異世界転生したら特典チートがつまんねーのでvSphereのルートもらってみた件 作:nelldrip
キノコを採りに行っただけだ。
木の根に躓いただけのはずである。
——それで人が死ぬなら、この世界の設計はどこかがおかしい。
…いや、おかしいのはミレイユのステ振りか。
前世エンジニアの俺には、この世界の管理コンソールが見える。
ステータスも、心電図も、スナップショットも。
だから直したはずだった。AGI 15、LUK 15。転ばないように直したはずである。
なのにミレイユは、今日も同じ場所で転んで、同じように死んだ。
胸骨圧迫、二回目。ロールバック、二回目。
そして——服を脱がせたのも、二回目。
「二回連続で不可抗力ってある!?」
「あるんだよなあ、これが」
命は巻き戻せる。誤解は巻き戻せない。
異世界オペレーション奮闘記、まさかの事故二回目。
「キノコ採りに行こうよ! 森の奥、美味しいの生えてるんだって!」
聞いた瞬間、嫌な予感がした。前科持ちが「採りに行こう」と言い出した時点で、これはもうフラグでしかない。
「……ミレイユ、お前さ、川の時のこと覚えてる?」
「は? あんたに服脱がされたのまだ許したつもり無いんだけど?」
死んだ記憶は…ない。当然ない。ロールバックしてるんだから、本人の記憶には何も残ってない。あるのは俺の記憶だけ。これがまた地味にしんどい。というか、まだ許してくれてなかったのか。
「いや、なんでもない。つーか、まぁ、それは…うん、すまん。とりあえず、森行くぞ森」
ステータス、直しといたはずなんだ。AGI15、LUK15。一般人の1.5倍。あれから数日経って、もう同期バッチも何周も回ってる。だから大丈夫なはず。**だから大丈夫なはずだった。**
森に入って二十分くらい。木の根が地面から飛び出してるだけの、なんでもない場所。
ミレイユの足が、また引っかかった。
「あ」
「は?」
短い「あ」のあと、体が前に投げ出される。体勢が悪かった。今度は後頭部じゃなくて、こめかみから木の根本の岩に。
ゴッ。
また、あの音だった。聞き慣れたくなかった音、二度目。
──こめかみ。よりによって、一番まずい場所だ。
前世の知識が、真っ先に警鐘を鳴らす。側頭部は頭蓋骨が薄い。すぐ内側を太い動脈が走っている。同じ「頭を打った」でも、後頭部の前回とは危険度の桁が違う。いや、まぁ後頭部も大概悪いのだが、嫌な予感が確信に近い形で背筋を走った。
「ミレイユ!」
駆け寄る。痙攣。呼吸確認──ない。脈──ない。
「またかよ!噓だろ、噓だろ噓だろ噓だろ!」
今度は迷いがなかった分、体の動きは早かった。気道確保、胸骨圧迫。シャツの前を開く手も、前回より迷いがなかった。
```
[ミレイユ]
HP: 9/120
波形: Coarse VF(粗大、振幅大)
心拍数: -- bpm(測定不能)
血圧: 測定不能
酸素飽和度(SpO2推定): 68%
STATUS: CRITICAL
```
数字を見る余裕も、前回よりはあった。それが良いことなのか悪いことなのか、自分でもよくわからない。
「1、2、3、4、5……っ」
前回の経験があるから手順に迷いはない。でも、迷いがないことと、楽になることは別だ。リズムを刻みながら、頭の中では別の処理が走ってる。
──なんで。直したじゃん、ステータス。なんでまた転んでんだよ。
「6、7、8……っ、頼む、頼むから戻ってこい……っ」
人工呼吸を挟んで、また圧迫に戻る。汗が顔を伝って地面に落ちる。腕が、また悲鳴を上げ始める。この感覚、二度目だからって慣れるようなものじゃない。むしろ二度目だから余計にきつい。
```
[ミレイユ]
HP: 4/120
波形: Fine VF(微細、振幅減衰中)
心拍数: -- bpm(脈触知不可)
血圧: 42/24(重度低血圧)
酸素飽和度(SpO2推定): 45%
STATUS: CRITICAL
```
数字が、また同じように落ちていく。既視感がひどい。前回見た地獄と、寸分違わぬ下り坂だった。
