銀色の償い   作:垂江 シン

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序章 悪竜の復活

「マンフロイよ、苦労をかけたな」

 

 見た目の年齢も身体の大きさも、自身より遙かに小さい少年の尊大な物言いに、マンフロイは平伏して答えた。

 

「とんでもございません、ロプトウス様。御復活、嬉しく思います」

「ユリウスで良い。我はこやつと融合した。我……いや、僕はロプトウスであると同時に、ユリウスでもある」

「はっ……」

 マンフロイは頭を下げた。

 

 彼の(あるじ)が途中で一人称を変えたのは、まだしばらくは少年のふりをしていくという意思表示なのだろう。

 

 少年の手には、黒い聖書が握られていた。かつてこの世界を絶望に染めた暗黒教団・ロプトの聖書だ。

 その聖書にはかつて、暗黒神ロプトウスの意思が封じられていた。ロプトの血を色濃く受け継ぐユリウスは、ついさきほどこの聖書に触れ、ロプトウスの意思に触れたのだ。そして、ユリウスの血に眠るロプトウスの力と意識が覚醒した。

 

 この暗黒神の復活こそ、ロプト教団の大司教・マンフロイの長年にわたる悲願であった。

 邪悪な願いがついに成就した達成感に体を震わせるマンフロイに、ロプトウスの化身──ユリウスが言った。

 

「ときにマンフロイ。お前には色々と教えてもらわねばならぬ。僕……ユリウスが知らないことでも、我……ロプトウスが知っておかなければならないことは、たくさんあるだろう?」

「畏まりました」恭しく、マンフロイは頭を下げる。「では、まず……」

「話す必要はない」

「え?」

 

 主の言葉にマンフロイが戸惑いながら顔を上げると、いつの間にか眼前に迫っていたユリウスが、マンフロイの額に己の額を当ててきた。

 

「そのままじっとしていろ」

 言って、マンフロイの眼前で目を閉じる。

 

 次の瞬間、

 

「ぐぅうっ!」

 

 これまでに経験したことのないほどの頭痛が、マンフロイを襲った。まるで巨大な蛇が脳髄の中に入り込み、ぐるりと一周して出ていったかのようだ。

 それでもマンフロイは、主に命じられたとおり、ピクリとも動かずにその激痛に耐えてみせる。

 痛みは、数秒ほどで消え去った。

 ユリウスが、額を離して言う。

 

「……なるほど、だいたい解った。ありがとう、マンフロイ」

 後半は、無邪気な少年の口調だ。

 

「お役に立てまして光栄にございます」

 

 平伏したまた脂汗を流し続けるマンフロイに、ユリウスが確認するように言う。

 

「アルヴィス……いや、()()のおかげで、今のところは差し迫った脅威はない。教団の勢力を拡大するのならば今だ、というわけだね」

「御意にございます」

 

 昨日までのユリウスが、そのような情勢を知っているはずはない。なにせまだ十歳に満たない子供だ。

 覗いたのであろう。マンフロイの記憶を。

 ユリウスが続けた。

 

「だがあと二人、今のうちに始末しておかなければならない者がいるね」

「……は?」

 

 マンフロイは顔を上げ、疑問の表情で主の顔を見た。

 ユリウスの言葉は、マンフロイの考えにはなかったことだ。彼の記憶を得たユリウスは、それを元に早くも自分で考え、判断するようになっている。

 

 十歳の少年の目に、冷酷な光が宿った。口調が、邪悪な暗黒神のものに戻る。

 

「ディアドラとユリアだ。こやつらだけは、早くに殺してしまわねばならぬ。忌々しいナーガの力を受け継いでいるからな。その力が目覚める前に始末しておくひつようがある。特にディアドラは……もう用済みだ」

 

 主の言葉を聞いたマンフロイの背筋に、悪寒が走った。それは恐怖と畏怖であり、感嘆であり、しかしやがて尊敬の念へと変わっていく。

 

 ディアドラはユリウスの母、ユリアはユリウスの実の妹だ。

 その二人を将来の脅威になり得るからと、あっさりと殺すと言いきる──

 実の母を、“用済み”だと切り捨てる。

 まさに暗黒の君主に相応しい言葉だと思った。

 

 感激に身を震わせながら、マンフロイは言う。

 

「かしこまりました。それでは、早速……」

「よい、我……僕が自分で行く」

「ロプ……ユリウス様のお手を煩わせるほどのことでは……」

「折角だから、力試しがしてみたい。それに……実の息子と兄に殺されるほうが、奴らの苦しみも大きかろう?」

 

 ニタリと笑ったユリウスの言葉に、マンフロイは平伏する。感激に身を震わせる忠臣を残し、邪神と融合した少年は一人、部屋を出て行った。

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