読んでくださりありがとうございます。
冬木大橋。
戦闘によって崩れた橋の中央。
舞い上がる粉塵の向こうから、一人の男がゆっくりと歩み出た。
黒いロングコート。
片眼鏡。
年齢は三十代後半ほどだろうか。
その歩みに焦りはない。
まるで、自らのサーヴァントが敗北したという事実すら想定内であるかのようだった。
「……君がマスターか。」
アベンジャーが静かに問う。
バーサーカーのマスターは小さく一礼した。
「初めまして、アベンジャー」
青年マスターが息を呑む。
目の前の男にあるのは冷静さ。
そして異様な観察眼。
男はアベンジャーの全身を眺める。
裂けた腕。
折れた肩。
全身を覆う傷。
それでも立っている。
「興味深い。」
彼は微笑んだ。
「君は痛みに価値を見出している。」
「違う。」
アベンジャーは即座に否定した。
「価値があるとは思っていない。」
「なら、何故受ける?」
「必要だからだ。」
その返答に、バーサーカーのマスターは目を細めた。
「必要?」
「守るためだ。」
「なるほど。」
「つまり自己犠牲か。」
「違う。」
また否定。
「私は犠牲になるつもりはない。」
「私は生き残る。」
「そして護る。」
「その両方を選ぶ。」
青年マスターは少し驚いた。
この人は。
死ぬ覚悟ではなく。
【生き続ける覚悟】を持っている。
それは似ているようで、全く違う。
その時だった。
バーサーカーが立ち上がった。
「■■■■■■■■――――!!」
橋全体を震わせる咆哮。
宝具の直撃。
霊核も砕かれたはずだった。
それでも立つ。
「再生……?」
青年が呟く。
バーサーカーのマスターは肩をすくめた。
「バーサーカーは死ににくい。」
「だから便利なんだ。」
アベンジャーはバーサーカーを見る。
傷は治っている。
だが。
その瞳。
先程までの狂気とは違う。
恐怖。
ほんの僅かだが。
恐れている。
「……覚えているのか。」
アベンジャーが小さく呟く。
「バーサーカー。」
「君は今。」
「痛みを知ったな。」
狂戦士が一歩下がる。
獣は知ってしまった。
自分も傷付くということを。
バーサーカーのマスターが笑う。
「なるほど。」
「君の宝具は肉体だけではない。」
「精神にも刻み込む。」
「違う。」
アベンジャーは首を振る。
「私は呪いを押し付けているわけじゃない。」
「なら?」
「理解させている。」
静かな声。
「君達は。」
「誰かが流した涙の上で立っている。」
「その涙を。」
「一度だけ知れ。」
「そうすれば。」
「同じことは繰り返さない。」
バーサーカーのマスターは笑った。
「甘い。」
「人間は忘れる。」
「歴史が証明している。」
「何度でも戦争を起こし。」
「何度でも差別を生み。」
「何度でも弱者を踏み潰す。」
「君の願いなど。」
「実現しない。」
青年は思わず反論しようとした。
だが。
アベンジャーは穏やかだった。
「そうかもしれない。」
バーサーカーのマスターが笑う。
「諦めたか。」
「いや。」
「だから私は何度でも立つ。」
「……。」
「一度で駄目なら二度。」
「二度で駄目なら百回。」
「百回で駄目なら千回。」
「それでも駄目なら。」
「私は一万回でも盾になる。」
橋の上を風が吹き抜けた。
青年はその横顔を見る。
そこには怒りも激情もない。
あるのは。
決意だけだった。
バーサーカーのマスターは初めて笑みを消した。
「理解できないな。」
「君は何故そこまで他人のために戦える?」
「世界は君を救わなかった。」
「社会は君を壊した。」
「なら世界を憎めばいい。」
「何故守る?」
長い沈黙。
アベンジャーは夜空を見上げた。
そこには丸い月。
月光が傷だらけの身体を照らす。
「私は。」
ゆっくり口を開く。
「一人ではなかった。」
青年が顔を上げる。
「辛い時。」
「話を聞いてくれた友人がいた。」
「助けてくれた家族がいた。」
「理解しようとしてくれた人がいた。」
「だから私は。」
「人間そのものは嫌いになれなかった。」
「憎いのは。」
「人を壊す仕組みだ。」
「環境だ。」
「理不尽だ。」
「だから。」
「私は必要悪になる。」
その言葉に。
バーサーカーのマスターはわずかに息を呑んだ。
「必要悪……。」
「誰かが止めなければ。」
「誰かが傷を受け止めなければ。」
「また同じ悲劇が起きる。」
「だから。」
「私が立つ。」
その瞬間。
冬木市全域を震わせるほどの魔力が空を貫いた。
ズン……
空気が重くなる。
青年マスターが膝をつく。
「な……何だこれは……!」
アベンジャーも眉をひそめた。
「新しいサーヴァント……?」
違う。
サーヴァント一騎ではない。
もっと巨大だ。
まるで街そのものが呼吸を始めたかのような魔力。
バーサーカーのマスターの表情が初めて曇る。
「まさか……。」
教会の方向だった。
冬木教会。
聖杯戦争の監督役がいる場所。
その上空に、漆黒の柱が天へと伸びている。
「こんな開戦直後に……?」
青年が呟く。
アベンジャーは目を細める。
「あれは……。」
嫌な予感がする。
胸の奥。
かつて味わった息苦しさ。
吐き気。
心臓を締め付けるような焦燥感。
それに酷似した魔力。
「……違う。」
「これは。」
「人間の悪意じゃない。」
「もっと。」
「深い。」
その時だった。
一つの声が、夜空から響いた。
「ようこそ、復讐者。」
男とも女ともつかない声。
「君だけは。」
「必ずここへ来ると思っていた。」
アベンジャーの瞳が鋭くなる。
「誰だ。」
「私は君の敵ではない。」
「誰の味方でもないけどね。」
黒い柱がゆっくりと脈打つ。
まるで巨大な心臓のように。
「人を壊すものを憎むのなら。」
「その根源を見せてやろう。」
「復讐者。」
「君は――」
「絶望そのものと戦えるか?」
黒い魔力が夜空を覆い尽くした。
青年は思わず身震いする。
しかしアベンジャーだけは、一歩前へ踏み出した。
その瞳には恐怖ではなく、静かな覚悟が宿っている。
「望むところだ。」
「その病巣、必ず切除する。」
夜明けは、まだ遠い。
だが、その闇の先に光があると信じる者だけが、歩みを止めなかった。
(第三章・了)
ここまで読んでくださりありがとうございます。
バーサーカー戦が一区切りし、冬木教会に何か現れ、更に黎明のアベンジャーとそのマスターの前にも誰かが姿を表しました。
今後の展開も楽しみにしていてください。
【毎日17時更新 / 全17話+α・7月23日完結予定】