「お願いだから、お願いだから戻ってこいって……っ」
何セット繰り返しても、ミレイユの顔色は戻らない。瞳孔は開いたまま。汗だくになりながら、それでも手は止まらない。止まらないのに、手応えだけがどんどん薄くなっていく。
──ダメだ。
体のどこかが、また理解してしまう。圧迫する手が、ゆっくり止まった。
ステータス確認。震える指で。
```
[ミレイユ]
HP: 0/120
波形: Asystole(心静止)
心拍数: -- bpm
血圧: 測定不能
酸素飽和度(SpO2推定): -- %
STATUS: DEAD
```
「ちょぉぉぉぉぉぉ!!!」
叫んだ。森中に響き渡るくらいの声で。誰かに聞かれてるかもなんて、もうどうでもよかった。
「またかよ、お前ぇぇ……っ」
膝から崩れ落ちそうになりながら、それでも手だけは動いてた。前回の経験がある分、今回は迷わず管理コンソールを開く。
```
> vSphere Admin Console
> Select Target: [ミレイユ]
> Available Snapshots:
- 2026-07-03 03:00 AM (Daily Batch)
> Execute Rollback? [Y/N]
```
「Y」
迷わず実行。数秒後、ミレイユが目を開ける。
```
[ミレイユ]
HP: 120/120
波形: 洞調律(正常)
心拍数: 74 bpm
血圧: 118/68(平常値)
酸素飽和度(SpO2推定): 98%
STATUS: Fine
```
数字が、また人間らしい値に戻っていた。何度見ても、この瞬間だけはほっとする。
息も整わないまま、地面に座り込む。心臓の音がうるさい。二回目の蘇生、二回目の絶望、二回目の安堵。前より感情の振れ幅が小さくなった気がするのは、多分これが「慣れ」の正体なんだろう。慣れたくなかった慣れだった。
「……あれ、あたし何して……」
「いいから、ちょっと黙って座ってろ」
「は? なんなのさっきから」
言いかけて、ミレイユが自分の体を見下ろした。
「……は?」
「……あ」
またか。今日はシャツではない。ワンピースの前を開いていた。前回より、もっと際どいところまで開いている。さっきの心臓マッサージで、前回より深く強く、かつ慌てて行っていた分、衣服にまで気が回る余裕は欠片もなかった。
「ちょっと、また!?上裸にされてるんだけど!?」
「……あー」
「二回目だよ!? なんで二回もこうなるの!?」
ミレイユの声が、今度は怒りと混乱が半々くらいの勢いで飛んでくる。前回は戸惑いと羞恥が中心だったのが、今回はもう完全に「いい加減にしろ」という温度に変わっていた。
──さすがに二度目は…もう許してもらえそうにないなぁ。
内心で諦観しながら、視線を逸らす。一回目は「不可抗力」で押し通せた。でも、同じ手が二度続けて通用するほど、ミレイユも甘くない。むしろ二度目だからこそ、「絶対わざとだ」という確信に近い疑念を持たれているのが、表情から痛いほど伝わってくる。
「い、いや、これも、その、不可抗力で……」
「また不可抗力!? 二回連続で不可抗力ってある!?」
「あるんだよなあ、これが」
「ないよ! 絶対ないよ!」
ミレイユの顔が、今度は羞恥より怒りのほうが完全に上回っていた。両手で前をきつく掻き合わせながら、目には涙まで浮かんでいる。
「て、ていうか、今回、前よりずっとしっかり見えてたし……! わたし、ちゃんと自分の目で確認したもん、寝てる間じゃなくて、起きた瞬間にバッチリ見えたんだから!」
「いや、それは、その」
「二回だよ!? 二回とも思いっきり見られてるんだけど!? いくらなんでも、いくらなんでもおかしいでしょ!」
さすがに二回目ともなると、羞恥心よりも怒りが完全に勝るらしい。声のボリュームが、森の中に容赦なく響き渡る。
「ご、ごめん、それは本当に……」
「森の奥まで連れてきて、こんな人気のないところで、二回も服脱がすとか……!」
