異世界転生したら特典チートがつまんねーのでvSphereのルートもらってみた件   作:nelldrip

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この物語は、とあるSIerが過労で死んで、異世界転生したらチートの代わりにインフラの管理者権限をもらった話である。

タイトルを見た瞬間「なんだこれ」と思ったなら、多分正しい、というか普通だ。うん。
作者も書きながら「なんぞこれ」と思う。
異世界転生もののテンプレをなぞりつつ、主人公が「最強の剣」ではなく「vSphereのルート権限」を要求するところで、もう既に読者の9割は置いてけぼりだろう。

だが、存外面白い。

権限さえあれば、個人のチート能力に頼らなくても、リソース配分や状態管理でなんとかなる——そんなエンジニアの理想(という名の現実逃避)を、異世界という舞台で思い切りやってみたのが本作だ。
国家間の緊張も、魔王軍の脅威も、幼馴染たちとの複雑な関係も、全部「システム運用」の視点でぶった切っていく。
そういう、ある種の暴力が好きな人には刺さるかもしれない。

ちなみに作者は、本番環境でvSphereを触ったことは一度もない。せいぜいVMware workstation playerでUbuntuのファイルサーバやってるくらいである。

なお、当たり前だが本作はフィクションだ。
実在のSIer、Broadcom、PostgreSQLとは一切関係ない。
ただ、どうもこの世界の神様連中、BroadcomはすこでOracleアンチのようである。うん。
うん???え、なんで????


第0話「デスマーチで死んだら、神様が出てきた件」

最後に見たのは、モニターに表示された障害チケットの数字だった。

 

`Open Tickets: 247`

 

医学部を中退して、なんとなく転がり込んだSIer。四年次までいたのに、とはいわれたが、まぁオヤジがぽっくり逝ったんだからしょうがないだろう。私学だし。

入社して五年目の今、客先常駐として三徹目だったか四徹目だったか、もう数えるのを諦めていた。フラフラ生きててもなるようになる、とは言うが結局そんなもんである。

 

炎上案件、デスマーチ、人によっては「デスマ」なんて略して呼ぶこの業界用語、最初に聞いた時は冗談だと思ってた。今は笑えない。本当に死ぬほうの「デス」だったんだなって、自分の体が証明してくれたのだ。

 

椅子に座ったまま、意識が遠のいていく感覚。最後に思ったのは「あ、リリース間に合わないな」だった。死の間際に考えることがそれかよ、と自分でも思う。思ったところで、もう体は動かないわけだが。

 

気がついたら、真っ白な空間にいた。

 

「やあ、いらっしゃい。えーっと、なんだっけ、名前?」

 

声のするほうを見ると、なんというか、想像通りすぎる出で立…から遠いな。到底遠い、何かがいた。輝いてない、Tシャツにデカデカと”コーラは愛”ってなんだそれ。つーか人を迎えるときに寝っ転がってるやつがあるか。

 

「あー山田 一郎す……これ、もしかして」

 

「あー、そうそう。一郎ね一郎。キミ、過労だねぇ。で、脱水とコラボの心筋梗塞キメて死んじゃったわけ。休みはちゃんと休まなきゃいかんよ青年?」

 

煎餅かじりながらサラッと言われた。サラッと言うことかそれ。まぁ確かにエナドリキメて徹夜続けてたわけが。つーか心筋梗塞だったのか、道理でなんか苦しかった気がしたわけだ。

 

「で、せっかくだから異世界に転生してみない? というご提案なんだけど」

 

「なにそれ、めっちゃテンプレじゃねぇ?」

 

「いやでもこれ、結構需要あるんだよ。みんな喜ぶし」

 

神様(?)は、慣れた様子でパチンと指を鳴らした。目の前に、半透明のウィンドウがいくつも開く。

 

「はい、特典一覧ね。チートスキル、ステータス爆盛り、美少女との出会いパッケージ、最強の剣、色々あるよ。好きなの選んで」

 

ウィンドウをスクロールしながら眺める。

 

```

[転生特典カタログ]

- 全属性魔法適性 MAX

- ユニークスキル「無限詠唱」

- 初期ステータス補正 ×10

- 専属メイド付与(?)

- ハーレム形成補正

...

