ここまで読んでくださりありがとうございます。
港湾地区。
第二宝具の光は消えた。
夜明け前の静寂だけが残る。
倒れていた人々はゆっくりと意識を取り戻し、何が起きたのかも分からないまま救急隊に保護されていく。
アベンジャーはその様子を見届けると、小さく息を吐いた。
「……よかった。」
その一言と同時に、膝から崩れ落ちた。
「アベンジャー!」
青年マスターが抱き止める。
「しっかりしろ!」
霊体のはずなのに、その身体は異様に重い。
まるで、何百人分もの痛みを背負っているかのようだった。
セイバーが駆け寄る。
「魔力切れではありません……。」
彼女は目を見開く。
「霊基そのものが傷付いている。」
ランサーが舌打ちする。
「宝具の反動か。」
「違います。」
セイバーは首を振った。
「彼は……。」
彼女はアベンジャーの胸へ手を置く。
鼓動。
しかし、それは人間の心臓の鼓動ではない。
何か別のもの。
霊核の奥から響く、鈍い脈動。
ドクン。
ドクン。
まるで傷口が開く音だった。
「なるほど。」
静かな声。
観測者だった。
彼は離れた場所から、その様子を見つめている。
「やはり君は。」
「何だ。」
ランサーが槍を向ける。
観測者は戦う気配を見せない。
ただ、アベンジャーを見つめていた。
「君は宝具を使うたび。」
「傷を思い出している。」
青年マスターの顔色が変わる。
「……何?」
観測者は淡々と続ける。
「彼の宝具は魔術ではない。」
「奇跡でもない。」
「人生そのものだ。」
「傷付いた記憶。」
「耐え抜いた日々。」
「絶望した夜。」
「すべてを再演している。」
青年は息を呑む。
「だから……。」
観測者は静かに頷く。
「彼は宝具を撃つたび。」
「もう一度、自分の絶望を生きている。」
青年マスターはアベンジャーを見る。
思い返せば。
宝具を使う前。
彼は必ず一瞬だけ目を閉じていた。
あれは集中ではない。
思い出していたのだ。
あの日々を。
理不尽な叱責。
張り詰めた研究室。
眠れない夜。
吐き気。
涙。
孤独。
全部。
全部を。
「……馬鹿。」
青年の口から思わず漏れた。
「そんなもの。」
「何度も思い出すなよ。」
アベンジャーは苦しそうに笑う。
「思い出さないと…」
「宝具にならない…」
セイバーは剣を下ろした。
静かに呟く。
「だから……。」
「あなたの宝具には。」
「人を憎む力がないのですね。」
アベンジャーは目を閉じたまま頷く。
「憎しみだけなら。」
「アヴェンジャーにはなれた。」
「でも。」
「私は。」
「誰かを護りたかった。」
「だから。」
「盾になった。」
その言葉に、ランサーは笑う。
「やっぱり変な奴だ。」
「アヴェンジャーなのに。」
「シールダーみてぇだ。」
アベンジャーも小さく笑う。
「否定できない。」
その時だった。
ズン――。
港全体が揺れた。
海面が盛り上がる。
倉庫の壁が音を立てて崩れ始める。
観測者が空を見上げる。
「来る。」
彼の声音に、初めて焦りが混じった。
「急げ!」
「もう抑えきれない!」
黒い魔力が地中から噴き上がる。
それは魔力ではない。
もっと粘ついた、濁った何か。
人々の叫び。
涙。
怒り。
諦め。
嫉妬。
後悔。
絶望。
数え切れない負の感情が渦となって天へ昇る。
青年マスターは頭を押さえた。
「ぐっ……!」
耳元で声がする。
「お前なんて要らない。」
「頑張っても無駄だ。」
「逃げろ。」
「諦めろ。」
「死ね。」
無数の声。
アベンジャーが青年を抱き寄せた。
「聞くな!」
瞬間。
その声は消えた。
代わりにアベンジャーが苦しそうに息をつく。
「全部……。」
「俺が受ける。」
「やめろ!」
青年は叫ぶ。
「また一人で抱えるのか!」
アベンジャーは答えない。
その背中が少し震えていた。
セイバーが前へ出る。
「アベンジャー。」
「……。」
「あなたは勘違いしています。」
彼はゆっくり振り向く。
「盾とは。」
「すべてを受けるものではありません。」
「?」
「守るためには。」
「仲間に任せる勇気も必要です。」
ランサーも笑う。
「ようやく俺たちの出番だろ。」
槍を構える。
「全部抱えるなんざ。」
「英雄失格だ。」
青年マスターも令呪を掲げた。
「命令だ、アベンジャー。」
彼が驚く。
「俺たちを信じろ。」
静寂。
アベンジャーの瞳が揺れた。
信じる。
その言葉は、彼にとって誰よりも重い。
かつて信じた環境で傷付いた。
だからこそ、人を信じることは簡単ではない。
それでも。
彼はゆっくりと頷いた。
「……分かった。」
「ありがとう。」
観測者の笑みが消える。
「もう遅い。」
港の地下が完全に崩壊した。
漆黒の聖杯。
その中から。
人影がゆっくりと姿を現す。
顔はない。
腕も曖昧。
ただ、人の形をしているだけ。
なのに。
誰もが理解した。
「あれは……。」
「黎明のアベンジャー…」
観測者が訂正する。
「正しくは、そこのアベンジャーのオルタってとこね。」
「なっ……。」
オルタは言葉を発しない。
ただ一歩。
前へ出た。
その瞬間、冬木市全域の街灯が一斉に消えた。
夜が、世界を呑み込む。
黎明のアベンジャー オルタ
観測者が生み出したかったのは彼だったんですね。
ということでまた次回もお楽しみに。
【毎日17時更新 / 全17話+α・7月23日完結予定】