海軍本部、マリンフォード。
その裏手に広がる荒涼とした岩山地帯が、俺の新しい「戦場」だった。
「ほれほれ十代! 足が止まっとるぞ! それで本当に『ひーろー』を名乗る気か!」
背後から迫る、地響きのような怒声。
振り返る余裕なんてあるはずがない。俺は『正義』のマントを翻して追いかけてくる老怪物の突進から、死に物狂いで逃げ回っていた。額からは滝のように汗が流れ落ち、呼吸をするたびに肺が焼けるように熱い。
「ハァ、ハァ……! 死ぬ、マジで死ぬって! おじいさん、特訓に覇気混じりの岩を投げつけるの、絶対に間違ってるからな!!」
ズガガガガドンッ!!!
俺が全力で前方に飛び退いたコンマ数秒後、さっきまで俺の足があった場所に、家一軒分はあろうかという巨岩が突き刺さり、一瞬で粉々に砕け散った。
質量も速度もおかしすぎる。投擲の威力が大砲どころの騒ぎじゃない。ルフィが子供の頃に味わったというガープ流の地獄を、今まさに全身の細胞で体感していた。生身の人間がまともに喰らったら一発で消し飛ぶぞ、これ。
「ガハハハ! 頑丈な肉体があってこその正義じゃ! 体力が尽きかけの今こそ、お前のその『能力』を試す絶好の機会よ!」
ガープおじいさんは額の汗を豪快に拭うと、楽しそうに拳をポキポキと鳴らし始めた。その目は、俺の限界を見極めようとする鋭いトップ海兵のそれだった。
「十代、お前の能力、一度にどれほどの『戦士』を呼び出せる? 兵力とは、数と質のミリタリーバランスじゃ。どれほど強力な戦士でも、一枚ずつしか出せんのでは多勢に無勢。実際の戦場では通用せんぞ!」
「へっ……言うじゃん……!」
息を切らし、膝をつきそうになりながらも、俺の唇は自然と吊り上がっていた。
そう、これこそ俺が海軍本部に来て一番試したかった実験だ。神様から貰ったこの能力、一度に何枚まで実体化の維持ができるのか。戦術の幅を広げるためにも、自分の限界値(上限)は知っておかなきゃならない。
俺は十代お馴染みの赤いジャケットのポケットに手を滑り込ませ、魂(デッキ)のカードたちに意識を集中した。
「……言われなくても、まとめてお披露目してやるよ! 来い、俺の頼れる盾たち──『E・HERO クレイマン』! 『E・HERO バブルマン』!」
カッと眩い光が弾け、俺の左右にガッシリとした泥の巨体と、青いスーツを纏った戦士が現れる。
「クレイマン、おじいさんの足止め! バブルマン、俺に『バブル・シャッフル』の要領で高圧の水を展開して、霧で目眩ましを頼む!」
「「了解、マスター!」」
クレイマンが地響きを立てて突撃し、ガープおじいさんに正面から組み付く。同時にバブルマンが腕のバブルショットから激しい水流を周囲の熱い岩肌に放射し、辺り一面に視界を遮る白い霧を巻き起こした。
完璧な初動連携──と思ったが、相手が悪すぎた。
「ほう、一度に二体か! 面白いが、まだまだ甘いわい!」
ドカァン!と、クレイマンの誇る強固な巨体が、ガープおじいさんの規格外の腕力によって軽々と一本背負いのように投げ飛ばされた。さらに、バブルマンが命懸けで作った白い霧も、おじいさんが「ふんっ!」と拳を一つ振るって風圧を起こしただけで、一瞬にしてすべて吹き飛ばされてしまう。
「マジかよ、一瞬で突破された!? 攻撃力や守備力2000クラスの二体じゃ、足止めにもならないか……!」
おじいさんの突進は止まらない。凄まじいプレッシャーが肌を刺す。
「だったら……これならどうだっ!!」
俺は脳細胞をフル回転させ、魂(デッキ)からさらにカードを引き抜くイメージを強く、強く念じた。
その瞬間、額からドッと冷汗が流れる。まるで体内の魔力か精神力のようなエネルギーが、底の抜けたバケツみたいにガリガリと削られていく感覚が襲ってきた。頭の芯がズキズキと痛み出す。
「現れろ! 『E・HERO フェザーマン』! 『E・HERO スパークマン』! さらに『E・HERO バーストレディ』!!」
