異世界転生したら特典チートがつまんねーのでvSphereのルートもらってみた件 作:nelldrip
剣が最強、魔法が無詠唱、ステータスが軒並みカンスト——ここまで来ると、もう詰将棋の最終手だけ渡されたようなもので、プレイする楽しみがない。
このお話の主人公が異世界からもらったのは、そういう「完成品としての強さ」ではなく、vSphereのルート権限です。
つまり、世界という名の本番環境に対する、根っこの管理者アカウントです。
VMの起動・停止・リソース配分、ネットワークの構成、権限周り——できることは多い。けれど、できることが多いというのは、裁量が大きいというだけの話で、勝手に何かを解決してくれるわけじゃない。
魔王軍という名の負荷の高いプロセスをどう制御するか、隣国という名の他システムとの整合性をどう保つか。全部、自分で設計して、自分で運用しなきゃいけない。
チートというより、インフラ管理者権限。
派手さはないですが、意外と忙しい。
あと、なぜか人間関係まで、あらかじめ実装済みでした。これに関しては、主人公も戸惑っています。
世界観の設定にしては、妙に生々しい形で降ってきます。
技術寄りの軽口と、なろう系テンプレへの目配せと、地味に増えていく人間関係のトラブルを、のんびり書いていく予定です。気楽に読んでいただければ幸いです。
## 第1話「いや、人間関係まで実装済みなのかよ」
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森を出て、最初の村に辿り着いた時。
驚いたのは、魔物に遭遇しなかったことでも、歴戦の勇者級のステータスを持て余したことでもなかった。
「お兄ちゃん、おかえりー!」
そう言って駆け寄ってきた、見知らぬ少女二人。年は十二、三歳くらいだろうか。
「……は?」
「え、なに、また寝ぼけてるの? お兄ちゃんってば」
戸惑う自分をよそに、少女たちは当然のように両脇から腕を組んでくる。
「あなた、また畑仕事サボって森に入ってたんでしょう。お父さんに怒られるわよ」
聞き慣れない、でも聞き覚えのある声。振り返ると、中年の女性が腰に手を当てて立っていた。母親、らしい。らしい、というか、頭の中で「これは自分の母親だ」という確信が、説明もなく勝手に湧いてくる。
「いや、あの……」
戸惑いを隠せないまま、家まで連れて行かれた。
普通、異世界転生というのは、もっと違う始まり方をするものじゃないのか。赤ん坊から育て直すか、もしくは死んだ時の姿のまま、たった一人で見知らぬ世界に放り出されるか。前世でラノベやWeb小説をそれなりに読んでいた身としては、そういう「定説」が頭にこびりついていた。
だが、今回は違った。
家に着いて、ようやく落ち着いて自分の姿を確認する機会があった。水鏡に映る顔は、十七歳くらいの、見知らぬ青年のものだった。前世の自分とは似ても似つかない。けれど、不思議と「これは自分だ」という感覚に、違和感はなかった。
それだけじゃない。
家には両親がいて、さっきの少女二人は妹だった。家族構成、家の間取り、ちょっとした生活の癖まで、まるで最初からそこにいたかのように体に馴染んでいる。
それだけでも十分おかしいのに、輪をかけておかしかったのが、交友関係だった。
頭の中で、自然と人物リストが浮かび上がってくる。同性の知人が四人。異性の知人が六人。それぞれの名前、顔、これまでの付き合いの経緯らしきものまで、ふわっとした形で「知っている」感覚があった。
異性の知人のうち一人。金髪で、よく笑う、少し強引なところのある幼馴染。
「ミレイユ」
口に出してみると、すとんと馴染んだ。ああ、これがそうか、と妙に納得した。記憶があるわけじゃない。でも、なんとなくそんな気がする、というやつだ。
交際まではしていない。けれど、もう少し押せば付き合えそうな距離感。そんな曖昧な関係性まで、頭の中にちゃんと用意されていた。もっとも、残り五人の異性の知人たちとも、似たような曖昧な距離感らしい。ミレイユとしては、それが面白くないようだった。なんでそんなことまでわかるんだろう、と自分でも思うが、わかってしまうのだから仕方ない。
「……あの神様、とんでもない仕事してくれたな」
誰もいない自室で、思わず呟いた。
これ、技術的に考えるとどういう仕組みなんだろう。前世の知識と、この世界のキャラクターとしての人格・記憶・人間関係が、何らかの形でマージされてる。データベースのレコードに、外部から新しいプロセス(=前世の自分の意識)が接続されて、既存のデータをそのまま引き継いで動き出した、みたいなイメージだろうか。
考えれば考えるほど、頭が痛くなる類の話だった。
