Fate/Scapegoat   作:KMST

3 / 8
3話目です。
読んでくださりありがとうございます。


第三章 狂戦士の咆哮

冬木大橋。

 

戦闘によって崩れた橋の中央。

 

舞い上がる粉塵の向こうから、一人の男がゆっくりと歩み出た。

 

黒いロングコート。

 

片眼鏡。

 

年齢は三十代後半ほどだろうか。

 

その歩みに焦りはない。

 

まるで、自らのサーヴァントが敗北したという事実すら想定内であるかのようだった。

 

「……君がマスターか。」

 

アベンジャーが静かに問う。

 

バーサーカーのマスターは小さく一礼した。

 

「初めまして、アベンジャー」

 

青年マスターが息を呑む。

 

目の前の男にあるのは冷静さ。

 

そして異様な観察眼。

 

男はアベンジャーの全身を眺める。

 

裂けた腕。

 

折れた肩。

 

全身を覆う傷。

 

それでも立っている。

 

「興味深い。」

 

彼は微笑んだ。

 

「君は痛みに価値を見出している。」

 

「違う。」

 

アベンジャーは即座に否定した。

 

「価値があるとは思っていない。」

 

「なら、何故受ける?」

 

「必要だからだ。」

 

その返答に、バーサーカーのマスターは目を細めた。

 

「必要?」

 

「守るためだ。」

 

「なるほど。」

 

「つまり自己犠牲か。」

 

「違う。」

 

また否定。

 

「私は犠牲になるつもりはない。」

 

「私は生き残る。」

 

「そして護る。」

 

「その両方を選ぶ。」

 

青年マスターは少し驚いた。

 

この人は。

 

死ぬ覚悟ではなく。

 

【生き続ける覚悟】を持っている。

 

それは似ているようで、全く違う。

 

その時だった。

 

バーサーカーが立ち上がった。

 

「■■■■■■■■――――!!」

 

橋全体を震わせる咆哮。

 

宝具の直撃。

 

霊核も砕かれたはずだった。

 

それでも立つ。

 

「再生……?」

 

青年が呟く。

 

バーサーカーのマスターは肩をすくめた。

 

「バーサーカーは死ににくい。」

 

「だから便利なんだ。」

 

アベンジャーはバーサーカーを見る。

 

傷は治っている。

 

だが。

 

その瞳。

 

先程までの狂気とは違う。

 

恐怖。

 

ほんの僅かだが。

 

恐れている。

 

「……覚えているのか。」

 

アベンジャーが小さく呟く。

 

「バーサーカー。」

 

「君は今。」

 

「痛みを知ったな。」

 

狂戦士が一歩下がる。

 

獣は知ってしまった。

 

自分も傷付くということを。

 

バーサーカーのマスターが笑う。

 

「なるほど。」

 

「君の宝具は肉体だけではない。」

 

「精神にも刻み込む。」

 

「違う。」

 

アベンジャーは首を振る。

 

「私は呪いを押し付けているわけじゃない。」

 

「なら?」

 

「理解させている。」

 

静かな声。

 

「君達は。」

 

「誰かが流した涙の上で立っている。」

 

「その涙を。」

 

「一度だけ知れ。」

 

「そうすれば。」

 

「同じことは繰り返さない。」

 

バーサーカーのマスターは笑った。

 

「甘い。」

 

「人間は忘れる。」

 

「歴史が証明している。」

 

「何度でも戦争を起こし。」

 

「何度でも差別を生み。」

 

「何度でも弱者を踏み潰す。」

 

「君の願いなど。」

 

「実現しない。」

 

青年は思わず反論しようとした。

 

だが。

 

アベンジャーは穏やかだった。

 

「そうかもしれない。」

 

バーサーカーのマスターが笑う。

 

「諦めたか。」

 

「いや。」

 

「だから私は何度でも立つ。」

 

「……。」

 

「一度で駄目なら二度。」

 

「二度で駄目なら百回。」

 

「百回で駄目なら千回。」

 

「それでも駄目なら。」

 