緑の突風が吹き荒れ、青い電撃が走り、紅蓮の炎が巻き起こる。
一気に三体のHEROが追加され、フィールドには俺を含めて合計五体のモンスターが揃い踏みした。遊戯王の基本ルールにおける、モンスターゾーンの最大値(5枠)だ。並び立つヒーローたちの姿は、言葉にできないほど壮観だった。
「おおっ! 素晴らしいな! 五体の異形が一列に並ぶか! 圧巻じゃ!」
ガープおじいさんが子供のように目を輝かせて歓声を上げる。
だが、視覚的な派手さとは裏腹に、俺の脳は限界だと悲鳴を上げていた。五体の本物の『命』をこの現実に固定化し、それぞれの意識を繋ぎ止めて命令を下す感覚。頭が割れそうに熱く、視界がチカチカと明滅する。維持するだけで精一杯だ。
「みんな……一斉にいくぞ! おじいさんを力で抑え込むんだ!」
俺の号令に、五体のHEROが同時に動いた。
フェザーマンが鋭い翼で空を駆けて頭上から急降下し、バーストレディが烈火の弾幕を放っておじいさんの視界を奪う。スパークマンの激しい電撃がおじいさんの足元を焼いて動きを止め、そこへクレイマンとバブルマンが左右から再び挟み込む。
五位一体の、文字通り隙のない完璧な飽和攻撃。
しかし、ガープおじいさんは不敵に笑うと、その頑強な両腕を黒く──『武装色の覇気』で染め上げた。
「見事な連携じゃ、十代! ──だが、ワシの拳を止めるには、まだ重みが足りん!」
おじいさんが大地を力強く踏み締め、大気を震わせるほどの咆哮と共に、硬化させた拳を地面へと叩きつけた。
直後、衝撃波の塊が全方位へと炸裂した。
「うわああっ!?」
ドゴォォォォォン!!!
凄まじい爆風に煽られ、五体のHEROたちが必死の抵抗も虚しく、次々と光の粒子へと還っていく。俺の手元にカードが吸い込まれるように戻ると同時に、精神的なフィードバック(強烈な疲労感と脱力感)が一気に押し寄せ、俺はその場に両膝を突き、激しく地面に手を拘束させた。
「ハァ……ハァ……クソ、覇気全開でもないのに、全員一撃かよ……。それに、五体を同時に実体化して戦わせるのは、今の俺じゃ数分が限界だ……。頭が痛ぇ……」
ゼェゼェと荒い息を吐き、頭痛に耐えながら愚痴る俺の前に、ずしんと足音が止まった。
見上げると、ガープおじいさんが満足そうに腕を組み、ポンと大きな手を俺の頭に置いてガシガシと揺らしてきた。
「ガハハ、何を落ち込んでおる。悪魔の実でもない未知の能力で、一国の精鋭並みの戦士を五人も同時に呼び出し、完璧に操ってみせた。及第点どころか、大金星じゃわい。センゴクが見たら腰を抜かすぞ」
おじいさんは感心したように、白い髭の生えた顎を撫でる。
「だが、お前のその疲弊の仕方……どうやらその能力の限界は、お前自身の『精神力』と、何より基礎となる『体力』に直結しとるようじゃな。ならば話は早い!」
おじいさんはニィッと、どこか邪悪(?)で、しかし頼もしすぎる笑みを浮かべ、再び近くの巨岩へと手をかけた。
「お前自身の基礎体力を底上げすれば、呼び出せる数も、維持できる時間も、技の威力もすべて増えるということじゃ! ほれ、特訓再開じゃあ! 走れ十代ィ! 次は岩を二個同時に投げるぞ!」
「うわあああ! だからそうやって強引に脳筋メニューに繋げるんじゃねえええ!! 二個は死ぬって!!」
俺の悲鳴が、マリンフォードの岩山にどこまでも木霊していった。
身体はボロボロで、筋肉痛と疲労感で千切れそうだったけれど、俺の心の中には、消えることのない炎のようなワクワク感が激しく燃え盛っていた。
五体が限界なら、鍛えて六体、十体と出せるようになってやる。そしていつか、カードの枠を超えた更なる高位のHEROたちや、究極の融合モンスターをこの世界に降臨させてやるんだ、と。
地獄の特訓の真っ只中。俺は不敵に笑うガープおじいさんの背中を追いかけながら、自分の未来への可能性に、強く胸を躍らせていた。