は知っていた。
その言葉は、
レギュラス様自身を救うものではない。
むしろ――
彼をさらに影の奥へと進ませる言葉だった。
しばらく沈黙が続いた。
二人の足音だけが、森の中に響いた。
やがて、レギュラス様が口を開いた。
「クリーチャー。
もう一度聞く、お前は……あの洞窟で何を見た?」
クリーチャーは震えながら答えた。
「……毒薬を飲まされ……湖の亡者に……引きずられ……
クリーチャーは……死ぬと思いました……」
レギュラス様の歩みが、わずかに止まった。
「……そうか」
その声は、深い影を帯びていた。
クリーチャーは続けた。
「ヴォルデモート様は……クリーチャーを……
道具のように扱いました……
ご主人様の……大切なクリーチャーを……」
その言葉は、レギュラス様の胸を刺した。
その瞬間、レギュラス様の影が揺れたのが分かった。
「クリーチャー」
レギュラス様は静かに言った。
「お前は……私の家族だ」
クリーチャーは息を呑んだ。
その目に涙が溜まった。
「……レギュラス様……」
「ヴォルデモートは……それを踏みにじった。
だから私は……あの男を許さない」
その言葉は、
レギュラス様の忠誠が完全に崩れた瞬間だった。
純血主義でも、家族の期待でも、
デスイーターとしての誇りでもない。
ただ一つ――
クリーチャーへの愛情だけが、
レギュラス様を動かしていた。
森を抜けると、
遠くに海が見えた。
灰色の空の下、
波は静かに揺れていた。
その海の向こうに、
洞窟がある。
レギュラス様は歩みを止め、
海を見つめた。
「クリーチャー。
もうすぐか」
クリーチャーは震える声で答えた。
「……はい……レギュラス様……」
二人の背中は、
影をまといながらも、
どこか光を宿していた。
忠誠は獅子座の影に沈む。
だが、その影は――
確かに、湖底へ続いていた。
ミストは屋敷の門の前で、
その背中が見えなくなるまで見送った。
風が吹き、
屋敷の古い肖像画たちが、
遠くからため息をついたように感じた。
その日、私は知った。
レギュラス様の影は、
もう戻れない場所へ向かっている。
そしてその影を照らす唯一の光は――
クリーチャーの忠誠だけだった。