史上最強の刑事ユキムラ   作:富山 狸吉

4 / 4
PROTOCOL FILE.04:思い出した悲劇の事件救済

 白桜幼稚園に入園してから、1年以上が経ち、季節は移り変わっていた。

 5歳になった桜庭幸村は、大財閥の英才教育と、姉の愛魅や、許嫁の冴子に、囲まれる充実した日々を送りながらも、常に、頭の片隅で、「ある違和感」と戦っていた。

 

 前世である平良悠助としての記憶は、鮮明だ。

 しかし、いくら、オタク知識があるとはいえ、人間の脳は、三十数年分の漫画や、アニメの詳細な「年表」を、全て完璧に記憶している訳ではない。

 

 特に、原作開始の遥か昔に起きた事件となると、断片的な情報しか残っていないのが、実情だった。

 

「……何か、致命的な事を、見落としている気がする?」

ある日の午後、広大な自室のデスクで、幸村は、ノートにペンを走らせていた。

 

 原作開始が、残り18年後。

 現在、幸村は5歳。

 つまり、ここから、数年の間に、後に『名探偵コナン』の本編に、多大な影響を与える「過去の悲劇」が、幾つか発生する筈なのだ。

 

 幸村が、最も救いたいと願う「警察学校組」の面々。

 降谷零、松田陣平、萩原研二、諸伏景光、伊達航の5人は、年齢から、逆算すると、現在は、幸村の数歳年上の少年の筈だ。

 

 彼らが、警察学校に入校し、殉職の運命に捕らわれるのは、まだ先の話である。

 宮野明美の悲劇も、まだ先だ。

 

(じゃあ、今、この『今年』起きる事件は、何だ? 俺が、絶対に忘れてはいけない、警察関係者の悲劇が、あった筈だ。米花町、あるいは、都内で起きた、あの有名な……)

幸村は、小さく未発達な頭を抱え、必死に、前世の記憶の引き出しを、ひっくり返した。

 

 アニメの回想シーン、コミックスのページ、ファン達が、ネットで、考察していたタイムライン。

 それらが、霧の向こうにある様に、あと1歩のところで、思い出せない。

 

 この世界に転生したからには、ただの御曹司として、ぬくぬくと、生きるつもりは、毛頭ない。

 悲劇の運命を、捻じ曲げる為に、この命と、桜庭財閥という最強の切札を授かったのだ。

 

 5歳の肉体という制限の中で、何ができるかを模索しながら、幸村は、言い知れぬ焦燥感に駆られていた。

 外では、梅雨の始まりを告げるかの様な、しとしととした静かな雨が、降り続いていた。

 

 ※※※

 

 焦燥感が、確信に変わったのは、それから、数日後の事だった。

 リビングの大型テレビで、流れていた、昼のニュース番組の音声が、幸村の耳に、飛び込んできた。

 

『次のニュースです。本日、午前10時頃、米花町にある東都銀行の支店に、猟銃を持った男が押し入る事件が発生しました。犯人は、現金を奪って、現在も、逃走中。警視庁は、大規模な包囲網を敷き、捜査一課を中心に、犯人の行方を追っています――』

そのアナウンサーの声を、聞いた瞬間、幸村の脳内で、バラバラだった、パズルのピースが凄まじい速度で、噛み合った。

 

 全身に電撃が、走ったかの様な衝撃が襲う。

 

(東都銀行強盗事件……雨の日……捜査一課……。思い出した! 『愁思郎』事件だ!)

それは、原作において、佐藤美和子刑事が、刑事を目指すきっかけとなった、彼女の父親の殉職事件だった。

 

 佐藤美和子の父、佐藤正義警視正(当時は、捜査一課強行犯捜査三係の警部)。

 彼は、強盗犯の友人を、自首させる為、雨の交差点で、説得していた。

 しかし、その直後、自責の念に駆られた犯人が、トラックの前に飛び出し、それを庇った正義刑事が、トラックに跳ねられて、殉職してしまうのだ。

 

 正義刑事が、意識を朦朧とさせながら呟いた言葉「しゅうしろう」と言う、謎の言葉だけを、残して。

 

(待てよ、佐藤正義刑事が殉職するのは、美和子刑事が、小学1年生の時、つまり、原作から、18年前の事件だ。今、俺は5歳。美和子刑事は、俺の5歳年上だから……、今、丁度、10歳で、小学4年生。……計算が合わない!?)

幸村は、愕然とした。

 

 前世の記憶にある原作のタイムラインと、この現実の世界のタイムラインに、数年の「ズレ」が、生じているのだ。

 これこそが、クロスオーバー世界のバグか、或いは、転生による歪みか。

 

(原作の知識だけを、過信していたら、見落とすところだった。事件は、『今日』起きる! 正義刑事が、トラックに跳ねられるのは、まさに、この銀行強盗が起きた日の夕方、雨の交差点だ!)

