ガープおじいさんの地獄の特訓が始まってから、早くも数週間が経っていた。
午前中のメニュー──軍艦の牽引と岩石の回避──をなんとか生き延びた俺は、おじいさんが「煎餅の補充じゃ!」と席を外した隙を狙って、初めてマリンフォードの本部内を一人で散策してみることにした。
いつもの赤いジャケットを羽織り、ポケットの中のカードたちの温もりを確かめる。
「ふぅ……それにしても、やっぱり本物のマリンフォードは広いなぁ。迷路みたいだぜ」
すれ違う一般の海兵たちは、誰もが背筋をピンと伸ばし、規律正しく歩いている。その中で、海軍の制服も着ずにのんびりと歩く俺の姿は、どう考えても浮きまくっていた。
「おい、見ろよ。あいつがガープ中将が東の海から連れてきたっていう……」
「悪魔の実じゃない能力で、妙な兵士を操るっていう噂のガキか?」
ヒソヒソと交わされる視線と声を背中で受け流しながら、俺は巨大な城塞の廊下を進んでいく。すると、向こうから山積みの書類を抱えた、一人の上品な老婦人が歩いてくるのが見えた。
その穏やかな、しかしすべてを見透かすような鋭い瞳。
「あ、おつるさん……!」
思わず声に出してしまい、俺は慌てて口を押さえた。
大参謀つる。ガープおじいさんやセンゴク元帥の同期であり、海軍の知恵袋とも言える伝説の女性海兵だ。
おつるさんは俺の前で足を止めると、ふっと目元を和らげた。
「おや、お前さんがガープの拾ってきた新入りかい。遊城十代、だったねぇ」
「あ、はい! よろしくお願いします、おつるさん。……って、俺の名前、もう知ってるんですか?」
「情報が命の海軍だよ。ガープが本部に得体の知れない小僧を連れ込んだとなれば、調べないわけにいかないさね」
おつるさんは抱えていた書類を少し直すと、俺のポケット、つまりカードが入っている場所に視線を落とした。
「悪魔の実の呪いを持たず、異形の戦士を操る力……ねぇ。世の中にはまだ、私らの知らない不思議があるもんだ。ガープのシゴキは厳しいだろうけど、あんまり無理をして体を壊すんじゃないよ」
「へへ、ありがと。でも大丈夫、俺のHERO(相棒)たちも一緒に鍛えられてるからさ。おつるさんも、その書類、重そうなら『クレイマン』でも出して運ばせようか?」
気さくに提案すると、おつるさんはクスリと笑った。
「ふふ、優しい子だねぇ。でも泥の兵隊さんにこの大事な書類を汚されたら堪らないから、気持ちだけ受け取っておくよ。……そうだ、十代。ガープの正義に引きずられる必要はないよ。お前さんはお前さんの信じる道を真っ直ぐに行きな。あの分からず屋の男たちにはない、その素直な心を大切にするんだよ」
「……うん、分かってる。俺の正義は、俺とHEROたちが決めるからさ!」
俺が胸を張って答えると、おつるさんは満足そうに頷き、ゆっくりと廊下の奥へ歩いて行った。さすが大参謀、包容力の中に計り知れない芯の強さを感じる人だった。
──と、おつるさんを見送って安心したのも束の間。
次に曲がった広いロビーのような場所に出た瞬間、俺の身体の全細胞が「危険」を察知して硬直した。
空気が、おかしい。
部屋の右側からは、皮膚がジリジリと焼けるような強烈な熱気。
中央からは、すべてを眠りに誘うような、だらけきった、しかし冷徹な冷気。
そして左側からは、チカチカと目を刺すような、圧倒的な密度の光の残光。
そこにいたのは、まだ「大将」の座に就く前──あるいは就いたばかりの、若き日の海軍最高戦力たちだった。
「おぅおぅ……派手な格好の若者が歩いてるねぇ~」