```

 

「うーん」

 

正直、ピンとこなかった。

 

魔法適性MAXとか言われても、それで何ができるのか、具体的なイメージが湧かない。チート能力って結局「個人の能力が異常に強い」ってだけの話で、それ前世で散々見たエンジニアの「個人の技術力でなんとかする」文化と変わらないじゃないか、という冷めた感想が真っ先に浮かんでしまう。

 

属人化、ってやつだ。個人が強くても、システム全体が脆ければ、結局どこかで限界が来る。前世で嫌というほど思い知った。

 

「あの、これ以外の選択肢って、ないんですか」

 

「ん? まあ、特殊な要望があれば聞くけど。今までだと『魔法はAPI。構造を自由にイジらせて』とか、そういうのは聞いたことあるよ。マジでアタオカすぎるでしょ」

 

「なにそれ面白そう」

 

神様の話を、もう少し詳しく聞いてみることにした。

 

「そもそも、『世界』って、具体的にどういう仕組みで動いてるんですか?話聞いてると、なんだかめっちゃあるっぽいんですけど」

 

「お、いい質問だね。えっとね、細かくは言えないんだけど、ざっくり言えば、世界全体は一つの大きなシステムの上で動いてるんだよ。そこに置かれた区画一つが世界一つ分。さらに国とか勢力ごとに独立した区画に分かれてて、その中でキャラクター一人一人が個別に動作してる、みたいな構造だよ」

 

「区画ごとに独立……それぞれリソース管理されてる感じです?」

 

「そうそう、君の世界で言うところのCPUとかメモリ的なリソースを動的に割り振ってて、負荷が偏ったら自動で調整したりね」

 

「ちょっと待ってください」

 

頭の中で、何かがカチッとハマる音がした。

 

「それ、もしかしてvSphereです?」

 

神様(?)が、固まった。

 

「……はい?」

 

「いや、なんか聞けば聞くほどそれっぽいなって。クラスター構成で、勢力ごとにVM分けてて、リソース動的配分してて、障害時には自動でフェイルオーバーする、みたいな」

 

「う、うーん?まぁ・・・そうかも? 君、前世でシステムエンジニアか何かだったの?」

 

「SIerです。客先常駐の」

 

「あー、うん、あーーーぁ。あー・・・」

 

神様(?)が、若干同情的な目をしてきた。なんで同業同士でお互いのブラックさを語る、みたいな目なんだよ。や、まじ勘弁してくれ。死んだ理由まで同情されると、さすがに惨めな気がするぞ。

 

「いや、まあその、当たらずとも遠からずというか。うん、まぁたしかに、世界っていうのは内部的には…そうだね、君たちの世界で言うところの、ハイパーバイザ型の仮想化基盤で構築されてる…って理解は当たらずとも遠からずと言うか。まぁ詳細は企業秘密、というか神様秘密なんだけど」

 

「やっぱそうなんだ」

 

予想が当たって、変なところで興奮してしまった。前世で散々苦しめられた技術スタックが、まさかこんなところで再会するとは。

 

「で、提案なんですけど」

 

「ん?」

 

「俺、その異世界で動作してる**ゲストOSと、ゲストOS分のハイパーバイザのルート**が欲しいんですけど」

 

しばらく、間があった。

 

「……は?」

 

「いや、説明した通りです。世界がvSphere基盤で、各勢力がVMで動いてるなら、そのVM(=ゲストOS)の管理者権限と、ハイパーバイザ層(=vSphere)の管理者権限、両方欲しいなって」

 

「ちょっと待って、君それ何に使うつもりなの??」

 

「いやいや、別に世界征服とかそういうのじゃなくて。個人のチートスキルより、インフラの管理権限のほうが圧倒的に応用効くんすよ。リソース配分も、状態管理も、障害対応も、全部こっちのほうが自由度高いじゃないですか」

 

「いや、あの、今まで何百何千人ってこの部屋に来た転生者見てきたけど、こんなこと言い出した人、一人もいないんだけど?魔法はAPIとかいった頭おかしいやつよりアタオカでしょ!?」

 

「いや魔法はAPIも大概だと思うんすけど?」

 

「みんな普通に『最強の剣ください』とか『ハーレム作りたいです』とか言うの!インフラの管理者権限欲しいです、なんて言われたの初めてだよ!!」

 

「まあ、職業柄ですかね」

 

神様(?)はしばらく黙って、こめかみのあたりを揉んでいた。神様もこめかみ揉んだりするんだな、と場違いなことを考える。

 

