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冬木市・港湾地区。
午前三時。
濃霧。
海から流れ込む冷たい風が、巨大なコンテナ群を揺らしていた。
「……来たか。」
アベンジャーが足を止める。
青年マスターも気配を感じ取る。
殺気。
それも一人ではない。
三方向。
「囲まれてる……!」
その瞬間。
コンテナの上から一つの影が飛び降りる。
槍を肩に担いだ青年。
「よう。」
ランサーだった。
「約束通り来たぜ。」
青年マスターが身構える。
「敵か!」
「半分な。」
ランサーは笑う。
「俺は今夜、お前らを殺しに来た。」
一拍置いて続ける。
「……って言いてぇところだが。」
「その前に、話がある。」
一方。
倉庫の屋上。
青白い外套をまとった騎士が静かに港を見下ろしていた。
セイバー。
「来ましたか。」
その隣には若き女性マスター。
「本当に共闘するの?」
「ええ。」
セイバーは短く答える。
「少なくとも今夜は。」
そして、港の最奥。
誰も使わなくなった巨大倉庫。
その中で、観測者は静かに目を閉じていた。
「始まる。」
その背後には、刀を携えたアサシン。
「本当に彼らを一度に相手に?」
観測者は頷く。
「私は戦わない。」
「だが。」
「彼らには見せなければならない。」
「人間の絶望の底を。」
港に戻る。
ランサーは槍を地面へ突き立てた。
「アベンジャー。」
「何だ。」
「昨日、お前の言葉を考えてた。」
「……。」
「夢を守る。」
「随分と青臭ぇ。」
アベンジャーは少し笑う。
「否定はしない。」
「でもよ。」
ランサーは空を見上げる。
「英雄ってのは。」
「夢を守れなかった奴らでもある。」
その一言に、アベンジャーの表情が変わる。
「俺も。」
ランサーは続ける。
「セイバーも。」
「みんな。」
「守れなかったもんがある。」
「だから英雄になった。」
静かな沈黙。
「でもお前は違う。」
「?」
「お前は。」
「まだ守ろうとしてる。」
「英霊になってまで。」
「それが俺には分からねぇ。」
アベンジャーは答えない。
しばらく海を見つめていた。
波が岸壁を叩く。
その音だけが二人の間を流れる。
やがて彼は口を開いた。
「ランサー。」
「何だ。」
「君は、英雄とは何だと思う?」
ランサーは笑う。
「簡単だ。」
「誰かのために命を懸けた馬鹿だ。」
「なら。」
アベンジャーも笑った。
「私はまだ途中なんだ。」
「英雄になったつもりはない。」
「私は。」
「まだ誰かを守り続けたい。」
ランサーは肩をすくめる。
「だからお前は変なんだ。」
その瞬間。
港全体を覆う魔力が震えた。
海が逆巻く。
コンテナが軋む。
空が黒く染まる。
「来る!」
セイバーが屋上から飛び降りた。
「アベンジャー!」
「セイバー!」
二騎が並ぶ。
その先。
倉庫の扉がゆっくりと開いた。
ギギギ……
中は闇。
底が見えない。
そして。
無数の人影が歩き出してきた。
スーツ姿。
学生服。
白衣。
作業着。
制服。
誰もが俯いている。
目は虚ろ。
青年マスターが震える。
「あれは……。」
アベンジャーが静かに答える。
「呪創。」
「違う。」
「呪創に侵された人々だ。」
セイバーが剣を構える。
「生者……?」
「そうだ。」
「殺してはならない。」
その一言で、セイバーは剣を引く。
「厄介ですね。」
ランサーも舌打ちした。
「人質って訳か。」
その時。
観測者の声が響く。
「違う。」
「彼らは人質ではない。」
「君達が守ろうとした人々だ。」
闇の中から観測者が姿を現す。
「アベンジャー。」
「見てごらん。」
「彼らは皆。」
「一度は救われた人々だ。」
「しかし。」
「また壊れた。」
青年マスターが息を呑む。
「何……?」
「現実とはそういうものだ。」
観測者は静かに語る。
「一度救えば終わりではない。」
「環境は変わらない。」
「社会も変わらない。」
「人はまた傷付く。」
「だから。」
「君の希望は無意味だ。」
アベンジャーは静かに前へ出た。
「違う。」
「何が違う。」
「救われた時間は。」
「無意味じゃない。」
観測者が首を傾げる。
「苦しみは戻った。」
「でも。」
アベンジャーは一人の少年を見つめた。
「その人は。」
「救われた記憶を持っている。」
「それだけで。」
「もう一度立ち上がれるかもしれない。」
観測者は笑った。
「可能性か。」
「そうだ。」
「私は。」
「可能性を信じる。」
その言葉と同時に、アベンジャーの足元から淡い銀色の光が広がる。
青年マスターが令呪の輝きを感じた。
「これは……?」
セイバーが驚きの声を漏らす。
「宝具ではない……?」
アベンジャーは静かに目を閉じる。
「彼らを斬ることはできない。」
「なら。」
「護る。」
右手をゆっくりと天へ掲げる。
魔力が収束していく。
しかし、それは攻撃ではない。
温かな光だった。
観測者が初めて目を見開く。
「まさか……!」
アベンジャーは静かに詠唱を始める。
「聞け、悪魔の囁きよ。私はここに踏みとどまった。」
セイバーが息を呑む。
「第二宝具……!」
「見よ、暗闇の病巣よ。私はその呪いをここで断つ。」
港を覆う光。
まるで夜明けが一足早く訪れたかのようだった。
「我が身の傷は、明日を往く者を護るための盾。」
「我が魂の灯は、絶望の夜を照らす光。」
青年マスターの令呪が熱を帯びる。
その熱は苦しさではない。
希望だった。
アベンジャーが静かに叫ぶ。
「――開帳せよ。」
「ここは誰も病まず、誰も涙せぬ、理想の学び舎!」
『願わくば彼方に、絶望なき学び舎
(カーテンライズ・マイ・ホープ)』!!
眩い光が港全体を包み込む。
俯いていた人々が、ゆっくりと顔を上げた。
誰かが泣き始める。
誰かが誰かの肩を支える。
誰かが「ありがとう」と呟く。
観測者はその光景を見つめ、初めて言葉を失った。
「……こんな、ことが。」
彼が信じてきた「人は必ず絶望する」という法則に、初めて明確な亀裂が入った。
そしてアベンジャーは、膝をつく。
口元から血が流れる。
第二宝具の代償だ。
青年マスターが駆け寄る。
「アベンジャー!」
彼は苦しそうに息をつきながらも、穏やかに微笑んだ。
「大丈夫。」
「まだ……護れる。」
その言葉を聞いたセイバーは、静かに剣を抜く。
ランサーは槍を握り直す。
二人はアベンジャーの前へ並んだ。
「ここからは、私たちの役目です。」
セイバーが言う。
ランサーも笑う。
「たまには守られろよ、復讐者。」
アベンジャーは少し驚き、それから照れくさそうに笑った。
「……ありがとう。」
その瞬間、倉庫の最奥から、これまでとは比べ物にならないほど巨大な鼓動が響く。
ドクン
港の地面が揺れた。
海面が大きく波打つ。
観測者は振り返り、静かに呟く。
「目覚める。」
「人類史に蓄積された絶望が。」
「聖杯の奥底に眠る、本当の復讐者が。」
闇の中心から、ゆっくりと「何か」が立ち上がろうとしていた。
何か、とは何か。
お楽しみに。
【毎日17時更新 / 全17話+α・7月23日完結予定】