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冬木市。
午前九時。
昨夜の戦闘が嘘だったかのように、街は日常を取り戻していた。
学生が学校へ向かう。
会社員が駅へ急ぐ。
母親が子供の手を引いて歩く。
青年マスターは、その光景を眺めて呟いた。
「みんな、何も知らないんだな。」
「知らない方がいい。」
隣でアベンジャーが答える。
「聖杯戦争は、知らない人間を巻き込まないためにある。」
「……でも、昨日は。」
「昨日は失敗だった。」
静かな声だった。
自分の責任だと言わんばかりに。
青年は苦笑した。
「何でも自分のせいにするんだな。」
アベンジャーは少しだけ困ったように笑った。
「癖なんだ。」
その頃。
古びた洋館。
窓辺に、一人の少女が立っていた。
金色の髪。
凛とした碧眼。
青と白を基調とした鎧。
静かに街を見下ろしている。
「アベンジャー。」
その名を口にする。
「マスター。」
背後にいた少女が顔を上げる。
まだ高校生ほどの年齢。
「昨夜の戦い、見ていたんですか?」
「ええ。」
セイバーは静かに頷いた。
「不思議な英霊です。」
「彼からは、人を滅ぼす意思を感じません。」
少女は首を傾げた。
「でもアベンジャーですよね?」
「だからこそ。」
セイバーは窓を閉める。
「会わねばなりません。」
午後。
冬木中央公園。
青年とアベンジャーはベンチに座っていた。
コンビニのおにぎり。
ペットボトルのお茶。
「サーヴァントって飯食うのか?」
青年が聞く。
アベンジャーは笑う。
「必要はない。」
「でも好きなんだ。」
そう言って、おにぎりを一口。
「……美味い。」
青年も笑う。
「そんな顔するんだな。」
「?」
「戦ってる時と全然違う。」
「そうか?」
「全然違う。」
その時だった。
風が止まる。
公園全体が静まり返る。
アベンジャーが立ち上がった。
「来たか。」
木陰から現れる、一人の騎士。
陽光を受けて輝く鎧。
その姿は、まさしく王だった。
「初めまして。」
凛とした声。
「私はセイバー。」
青年も立ち上がる。
緊張が走る。
しかしセイバーは剣を抜かなかった。
「今日は戦いに来たのではありません。」
「話をしに来ました。」
公園の噴水。
二騎のサーヴァントが向かい合う。
「あなたは。」
セイバーが口を開く。
「必要悪を名乗るそうですね。」
「そうだ。」
「何故です?」
アベンジャーは少し考えた。
「誰かが止めなければ。」
「悲劇は繰り返される。」
「だから。」
「私が憎まれ役になる。」
セイバーは静かに首を振った。
「違います。」
「?」
「悪は悪です。」
「たとえ目的が善であろうと。」
「悪を選んではならない。」
青年は二人を見る。
空気が変わった。
これは戦闘ではない。
思想の決闘だ。
「例えば。」
セイバーは続ける。
「百人を救うため、一人を犠牲にしますか?」
「……。」
「私はしない。」
「それが王です。」
アベンジャーは静かに答えた。
「私もしたくはない。」
「しかし。」
「百人が死ぬなら。」
「私は。」
「その一人になる。」
沈黙。
セイバーの瞳が揺れた。
「……自分が?」
「そうだ。」
「他人は犠牲にしない。」
「私ならいい。」
青年は思わず顔をしかめる。
「またそれだ。」
アベンジャーは少しだけ苦笑する。
「すまない。」
「謝るところじゃない!」
青年が珍しく声を荒げた。
「お前さ。」
「自分を大事にしろよ。」
「君まで傷付いたら。」
「誰が皆を守るんだ。」
その言葉に。
アベンジャーは言葉を失った。
「……。」
セイバーも青年を見る。
「良いマスターですね。」
青年は照れ臭そうに頭を掻いた。
「放っとくと、この人、自分から死にに行きそうだから。」
「否定できないな。」
アベンジャーは苦笑した。
セイバーも思わず笑う。
その一瞬。
張り詰めていた空気が和らいだ。
しかし。
次の瞬間だった。
ズキン。
アベンジャーが胸を押さえる。
「……!」
青年が支える。
「どうした!」
吐き気。
眩暈。
呼吸が浅い。
周囲を見る。
公園。
子供。
家族。
老人。
何も変わらない。
なのに。
一人だけ。
ベンチに座る男子高校生。
俯いたまま動かない。
誰も気付いていない。
アベンジャーだけが歩き出す。
「待て!」
青年が止めようとする。
しかし彼は迷わなかった。
高校生の前にしゃがむ。
「君。」
反応はない。
「辛いか。」
その一言だった。
少年の肩が震える。
「……え?」
「誰にも言えなかったか。」
少年は顔を上げる。
目の下には濃い隈。
手首には浅い傷跡。
「なんで……。」
涙が溢れた。
「なんで分かったんですか。」
アベンジャーは優しく笑う。
「私も。」
「同じ顔をしていたから。」
青年もセイバーも言葉を失う。
少年は堰を切ったように泣き始めた。
「もう学校行きたくない……。」
「頑張れって言われても……。」
「もう頑張れない……。」
アベンジャーは何も言わない。
ただ。
隣に座った。
それだけだった。
励まさない。
否定しない。
説教もしない。
ただ隣にいる。
長い沈黙。
やがて少年は少しだけ呼吸を整え、小さく呟いた。
「……ありがとう。」
その言葉だけで十分だった。
少し離れた場所で、その光景を見つめるセイバー。
「……なるほど。」
彼女は静かに呟く。
「私は王として民を救ってきました。」
「ですが。」
「彼は。」
「一人の人間として。」
「目の前の一人を救おうとしている。」
それは王にはできない救いだった。
国家を背負う者は、多数を見なければならない。
しかし彼は違う。
彼は、一人ひとりの涙を見ようとする。
だからこそ、英雄ではない。
だからこそ、現代にしか生まれ得なかった英霊なのだ。
その時。
空が曇る。
教会の方角から、黒い魔力が再び立ち昇る。
アベンジャーの表情が引き締まる。
「始まる。」
セイバーも剣の柄に手を置いた。
「ええ。」
「今度は共闘しましょう。」
アベンジャーは少し驚く。
「私を信用するのか?」
セイバーは静かに微笑んだ。
「あなたの思想すべてに賛同はできません。」
「ですが。」
「あなたが人を救おうとしていることだけは、本物です。」
「それだけで、今は十分です。」
アベンジャーも微笑み返す。
「ありがとう。」
二人は並んで歩き出す。
朝日を背に。
迫り来る黒い魔力へ向かって。
その姿はまるで、復讐者と騎士ではなく――
「人を護る者」同士のようだった。
今度はセイバーが出てきましたね。
次回どうなるのでしょうか?
お楽しみに。
【毎日17時更新 / 全17話+α・7月23日完結予定】