「私は一万回でも盾になる。」

 

橋の上を風が吹き抜けた。

 

青年はその横顔を見る。

 

そこには怒りも激情もない。

 

あるのは。

 

決意だけだった。

 

 

バーサーカーのマスターは初めて笑みを消した。

 

「理解できないな。」

 

「君は何故そこまで他人のために戦える?」

 

「世界は君を救わなかった。」

 

「社会は君を壊した。」

 

「なら世界を憎めばいい。」

 

「何故守る?」

 

長い沈黙。

 

アベンジャーは夜空を見上げた。

 

そこには丸い月。

 

月光が傷だらけの身体を照らす。

 

「私は。」

 

ゆっくり口を開く。

 

「一人ではなかった。」

 

青年が顔を上げる。

 

「辛い時。」

 

「話を聞いてくれた友人がいた。」

 

「助けてくれた家族がいた。」

 

「理解しようとしてくれた人がいた。」

 

「だから私は。」

 

「人間そのものは嫌いになれなかった。」

 

「憎いのは。」

 

「人を壊す仕組みだ。」

 

「環境だ。」

 

「理不尽だ。」

 

「だから。」

 

「私は必要悪になる。」

 

その言葉に。

 

バーサーカーのマスターはわずかに息を呑んだ。

 

「必要悪……。」

 

「誰かが止めなければ。」

 

「誰かが傷を受け止めなければ。」

 

「また同じ悲劇が起きる。」

 

「だから。」

 

「私が立つ。」

 

 

その瞬間。

 

冬木市全域を震わせるほどの魔力が空を貫いた。

 

ズン……

 

空気が重くなる。

 

青年マスターが膝をつく。

 

「な……何だこれは……!」

 

アベンジャーも眉をひそめた。

 

「新しいサーヴァント……?」

 

違う。

 

サーヴァント一騎ではない。

 

もっと巨大だ。

 

まるで街そのものが呼吸を始めたかのような魔力。

 

バーサーカーのマスターの表情が初めて曇る。

 

「まさか……。」

 

教会の方向だった。

 

冬木教会。

 

聖杯戦争の監督役がいる場所。

 

その上空に、漆黒の柱が天へと伸びている。

 

「こんな開戦直後に……?」

 

青年が呟く。

 

アベンジャーは目を細める。

 

「あれは……。」

 

嫌な予感がする。

 

胸の奥。

 

かつて味わった息苦しさ。

 

吐き気。

 

心臓を締め付けるような焦燥感。

 

それに酷似した魔力。

 

「……違う。」

 

「これは。」

 

「人間の悪意じゃない。」

 

「もっと。」

 

「深い。」

 

その時だった。

 

一つの声が、夜空から響いた。

 

「ようこそ、復讐者。」

 

男とも女ともつかない声。

 

「君だけは。」

 

「必ずここへ来ると思っていた。」

 

アベンジャーの瞳が鋭くなる。

 

「誰だ。」

 

「私は君の敵ではない。」

 

「誰の味方でもないけどね。」

 

黒い柱がゆっくりと脈打つ。

 

まるで巨大な心臓のように。

 

「人を壊すものを憎むのなら。」

 

「その根源を見せてやろう。」

 

「復讐者。」

 

「君は――」

 

「絶望そのものと戦えるか?」

 

黒い魔力が夜空を覆い尽くした。

 

青年は思わず身震いする。

 

しかしアベンジャーだけは、一歩前へ踏み出した。

 

その瞳には恐怖ではなく、静かな覚悟が宿っている。

 

「望むところだ。」

 

「その病巣、必ず切除する。」

 

夜明けは、まだ遠い。

 

だが、その闇の先に光があると信じる者だけが、歩みを止めなかった。

 

(第三章・了)

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。
バーサーカー戦が一区切りし、冬木教会に何か現れ、更に黎明のアベンジャーとそのマスターの前にも誰かが姿を表しました。
今後の展開も楽しみにしていてください。

【毎日17時更新 / 全17話+α・7月23日完結予定】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。