ここまで読んでくださりありがとうございます。
夜。
冬木市。
街灯だけが静かに道路を照らしている。
青年マスターは眠れなかった。
夢を見たからだ。
いや。
夢ではない。
誰かの記憶。
研究室。
時計は午前二時を回っている。
机に積まれた本。
パソコンの画面に映ってる論文。
そこに、国際学会へ挑戦しようとする一人の青年がいる。
サンプル。
偏光顕微鏡。
電子顕微鏡。
分析データ。
データベース。
データセット。
主成分分析。
プログラミング言語。
「分からない。」
何度も何度も修正する。
「まだ修正指示が残ってる…。」
眠気で目が霞む。
肩が重い。
吐き気がする。
それでも。
「やらなきゃ。」
誰も命令していない。
しかし。
やらなければならない。
そう思い込んでいる。
結局、国際学会への参加は許可されなかった。
ここから青年は少しずつ壊れていく…
場面が変わる。
教授室。
扉の前。
ノック。
返事はない。
もう一度。
ノック。
返事。
「入れ。」
部屋へ入る。
机越しに座る教授。
冷たい声。
「これでは駄目だ。」
青年は俯く。
「申し訳ありません。」
「専門性が薄い。」
「もっと勉強すれば?」
「……はい。」
「本当に修士を取る気はあるのか?」
青年は何も言えない。
胸が苦しい。
呼吸が浅い。
鼓動が速い。
頭が真っ白になる。
教授は続ける。
「君は危機感が足りない。」
その一言が。
刃になった。
「!」
青年マスターは飛び起きた。
汗で全身が濡れている。
「夢……?」
違う。
令呪が熱い。
サーヴァントと繋がっているからだ。
つまり。
今見たものは。
アベンジャー自身の記憶。
隣を見る。
アベンジャーはいなかった。
慌てて外へ出る。
冬木大橋。
月明かり。
そこに、一人で立っている。
「アベンジャー!」
振り向く。
少し困ったような笑顔。
「起こしてしまったか。」
青年は首を振る。
「違う。」
「見た。」
「……。」
「夢じゃないよな。」
沈黙。
アベンジャーは月を見る。
「そうだ。」
「私の記憶だ。」
青年は拳を握る。
「酷いな。」
「……。」
「そんな状態で。」
「よく修了できたな。」
アベンジャーは笑った。
「奇跡だった。」
「友達がいた。」
「家族がいた。」
「だから最後まで歩けた。」
「でも。」
その笑顔が少し曇る。
「心は壊れた。」
「今でも。」
「朝になると身体が覚えている。」
青年は何も言えない。
代わりに隣へ立った。
同じように月を見る。
「君は知ってるか。」
アベンジャーが口を開く。
「英雄の座。」
「英霊の座?」
「そう。」
「英雄が記録される場所。」
青年は頷く。
「でも。」
「現代人は普通行けないんだよな?」
「そのはずだった。」
「?」
アベンジャーは静かに笑う。
「私もそう思っていた。」
その時。
世界が止まる。
風が消える。
音が消える。
月だけが空に残る。
そして。
橋の中央に。
白い人影が立っていた。
「こんばんは。」
穏やかな老人。
長い白髭。
ローブ姿。
手には一冊の本。
青年は身構える。
「誰だ!」
老人は柔らかく笑う。
「敵ではありません。」
アベンジャーだけは。
すぐに分かった。
「……まさか。」
老人は頷いた。
「ええ。」
「君は初めてですね。」
「黎明のアベンジャー。」
「私は。」
「座の管理者の一人。」
青年が固まる。
「座……?」
老人は本を開く。
無数の名前。
ヘラクレス。
アルトリア。
クー・フーリン。
ギルガメッシュ。
坂田金時。
源頼光。
ジャンヌ・ダルク。
数え切れないほどの英雄。
そして。
最後のページ。
そこには。
まだ新しい文字が刻まれていた。
『絶望なき明日を願う者 黎明のアベンジャー』
青年が息を呑む。
「本当に……。」
「英霊なのか。」
老人は静かに頷く。
「はい。」
「ですが。」
「非常に特殊です。」
アベンジャーも静かに聞いている。
「君は。」
「世界を救っていない。」
「神話もない。」
「王でもない。」
「しかし。」
老人はページを閉じた。
「君の願いは。」
「未来へ向いていた。」
「……。」
「君は。」
「人類史に名前は残らない。」
「だが。」
「君が護った人々。」
「君が残した言葉。」
「君が支えた命。」
「それらは確かに未来へ受け継がれる。」
「英雄とは。」
老人は優しく笑う。
「必ずしも歴史に名を刻む者ではありません。」
「誰かの未来を変えた者も。」
「また英雄なのです。」
青年の目が熱くなる。
アベンジャーは静かに目を閉じた。
「私は。」
「そんな大層な者じゃない。」
「だから。」
老人は笑う。
「アヴァロンにも。」
「英霊の座にも。」
「誰も来ないと思っていたでしょう?」
アベンジャーは苦笑する。
「見透かされているな。」
その時だった。
本が突然黒く染まる。
老人の笑顔が消える。
「来ます。」
空が裂ける。
黒い亀裂。
そこから。
無数の黒い手が伸びてくる。
「またか。」
アベンジャーが構える。
老人は初めて焦った。
「違います。」
「あれは観測者ではない。」
「もっと古い。」
「もっと根源的なものです。」
「え?」
老人が本を見つめる。
ページが勝手に開く。
そこに一つの言葉だけが浮かぶ。
『■■■』
文字が読めない。
存在そのものを認識できない。
青年は頭痛に襲われる。
「ぐっ……!」
アベンジャーだけが立っていた。
その瞳が鋭くなる。
「なるほど。」
「そういうことか。」
老人が驚く。
「読めるのですか!?」
「いや。」
「読めない。」
「でも。」
「感じる。」
静かな声。
「これは。」
「人間一人ではない。」
「文明そのものの病だ。」
その瞬間。
橋全体が闇に飲まれた。
そして。
どこからともなく。
観測者の笑い声が響く。
「ようやく気付いたか。」
「黎明のアベンジャー。」
「私を倒しても。」
「終わらない。」
「私など。」
「ただの観測者にすぎない。」
黒い闇が空を覆う。
「さあ。」
「人類最大の病巣を。」
「君は切除できるかな?」
月が。
ゆっくりと黒く染まり始めた。
英霊の座には登録されている黎明のアベンジャー。
その真名や如何に。
次回もお楽しみに。
【毎日17時更新 / 全17話+α・7月23日完結予定】