深夜。懐中電灯片手に電気一つ点かない暗い廊下を進んでいた。ここはミレニアムの中心から離れた施設。今はもう使われていない古い施設だ。
「どうして、こんなことに」
私はため息を零しながら、事の発端を思い出していた。
「私の幽霊!?」
「そうなんです! この前、眠れなくて旧施設の方に行ったらユウカ先輩の声が聞こえていたんです!」
後輩の黒崎コユキが大げさな言動で自分の身に起こった出来事を語っていく。しかし、ここはミレニアムサイエンススクール。理性と科学を信奉する学園だ。そんな場所で幽霊なんて非科学的な存在はあまりにも不釣り合いだ。
「幽霊なんてそんな非科学的なものいるわけないでしょ!? 第一、ここはミレニアムサイエンススクールよ!」
「そんなに言うなら先輩確かめに行ってくださいよ! そしたら私の言葉が嘘じゃないって分かるじゃないですか!」
「なっ!?」
「コーユーキーちゃん?」
コユキが激しく跳ね上がった。後ろに満面の笑みを浮かべたノアが立っていた。
「まだ業務が終わってませんよ?」
「ごごご、ごめんなさい」
コユキが縮こまってノアの監視下の元、書類の整理をさせられた。
でもなんとなく、気がかりになってしまいこうして来てしまった。幽霊なんて信じていないけど、暗闇ってやっぱり本能的に怖いわね。
それでも奥へ奥へ進んでいく。明日、コユキにお説教するためだ。
「……い」
足が止まった。声が聞こえたからだ。
「だっ、誰? も、もしかしてコユキ!? ふざけた事するなら許さないから」
「……ア、…ユ…、んな。……せ……」
断片的だけど何かを話している。心臓の音がうるさい。破れてしまいそうなくらい脈打っている。
廊下の奥から聞こえる。恐怖を噛み殺すように奥歯に力を込めた。声が徐々に大きくなっていく。同時に暗闇の向こうにぼんやりと青い光が見えた。
明らかに人の形をしていた。心臓が止まりそうになる。そして、遂に姿が確認できた。
私だった。あまりの衝撃に言葉が出なかった。姿も形も全部同じだった。唯一違いがあるとすれば、青白い光に包まれていた。
恐怖以上に驚愕が勝った。理解が追いつかない。どうして私が二人いるの?
「悲しい……」
もう一人の私が掠れた声で呟いた。
「ノア、コユキ、みんな、先生……みんな。いなくなった。みんな、みんな」
彼女の言葉で私はかつてウトナシュピティムの本船での出来事を思い出した。もしかして……別時間軸の私?
私の思考が届いたのか。もう一人の私がゆっくりと私の目を見た。
多分、当たっている。でも別時間軸のシロコさんとは違う。実体を持ってない。
「本当に私なの?」
私が震える声で聞くと、彼女は静かに頷いた。
「どうしてここに?」
「逝けない……まだ伝えられてないの……あの人に」
「あの人って?」
「……分かってるでしょ?」
もう一人の私の問いかけが胸に刺さった。無論、分かっていた。だって彼女は私だから。
「……ちゃんと言えばよかったな。ちゃんと好きって言えばよかったな」
目の前の私が力なく、声を震わせた。気付けば私は私を抱きしめていた。
その姿が私にはあまりにも不憫を思えたからだ。
「絶対に伝える! 約束する! 私があなたの代わりに想いを伝える!」
もう一人の自分に約束した。彼女が打ち明けられなかった想い。代わりに私があの人に伝える。
「ありがとう……」
もう一人の私が耳元でそう呟いた後、啜り泣く声が聞こえた。
翌日、私は医務室で目を覚ました。どうやら私はあの廃墟で眠っていたらしく、いつまで経ってもセミナーに来ない私を不審に思って、ノア達が探して見つけてくれたらしい。
「ユウカ先輩ごめんなさあああい」
コユキが目から大粒の涙を流しながら、私に頭を下げた。コユキに対する怒りの気持ちはない。だってこんなにも晴れやかな気持ちなんだから。
「ユウカちゃん。本当に大丈夫ですか?」
ノアが怪訝な顔で私の顔を覗き込んだ。
医務室の扉が開いた。胸の奥が強く跳ね上がった。意中の人がいたからだ。
「先生。来てくれたんですか?」
「当然だよ! 大丈夫かい? ユウカ」
「大丈夫です。心配かけてすみません」
「いいよ。ゆっくり休んでね」
先生の言葉が胸に染み渡る。ああ、やっぱり好きだな。もう一人の私。絶対に想いを伝えるから、だからもう少しだけ待っていてね。