「いや、あの、それは違くて」
「さ、催眠魔法まで使わなくたって……!」
「は?」
予想外の単語が飛び出して、思わず聞き返した。
「へ、変なことしたいなら、い、言ってくれたら、その……さ、させてあげるんだから……っ。こんな、無理やりみたいなやり方しなくても……っ」
顔を真っ赤にして、消え入りそうな声でそう言われた瞬間、頭の中が一瞬、完全に真っ白になった。
「いや、待て、待て待て待て、誤解だ、それは完全に誤解だから」
「誤解じゃないでしょ! 現に二回も服脱げてるじゃない!」
「それは、その、理由が全然違って……いや、これ理由を説明しようとすると余計にややこしくなるやつだ」
説明しようにも、心肺蘇生だったなんて言えるわけがない。だが、このまま黙っていれば、催眠魔法で人気のない場所に連れ込んで、なんて誤解が完全に確定してしまう。前回の「不可抗力」より、遥かにまずい方向に転がりつつあった。
「と、とにかく! 俺はそんなつもりは一切ない! 断じてない!」
「じゃあなんで二回も脱げるのよ!」
「それは俺が一番聞きたい……いや違う、俺は知ってるけど、お前には言えない……いや、これもおかしいな、なんだこれ」
自分でも支離滅裂になっているのがわかる。頭を抱えたくなった。
ミレイユが涙目になりながら、もう何も言わせまいとするように、両手で前を掻き合わせて睨んでくる。今回は、頬を膨らませるどころか、本気の怒りに近い表情だった。さすがに今回ばかりは、「それはそれでムカつく」みたいな可愛げのある反応すら、期待できそうになかった。
これ以上ここで押し問答を続けても、埒が明かない。とりあえず今は、話をいったん置いておくしかなさそうだった。
ふと、引っかかる。
「待てよ……」
ステータスを直したのに、また同じ理由で転んだ。ということは。
震える手で、もう一度ステータス画面を開く。確認のためだ。
```
[ミレイユ]
AGI: 4
LUK: 3
```
「は?」
二度見した。三度見した。間違いなくこの数値、前と同じだ。直したはずの15という数字が、どこにもない。**戻ってる。**
「噓だろ、おい」
何が起きたのか、最初は理解できなかった。型定義は確かに書き換えた。同期バッチも何度も回ってる。なのに、現在値は元のまま。
頭の中で、エンジニアだった頃の記憶が警鐘を鳴らし始める。
──待て、これ。
ゲストOS rootで、もう一度型定義ファイルを覗く。
```typescript
interface Character {
name: string;
AGI: number; // 15
LUK: number; // 15
}
```
型定義側は、ちゃんと15のまま残ってる。じゃあなんでDB側の実値は4と3に戻ってるんだ。
同期ログを確認する。
```
> Sync Log (2026-06-30 ~ 2026-07-03)
> [2026-07-01 03:00] Schema validation failed for [ミレイユ].AGI, .LUK
> Reason: Delta exceeds maximum allowed variance
> (limit = max(±20%, ±1) per batch)
> Detail: AGI 4 → 15 (delta +11, allowed +1)
> LUK 3 → 15 (delta +12, allowed +1)
> Action: DB value retained (source of truth = DB). Sync REJECTED.
> [2026-07-02 03:00] (retry) Delta exceeds max(±20%, ±1) ... Sync REJECTED.
> [2026-07-03 03:00] (retry) Delta exceeds max(±20%, ±1) ... Sync REJECTED.
