海軍本部、マリンフォードでの地獄のような特訓が始まってから、早いもので数ヶ月の月日が流れていた。
午前中のメニューである「軍艦の牽引」と「武装色混じりの岩石回避」をなんとか生身で生き延びられるようになった俺──遊城十代の肉体を持つ結城大雅は、ついに海兵としての「初任務」へと駆り出されていた。
任務内容は、本部周辺の近海を荒らし回っている小規模な海賊団の拿捕。
ガープおじいさんの軍艦に同乗し、荒れる海を進んで実戦の場へと赴いた俺は、船の甲板から迫り来る敵船を見据えて、ジャケットのポケットにあるカードたちにそっと手をかけた。
「よし……いくぜ、みんな! 初任務、バチッとカッコよく決めてやろうじゃん!」
ガガガガァン!!!
激しい衝撃音と共に、俺たちの軍艦と海賊船の船体がぶつかり合う。接舷すると同時に、下卑た笑みを浮かべた海賊たちが、刀や小銃を手に雄叫びを上げて甲板へと飛び移ってきた。
「おいおい、海軍も焼きが回ったかぁ! こんなガキを戦場に連れてくるなんてよォ!」
「おいガキ、命が惜しかったらその小綺麗な服を置いて──」
「悪いけど、お喋りの時間はターンエンドだぜ!」
俺は不敵にニッと笑うと、瞬時に二枚のカードを抜き出して前方に突き出した。今の俺は数ヶ月前とは違う。ガープおじいさんのシゴキによって基礎体力が劇的に跳ね上がり、HEROの召喚維持も、精神的な負荷も比べ物にならないほど軽くなっているんだ。
「現れろ──『E・HERO フェザーマン』! そして『E・HERO スパークマン』!」
カッと眩い光が弾け、緑の突風を巻き起こす風の戦士と、全身からバチバチと青い火花を散らす雷の戦士が俺の左右に降り立つ。
「な、なんだぁあ!? 化け物が出たぞっ!!」
「悪魔の実の能力か!?」
慌てふためく海賊たちを、俺は鋭い視線で見据えた。民間人を傷つけ、奪うことしか頭にない本物の悪党たち。彼らを前にして、俺の胸の中にある「目の届く範囲の明日を守る」という正義の火が静かに、しかし激しく燃え上がる。
「フェザーマン、まずは雑魚どもの武器を吹き飛ばしちゃえ! スパークマンは電撃で一気に行動不能にするんだ!」
「了解、マスター!」
フェザーマンが鋭い身のこなしで宙を舞い、強烈な羽ばたきで海賊たちの刀や銃をまとめて天空へと吹き飛ばす。武器を失い呆然とする海賊たちの隙を逃さず、スパークマンが前線へ突撃。その拳から放たれた目眩ましの電撃が、海賊たちの身体を容赦なく駆け巡った。
「ぎゃあああああああっ!?」
「し、痺れ……っ! 体が動かねぇ……!」
二体の見事なコンビネーションにより、ものの数分で海賊団は文字通り壊滅。一人としてこちらに近づけることなく、全員をその場にのして捕縛することに成功したのだった。
「ガハハハ! 見事な手際じゃ、十代! 初陣としては文句なしの満点じゃな!」
背後からズシン、ズシンと重い足音を響かせながら、ガープおじいさんが豪快に笑って歩み寄ってくる。
俺は二体のHEROをカードへと戻し、ポケットに仕舞いながら、額の汗を拭って親指を立ててみせた。
「へへ、これくらい余裕、余裕! ガープおじいさんの岩石投げに比べたら、海賊の動きなんて止まって見えるぜ!」
「口が減らん小僧じゃ。だが、よくやった! 初任務の成功祝いじゃ、ちょうどワシも定期の里帰りの時期での。これから美味い肉と煎餅がある、ワシの故郷へ針路を向けるぞ!」
「えっ、おじいさんの故郷……?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓がドクンと大きく跳ね上がった。
ガープの故郷。東の海(イーストブルー)の、あの始まりの島か……!?
