炉の火は、夜が深まるにつれて弱くなっていった。
その揺らぎは、まるで屋敷の心臓がゆっくりと鼓動を失っていくようだった。
クリーチャーは暖炉の前に座り込んだまま、
ロケットを抱きしめて震えていた。
「クリーチャー……少し横になりませんか……」
私はそっと声をかけた。
だが、クリーチャーは首を振った。
「……ご主人様が……帰ってくるかもしれません……
クリーチャーは……ここで……待ちます……」
その声は、壊れた心の残響だった。
私は胸が痛んだ。
だが、何も言えなかった。
屋敷しもべ妖精は主人の心に触れてはならない。
しかし、この屋敷にはもう“主人”がいない。
その事実が、規則よりも重くのしかかった。
レギュラス様が帰らなかった翌朝、
ブラック家の屋敷は、夜よりも静かだった。
昼になっても、
屋敷の空気は沈んだままだった。
私は廊下を掃除しながら、
ふと足を止めた。
レギュラス様の部屋の前で、
影が揺れた気がした。
風は吹いていない。
誰もいない。
その影は、まるで誰かがそこに立っているかのように揺れた。
私は息を呑んだ。
「……レギュラス様……?」
声に出した瞬間、
胸が痛んだ。
返事はない。
影はただ、静かにそこにあった。
まるで、
レギュラス様の忠誠だけが残っているかのように。
私はその影に手を伸ばした。
触れられるはずがないのに、
触れたくなった。
だが、影はただそこにあり、
私の指先をすり抜けた。
夕方、クリーチャーはようやく立ち上がった。
その目は赤く腫れ、
声はかすれていた。
「……ミスト……
ご主人様の……部屋を……掃除したいのです……」
私はうなずいた。
二人でレギュラス様の部屋に入ると、
そこには昨日までの温度が残っていた。
整然と並んだ本。
丁寧に置かれた羽ペン。
破られたヴォルデモートの記事の切り抜き。
そして――
レギュラス様が最後に触れたであろう机の木目。
クリーチャーは震える手で机に触れた。
「……ご主人様……
クリーチャーは……戻ってきました……
ご主人様の……命令通り……」
その声は、
部屋の空気を震わせた。
「……でも……
ご主人様は……戻ってこない……」
クリーチャーの指が机の木目をなぞった。
その指は、まるでレギュラス様の手を探しているようだった。
「……ご主人様……
クリーチャーは……
ご主人様のために……生きてきました……
これから……どうすれば……」
その問いは、
誰にも答えられなかった。
私は静かに目を伏せた。
レギュラス様は、もう戻らない。
この部屋には、
確かに“忠誠の影”が残っていた。
夜になると、
屋敷の闇はさらに深くなった。
暖炉の火は弱く揺れ、
廊下の影は濃くなり、
階段の軋みは消えた。
屋敷全体が、
レギュラス様の不在を抱えたまま沈んでいくようだった。
私は窓の外を見た。
空は曇り、星は見えなかった。
その曇り空の向こうに、
レギュラス様の影があるような気がした。
「……レギュラス様……」
その名を呼ぶと、
胸の奥が痛んだ。
忠誠は獅子座の影に沈んだ。
その影は――
屋敷全体を静かに包み込んでいた。
そして私は知った。
この屋敷はもう、
以前のブラック家ではない。
レギュラス様の不在という影が、
屋敷の中心に沈んでいる。
視界の中の影は、消えない。