とはいえ、深く考えるのは後回しにすることにした。今は、この急に降って湧いた人間関係に、自然に溶け込むほうが先決だ。下手に「実は別人格です」みたいな雰囲気を出して、家族や友人を不安にさせる必要もない。
そうして、大人しく過ごすことにした。
時間が経つのは早い。気づけば、こちらの世界に転生して三ヶ月が経っていた。
村での生活にもすっかり慣れた。妹たちとの距離感も、家業の手伝いも、ミレイユとの微妙な関係性も、もう違和感なくこなせるようになっている。
ただ、平和に慣れたかと言うと、そうでもなかった。
少しずつ、この世界の情勢が見えてくる。どうやら、世界は魔王率いる魔族と人類の対立構造があるらしい。ここまでは、まあ、異世界ものとしてはテンプレ通りだ。
問題は、それだけじゃないということだった。
自分が住むこの国と、隣接する二つの国。三国の間には、戦争とまでは言わないまでも、かなり危うい緊張状態があるらしい。村の大人たちの立ち話、行商人が運んでくる噂、たまに貼り出される国の布告。情報を拾い集めていくうちに、だんだんと輪郭が見えてきた。
三国とも、どこか思想が極端寄りだった。
ある国は、魔族との共存より根絶を優先する方向に傾いている。別の国は、隣国の領土に対してかなり露骨な拡張的態度を見せている。そして自分が住むこの国も、表向きは穏健を装っているが、内情を聞けば聞くほど、一番抜け駆けで他国への軍拡を望んでやがる。一筋縄ではいかない歪さが透けて見えると頭が痛い。
「聞けば聞くほど、収まりが悪いんだよなあ……」
夜、自室の天井を見上げながら、独り言が漏れる。
魔王軍については、すでに手を打ってある。世界の基盤にアクセスできる権限を使って、魔王軍を運用しているVMへのリソース制限を、こっそりとかけ続けていた。あからさまに弱体化させるんじゃなくて、進軍速度や動員効率を少しずつ鈍らせる程度に。表向きは「最近、魔王軍の動きが妙に鈍い」程度の違和感で済むように、加減はしているつもりだった。
ただ、これにも限界がある。
魔王軍へのリソース制限を強めすぎると、相対的に人類側、特にこの国の軍事的余力に注目が集まりすぎる。「うちの国はやけに余裕があるな」という空気が周辺国に伝われば、それはそれで別の緊張を生みかねない。三すくみのバランスが、思った以上にデリケートだった。
魔族の脅威を抑えることだけ考えていればよかったはずが、気づけば隣国二つの顔色まで窺いながら、リソース配分の匙加減を探る羽目になっている。
「おい、神様」
天井に向かって、誰に届くわけでもない愚痴をこぼす。
「やけに難しい世界に転生させてくれたなあ、お前」
返事は、当然ない。
ただ、こうも思う。前世の現場だって、似たようなものだった。一つのシステムを直せば、別のシステムに予期しない影響が出る。一つの対処が、別の場所で新しい火種になる。本番環境の運用というのは、いつだってそういうものだ。
「まあ、できないことはない、か」
天井を見上げたまま、小さく息を吐いた。
三国の緊張状態、魔王軍の動向、自分の正体を悟られないための立ち回り。考えなきゃいけないことは山積みだったが、不思議と、前世のデスマーチほどの絶望感はなかった。
少なくとも今は、対処するための権限がちゃんと自分の手の中にある。それだけで、だいぶマシだった。
「明日からも、ぼちぼちやるか」
そう呟いて、目を閉じた。
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人間関係、と言えば。
三ヶ月も経つと、最初に戸惑っていたあの曖昧な交友関係も、すっかり輪郭がはっきりしてきていた。ただ、その輪郭の付き方が、想像していたのとはちょっと違う方向に進んでいた。
同性の友人、キース、ナイル、ワグナ、ヒューイの四人とは、相変わらずだった。畑仕事の合間に集まって、くだらない話で盛り上がったり、たまに連れ立って狩りの真似事をしたり。ここは特に変化もなく、平和なものだった。
問題は、異性の知人六人のほうだった。
「ねえ、今日は一緒に市場行こうよ」
「いや、こいつ私が先に誘ったんですけど」
朝、家を出ようとした瞬間に、すでに二人がかち合っている。金髪のミレイユと、物静かな雰囲気のルーナ。二人とも、当然のように自分の腕を引っ張ろうとしてくる。
「あの、二人とも、落ち着いて」
「落ち着いてられるか!」
声を揃えて言われると、もう何も言えなくなる。
三ヶ月という時間は、思った以上に長かったらしい。最初はただの「知人」だったはずの六人との関係が、気づけばそれぞれ、かなり踏み込んだところまで進んでいた。
特に幼馴染のミレイユとは、一番接する機会が多かった。畑も近所、家族同士の付き合いも長い、何かと理由をつけて顔を合わせる頻度が、他の五人より圧倒的に多い。気づけば「押せば落とせる」を通り越して、肉体関係こそないものの、傍から見ればほとんど恋人同士のような距離感になっていた。
