ここまで読んでくださりありがとうございます。
人は未来を見ることはできない。
だからこそ、人は未来を選ぶことができる。
午前零時過ぎ
聖杯が、現れた。
空そのものが裂ける。
夜空の中央に浮かぶ巨大な黒い杯。
その周囲を巡る無数の魔力回路。
大聖杯。
六十年に一度現れる、万能の願望機。
だが――
「……違う。」
観測者は静かに呟いた。
「今回は違う。」
アベンジャーが問いかける。
「何が違う?」
ウォッチャーは聖杯を見つめたまま答える。
「今回、聖杯は願いを叶える装置ではない。」
「お前の願いを叶える為の装置だ。」
沈黙。
マスターが息を呑む。
「アベンジャーの……?」
観測者は振り返る。
その黄金の瞳には、初めて感情が宿っていた。
「ここまで来た君たちには、話す義務がある。」
「この聖杯戦争の真実を。」
「私は観測者であり観測者ではない。」
その一言で空気が凍った。
「……何?」
ランサーが眉をひそめる。
「違うだと?」
ウォッチャーは頷く。
「観測者とは役割だ。」
「私の真名ではない。」
「私の真名は――」
彼は静かに名乗る。
「私は、"未来観測者"。」
「英霊ではない。」
「概念である。」
アベンジャーは目を見開く。
「概念……?」
「そう。」
「私は人類史のどこかで生まれた英雄ではない。」
「人類が未来を観測するという行為、そのもの。」
「人が『もしも』を考えた瞬間。」
「その可能性は私の領域となる。」
「あぁ、でも勘違いしないでくれよ。」
「教会とかで君たちを襲ったのは私の力ではない。」
「人の悪意が形を得た災厄によるものだ。」
「それと対峙する君たちを観測していただけにすぎない。」
マスターが震える声で尋ねる。
「じゃあ……。」
「あなたは何者なんですか。」
未来観測者は笑った。
「答えよう。」
「私は可能性の墓守だ。」
「人は無数の未来へ分岐する。」
「救われる未来。」
「滅ぶ未来。」
「絶望する未来。」
「希望へ辿り着く未来。」
「私はそれら全てを観測している。」
アベンジャーは気付いた。
「だから……。」
「オルタを知っていたのか。」
未来観測者は頷いた。
「そう。」
「彼は存在している。」
「この世界ではない。」
「別の可能性として。」
空間が歪む。
黒い炎。
月光。
憎悪。
そこに立つ男。
アベンジャーと同じ顔。
同じ声。
同じ傷。
しかし。
瞳だけが違う。
真っ黒だった。
「久しぶりだな。いや、初めまして…かな?」
黎明のアベンジャー〔オルタ〕。
「……俺。」
通常霊基のアベンジャーは言葉を失う。
オルタは笑う。
「あぁ。」
「お前だ。」
「もし、お前が。」
「最後まで誰も信じられなかった未来。」
「もし、お前が。」
「守ることを諦めた未来。」
「それが俺だ。」
マスターは思わず叫ぶ。
「そんな……。」
オルタは鼻で笑う。
「そんな、か。」
「なら聞く。」
彼は通常霊基を睨む。
「お前。」
「今でも朝が怖いだろ?」
沈黙。
「吐く日もある。」
「急に苦しくなる日もある。」
「仕事へ向かう足が止まる日もある。」
「全部残ってる。」
「違うか?」
アベンジャーは答えられない。
全部。
事実だった。
オルタは笑う。
「ほらな。」
「傷は消えない。」
「だったら。」
「何故許せる?」
通常霊基は静かに答える。
「許してはいない。」
オルタの笑みが止まる。
「私は。」
「理不尽を許してはいない。」
「精神疾患を生む環境も。」
「今でも憎んでいる。」
「じゃあ!」
オルタが怒鳴る。
「壊せよ!」
「全部!」
黒炎が噴き上がる。
冬木全体を覆うほどの魔力。
「世界が変わらないなら。」
「変わるまで壊せ!」
「それがお前の願いだったろ!」
通常霊基は首を振る。
「違う。」
「違わない!」
「違う。」
「違わない!!」
二人の声がぶつかる。
未来観測者は黙って見ていた。
ランサーも。
セイバーも。
誰も止めない。
これは剣ではなく。
魂の決闘だった。
通常霊基
「私は。」
「守りたい。」
オルタ
「俺は。」
「壊したい。」
通常霊基
「未来の誰かを。」
オルタ
「未来なんて知るか。」
通常霊基
「私は。」
「誰かが笑えるなら。」
オルタ
「俺は。」
「俺が泣いた分。」
「世界も泣けばいい。」
静寂。
長い沈黙。
そして。
未来観測者が口を開く。
「どちらも正しい。」
全員が振り向く。
「……何?」
「通常霊基。」
「君は希望だ。」
「オルタ。」
「君は警鐘だ。」
「人は。」
「希望だけでは世界を変えられない。」
「だが。」
「憎しみだけでも世界は変えられない。」
未来観測者は聖杯を見る。
「だから。」
「私は今回の聖杯戦争を観測した。」
「知りたかった。」
「傷を負った人間は。」
「最後に。」
「何を選ぶのか。」
アベンジャーは静かに目を閉じる。
「……私は。」
ゆっくりと目を開く。
「両方選ぶ。」
オルタが目を見開く。
「何?」
「理不尽は壊す。」
「未来は護る。」
「その両方だ。」
「私は。」
「必要悪だから。」
その瞬間。
アベンジャーの霊基が輝いた。
黒と白。
復讐と守護。
憎悪と慈愛。
相反する力が、一つの霊基の中で完全な均衡を成す。
未来観測者は静かに微笑んだ。
「……やはり。」
「君は唯一の存在だ。」
「アベンジャーでありながら、シールダーの資格を持つ理由が、今証明された。」
だが、その直後。
聖杯から、どす黒い泥が溢れ出す。
その泥は声を上げるように蠢き、人々の負の感情を映し出していた。
未来観測者の表情が初めて険しくなる。
「来たか……。」
セイバーが剣を構える。
ランサーが槍を握る。
オルタでさえ眉をひそめた。
「あれは……。」
未来観測者は静かに告げる。
「これこそが、この聖杯戦争最後の敵。」
「人類が積み重ねてきた、理不尽そのもの。」
「誰か一人ではない。」
「組織でもない。」
「国家でもない。」
「人の悪意が形を得た災厄。」
「その名は――まだ語るべきではない。」
観測者はただ黎明のアベンジャーの結末を見たかっただけのようでしたね。
ではまた次回もお楽しみに。
【毎日17時更新 / 全17話+α・7月23日完結予定】