それから数日後。軍艦が長い航海を経て辿り着いたのは、のどかな潮風が吹き抜け、巨大な風車がいくつも優しく回る、どこか懐かしくて温かい雰囲気の港町だった。
東の海、ドーン島──フーシャ村。
時系列は原作開始の7年前。ルフィが10歳の頃だ。エースやサボと出会い、コルボ山の広大な大自然を駆け回って泥だらけになっている、まさにその真っ最中の時期のはずだった。
「おーい、じいちゃん!!! また勝手に帰ってきやがって!」
軍艦が港に着岸したまさにその瞬間、波止場の向こうから小さな影が凄まじい勢いでこちらへと走ってきた。
白い文字が書かれた赤いTシャツに半ズボン、そしてその頭には、お馴染みのあの麦わら帽子がちょこんと乗っかっている。
「ル、ルフィ……!」
本物だ。アニメや漫画で何度も、それこそ擦り切れるほど見た、まだ幼さの残る10歳のモンキー・D・ルフィが、目をキラキラさせながらそこに立っていた。
「ん? なんだお前! 見ねぇ顔だな! じいちゃんの新しい部下か?」
ルフィは俺の前に回り込むと、珍しい生き物でも見るかのように、じーっと俺の赤いジャケットや顔を至近距離で覗き込んできた。その濁りのない瞳に、少しだけ気圧されそうになる。
「ガハハ! ルフィ、こいつは十代じゃ。ワシが本部で直々に鍛えておる、骨のある若造だぞ」
「へぇー! じいちゃんのあのクソ痛ぇ特訓に耐えてるのか、すげぇな! お前、強いのか!?」
人懐っこい笑顔を浮かべ、興味津々で身を乗り出してくるルフィに、俺は遊城十代としての不敵な、そして最高にワクワクした笑みを返した。
「ああ、めちゃくちゃ強いぜ。なんたって俺には、世界で俺にしか使えない、最高の相棒(HERO)たちがいるからな!」
「ヒーロー? なんだそれ、面白そうだな! 悪魔の実の能力か? なぁ、見せてくれよ!」
「いいぜ、特別にな。驚くなよ? ──来い、『E・HERO クレイマン』!」
俺がシュバッとカードを掲げると、まばゆい光の粒子が質量を持って現実に固定化され、ルフィの目の前に、ずしんと頑強な泥の巨体を持つクレイマンが姿を現した。
「う、うおおおおおおおおっ!!! すっげえええええええ!!! 本当に急に出てきた!! なんだこれ、泥のロボットか!? カッケー!!」
ルフィは興奮のあまり大絶叫し、目を限界まで丸くしてクレイマンの太い足にがっしりと抱きついたり、その頑丈な灰色のボディをペタペタと叩き始めた。そんなルフィの純粋な反応に、呼び出されたクレイマンもちょっと照れたように、大きな手でゴリゴリと頭を掻いている。
「悪魔の実じゃないさ。こいつらは俺の『魂(デッキ)』から呼び出した、大切な仲間なんだ」
「仲間……! いいなそれ! お前、すげぇ面白い奴だな!」
ルフィはクレイマンを見上げ、それから俺の顔を見て、太陽のように眩しい満面の笑みを浮かべた。
この少年が、いずれ世界を揺るがす大海賊になり、時代の中心になっていく。そして海軍に籍を置くことになった俺とは、いつか世界の命運を賭けて敵対する運命にあるのかもしれない。
けれど、ポケットの中のカードの確かな温もりを感じながら、ルフィのこの無邪気な笑顔を見つめていると、不思議とそんな未来への不安はどこかへ吹き飛んでしまった。
「(海賊とか海軍とか、そんなの関係ねぇ。俺は俺のやり方で、この笑顔と、みんなの楽しい明日を守るために強くなってやるんだ)」
「よーし十代! お前のその泥のやつと、俺の『ゴムゴムのピストル』で勝負だ! どっちが強いか決めよう決戦だ!」
「ハハ、いいぜルフィ! でも、俺のHEROたちは手強いぞ? カウンター喰らっても知らないからな!」
背後からガープじいさんが「バカモン、島に着くなり暴れるな!」と巨大な拳骨を振りかざす中、俺とルフィの、そしてフーシャ村での賑やかで騒がしい数日間が、ここから賑やかに幕を開けるのだった。