最初に声をかけてきたのは、ストライプのスーツを着た背の高い男──**ボルサリーノ(後の黄猿)**だった。色付きのメガネの奥から、のんびりとした、しかし光速の重みを持つ視線が俺を射抜く。
「君が噂の『カード』の少年かい~? 悪魔の実でもないのに色んな能力が使えるなんて、不気味だねぇ~……」
「ボルサリーノ、任務の報告中に私情を挟むな。……おい、小僧」
次に口を開いたのは、帽子を深く被り、不機嫌そうに腕を組んでいる大柄な男──**サカズキ(後の赤犬)**だ。彼の周囲だけ、陽炎のように空気が歪んでいる。
「ガープ中将の身内だからとて、本部は遊び場ではない。海軍に籍を置く以上、貴様のその能力が真に『正義』のため、悪を根絶するために役立つか否か、このワシが厳しく見極めさせてもらうけぇ。もし少しでも邪な気配を見せれば、容赦はせん」
ゴォッ……と、サカズキの体から微かにマグマの熱気が漏れ出し、ロビーの床がチリチリと焦げる。その圧倒的な『絶対的な正義』の圧迫感に、俺は息を呑んだ。さすがに、今の俺じゃ生身でもHEROを出しても、一瞬で消し炭にされるレベルの化け物だ。
だが、ここで怯んだらデュエリストがすたる。
俺は一歩も引かず、サカズキの鋭い眼光を真っ向から見返した。
「俺の力は、悪を憎むためじゃなくて、誰かの笑顔や楽しい明日を守るためにあるんだ。あんたの言う『正義』とは少し違うかもしれないけど……俺は俺のやり方で、悪党を全員ターンエンドにしてみせるよ!」
「……ほう」
サカズキの目が一瞬、さらに険しさを増す。
「まぁまぁ、サカズキ。そう若い奴を脅すなよ。せっかくの休暇が台無しだ」
重苦しい空気を破ったのは、ソファにだらしなく寝そべっていたアイマスクの男──**クザン(後の青キジ)**だった。彼はよっこらしょ、と体を起こすと、氷の吐息を小さく漏らしながら俺を見た。
「君が十代か。おつるさんから話は聞いてるよ。ガープさんの特訓に付き合わされて大変だねぇ。……ま、海軍の正義なんてのは立場によって形を変えるもんだ。お前さんくらいの歳なら、あんまり型に嵌まらず、だらけきった正義くらいが丁度いいのさ」
「だらけきった正義、か。それ、俺のノリに一番近いかも」
俺が少し緊張を解いて笑うと、クザンも「だろ?」とニヤリと笑った。
三大将──それぞれの正義を宿した海軍の最高峰。彼らの圧倒的な存在感を前にして、俺の胸の奥の炎は、恐怖ではなく、さらなる興奮で激しく燃え上がっていた。
「(今はまだ、足元にも及ばない。だけど……いつか俺がもっと強くなって、たくさんのHEROたちを同時に呼び出せるようになったら、この化け物たちとも互角にデュエル(勝負)ができるようになるかもしれない……!)」
ポケットの中のカードたちが、俺の闘志に応えるようにパチパチと小さな光の粒子を放った気がした。
「おい十代ィ!! どこへ行ったと思えば、こんなところで油を売っとるかぁ!」
遠くの廊下から、煎餅の袋を持ったガープおじいさんの怒鳴り声が響いてくる。
「あ、やべ。おじいさんに見つかった! 三人とも、またね! 次に会う時は、俺のHEROたちの凄さ、もっと見せてあげるからさ!」
俺は三大将候補の男たちにひらひらと手を振ると、ガープおじいさんの怒声を避けるように、マリンフォードの廊下を全力で駆け出していった。
背後でクザンが呆れたように笑い、ボルサリーノが感心したように声を漏らし、サカズキがフンと鼻を鳴らすのを感じながら。
自分の信じる正義の形を胸に、俺はこの世界の巨星たちの中で、一歩ずつ、だけど確実に強くなっていく。
出してほしいHERO等がいて多かったらアンケートを取ろうと思います。