```
「……あ」
声が、間抜けに漏れた。
「あ、そっか」
理解した瞬間、力が抜けた。安堵じゃなくて、純粋に自分の間抜けさに対する脱力だった。
型定義(TypeScript)側で値を直接書き換えても、それは「あるべき理想値」を更新しただけ。実際にDBに反映されるのは同期バッチを通った時で、その時に**変化量が大きすぎる更新はDB側の整合性チェックで弾かれる**仕組みになってたんだ。AGI4→15、LUK3→15。どっちも変化量で言えば300%超え。許容変動幅の±30%なんて、軽々超えてる。
つまりあの時の俺は、「型を直したから明日には反映される」って思い込んでただけで、**実際には何も直っていなかった。** バッチは毎晩律儀に同期を試みて、律儀に弾かれ続けてた。何日もの間、ずっと。
「お前のせいじゃない、俺のせいだわ、これ」
「…何の話?」
「いいから黙って座ってろって言ってんだろ」
ミレイユは納得いかなそうな顔をしながらも、地面に座ったまま大人しくしている。ひょっとしたら、さっきまで死んでたことの欠片くらいは、本能的に感じ取ってるのかもしれない。
さて、と。
一番手っ取り早いのは、同期バッチなんか待たずに**DBへ直接書き込む**ことだ。型定義の理想値とDBの実値、その間にあるバリデーションを全部すっ飛ばして、現在値そのものを上書きしてしまえばいい。
```
> Direct DB Write (bypass sync validation)
> Target: [ミレイユ].AGI
> Current: 4 → New: 15
> Acquiring row lock...
```
「……は?」
カーソルが点滅したまま、進まない。
```
> Acquiring row lock... (waiting)
> Acquiring row lock... (waiting)
> Acquiring row lock... (waiting)
```
「噓だろ、なんで止まってんだよ」
待てど暮らせど、ロックが取れない。考えてみれば当たり前だった。このDB、ミレイユ一人のものじゃない。世界中のキャラクターのステータス、所持品、座標、感情パラメータ、ありとあらゆるものが同じテーブル群に乗ってる。今この瞬間にも、どこかの誰かのHPが減ったり、誰かが何かを拾ったり、無数のトランザクションが裏で走り続けてる。**そこに割り込んで一行だけ直接書き換える**なんて、軽い処理のはずがなかった。
「なあおい、いつまで待たせるんだよ」
```
> Acquiring row lock... (waiting: 47s)
```
四十七秒。たかが四十七秒、されど四十七秒。さっきまでCPRしてた腕はまだ痺れてるし、心臓もまだ完全には落ち着いてない。こんな状態で、画面の前でただ「ロック待ち」の表示を眺めてる時間が、地味に一番きつかった。
```
> Acquiring row lock... (waiting: 1m32s)
```
「まだかよ……」
```
> Acquiring row lock... (waiting: 4m18s)
```
四分を超えたあたりで、さすがに苛立ちよりも焦りのほうが強くなってきた。自分のステータスを書き換えた時のロック待ちは、確か七分くらいで終わったはずだった。それより既に短い時間しか経っていないのに、体感の長さはとっくにそれを超えている。
──いや、あの時とは条件が違うのか。
考えてみれば、自分のレコードを書き換えたのは、森の中に一人きり、誰も何もしていない、いわば真夜中みたいに空いた時間帯だった。だから七分で順番が回ってきた。対してミレイユのレコードは、どうも様子が違う。感情パラメータだの座標だの、人付き合いの多いキャラクターほど、更新の頻度も高くなる。彼女のレコードが載っている区画そのものが、たまたま書き込みの激しい「ホットスポット」なんだとしたら、その競合の隙間に割り込むのに、これだけ待たされるのも辻褄が合う。理由が読めたところで、待たされる事実は何も変わらないのだが。
