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橋を揺るがす轟音。
冬木大橋の中央で、巨大な斧剣がアスファルトを砕いた。
砕け散ったコンクリート片が雨のように降り注ぐ。
逃げ遅れた少女が、その場で尻もちをついた。
「いや……」
泣き声。
動けない。
足が震えている。
バーサーカーがゆっくりと斧剣を持ち上げた。
狙いは少女。
「しまっ──」
青年マスターが叫ぶより早く、一つの黒い影が飛び出した。
鈍い音。
斧剣は少女ではなく、一人の男の肩へ叩き込まれていた。
骨が軋む。
肉が裂ける。
鮮血が夜風に舞った。
「アベンジャー!」
青年は悲鳴を上げる。
普通なら即死。
サーヴァントであっても致命傷だった。
だが。
男は膝をつかない。
「大丈夫か。」
そう問いかけた相手は少女だった。
「え……?」
少女は涙を浮かべたまま頷く。
「う、うん……」
「そうか。」
男は微笑む。
「なら良かった。」
その笑顔を見て少女はさらに泣いた。
自分を助けた人の方が、明らかに苦しそうだったからだ。
バーサーカーが唸る。
獣のような咆哮。
知性など存在しない。
ただ壊す。
殺す。
それだけ。
再び振り下ろされる斧。
アベンジャーは受け止める。
腕の筋肉が裂ける。
「まだ……耐えられる。」
低く呟く。
青年はようやく気付いた。
令呪を通じて流れ込んでくる感覚。
彼の霊基が、傷を受けるたびに強くなっている。
「これが……」
宝具の条件。
累積ダメージ。
自分が受けた苦痛。
守った命。
それらすべてが、一本の刃へ変わる。
「まるで人生そのものじゃないか……」
青年は思わず呟いた。
アベンジャーの人生。
理不尽。
傷。
絶望。
その全部が力になる。
だから彼は逃げない。
「マスター。」
「!」
「市民を避難させてくれ。」
「でも!」
「私は大丈夫だ。」
いつもの言葉。
何度でも立ち上がる。
そう言っていた。
だが。
青年はもう分かっていた。
この男は。
本当に自分のことを考えていない。
自分だけなら何度傷付いてもいいと思っている。
それが危うかった。
「……嫌だ。」
「?」
「一人で抱え込むな!」
初めて青年が怒鳴った。
アベンジャーが驚いたように目を見開く。
「君は!」
「君は俺のサーヴァントだ!」
「俺が命令する!」
「死ぬな!」
その言葉に。
アベンジャーは固まった。
「……」
死ぬな。
それは。
誰かに言われたことがあっただろうか。
「護れ。」
「頑張れ。」
「耐えろ。」
「我慢しろ。」
そんな言葉ばかりだった。
だが。
「死ぬな。」
それだけを願われたことは。
ほとんど無かった。
「……ふっ。」
小さく笑う。
「ありがとう。」
「マスター。」
その笑顔は。
今までで一番自然だった。
バーサーカーが突進する。
橋が軋む。
アベンジャーは静かに構えた。
「まだ反撃はしない。」
青年は驚く。
「まだ?」
「足りない。」
「あと一撃。」
「もう一撃だけ受ける。」
「何言ってるんだ!」
「計算だ。」
静かな声。
「あと一撃で累積ダメージは約五万。」
「宝具倍率は六倍。」
「十分だ。」
青年は絶句した。
自分が傷付くことを。
まるで戦術の一部として数えている。
恐ろしい。
だが。
誰よりも合理的だった。
バーサーカーの最後の一撃。
轟音。
橋桁が砕ける。
アベンジャーは真正面から受け止めた。
全身から血が噴き出す。
ついに膝をつく。
バーサーカーが勝利を確信した、その瞬間。
「反撃の時だ。」
静かな声。
その瞳には怒りはない。
あるのは決意だけだった。
「私は知っている。」
「理不尽が人を壊すことを。」
橋全体に魔力が広がる。
月光が赤く染まる。
「絶望が未来を奪うことを。」
バーサーカーが初めて後ずさる。
本能が理解した。
危険だと。
「だから。」
男はゆっくり立ち上がる。
折れた腕を引きずりながら。
「その絶望は。」
「ここで終わらせる。」
世界が静まり返った。
「貴方のおかげで私は人を護る覚悟を決めた。」
その声は穏やかだった。
怒鳴りもしない。
叫びもしない。
静かに、祈るように紡がれる。
「理不尽な叱責も。」
「張り詰めた緊張も。」
「私はすべて耐え抜いた。」
空気が震える。
橋の上空に巨大な魔術式が展開される。
それは剣でも槍でもない。
無数の傷跡。
涙。
血。
苦しみ。
その全てが一本の光へ収束していく。
「私が流した涙の数を──」
アベンジャーは右手を前へ突き出した。
「今度は貴方が絶望の槍として受けるがいい。」
「『我が屍を以て月は輝く、これぞ必要悪の理
(ロード・オブ・スケープゴート)』!!」
光が放たれた。
それは破壊ではなかった。
苦痛そのものだった。
彼が受けてきた理不尽。
押し殺した悲鳴。
眠れぬ夜。
折れそうになった心。
それらすべてが奔流となってバーサーカーへと襲いかかる。
狂戦士は咆哮を上げる。
斧剣を振るう。
だが止められない。
止まらない。
光は一直線にその巨体を貫き、橋の向こうの夜空まで駆け抜けた。
爆音とともに魔力の奔流が収まり、静寂が戻る。
そこに立っていたのは、なおも息を切らしながら前を向くアベンジャーだった。
そして、その視線の先――煙の向こうから、低く笑う声が響く。
「……なるほど。面白いサーヴァントだ。」
バーサーカーのマスター。
その姿が、ゆっくりと夜の闇から現れる。
「君の"復讐"、ぜひ見届けさせてもらおう。」
アベンジャーは目を細める。
「来るか。」
「ならば今度は、君と話をしよう。」
戦いは終わっていない。
むしろ――ここからが、本当の聖杯戦争の始まりだった。
前回と似た展開になってしまったのは反省点ですが、物語は進んでます。
是非次回もお楽しみに。