「……てか、それでいいの? 戦闘力的なチートは一切なしだよ? 君自身は普通の人間のステータスのままになるけど」

 

「全然いいです。むしろそっちのほうが性に合ってます」

 

「えぇ…まぁ、いいけど」

 

神様(?)は、若干納得いってなさそうな顔をしながらも、目の前にもう一つウィンドウを開いた。

 

```

[特典付与申請]

申請内容: vCenter Server Administrator権限 / Ubuntu Server root権限(ESXi 全対象)

申請者: 山田 一郎

ステータス: 承認待ち

```

 

「これ通すの初めてだから、こっちもちょっと手探りなんだけど」

 

「大丈夫です、慣れてます。本番環境のイレギュラー対応みたいなもんなんで」

 

「その例えがもう既にちょっと悲しいんだよなぁ」

 

神様(?)は苦笑しながら、ウィンドウに何やら入力していく。

 

```

[特典付与申請]

ステータス: 承認済み

権限付与: vCenter Server Administrator / Ubuntu Server root(ESXi 全対象)

備考: 前例なし。経過観察対象とする。

```

 

「はい、これで権限は付与完了。ただし言っておくけど、戦闘能力は本当に何もないからね。ふっつーに。ふっつーに、剣で刺されたら普通に死ぬよ?」

 

「了解です。そこは気をつけます」

 

「あと、世界そのものを壊すような操作は、さすがに制限かけさせてもらうから。本番環境に対する全権限を無制限に渡すほど、こっちも無責任じゃないんで」

 

「そりゃそうですよね、当然です。むしろそれがないと逆に怖いです」

 

「さすが本職だなぁ……」

 

神様(?)はため息をついて、最後に目の前の空間に転送用の魔法陣(という名のインターフェースなんだろう、多分)を展開した。

 

「それじゃ、行ってらっしゃい。次に会う時は、できれば寿命を全うしてからにしてね」

 

「了解です。今度はちゃんと、無理しない範囲でやります」

 

魔法陣に足を踏み入れる直前、ふと思い立って振り返った。

 

「あ、そうだ。最後に一つだけ」

 

「ん?」

 

「このシステム、バックエンドのストレージって何使ってます?」

 

「……は?」

 

「いや、気になって。スナップショットとかバックアップの設計に関わってくるんで」

 

神様(?)は、心底困った顔をしていた。

 

「いや、わたしも詳しい仕様まで知らないから!てか君ならもう向こうでなんとでもできるでしょ?いいから早く行った行った!」

 

「了解です! いってきまーす!」

 

光に包まれながら、最後に頭の中で考えていたのは、敵の強さでも、魔法の仕組みでもなかった。

 

**権限さえあれば、現場猫みたいな個人技に頼らなくても、ちゃんと設計でなんとかできる。**

 

前世で叶わなかったそれを、ようやく実現できるかもしれない、という、エンジニアとしての地味な高揚感だった。

 

こうして、元SIerの俺は、特典チートの代わりにインフラの管理者権限を引っさげて、異世界へと旅立つことになった。

 

---

 

気がついたら、見知らぬ森の中に立っていた。

 

「お、本当に来た」

 

転生、果たしてしまったらしい。体を見下ろす。なんてことはない、ただの人間の体。手を握ったり開いたりしてみる。間隔もあれば空腹感もある。普通の人間としての感覚が、ちゃんとある。

 

──戦闘力、本当にゼロなんだよな、これ。

 

神様(仮)に言われた通りのようだ。なんとなくわかる。あ、これ剣で刺されたら普通に死ぬ。魔法も使えない。チートスキルも何もない。あるのは、vCenter Serverのこの世界領域分のAdministrator権限と、ゲストOSのroot権限だけ。

 

権能はともかく、肉体そのものはただの常人だ。普通に考えたら、心細い。心細いはずなんだけど。

 

「……いや、まず確認するか」

 

エンジニアの性、というやつだ。新しい環境に放り込まれたら、まずやることは決まってる。権限の確認と、現状把握。何も考えずにいきなり動き出すほうが、よっぽど危険だ。

 

神様(仮)から聞いた話と、頭の中に勝手に流れ込んでくる感覚を、突き合わせて、この世界の構造を、ざっと整理してみる。

 

