──あの波止場での賑やかな決闘(デュエル)と、三兄弟との約束から3年の月日が流れた。
海軍本部、マリンフォード。かつてガープじいちゃんの理不尽極まりない地獄のシゴキに涙目を浮かべ、生身で岩石を避けていた俺──遊城十代(結城大雅)は、20歳という若さで「海軍本部大佐」という異例の地位にまで登りつめていた。
17歳から20歳への成長。それは俺にとって、単に背が伸びて体格ががっしりしたというだけのものではなかった。内なる精神力──この世界でいう魔力や覇気のキャパシティが爆発的に拡大したのだ。
その証明として、俺の魂のデッキからは、かつて呼び出せなかったより強力な仲間たちが現実に形を成すようになっていた。
その筆頭が、宇宙の真理を宿した白き戦士──『E・HERO ネオス』だ。
ネオスをはじめとする「ネオスペーシアン」たちや、さらなる高位の融合モンスターとも完全に意識を同調させ、戦況に応じて自在にフィールドへ降臨させることができる。
それだけじゃない。この3年間、新世界や偉大なる航路(グランドライン)の過酷な実戦を幾度も潜り抜けたことで、俺の肉体は海兵としても完成されつつあった。
自身の肉体を漆黒の鎧のように硬化させ、攻撃力と防御力を劇的に跳ね上げる『武装色の覇気』。
そして、周囲に潜む敵の気配や、目視できない死角からの攻撃、果ては相手の微細な感情の動きすらも五感を超えて敏感に察知する『見聞色の覇気』。
これらの一通りを完全にマスターした俺の実力は、今や本部内でも「次世代の怪物」として誰もが認め、一目置くものになっていた。
だが──、高くなればなるほど、遠くまで見通せるようになるはずのその地位で、今の俺の心は、かつてのように晴れ渡ってはいない。爽やかな十代ノリで「ガッチャ!」と笑う回数も、この1年で目に見えて減っていた。
「……なぁ、ネオス。俺、本当に間違ってないのかな」
深夜、大佐に与えられた個室の机の上。
月明かりに照らされたずらりと並ぶカードたちに向かって、俺は誰に聞かせるでもない声を漏らした。
白き戦士のカードが、微かに心の奥で共鳴するように温かくなる。だが、その温もりすら、今の俺の胸を焦がす冷たい割り切れなさを消し去ることはできなかった。
大佐という階級は、単独での軍艦の運用、そして個別の任務を完全に任される立場を意味する。じいちゃんの船から離れ、自分の部隊を率いて偉大なる航路の様々な海域へ赴く機会が増えた。
そこで俺が目撃したのは、本部という世界の中心にいるだけでは決して見えてこない、目を覆いたくなるような、この世界の『現実』であり『澱み(よどみ)』だった。
数ヶ月前、ある海域の支部を監査任務で訪れた時のことだ。
その島の町は、飢えと恐怖で活気を失っていた。民間人を守るべきはずの海軍の支部中佐が、裏で近海を仕切る凶悪な海賊団と手を結び、法外な見返り──賄賂を受け取っていたのだ。海賊は海軍の庇護の元で堂々と略奪を行い、海軍はその利益の一部を受け取って私腹を肥やす。
『おい、海軍本部の大佐様が何の用だ? 本部のエリート様は、黙って安全な場所でふんぞり返っていればいいんだよ』
そう言って濁った目で俺をあざ笑った支部の中佐を、俺は激しい怒りのままに叩きのめした。
『E・HERO ワイルドマン』を召喚し、支部の不正の証拠をすべて白日の下に晒して、その中佐も、裏で繋がっていた海賊たちも、一人残らず叩き潰して縛り上げた。
その瞬間は、確かに「目の届く範囲の明日」を守れたと思った。町の人々も涙を流して俺たちを英雄と称えてくれた。
だが、それで終わりではなかった。
次の任務で行った別の島でも、そのまた次の海域でも、形を変え、規模を変え、同じような腐敗が平然と転がっていた。
お上の目を盗んで民から不当な重税を課し、払えない者を容赦なく監獄へぶち込む支部大佐。海賊の襲撃をわざと見逃し、町が壊滅した後に「救世主」として現れて利権を貪る海兵たち。
彼らが背中に背負っている『正義』の二文字が、俺には酷く薄汚れて、血の臭いが染み付いたものに見えて仕方がなかった。
最初は、目の前の悪を叩くことで満足していた。それがHEROの戦い方だと信じていたからだ。
だけど、どれだけ倒しても、どれだけ不正を暴いても、次から次へと新しい「濁り」が湧き出てくる。まるで、世界を包む巨大な海そのものが、根底から腐りきっているかのように。
ガープじいちゃんや、センゴク元帥、ゼファー先生のような、心から一本気で、純粋に民を守るために命を懸けている本物の海兵も確かにいる。それは知っている。
だけど、本部の大佐という、若くしてそれなりの力を手に入れたはずの今の立場をもってしても、この巨大な組織の底に溜まった暗い澱みをどうすることもできない。
海軍というシステムそのものが、どこか狂っているんじゃないか?
そんな疑問が、一度芽生えると、それはまるで毒草のように俺の心根に深く根を張っていった。
じいちゃんに相談すれば、きっと「気にするな、目の前の敵を殴れ!」と笑うだろう。センゴク元帥に言えば、「それが世界の秩序だ」と苦渋に満ちた目で諭されるかもしれない。
誰にも言えなかった。前世の記憶を持ち、遊城十代という「HEROを体現する存在」になってしまった俺だからこそ抱くこの強烈な違和感は、誰にも分かち合えない孤独な刃となって、俺の心をじりじりと蝕み続けていた。
「カードの中にいるみんなは、いつだって真っ直ぐ戦っているのに……俺は一体、何を守るために戦ってるんだ?」
机の上のネオスのカードに指先で触れる。カードからは静かな闘志が伝わってくるが、俺の心は冷たく沈んだままだった。
翌朝、夜明けと共に部屋の電伝虫がけたたましく鳴り響いた。
本部からの新たな指令。次の任務の地は、偉大なる航路の前半の最終地点──聖地マリージョアの真下に位置する、あの美しい泡の島だった。
「海軍本部大佐、遊城十代。……了解、これよりシャボンディ諸島へ向かいます」
受話器を置いた俺は、姿見に映る自分の姿を見た。白い海兵のコート。その肩にある階級章が、今の俺には酷く重く、そして冷たい足枷のように感じられてならなかった。俺はジャケットの襟を正し、曇った心を無理やり奮い立たせるように、部屋を後にした。