```
> Acquiring row lock... (waiting: 8m45s)
```
八分。木の根に座り直しながら、頭を抱える。今日はもう何度、この画面の前でただ待つだけの時間を過ごしただろう。
```
> Acquiring row lock... (waiting: 12m03s)
```
十二分を超えた時点で、限界だった。
「……いや、もういい」
諦めた。これ以上待つくらいなら、別の手段を考えたほうが早い。
```
> Cancel operation? [Y/N]
```
「Y」
DB直接書き込みは、確かにできる。できるけど、**重い。** 本番環境の生テーブルに直接手を突っ込む処理は、世界中のトランザクションと競合しまくって、ロック待ちだけでいくらでも時間が溶ける。しかも下手に途中でキャンセルしたら、整合性が崩れて余計なバグを生みかねない。緊急時の最終手段としてはアリでも、**毎回これをやる運用は、正直やってられない。**
「あんた、もう本当何言ってんの?わけわかんないんだけど」
「俺もちょっとわかんなくなってきた」
ステータス画面を睨みながら、頭を切り替える。直接書き込みがダメなら、正攻法でいくしかない。さっき弾かれたのは、変化量が一気に300%を超えたせいだった。なら、**バッチが許容する範囲内で、毎晩少しずつ上げていけばいい。**
型定義側の数値はそのままにしておいて、同期の許容変動幅、±20%に収まるように現在値を段階的に近づける設定を組む。
```
> Sync Schedule Configured
> [ミレイユ].AGI: 4 → 5 → 6 → 7 → ... → 15 (over 10 nightly batches)
> [ミレイユ].LUK: 3 → 4 → 5 → ... → 15 (over 10 nightly batches)
> Estimated completion: 2026-07-13
```
十日かかる。十日。
正直、さっきの十二分より、よっぽど長い。冷静に比較すれば、こっちのほうが遥かに待たされる話だった。それでも、**十二分間、画面に張り付いて祈るように待ち続ける**のと、**バッチを組んで放っておけば、あとは何もしなくても勝手に終わる**のとでは、体感の負担がまるで違う。前者は拘束時間そのものが苦痛で、後者はただ気長に待てばいい。
「時間はかかるけど、こっちのほうがマシか……」
即効性がないのは、相変わらずだった。今日明日でどうにかなる話じゃない。それでも、目の前に張り付いて待たされ続けるよりは、よほど精神衛生上、健全な待ち方だった。
正直、ミレイユに説明する気は失せていた。代わりに、頭の中でもう一つ反省点を数える。**型を直した、で満足して、実際の反映を確認しなかった俺のオペレーションミス。**
本番環境のステータス変更を「設定したから終わり」で放置するの、現場だったら絶対怒られるやつだ。
「よし、今日はキノコも果物も諦めて帰るぞ」
「え、まだ何も採ってないのに」
「お前が二回死んだからだよ」
「は?」
ミレイユの「は?」に答える気力もないまま、手を引いて森を出ようとする。ステータスの同期スケジュールを組んでいる間、都合よく誤解の話がうやむやになっていたことに、内心ほっとしてもいた。
「……ねえ」
「なんだよ」
「さっきの話、まだ終わってないんだけど」
足が止まった。振り返ると、ミレイユが腕を組んで、まっすぐこちらを見ていた。さっきまでの涙目とは違う、覚悟を決めたような目だった。
「服の話も、催眠魔法の話も、まだ何も聞いてない。あんた、さっきからずっと誤魔化してばっかり。いい加減、ちゃんと答えて」
「いや、それは……」
「二回だよ。二回も、変な状況で服が脱げてる。それで『不可抗力』とか『説明できない』とか、そんなの通用すると思う?」
