Fate/Scapegoat   作:KMST

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10話目です。
ここまで読んでくださりありがとうございます。


第十章 盾は誰ために砕ける

港湾地区。

 

第二宝具の光は消えた。

 

夜明け前の静寂だけが残る。

 

倒れていた人々はゆっくりと意識を取り戻し、何が起きたのかも分からないまま救急隊に保護されていく。

 

アベンジャーはその様子を見届けると、小さく息を吐いた。

 

「……よかった。」

 

その一言と同時に、膝から崩れ落ちた。

 

「アベンジャー!」

 

青年マスターが抱き止める。

 

「しっかりしろ!」

 

霊体のはずなのに、その身体は異様に重い。

 

まるで、何百人分もの痛みを背負っているかのようだった。

 

セイバーが駆け寄る。

 

「魔力切れではありません……。」

 

彼女は目を見開く。

 

「霊基そのものが傷付いている。」

 

ランサーが舌打ちする。

 

「宝具の反動か。」

 

「違います。」

 

セイバーは首を振った。

 

「彼は……。」

 

彼女はアベンジャーの胸へ手を置く。

 

鼓動。

 

しかし、それは人間の心臓の鼓動ではない。

 

何か別のもの。

 

霊核の奥から響く、鈍い脈動。

 

ドクン。

 

ドクン。

 

まるで傷口が開く音だった。

 

「なるほど。」

 

静かな声。

 

観測者だった。

 

彼は離れた場所から、その様子を見つめている。

 

「やはり君は。」

 

「何だ。」

 

ランサーが槍を向ける。

 

観測者は戦う気配を見せない。

 

ただ、アベンジャーを見つめていた。

 

「君は宝具を使うたび。」

 

「傷を思い出している。」

 

青年マスターの顔色が変わる。

 

「……何?」

 

観測者は淡々と続ける。

 

「彼の宝具は魔術ではない。」

 

「奇跡でもない。」

 

「人生そのものだ。」

 

「傷付いた記憶。」

 

「耐え抜いた日々。」

 

「絶望した夜。」

 

「すべてを再演している。」

 

青年は息を呑む。

 

「だから……。」

 

観測者は静かに頷く。

 

「彼は宝具を撃つたび。」

 

「もう一度、自分の絶望を生きている。」

 

 

 

青年マスターはアベンジャーを見る。

 

思い返せば。

 

宝具を使う前。

 

彼は必ず一瞬だけ目を閉じていた。

 

あれは集中ではない。

 

思い出していたのだ。

 

あの日々を。

 

理不尽な叱責。

 

張り詰めた研究室。

 

眠れない夜。

 

吐き気。

 

涙。

 

孤独。

 

全部。

 

全部を。

 

「……馬鹿。」

 

青年の口から思わず漏れた。

 

「そんなもの。」

 

「何度も思い出すなよ。」

 

アベンジャーは苦しそうに笑う。

 

「思い出さないと…」

 

「宝具にならない…」

 

 

 

セイバーは剣を下ろした。

 

静かに呟く。

 

「だから……。」

 

「あなたの宝具には。」

 

「人を憎む力がないのですね。」

 

アベンジャーは目を閉じたまま頷く。

 

「憎しみだけなら。」

 

「アヴェンジャーにはなれた。」

 

「でも。」

 

「私は。」

 

「誰かを護りたかった。」

 

「だから。」

 

「盾になった。」

 

 

 

その言葉に、ランサーは笑う。

 

「やっぱり変な奴だ。」

 

「アヴェンジャーなのに。」

 

「シールダーみてぇだ。」

 

アベンジャーも小さく笑う。

 

「否定できない。」

 

 

 

その時だった。

 

ズン――。

 

港全体が揺れた。

 

海面が盛り上がる。

 

倉庫の壁が音を立てて崩れ始める。

 

観測者が空を見上げる。

 

「来る。」

 

彼の声音に、初めて焦りが混じった。

 

「急げ!」

 

「もう抑えきれない!」

 

黒い魔力が地中から噴き上がる。

 

それは魔力ではない。

 

もっと粘ついた、濁った何か。

 

人々の叫び。

 

涙。

 

怒り。

 

諦め。

 

嫉妬。

 

後悔。

 

絶望。

 

数え切れない負の感情が渦となって天へ昇る。

 

青年マスターは頭を押さえた。

 

「ぐっ……!」

 

耳元で声がする。

 

「お前なんて要らない。」

 

「頑張っても無駄だ。」

 

「逃げろ。」

 

「諦めろ。」

 

「死ね。」

 

無数の声。

 

アベンジャーが青年を抱き寄せた。

 

「聞くな!」

 

瞬間。

 

その声は消えた。

 

代わりにアベンジャーが苦しそうに息をつく。

 

「全部……。」

 

「俺が受ける。」

 

「やめろ!」

 

青年は叫ぶ。

 

「また一人で抱えるのか!」

 

アベンジャーは答えない。

 

その背中が少し震えていた。

 

セイバーが前へ出る。

 

「アベンジャー。」

 

「……。」

 

「あなたは勘違いしています。」

 

彼はゆっくり振り向く。

 

「盾とは。」

 

「すべてを受けるものではありません。」

 

「?」

 

「守るためには。」

 

「仲間に任せる勇気も必要です。」

 

ランサーも笑う。

 

「ようやく俺たちの出番だろ。」

 

槍を構える。

 

「全部抱えるなんざ。」

 

「英雄失格だ。」

 

青年マスターも令呪を掲げた。

 

「命令だ、アベンジャー。」

 

彼が驚く。

 

「俺たちを信じろ。」

 

静寂。

 

アベンジャーの瞳が揺れた。

 

信じる。

 

その言葉は、彼にとって誰よりも重い。

 

かつて信じた環境で傷付いた。

 

だからこそ、人を信じることは簡単ではない。

 

それでも。

 

彼はゆっくりと頷いた。

 

「……分かった。」

 

「ありがとう。」

 

 

観測者の笑みが消える。

 

「もう遅い。」

 

港の地下が完全に崩壊した。

 

漆黒の聖杯。

 

その中から。

 

人影がゆっくりと姿を現す。

 

顔はない。

 

腕も曖昧。

 

ただ、人の形をしているだけ。

 

なのに。

 

誰もが理解した。

 

「あれは……。」

 

「黎明のアベンジャー…」

 

観測者が訂正する。

 

「正しくは、そこのアベンジャーのオルタってとこね。」

 

「なっ……。」

 

オルタは言葉を発しない。

 

ただ一歩。

 

前へ出た。

 

その瞬間、冬木市全域の街灯が一斉に消えた。

 

夜が、世界を呑み込む。

 




黎明のアベンジャー オルタ
観測者が生み出したかったのは彼だったんですね。
ということでまた次回もお楽しみに。

【毎日17時更新 / 全17話+α・7月23日完結予定】
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