時計を見る。

 

 既に、午後2時を回っている。

 犯人の身元は、正義刑事の友人だ。

 正義刑事は、単独で彼を追い、説得を試みる筈。

 場所は、米花町4丁目の交差点。

 

(絶対に間に合わせる。俺の、最初の救済だ!)

幸村は、愛魅と冴子が、いない隙を見計らい、子供用のレインコートを羽織ると、桜庭家の厳重な警備の死角を突いて、泥だらけになりながら、屋敷を飛び出した。

 

 ※※※

 

 激しくなる雨の中、幸村は、小さな身体で、米花町の街を、全力で疾走していた。

 5歳児の心肺機能では、直ぐに息が上がるが、3歳から、受けてきた英才教育。

 過酷なランニングと、体幹トレーニングの成果が、此処で、生きていた。

 泥水を撥ね、息を切らしながら、彼は記憶にある交差点へと急いだ。

 

 午後4時前。

 米花町4丁目の、視界の悪い交差点に辿り着いた。

 激しい雨のカーテンの向こうに、幸村は、求めていた背中を見つけた。

 ベージュのトレンチコートを着た、がっしりとした体格の男。

 警視庁捜査一課の佐藤正義警部だ。

 

 彼の前には、傘もささずに、激しく泣き崩れている男がいた。

 正義刑事の友人であり、銀行強盗の犯人、鹿野修造だ。

 

「もういいんだ、自首してくれ。お前の罪は、俺が、一緒に背負うから……!」

正義刑事の必死の説得。

 

 しかし、絶望した友人は、狂った様に、頭を振った。

「駄目だ、正義……! 俺は、俺は、もうおしまいだぁぁ!」

その時、交差点を曲がって来た大型トラックが、激しい水飛沫を上げて、直進してきた。

 

 視界不良と、雨の制動距離の悪さ。

 修造は、トラックの光に引き寄せられる様に、道路の中央へと、飛び出した。

 

「危ない!」

正義刑事が叫び、反射的に男を突き飛ばして庇う。

 

 原作通りの展開。

 男は、歩道へと転がったが、代わりに、正義刑事が、眼前に迫るトラックの、巨大な鉄塊と対峙する形になった。

 トラックのクラクションが、激しく鳴り響く。

 正義刑事は、避ける間がない。

 

(間に合えぇぇぇ!)

その瞬間、弾丸の様に飛び出して来た、小さな影があった。

 

 桜庭幸村だ。

幸村は、3歳から、叩き込んできた格闘術の足捌きと、体重移動の技術を極限まで爆発させた。

 ただの5歳児の体当たりでは、大人の男を動かす事はできない。

 

 だからこそ、幸村は、正義刑事の膝裏の関節を狙って、全体重を乗せた鋭いスライディングタックルを敢行した。

 

「ぬおっ!?」

不意を突かれ、膝のバランスを崩した正義刑事の身体が、大きく傾く。

 

 幸村は、その勢いのまま、正義刑事の衣服を掴んで、歩道側へと、強引に引き倒した。

 

『ズガガガガァァァン!!』

次の瞬間、鼓膜を破らんばかりの爆音と共に、トラックが、2人の数センチ横を、猛スピードで通り過ぎた。

 

 突風と水飛沫が、2人を襲う。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

アスファルトに、倒れ込んだ正義刑事は、自分が、生きている事に気づき、目を見開いた。

 

 そして、自分の手を掴んでいる、泥だらけのレインコートを着た、5歳の少年の姿を見て、言葉を失った。

 

「ボウズ……お前、俺を……?」

「……よかった。間に合って」

幸村は、泥まみれの顔で、ニィと、不敵に笑ってみせた。

 

 運命の歯車を、己の力で、力任せに、ブチ壊した瞬間だった。

 

 ※※※

 

 現場には、直ぐに、警察車両が駆けつけ、呆然としていた強盗犯の男は、現行犯逮捕された。

 トラックの運転手も、急ブレーキをかけて、停車し、幸村と正義刑事に、怪我がない事が、確認された。

 

 正義刑事は、現場の混乱が、落ち着いた後、自分を救ってくれた、命の恩人である少年の素性を知って、2度驚く事になった。

 

 世界最大の財閥、桜庭家の御曹司だったからだ。

 

「本当に、何と、お礼を言っていいか……。お宅の息子さんが、いなければ、私は、今頃、あの世でした」

数日後、佐藤正義は、妻の知代子、そして、当時10歳(小学4年生)の1人娘、美和子を連れて、桜庭家の屋敷へと、正式に、お礼に訪れていた。

 

