レギュラス様が毒薬を口に運んだ瞬間、
洞窟の空気が震えた。
黒い水――
それは飲んだだけでは死なない。
だが、飲んだ者の心を壊し、
身体を焼き、
そして“喉の渇き”という地獄を与える。
その渇きこそが、
ヴォルデモートの罠の本質だった。
水を求めて湖へ近づけば、
亡者が手を伸ばし、
飲んだ者を湖底へ引きずり込む。
毒薬は死を与えない。
死へ向かわせる。
レギュラス様は一口目を飲んだ。
その瞬間、身体が大きく震えた。
「……っ……!」
声にならない声が漏れた。
クリーチャーは叫んだ。
「レギュラス様――!」
だが、レギュラス様は手を上げて制した。
「……クリーチャー……命令だ……
飲ませ続けろ……」
その声は、痛みに焼かれながらも、
確かに“主人”の声だった。
クリーチャーは涙を流しながら、
震える手で次の杯を差し出した。
レギュラス様はそれを飲み干した。
二口目。
三口目。
四口目。
飲むたびに、レギュラス様の身体は痙攣し、
膝が崩れ落ちそうになった。
黒い水は、レギュラス様に悪夢を見せていた。
家族の期待。
兄シリウスの背中。
純血主義の重圧。
ヴォルデモートへの誤った忠誠。
そして――
クリーチャーが湖で引きずられていく光景。
レギュラス様は、
そのすべてを一度に飲み込んでいた。
「……クリーチャー……
お前を……守れなかった……
あの日……」
その呟きは、
毒薬よりも痛かった。
クリーチャーは泣き叫んだ。
「レギュラス様……!
クリーチャーは……ご主人様を……愛しております……!
どうか……どうか……!」
レギュラス様は震える手で、
クリーチャーの頬に触れた。
「……知っている……
だから……私は……ここに来た……」
その言葉は、
クリーチャーの心を完全に壊した。
最後の杯を飲み干した瞬間、
レギュラス様は崩れ落ちた。
そして――
黒い水の“第二の作用”が訪れた。
「……水を……」
レギュラス様は喉を押さえ、
苦しげに呻いた。
「……水を……くれ……
クリーチャー……水が……欲しい……」
その声は、
毒薬の苦痛よりも深い渇きに焼かれていた。
クリーチャーは震えた。
「だめです……レギュラス様……!
湖の水は……亡者が……!」
「……水を……
水を……くれ……!」
レギュラス様は立ち上がろうとした。
その足は、湖へ向かっていた。
黒い水は、飲んだ者を湖へ誘う。
それがヴォルデモートの罠だった。
クリーチャーは泣き叫びながら、
レギュラス様の腕を掴んだ。
「だめです……レギュラス様……!
行かないで……!」
だが、レギュラス様は弱く首を振った。
「……クリーチャー……
最後の……命令だ……」
その声は、主人としての最後の言葉だった。
「ロケットを……
本物とすり替えろ……
そして……帰れ……
クリーチャー……
お前は……私の……家族だ……」
その瞬間――
湖が動いた。
黒い水面が波打ち、
無数の亡者が姿を現した。
白く濁った目。
腐った手。
水に濡れた皮膚。
そのすべてが、レギュラス様へ向かって伸びた。
「レギュラス様――!!
いやです……いやです……!!」
クリーチャーは叫び、
レギュラス様にしがみつこうとした。
だが――
レギュラス様は最後の力で、
クリーチャーを押し返した。
「帰れ……
クリーチャー……
お前は……私の……家族だ……」
何度もレギュラス様の口から出るその言葉は、
湖の闇に飲まれる最後の光だった。
亡者たちがレギュラス様を掴み、
湖の底へ引きずり込んだ。
クリーチャーは泣き叫びながら、
その光景を見ているしかなかった。
「レギュラス様――!!
ご主人様――!!
いやです……いやです……!!
クリーチャーを……置いていかないで……!!」
だが、レギュラス様の姿は、
黒い水の中へ沈んでいった。
影が、湖底へ沈んだ。
忠誠は獅子座の影に沈む。
その影は――
もう戻らなかった。
クリーチャーは泣きながら、
レギュラス様の命令に従った。
姿くらましで洞窟を離れ、
ブラック家へ帰った。
その瞬間――
洞窟から光は消え、闇に包まれた。