一番下、というか一番の土台に、vSphereのクラウド領域がある。世界そのものを載せている基盤だ。俺の持っているAdministrator権限は、ここを握っている。その上に、勢力ごとに切られた、ESXi上のUbuntu Server VM。人類だの、魔王軍だの、各国だのが、それぞれ独立したサーバーとして動いている。俺のroot権限は、この各サーバーの中に通る、と。

 

「ツーかマジでvSphereまんまじゃねーか。天界のクラウド思想、地球と一緒かよ。Broadcom好きすぎか」

 

そして──その各勢力のサーバーから、共通してアクセスする先に、一つ。これまたESXi上のPostgreSQLサーバーが、どんと据えられていた。

 

ここが、肝だった。

 

このDBの中に、レコードとして、この世界の全存在が、格納されている。俺のステータスも、これから出会うであろう誰かの命も、突き詰めれば全部、この一つのデータベースの行と列だ。各勢力のサーバーは、いわば「そのキャラがどう振る舞うか」を動かす実行環境で、「そのキャラが何者か」という素の情報は、全部このDBに集約されている。世界の“状態”そのものが、ここに寝ている。

 

例えるなら、各勢力のUbuntu Serverが、それぞれの店舗で動くレジ端末だとすれば。このPostgreSQLサーバーは、全店舗の売上も在庫も顧客も、まとめて記録している、本社の基幹データベース、みたいなものだ。店舗(勢力)は、あくまで基幹DBを参照して動いているだけ。本当の“実体”は、本社のDBのほうにある。

 

俺がもらった権限で、どう手を伸ばすか、完全に見えた。

PostgreSQLサーバーも、所詮は一台のLinuxサーバーだ。俺は全サーバーのOS rootを持っている。つまり、このDBサーバーにもrootで入れるし、`su - postgres`でOS上のPostgreSQL管理ユーザーになれる。そこからDBに接続すれば、スーパーユーザー権限でデータベース内部を完全に掌握できる。

**基盤(VMゲスト)、実行環境(OS)、状態(DB)**――この三つのレイヤーすべてに、すでに俺の掌は乗っている。

 

「……なるほどな。よくできてる」

 

思わず、感心の声が漏れた。前世で、嫌というほど付き合わされた構成そのものだ。まさか異世界で、同じ絵を見せられるとは。

 

頭の中で、見慣れたインターフェースを思い浮かべる。すると、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。

 

```

> vCenter Server Admin Console

> Logged in as: Administrator

> Connected to: [World Cluster]

```

 

「お、繋がった」

 

ちゃんと権限が通ってる。安心した。とりあえず基盤の主権は、確かに握れていることが確認できた。

 

次に、自分自身の状態を確認する。基盤の下、あのPostgresSQLサーバーへ。

 

`root`で潜り込み、そこから、DBに接続するためのユーザーを選ぶ。

 

`postgres`。この世界の全存在を格納したデータベースの、創造主アカウント。それでログインすれば、何でもできる。制限など存在しない。だが――それを使うということは、この世界そのものになる、ということだ。DBの最奥にまで入り込み、すべてのレコードと同化する。自分という境界が曖昧になる。

 

それは、流石に違う気がした。

 

確かに権限はもらった。しかし、もらったからといって、何でもかんでも最上位の鍵をぶっ放すのが正しいわけじゃない。むしろ、それは最後の手段だ。まだ森に立ったばかりで、何もわかっていないこの段階で、世界の創造主アカウントを気軽に使うのは、あまりに馬鹿げている。

 

今欲しいのは、自分のステータスをちょっと確認して、必要なら編集できる程度の、ほどほどの権限でいい。OS上の`/etc/passwd`を覗いてみると、ちゃんと用意されていた。定期メンテナンス用のローカルユーザー――ロール名はそのまま **`admin`**。`postgres`ほどではないが、自分自身のレコードを編集するには十分すぎる権限を持っている。スーパーユーザー属性こそないが、`pg_read_all_data`と`pg_write_all_data`が付与された、実質的な管理者アカウントだ。

 

表向きは「メンテナンス用」。実際は――誰も使っていなかっただけの、影の鍵で入る。出来ないことは、スーパーユーザーの創造と廃止、postgregにのみ許される特権だけだ。

 

```

> Select Target: [Self]

> [████████]

> AGI: 10 (一般人平均)

> STR: 10 (一般人平均)

> VIT: 10 (一般人平均)

> INT: 10 (一般人平均)

> LUK: 10 (一般人平均)

