Fate/Scapegoat   作:KMST

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4話目です。
読んでくださりありがとうございます。


第四章 観測者

冬木教会。

 

夜明け前。

 

石造りの礼拝堂は静まり返っていた。

 

本来なら聖杯戦争の監督役だけがいるはずの場所。

 

しかし今夜は違う。

 

教会全体を覆う黒い魔力。

 

壁を這うように伸びる黒い紋様。

 

まるで建物そのものが病に侵されているようだった。

 

青年マスターは息を呑む。

 

「……何だ、この空気。」

 

肺が重い。

 

心臓が速くなる。

 

理由もなく不安になる。

 

誰かに見られているような。

 

責められているような。

 

失敗したような。

 

何も起きていないのに、胸だけが締め付けられる。

 

「うっ……」

 

膝をついた。

 

「マスター!」

 

アベンジャーが支える。

 

その手は温かかった。

 

「吸うな。」

 

「え?」

 

「この魔力を深く吸うな。」

 

静かな声。

 

「これは身体ではなく心を蝕む。」

 

その頃。

 

礼拝堂最奥。

 

祭壇の前に、一人の老人が立っていた。

 

監督役の神父だった。

 

だが。

 

様子がおかしい。

 

瞳は濁り、

 

口元は震え、

 

祈りの言葉を繰り返している。

 

「誰も悪くない。」

 

「誰も悪くない。」

 

「誰も悪くない。」

 

「だから仕方ない。」

 

「仕方ない。」

 

「仕方ない……」

 

その言葉だけを。

 

何百回も。

 

何千回も。

 

唱えていた。

 

アベンジャーは足を止める。

 

「……そういうことか。」

 

青年が顔を上げる。

 

「分かったのか?」

 

「これは呪詛ではない。」

 

「もっと悪質だ。」

 

「思考誘導。」

 

「思考……?」

 

「自分の意思で考えることをやめさせる。」

 

彼は礼拝堂を見渡した。

 

「責任を押し付ける。」

 

「理不尽を受け入れさせる。」

 

「異常を日常だと思わせる。」

 

「そして。」

 

「誰も止めなくなる。」

 

青年は凍り付いた。

 

それは。

 

どこかで聞いたことがある。

 

いや。

 

経験したことがある。

 

「そんな……。」

 

「これは。」

 

アベンジャーは小さく頷く。

 

「精神疾患を生む環境、そのものだ。」

 

その時。

 

拍手が響いた。

 

パン。

 

パン。

 

パン。

 

礼拝堂の奥。

 

黒い霧の中から、一人の人物が姿を現す。

 

神父服。

 

しかし顔は見えない。

 

仮面を付けている。

 

白い仮面。

 

笑っているようにも。

 

泣いているようにも見える。

 

「素晴らしい。」

 

「流石は黎明のアベンジャー。」

 

「もう気付いたか。」

 

青年が叫ぶ。

 

「お前は何者だ!」

 

男?は笑う。

 

「名前など意味はない。」

 

「君達なら。」

 

そうだな。

 

「観測者(ウォッチャー)。」

 

そう呼ぶといい。

 

「観測者……?」

 

「私は何もしない。」

 

「ただ見ているだけだ。」

 

「人間が人間を壊す様を。」

 

「それだけ。」

 

青年は怒鳴る。

 

「ふざけるな!」

 

「止めろよ!」

 

「止められるだろ!」

 

観測者は首を傾げた。

 

「何故?」

 

「彼らは自分で選んだ。」

 

「厳しい指導を。」

 

「長時間労働を。」

 

「同調圧力を。」

 

「見て見ぬふりを。」

 

「私が命令したわけではない。」

 

「人間が選び続けた結果だ。」

 

青年は言葉を失う。

 

反論できない。

 

確かに。

 

全てが命令されて起きたことではない。

 

小さな無関心。

 

小さな悪意。

 

小さな正義。

 

それらが積み重なり。

 

誰かを壊す。

 

アベンジャーだけは。

 

静かだった。

 

「そうだ。」

 

観測者が笑う。

 

「怒れ。」

 

「憎め。」

 

「人間を。」

 

「君はそうなるべきだった。」

 

「違う。」

 

一言。

 

礼拝堂が静まり返る。

 

「私は。」

 

「人間を憎まない。」

 

観測者の笑みが止まる。

 

「……何?」

 

「私が憎むのは。」

 

「お前のような存在だ。」

 

「私は何もしていない。」

 