言葉に詰まった。返す言葉が、本当に何一つ見つからなかった。心肺蘇生の事実を説明すれば筋は通るはずなのに、それを話すには、転倒も、心停止も、ロールバックも、記憶の欠落も、全部説明しなきゃいけなくなる。そんなこと、この場でどう切り出せばいいのかもわからない。
「……悪い」
「謝ってほしいわけじゃない」
ミレイユの声が、少し震えていた。
「ちゃんと、理由が知りたいだけ。ほんとに、それだけなんだけど」
まっすぐな目で見つめられて、逃げ場がなくなった。誤魔化しても、誤魔化しても、結局この目からは逃げられない。何より、ここまで真剣に向き合われて、まだ「不可抗力」でごまかそうとする自分が、さすがに情けなくなってきた。
「……わかった」
観念した。
「理由は、今は説明できない。できないんだけど……」
言葉を選ぶ余裕もなく、勢いだけで続けた。
「お前のことは、ちゃんと大事に思ってる。それだけは、噓じゃない」
言った瞬間、頭の中で「あれ、これ告白じゃね?」と、妙に冷静な部分が実況を始めたが、今更止められない。
ミレイユが、目を丸くした。
「……え」
「だから、その……騙して変なことする気とか、そういうのは一切ない。今回のことも、ちゃんと理由があって、いつか絶対説明する。でも今は、それだけは信じてほしい」
沈黙が、数秒続いた。
やがて、ミレイユの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。さっきまでの怒りとは、明らかに違う色の赤さだった。
「……ま、まぁ、そういうことなら」
急に歯切れが悪くなって、視線が泳ぎ始める。
「そういうことなら、まぁ、今回は、その、大目に見てあげなくもないというか……」
想定より遥かに簡単に、矛が収まった。理由も何も説明していないのに、なぜか丸く収まってしまっている。技術的な説明を何一つしていない、ただの勢いだけの告白紛いの言葉で、あれだけの怒りが霧散したことに、逆にこっちが困惑した。
「そ、それなら、その…」
ミレイユが、もじもじと指を絡ませながら、上目遣いでこちらを見てくる。
「そ、そういうこと、する……?」
「は?」
「だから、その、大事に思ってるとか、そういうこと言うってことは……そ、そういう関係に、なるってことでしょ……?」
「い、いやいやいや!」
慌てて首を振った。想定していた着地点と、明らかに違う方向に話が転がっている。
「そこまでは言ってない! その、気持ちの話をしただけで、いきなりそういう話には」
「じゃあなんなのよ! 思わせぶりなこと言っといて!」
「い、いや、それは……」
墓穴を掘った自覚だけが、ずっしりと胸にのしかかってくる。何をどう説明しても、もう手遅れな気がした。
「……ふん」
ミレイユが、頬を膨らませて、そっぽを向いた。怒っているような、拗ねているような、判別のつかない表情だった。
「ま、まあ、いいけど。今日のところは、それで許してあげる」
「あ、ああ、悪い」
「……でも」
ちらりと、横目でこちらを見てくる。
「次はちゃんと、はっきりさせてよね」
何が「次」で、何を「はっきり」させろというのか、具体的なことは何一つ聞けないまま、ミレイユは先に立って歩き出した。その背中は、どこか不満げで、それでいて、足取りは思ったより軽かった。
帰り道、頭の中ではもう次の対策を組み立て始めていた。
DB直接書き込みは、緊急時の最後の手段として頭の片隅に置いておくにしても、**普段使いする手じゃない。**
ロック待ちで何分も固まるリスクを背負うくらいなら、多少時間がかかっても、バッチ経由で段階的に直すほうが結局は安全だし早い。それと、変更が本当に反映されたかどうかを**都度ちゃんと確認する運用フロー**も要る。
ついでに、同期ログをちゃんと監視する仕組みも作ったほうがいい。今回みたいに「直したつもりが何日も反映されてませんでした」なんてオチ、二度とごめんだ。
「ねえ、あんた、なんかさっきからずっと怖い顔してるよ」
「うるせえ、今、お前の命綱の設計し直してんだよ」