```

 

きっちり全部10。一般人平均ぴったり。神様(仮)、ちゃんと約束は守ってくれたらしい。チート能力は本当に何もない、ただの人間。

 

「……まあ、そりゃそうか」

 

納得はした。納得はしたんだが。

 

森の中、一人。さっき確認した限り、近くに村も街もない。歩いて探すしかなさそうだけど、この体力で、この身体能力で、果たして無事に辿り着けるんだろうか。魔物に襲われたら、それこそ一巻の終わりだ。

 

「いやでも、待てよ」

 

ふと、頭の中で何かが引っかかった。

 

権限は持ってる。全サーバーの、OS root。さっき整理した通り、そこからDB専用サーバーへ潜れば、DBのスーパーユーザーとして、自分自身というキャラクターのレコードにも、直接アクセスできる。神様(仮)は「戦闘能力は何もない」とは言ったけど、「自分のレコードを自分でいじるな」とは、確か言ってなかった。

 

```

> 世界そのものを壊すような操作は、さすがに制限かけさせてもらうから

```

 

あの台詞、思い出す。あくまで「世界を壊すような操作」がNGなだけで、自分一人のステータスをちょっと弄る程度なら、別に世界に影響なんて出ないはずだ。

 

「これ、別に駄目とは言われてないよな……」

 

確認の意味も込めて、自分自身のレコードに直接アクセスしてみる。型定義をいじって同期バッチを待つ、なんて悠長な真似は今回はしない。森のど真ん中で、魔物に襲われるかもしれない状況で、明日の朝まで反映を待つ余裕なんてない。

 

```

> Direct DB Write

> Target: [Self]

> Current Status: AGI 10 / STR 10 / VIT 10 / INT 10 / LUK 10

```

 

普通にアクセスできる。エラーも出ない。権限的に弾かれる様子もない。

 

「……いけるじゃん」

 

声に出してしまった。誰もいない森の中、独り言が虚しく響く。でも、テンションは正直、ちょっと上がってた。

 

ここで、どこまで上げるべきか悩む。

 

一般人の1.5倍くらいに留める、という慎ましい選択肢も頭をよぎった。でも、それは後々、誰か仲間なり他人のステータスを直す時に使えばいい話だ。今は違う。

 

でも、今回は違う。今回はこれから異世界という、魔物も出れば戦闘もある環境に、丸腰のまま放り出されようとしてる自分自身の話だ。1.5倍程度じゃ、正直心許ない。

 

「さて、どこまでやるか」

 

少し考えて、結論を出した。

 

```

> Direct DB Write

> Target: [Self]

> Current: AGI 10 → New: 100

> Current: STR 10 → New: 100

> Current: VIT 10 → New: 100

> Current: INT 10 → New: 100

> Current: LUK 10 → New: 100

```

 

一般人平均の**10倍**。これなら、最低限、魔物にいきなり遭遇しても即死はしないだろうという、自分なりのリスク評価だった。

 

「重い処理になるかもな……」

 

DB直接書き込みというものが、トランザクションの競合でどれだけ待たされるか、まだこの時の自分は正確には知らない。それでも、世界中の全キャラクターのレコードが、あの一つのDB専用サーバーに集約されていて、しかも各勢力のサーバーから、四六時中、共通してアクセスされ続けている――そのことを思い出すと、なんとなく嫌な予感はあった。世界で一番、混み合っているテーブルに、これから割り込もうとしているわけだ。

 

「でもまあ、今回ばっかりはしょうがないか」

 

型定義側の理想値を立てて、何日もかけて段階的に同期する、なんて悠長なことをしてる場合じゃない。今この瞬間、無防備な状態でこの森に突っ立ってる。多少時間がかかっても、即時反映できる手段を取るしかない。

 

腹を括って、実行する。

 

```

> Acquiring row lock...