 応接室で、頭を下げる正義に対し、幸村の父、昌幸は、「息子が、警察官を救ったのだ、誇りに思うよ」と、豪快に笑った。

 

 そんな大人達の会話を他所に、幸村は、対面に座る年上の少女に、視線を向けていた。

 

 ショートカットの髪に、ハキハキとした大きな瞳。

 少し気が強そうだが、紛れもない、幼少期の佐藤美和子だった。

 

 彼女は、父親の命を救ってくれた、5歳の幸村を、尊敬と、何処か、驚きに満ちた目で、見つめていた。

 

「ねえ、君が幸村くん?」

美和子が、ソファから、身を乗り出し、幸村の手を両手で、ぎゅっと握りしめた。

 

「うん、そうだよ。美和子お姉ちゃん」

「本当に、ありがとう……! 私、お父様が、死んじゃたのかと思って、凄く怖かったの。君は、5歳なのに、お父様を助けるなんて、まるで、本物のヒーローみたい!」

そう言って、満面の笑みを浮かべる美和子。

 

 その頬は、少し赤くなっており、10歳の少女ながらも、年下の幸村に対して、強烈な憧れと、好意を抱いた様だった。

 

「将来、俺も、正義さんみたいな、格好いい刑事になりたいんだ。だから助けたんだよ?」

幸村が、前世の警察官としての本心を混ぜて語ると、正義刑事は、感激で目を潤ませ、美和子は、更に、目を輝かせた。

 

「刑事!? 素敵! だったら、私が、君の先輩になってあげる! 私も、将来、絶対に、お父さんみたいな刑事になるから、その時は、一緒に組みましょう!」

「おいおい、美和子、気が早すぎるぞ」

と正義刑事が、苦笑するが、佐藤家と、桜庭家の絆は、この日を境に、決定的なものとなった。

 

(よし……これで、最初の悲劇は、回避した。正義刑事は、生きている。美和子刑事が、愁思郎事件のトラウマに苦しむ未来は、消えたんだ)

後に、警視庁の看板刑事となる佐藤美和子との、歳の差を超えた深い絆。

 

 原作の運命を改変した、確かな手応えを感じながら、幸村は、次なる未来の悲劇を見据え、更に、その牙を研ぎ澄ます決意を固めるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

毛利探偵の事件簿(作者:オッパッピー)(原作:名探偵コナン)

もしも毛利小五郎が有能な探偵だったらというif話。▼江戸川コナンになったばかりの工藤新一が、毛利小五郎を利用するのではなく徐々に信頼して相棒になる展開です。▼トリックに関しては、はっきりと書かない方針です。▼【挿絵表示】▼


総合評価:33/評価:-.--/連載:3話/更新日時:2026年07月06日(月) 22:28 小説情報

三秒先の未来(作者:ロデオT)(原作:名探偵コナン)

「あの日、俺が掴み取った三秒の先で、お前たちが生きている――」規律を破った交渉人と、風を駆ける女神が紡ぐ、誰も欠けなかった世界の奇跡。


総合評価:81/評価:-.--/連載:6話/更新日時:2026年06月28日(日) 06:00 小説情報

Skybound Ace 【Redux】(作者:心ここにあらず)(原作:ハイキュー!!)

▼この作品はリメイク版です!▼ハイキューの世界にリエーフの幼馴染的な主人公を交えたお話です。生まれもった環境もポテンシャルも全てを兼ね備えた主人公がどのように原作キャラたちと交え成長していくのかをご覧ください!⚠︎リエーフは幼馴染であるが同じ高校に進むとは言ってない…ウシワカとか大王様とか宮城には個性的な人たちがいるからそっちと絡ませたいです!


総合評価:49/評価:-.--/連載:13話/更新日時:2026年07月08日(水) 15:07 小説情報

白翼の機械人形になった転生者は海賊(人助け)をしながら、世界を見守る。(作者:キング・クリムゾン!!)(原作:ONE PIECE)

とんでもなく長い話にする予定なのでどうかよろしくお願いします。


総合評価:470/評価:7.38/連載:20話/更新日時:2026年07月04日(土) 20:44 小説情報

ONE PIECE 〜船大工レイン〜(作者:ペンギンって可愛いですよね)(原作:ONE PIECE)

表紙イラスト↓▼【挿絵表示】▼幼少期のレイン(プロフィール)↓▼【挿絵表示】▼ONE PIECEを愛し、世界中の誰よりも考察してきた男は、不運な事故によって命を落とした。▼だが死後、神に気に入られた彼は、望んでいたONE PIECE世界への転生を果たす。▼選んだ時代は、原作開始の40年前。▼「本編までに全部揃えておきたい」▼そう語る男は、悪魔の実すら拒否し、…


総合評価:528/評価:6.33/連載:90話/更新日時:2026年07月08日(水) 15:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>