もっとも、ミレイユだけが特別というわけでもなかった。
ルーナ、レイス、クリス、シルフィー、アーシェ。五人とも、似たような近さまで来ている。それぞれ性格も雰囲気も違うのに、なぜか全員、似たような熱量でこちらに向き合ってくる。村の規模からして、互いに顔見知りなのは当然で、当然、互いの距離感にも気づいている。
結果として、なんとも言えない緊張状態が出来上がっていた。
「ねえ、最近あの人と仲良くしすぎじゃない?」
「お互い様でしょ」
そんな会話が、ことあるごとに自分のいないところで交わされているらしい、という噂を、風の便りで聞く。胃が痛い。
「いや、これ自分で望んだことなんだよな……」
自室で、頭を抱えながら呟く。
転生して間もない頃、人間関係に「自然に溶け込む」と決めたのは自分だった。下手に距離を置いて、不審がられるよりはマシだろうと。だから、誰かに誘われれば断らず、頼られれば応じて、結果として全方位に対して、それなりに親密な距離感を保ち続けてきた。
その積み重ねが、今のこの状況を作っている。蒔いた種、というやつだ。自業自得と言われれば、返す言葉もない。
それでも、もし六人の中から一人だけ選べと言われたら。
まぁ、ミレイユだろうか。機会が多い、というのは、それだけで強い。遠くの親戚より近くの他人、なんて前世のことわざがあったが、まさにそれだ。毎日のように顔を合わせて、些細な出来事を共有して、転んだり笑ったりするその姿を、一番近くで見続けてきた相手。理屈じゃなく、なんとなく、一番近いところにいるのがミレイユだった。
もっとも、別に付き合うとしたらミレイユ以外でも喜んで付き合いたいし、体の関係ということなら全員でもウェルカムである。
「いやでも、これ口に出したら全員に刺されそうだな……」
独り言が、自然と弱気になる。
世界の管理者権限を持っている。その気になれば、人間関係のバランス調整も、できないことはないのだろう。誰かの好感度パラメータをこっそり弄って、関係を冷やすことも、逆に深めることも、技術的には可能なはずだ。
でも、それをする気にはならなかった。仮にそういう項目があったとして、変化量の操作を、良くするも悪くするも、するつもりにはならなかった。インフラはいじる。リソース配分も、危機対応も、自分の判断で動かす。
でも、人の心の中身にまで手を突っ込むのは、何か違う気がした。線引きの理由をきちんと言葉にできるわけじゃない。ただ、なんとなく。そこだけは触っちゃいけない領域だと思う。
まぁ、それを放置した結果、三国の緊張以上の緊張状態が、自分を中心に展開されているわけだが。
……いやでも、これもなろうテンプレと言えばなろうテンプレか。
「まあ、ぼちぼちやるしかないか」
ため息をついて、今日も村へと向かう。今日はミレイユと、川へ魚を採りに行く約束をしていた。
──そういえば、ミレイユって、昔から妙に運動神経が悪かったんだよな。
ふと、そんなことを思い出しながら。
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(つづく)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
書いていて改めて思ったのですが、「異世界に転生したら人格・記憶・人間関係まで実装済みだった」というのは、考えれば考えるほど不穏な設定だなと。
前世の意識が、既存のレコードに外部プロセスとして接続しただけ、という主人公の解釈も、本人的には妙に納得のいく説明のつもりでも、はたから見るとかなり不気味な話で。
魔王軍のリソース制限という発想は、書きながら「派手な必殺技より、こっちのほうが技術者的にはリアルな全能感だよな」と思いつつ書きました。
あからさまに叩き潰すのではなく、負荷を少しずつ絞る。
本番環境をいじったことのある人なら、たぶんこの地味な緊張感、わかっていただけるんじゃないかと思います。
人間関係のほうは、正直、主人公の自業自得です。「自然に溶け込む」という判断が、三ヶ月後にこんな緊張状態を生むとは、彼自身も予想していなかったでしょう。
ただ、権限があっても好感度パラメータには手を出さない、という一線だけは律儀に守っているあたり、根が真面目なのです。
次は、三国の情勢か、それとも川へ魚を採りに行った先での一悶着か、そのあたりを書こうと考えています。よろしければ、続きもお付き合いいただければ嬉しいです。
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