```

 

「うわ、出た」

 

身構える。なんとなく予感した通り、簡単には終わらなさそうだった。

 

```

> Acquiring row lock... (waiting: 1m04s)

```

 

「……はいはい、わかってた、わかってましたよ」

 

```

> Acquiring row lock... (waiting: 3m17s)

```

 

三分。森の中、特にやることもなく、ただ画面の前で突っ立って待つ。鳥の鳴き声と、風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。前世のデプロイ待ちを思い出す静けさだった。

 

```

> Acquiring row lock... (waiting: 5m02s)

```

 

五分。さすがにため息が出た。

 

「……まあ、いいか」

 

不思議と、苛立ちはなかった。言って急ぐようなような状況じゃない。急かされる理由が何もない、この森には自分一人しかいないのだ。だったら、五分くらい待てない理由もない。むしろ、急いで雑な処理をするほうがよっぽど危ない。

 

木の根に腰掛けて、待つことにした。

 

```

> Acquiring row lock... (waiting: 6m41s)

```

 

「これ、自分のレコードだけなのになんでこんなにかかるんだ……」

 

ぼやきながらも、特に焦りはなかった。世界中の全キャラクターが同じテーブル群に乗ってるって話だったから、今この瞬間にもどこかで誰かの状態が更新され続けてるんだろう。そのトランザクションの隙間を縫って、自分の順番が回ってくるのを待つしかない。

 

七分近く経ったところで、ようやく動きがあった。

 

```

> Lock acquired. (7m12s)

> Write completed.

> [Self].AGI: 100

> [Self].STR: 100

> [Self].VIT: 100

> [Self].INT: 100

> [Self].LUK: 100

```

 

「お、終わった」

 

腰を上げる。森の中で七分間体育座りしてただけの自分が、ちょっと間抜けに思えたが、それでも確実に終わったことには変わりない。改めて自分のステータスを確認する。

 

```

> [████████]

> AGI: 100

> STR: 100

> VIT: 100

> INT: 100

> LUK: 100

```

 

「お、おお……」

 

体に、何か変化があったわけじゃない。見た目は変わらない。でも、なんとなく、体の奥のほうから力がみなぎってくるような、そんな感覚があった。気のせいかもしれないけど。

 

せっかくだから、と思い立って、自分がもらった権限で、他に何ができるのか、一通り眺めてみることにした。エンジニアの性で、新しい環境に来たら、まず使える機能を一覧しておきたくなる。

 

```

> vCenter Server Admin Console

> Available Operations:

> - Resource Pool Management: ENABLED

> - Snapshot / Rollback: ENABLED

> ├ Record-level(レコード単位/個人)

> ├ Database(DB全体)

> ├ Guest Server(勢力サーバー単位)

> └ vSphere Cluster(世界全体)

> - DB Direct Write: ENABLED

> - Network Traffic Monitor: ENABLED

> - System Reset (Cluster-wide): PERMISSION DENIED

> - Rollback Configuration Delete: PERMISSION DENIED

> - Character Delete: PERMISSION DENIED

```

 

vCenterのコンソールにVMまではいってるのか。まぁ便利だけど。

ざっと眺めて、まず目を引いたのが、スナップショットとロールバックの、その粒度だった。

 

一行のレコードだけを戻すものから、DBまるごと、勢力のサーバーまるごと、果ては、世界全体まで。戻せる範囲が、レイヤーごとに、綺麗に分かれている。

 

外科手術みたいに、一人だけをそっと過去へ戻すこともできれば。世界を丸ごと、一括で巻き戻す、なんて乱暴なことも、権限の上では、できてしまうらしい。前者がメスなら、後者は、さしずめ、更地にするための鉄球だ。同じ「戻す」でも、粒度が違えば、意味も、影響も、まるで別物になる。

 

「……まぁ、世界を丸ごと戻すなんて、そんな大それた操作、使う場面なんて、一生来ないだろうけどな」

 

そう、この時の俺は、呑気に、そう思っていた。

 

「……あ」

 

一番下の三つだけ、赤字で弾かれていた。

 

「システムリセットに、ロールバック設定の削除、それから……キャラクターデリート、か」

 

声に出して読み上げてみて、背筋が少し冷えた。

 

システムリセットは、まあ想像がつく。世界そのものを初期化する権限だとしたら、そう簡単に使わせるわけにはいかないだろう。ロールバック設定の削除、というのも、多分、うっかりバックアップの仕組みそのものを消してしまわないための安全装置みたいなものだと思う。

 

問題は、三つ目だった。

 

キャラクターデリート。文字通り、誰かの存在そのものを、この世界のデータベースから消し去る権限、ということだろう。ロールバックとは格が違う。ロールバックは「過去に戻す」だけで、対象はちゃんと存在し続ける。デリートは…多分、戻れる過去すらなくなる。

 

「これは、まあ当然か」

 