「違う。」

 

アベンジャーは一歩前へ出る。

 

「見ていただけ。」

 

「知っていただけ。」

 

「止めなかった。」

 

「それも加害だ。」

 

観測者の空気が変わった。

 

初めて。

 

怒気が漏れる。

 

「……面白い。」

 

「では聞こう。」

 

「君は全員を救えるのか?」

 

「世界中の人間を?」

 

「何億人も?」

 

黎明のアベンジャーが答える。

 

「無理だ。」

 

即答だった。

 

青年が驚く。

 

観測者も僅かに目を見開く。

 

「私は万能じゃない。」

 

「英雄でもない。」

 

観測者が反応する。

 

「なら!」

 

アベンジャーは続けた。

 

「だが。」

 

「目の前の一人なら。」

 

「救える。」

 

静寂。

 

「一人救えば。」

 

「その一人が。」

 

「また一人救うかもしれない。」

 

「百年後には。」

 

「何万人になるか分からない。」

 

「だから。」

 

「私は諦めない。」

 

観測者は鼻で笑う。

 

「非効率だ。」

 

「そうだ。」

 

「愚かだ。」

 

「そうだ。」

 

「報われない。」

 

「そうだ。」

 

「それでも。」

 

アベンジャーは笑った。

 

「誰かが始めなければ。」

 

「何も変わらない。」

 

観測者は。

 

初めて沈黙した。

 

復讐者。

 

憎悪。

 

怒り。

 

絶望。

 

それらから生まれたはずの存在が。

 

何故。

 

未来を信じられる。

 

「……君は異常だ。」

 

「よく言われる。」

 

「復讐者らしくない。」

 

「それも。」

 

「よく言われる。」

 

「なら。」

 

観測者は腕を広げた。

 

「証明してみせろ。」

 

黒い魔力が爆発する。

 

礼拝堂全体が震えた。

 

床から黒い泥が溢れ出す。

 

しかし。

 

それは泥ではなかった。

 

一人。

 

また一人。

 

人影が立ち上がる。

 

皆、顔がない。

 

スーツ姿。

 

白衣姿。

 

教師。

 

上司。

 

同僚。

 

学生。

 

親。

 

誰でもあり。

 

誰でもない。

 

彼らは一斉に口を開いた。

 

「甘えるな。」

 

「努力が足りない。」

 

「みんな耐えてる。」

 

「お前だけじゃない。」

 

「我慢しろ。」

 

「空気を読め。」

 

「逃げるな。」

 

「自己責任だ。」

 

青年は耳を塞いだ。

 

聞いているだけで息が苦しい。

 

吐き気がする。

 

だが。

 

アベンジャーは。

 

目を閉じた。

 

静かに。

 

深呼吸する。

 

「……聞こえている。」

 

そして目を開く。

 

その瞳には、怒りではなく、深い哀しみが宿っていた。

 

「だからこそ。」

 

彼はゆっくりと右手を掲げる。

 

「顕現せよ、お前の生む呪い、その正体。もう秘匿させない……!」

 

その瞬間、礼拝堂全体を蒼白い魔力が駆け巡る。

 

「癌細胞切除(キャンサー・エラディケーション)」

 

黒い人影たちの身体に、赤黒い紋様が浮かび上がる。

 

観測者が初めて目を見開いた。

 

「……それは!」

 

アベンジャーは静かに告げる。

 

「病巣観測。」

 

「隠された病は、見つけなければ治療できない。」

 

「だから私は、お前たちを観測する。」

 

黒い人影の胸元に、消えない烙印が刻まれていく。

 

──呪創。

 

「今まで名前のなかった苦しみに、名前を与える。」

 

「見えなかった傷を、見えるようにする。」

 

「それが、切除の第一歩だ。」

 

観測者は初めて一歩退いた。

 

この復讐者は、敵を殺そうとしているのではない。

 

"病巣そのものを可視化し、世界に突きつけようとしている"。

 

その在り方は、これまでのアベンジャーとはあまりにも異質だった。

 

礼拝堂のステンドグラスから、朝焼けの光が差し込む。

 

長い夜が、終わろうとしていた。

 

だが本当の戦いは、今まさに始まったばかりだった。

 




今回少し自分を出しました。
辛いことが多いこの世の中。
黎明のアベンジャーは何故アベンジャーなのか。
シールダーの方が合ってそうなのに。
次回もお楽しみに。

【毎日17時更新 / 全17話+α・7月23日完結予定】
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