「もっと意味わかんない」
それでもいい。意味がわかってもらえなくても、次にミレイユが転んだ時、ちゃんと受け止められればそれでいい。
──いや、転ばないようにするのが先か。
それと、もう一つ。さっきの成り行きで生まれてしまった、なんとも言えない空気についても、いつかちゃんと向き合わなきゃいけないんだろう。
森を出ながら、俺はもう一度考えていた。**今度こそ、ちゃんと確認する…しかねぇか。**
──ステータスの同期も、それから、まぁ色々と。
---
(つづく)
今回のテーマは「直したつもりが、直ってなかった」です。
一度でも運用をやったことがある人なら、たぶん背中が寒くなる回だと思います。
設定ファイルを書き換えて、保存して、満足して閉じる。
反映されているかは見ない。
満足して気持ちよくスヤァした果て。
何も変わっていないことに数日後の事故で気づくわけです。
さらば安らかな眠り…
宣言した理想値と、現実に動いている値は、別物です。
ここを繋いでいるのは同期の仕組みであって、こちらの善意ではない。
たとえるなら、エアコンの設定温度を18度にしたのに部屋が28度のままなのを、リモコンの表示だけ見て「よし冷えてるな」と判断しているようなものです。
リモコンは希望を表示しているだけで、室温は測っていない。
今回主人公はまさにそれをやりました。
で、なぜ弾かれ続けたか。
変化量が大きすぎたからです。
AGI 4→15はおおよそ300%。
許容変動幅±20%または1以上、のバリデーションに、毎晩律儀に殴られていた。
しかもバッチはちゃんとリトライしていて、ちゃんと失敗ログも残してあります。
壊れていたのは仕組みではなく、ログを見ていなかった人間なわけですね。
一番タチの悪い障害の形です。
DB直接書き込みのくだりも、書いていて楽しかったところです。
ロック待ち十二分。この十二分がなぜあんなに苦しいかというと、待ち時間そのものより、拘束されていることが苦しいからです。
だから最後に選んだ「十日かけて段階的に上げる」ほうが、時間で言えば圧倒的に長いのに、体感ではマシになる。
これ、待ち行列の問題ではなく人間の問題です。
銀行の窓口で番号札を持って座らされる十分と、ネットで手続きして三日後に郵送で届く、あの差。
総所要時間は後者が桁違いに長いのに、誰も怒らない。
同期処理は人を拘束し、非同期処理は人を解放する。
主人公が最終的に選んだのは技術的な最適解ではなく、精神衛生上の最適解でした。
ミレイユのレコードがホットスポットになっている、というのも地味に好きな設定です。
座標と感情パラメータの更新頻度が高いキャラほど、書き込みが激しい区画に乗る。
要するに人付き合いが多い人間ほど、DBの上では騒がしいわけですね。
主人公が自分のレコードを七分で書き換えられたのは、単に彼が森で一人きりの、深夜みたいに空いた人生を送っていたからです。
うん、ぼっちしか勝たん。ビバぼっち。
そして服の話。
一回目は「不可抗力」で押し通せました。
二回目は無理です。まぁ当然。
同じ言い訳は二度使えない、というより、二度使った瞬間にそれは言い訳ではなく手口として認定されるわけですね。
ミレイユが「催眠魔法」まで持ち出したのは、彼女なりに筋の通る仮説を立てた結果です。
心肺蘇生という正解を除外されている以上、催眠魔法のほうが説明として合理的なんです、彼女の情報量では。
主人公可哀想に。
最後の告白紛いについては、正直に白状すると、主人公は何一つ説明していません。
技術的な説明ゼロ、事実の開示ゼロ、ただ「大事に思ってる」と勢いで言っただけ。
それであの怒りが霧散したわけで。
ミレイユ含むヒロインズの好感度の高さのおかげです。
とはいえ、それは解決ではなく、先送りです。
説明責任を感情で上書きしただけで、根本原因は何も直っていない。
ステータスの同期と同じ構図で、彼はまた「対処したつもり」をやっています。
同じ回の中で二回同じミスをしている男の話、というわけです。