妙に納得している自分がいた。むしろ、こんな物騒な権限まで最初から無制限に渡されていたら、そのほうが恐ろしい。神様(仮)が言っていた「世界そのものを壊すような操作は制限させてもらう」という台詞、あれは、こういうことだったらしい。

 

「……律儀だな」

 

思わず、笑いが漏れた。あれだけ適当な見た目とテンションだったくせに、こういうところはやけにきっちりしている。ガバガバな性格に見えて、実は権限管理だけはちゃんとしている上司、みたいな感じだろうか。前世にも、そういう上司が一人くらいいた気がする。

 

安心しかけて、ふと、頭の冷静な部分が水を差してきた。

 

「……いや、待てよ」

 

デリートが封じられている。リセットも封じられている。それは確かにそうだ。でも、それ以外の権限は、普通に生きている。

 

**リソースプールの割り当て。CPU制限。メモリ制限。それから、サスペンド。**

 

試しに、思考実験をしてみる。誰かのCPU割り当てを、限りなくゼロに近づけたら、どうなるんだろう。処理が回らなくなって、たぶん、まともに動けなくなる。メモリ制限も、極限まで絞れば、オーバーフローしてフリーズするかもしれない。極めつけは、サスペンド。あれを使えば、対象は消えるわけじゃないが、二度と目を覚まさない、という状態を作れてしまう。

 

「……これ、デリートしなくても、事実上おんなじじゃね」

 

声が、掠れて漏れた。

 

正式にはデリートしていない。キャラクターは、データとしてはちゃんと存在し続けている。神様の言う「世界を壊すような操作」の定義には、多分、引っかからない。でも、リソースを絞り切って、二度と動けない状態でサスペンドしたまま放置すれば、結果として起きることは、デリートとほとんど変わらない。

 

パーミッションで蓋をされているのは、あくまで「デリート」という名前のついた操作、その一点だけだった。名前さえ違えば、同じ結果に辿り着ける道は、いくらでも残っている。

 

「……いや、これ、律儀とか言ってる場合じゃないな」

 

さっきまでの安心感が、一気に冷えていくのがわかった。神様(仮)が本当に律儀な性格なのか、それとも、こういう抜け道があることまで承知の上で、あえて名目上の三つだけを塞いだのか。どちらなのかは、今の自分には判断がつかない。

 

いや、と思い直す。

 

もしかしたら、単純に、そこまで気にしていないだけなのかもしれない。

 

考えてみれば、こっちがどれだけリソースを絞ろうが、サスペンドで放置しようが、**スナップショットさえ生きていれば、いくらでも元に戻せる。**神様側からすれば、多少誰かを痛めつけたところで、最悪、巻き戻せば済む話だ。実害という意味では、致命的にはなり得ない。

 

それに、そもそも。

 

この世界そのものが、神様から見れば、無数に管理しているクラスタのうちの、限られた一つに過ぎないはずだった。この異世界丸ごと、向こうにとっては、自分の管轄下にある小さな箱庭でしかない。箱庭の中で多少乱暴なことが起きたところで、外側から俯瞰している神様にとっては、そこまで深刻な話でもないのかもしれない。

 

「……なるほど、そういうことか」

 

腑に落ちた。デリートとリセットの二つだけをきっちり塞いでいたのは、律儀さというより、単純に**その二つだけが、向こう側の管理コストに直結する、本当に困る操作だから**なんだろう。デリートされたキャラクターのデータは、多分、跡形もなく消える。リセットされたクラスタも、作り直しがどれだけ大変か想像がつく。それ以外の、リソース制限やサスペンドみたいな話は、スナップショットで復元が効く以上、向こうにとっては「最悪でも取り返しがつく範囲」に収まっている。

 

「……いや、まあ、俺がやる予定はないし」

 

自分に言い聞かせるように、そう呟いた。使わなければいい話だ。抜け道があると知っていても、使わない。それだけで、多分、十分なはずだった。

 

とりあえず、今のところ触れられない権限があると分かっただけで十分だった。使う予定もないし、使いたいとも思わない。むしろ、こんなもの気軽に使えてしまう世界のほうが怖い。

 

「まあ、あるってだけ知っておけば、それでいいか」

 

コンソールを閉じて、改めて森を見渡す。

 

試しに、近くに転がっていた拳大の石を蹴ってみる。

 

「うおっ」

 

石が、想定の何倍もの勢いで吹っ飛んでいって、離れた木の幹に直撃した。ゴッ、という鈍い音と共に、木の幹が軽く凹む。

 

「これ、まずいな……加減わかんねえ」

 

予想以上の威力に、自分でも若干引いた。これが一般人平均の10倍、ということらしい。具体的な数値で言われてもピンとこなかったが、こうして体感すると、その差は歴然だった。

 

ふと、頭の中で誰かの声が聞こえた気がした。

 

「……いや、待てよ。これ、世界の基準で言うとどのくらいなんだ?」

 

異世界の住人の平均的なステータスがどの程度なのか、まだ全く把握できていない。前世の感覚で「一般人の10倍」と思っていても、もしかしたらこの世界の「一般人」の基準自体が、前世の人間とは桁違いに高いか低いかもしれない。

 

10倍のスペックは尋常ないようで、最初は抜けるのが絶望的に見えた森すら、あっという間に抜け出てしまった。森の外には村がある。これまたテンプレだなぁ…

 

見るからに村の自警団っぽい格好の中年男性に、思い切って声をかけてみる。怪しまれない程度に、世間話を装いながら。

 

「あの、すみません。ちょっとお聞きしたいんですが」

 

「ん? なんだ、もう帰ってきたのか」

 

どうやらこの村の出身だったようだ。なるほど、ていうか異世界転生でそういうの珍しいな…

 

「え、あ。ええ。ちょと用事思い出しちゃって。と、ところで!この辺りの、一般的な冒険者とか、村の自警団の方々の身体能力って、大体どのくらいなんでしょうかね?」

 

「は? いきなり変なこと聞くな……まあいいか。そうさな、駆け出しの冒険者だと、大体ステータス的には15から20ってとこだろ。歴戦の勇者クラスになると、50は軽く超えてくるって話だが……まあ、そんな化け物はそうそう見かけもせんがな」

オッサンは笑いながら言った。彼にとって50は、あくまで「話のネタ」の領域らしい。

 

「……50」

 

血の気が引いた。

 

「あの、ありがとうございます」

 

会釈して、その場を立ち去る。心臓が、変な意味でバクバクいっていた。

 

つまり今の自分は、**駆け出し冒険者の5倍、歴戦の勇者すら超えるレベル**まで、ステータスだけは到達してしまったということだ。森に転生して、まだ一時間も経っていないのに。

 

「いや、これはこれでまずいだろ……」

 

頭を抱える。一般人の10倍、なんて軽い気持ちで設定した数字が、この世界基準だと文字通り**伝説級**の領域だったらしい。

 

「いや、まあ、いいか……死ぬよりはマシだし」

 

開き直ることにした。過剰戦力上等。前世で散々、リソース不足とギリギリの人員でデスマーチを生き延びてきた身としては、**過剰なくらいの余裕は、むしろ歓迎すべき設計思想**だ。本番環境のキャパシティプランニングだって、ギリギリで攻めるより、多少余裕を持たせるほうが正しい。

 

「よし、このまま行こう」

 

歴戦の勇者以上のステータスを引っさげて、まだ何も知らない異世界を、元SIerの俺はとりあえず歩き始めることにした。

 

---

 

(つづく)




というわけで第1話でした。

「デスマーチで死んだら神様が出てきた件」、いかがでしたでしょうか。

多分ハイパーバイザ触ったことないと、劇中の単語ほとんど分かんねーだろなと思います。うん。それでいい。
まあこれから徐々に異世界っぽくなっていく…はず。いくよね??

ちなみに、神様(仮)の「コーラは愛」Tシャツですが、特に深い意味はありません。
たまたま思いついただけです。なお作者的にはコカ・コーラしか勝たんです。コーラは愛。ゼロカロリーは敵。

あと、vSphereのルート権限を要求するシーンですが、書いていて一番楽しかったです。
「こんなこと言うやつ、今までいなかった」と神様が言ってましたが、そりゃそうです。普通は言いません。
まぁ前作の魔法はAPIだろ、も大概アタオカだとは思うですが、はい。田中の健一も大概ヤバい。

次回からは、いよいよ異世界での生活が始まります。
とはいえ、剣を振り回すでも魔法を極めるでもなく、ひたすらコンソールとにらめっこする日々のようですが。

まあ、そんなのも異世界転生のうちです。たぶん。

それでは、また次話で。
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