実質的に、こちらが本来のエピローグとなります。
翌日、皇帝アルヴィスが全国民に向けて発布した内容に、大陸全土が驚愕をした。
アルヴィスはその内容を、各地の有力諸公に向けて文書として送っただけではなく、集まったバーハラの市民の前でも話して聞かせた。
ほとんどが、皇帝の懺悔ともとれるものだった。
アルヴィスは皇妃ディアドラの死を発表した後、これまで伏せられてきた彼女の半生を話しはじめたのだ。
曰く、ディアドラはアルヴィスと出会ったときに記憶を失っていたこと。アルヴィスと結婚する前に、すでに夫と子供がいたこと。その夫とは、十二年前にバーハラの野で反逆者として処刑されたシグルドであったこと。シグルドを殺したのはアルヴィス自身だということ。そして、そのシグルドの罪は、冤罪であったということ。アルヴィスは、そのことを知っていながら──
ユリアの今後を考えると、さすがにディアドラがアルヴィスの異父妹であることと、彼らの中にロプトの血が流れていることは公表できなかった。
だが、それ以外の全ての事実を、アルヴィスは集まった群衆に向けて話し、そして全土に向けて文書として発表したのだ。
皇帝の話す衝撃的な内容を一言たりとも聞き漏らすまいと、続々と集まるバーハラ市民の前で、アルヴィスは地に跪き、深々と頭を垂れてシグルドとその仲間たち、および彼らの遺族に謝罪をした。
彼らの最期の地となったバーハラの郊外と、シグルドの故郷であるシアルフィ城には彼らへの謝罪と、英雄たちの功績を讃える碑を建て、またディアドラの墓は、彼女の本来の夫であるシグルドの隣に建てるとも、アルヴィスは言った。
彼の懺悔が終わったとき、集まった群衆の中から、不敬罪を厭わずに彼を罵倒する者がいた。
「ふざけるな! 今さら謝ったところで……碑なぞ建てたところで、何になるというんだ! そんなことをしたって、貴様に奪われた命も、彼らとその愛する者たちが奪われた時間も戻ってはこないんだ!」
どこかで見たことのある男だと思いながら、アルヴィスは男の罵倒を甘んじて受け入れ、そして言った。
「死んだ者たちを生き返らせることはできない。時間も……戻すことはできない。だが、それ以外にできることは、全てやる。返せるものは、全て返す」
シグルドに従って処刑された者たちの遺族や、まだ生き残っている者たちには元の地位への復権を認め、返せぬものに関しては──人命と時間に対しては、遺族に賠償を行うことで償いとしたい──
そうアルヴィスは宣言した。
「そのために必要な金は……国庫からではなく、私自身の財産から支払う。何年かかろうと……必ず払う」
自身の誓いの意味も込めて、はっきりと彼はそう言い切った。
皇帝のこの宣言は、グランベル帝国の──特に貴族や役人たちに、大きな衝撃を与えた。
シグルドに付き従っていた者たちの中には、旧シレジア王国や旧ヴェルダン王国の王族もいる。旧レンスター王国の国王であったキュアンとその王妃エスリンの死も──間接的とは言え自身の責任であるとアルヴィスは認め、その遺族も賠償の対象としていた。
その彼らを元の地位に戻すとはすなわち、彼らをグランベル帝国が滅ぼした地域の王族に復権させるということになる。
その土地の支配権を返すということであり、つまりはグランベル帝国の解体を意味する。
そしてグランベル
本来、グランベル王家の血筋を継承していたのはアルヴィスの妻、ディアドラである。
したがって、彼女の産んだ長子であるセリスこそが、正当なるグランベルの王なのだ。
セリスをバーハラに迎え次第、自分は退位するともアルヴィスは言った。
そしてアルヴィスは、国中の臣下に命令をした。
セリスを探せ、と。
けして殺してはならぬ、と。
彼を害した者は、王族殺しとして厳正に処罰するとも宣言した。
しばらく後、セリスがイザーク王国の辺境にいるようだという情報を得たアルヴィスは、自らユリアを連れてその村へと向かった。
警戒するセリスとその護衛の者たちの足下に、アルヴィスは自身の祖先より伝わり、また彼の最大の武器であるファラフレイムの魔道書を投げ捨てた。
その上で、ユリアを介して、セリスに彼の亡父の形見である聖剣ティルフィングを渡し、アルヴィスは言った。
「その剣で、私を殺したければ殺すといい。英雄シグルドと、その仲間であった勇者たちを殺した大罪人をどう処罰するか、決めるのは貴公だ。貴公は、このグランベルの王なのだから……。
ただ、ユリアだけは……彼女だけは、どうか貴公の妹として遇して欲しい。彼女は、貴公と同じ母から産まれた娘なのだから……」
アルヴィスは、死を覚悟していた。
彼は母の不倫相手を──自分から両親を奪った者をいつか殺そうと思っていたし、実際に暗殺をした。
だから目の前にいる少年も、自分から母を奪い、父を殺した者をけして許さないだろうと考えていた。
だがセリスは、アルヴィスを殺さなかった。
それどころか彼を許し、現グランベル王として、そして義父として自分に
浮かぶ涙を堪えながら感謝するアルヴィスに、セリスは言った。
「しばらく前に、両親が現れました。そのとき、父が私にこう言ったのです。『人の悲しみを知れ』と。貴方の悲しみを知り、貴方を赦せと。そして母からは、ユリアのことを頼むとも言われました。だからその感謝は、どうか私の両親に向けて下さい」
アルヴィスは、もはや流れる涙を堪えることができなかった。両手を大地につき、顔だけは天に向けて、そこにいるであろう者たちに祈りを捧げ続けた──
旧皇帝アルヴィスの後見を得て新たなグランベル王に即位したセリスは、かつてシグルドと共に戦った勇者の子供たちとも良く交流し、大陸の和平に努めた。
父シグルドから武勇と人柄を、母ディアドラから慈愛を、そして義父アルヴィスから政治手腕を受け継ぎ、長きにわたり善政を敷いた彼を、後世の人々はこう呼んだ。
聖王セリス、と。
そのセリスの傍らには、常に妹であるユリアが付き従い、兄王とその王妃となった女性を良く助けたという。
だがそのユリアと、父であるアルヴィスの生活は──バーハラの地で死んだ者たちの遺族の多くが、賠償金の受け取りを拒否したにもかかわらず、かつては大陸全土を支配していた皇帝とは思えぬほどに質素で、清貧なものであったという。
セリスの治世を妹として支えたユリアは、特に公の目を逃れて悪事を働く地方領主や豪商の摘発を得意としていたとされている。
そのような者たちの情報をどこから得るのかと尋ねる者たちに、彼女はときに茶目っ気のある笑みを見せてこう答えたといわれている。
「母が教えてくれました」
と。
ユリアの母とはつまり、死んだとされる元皇妃ディアドラである。
この言葉を聞いた者たちは皆、狐につままれたような顔をした。
もっとも、彼女のこのような言動は、今に始まったことではなかった。
ディアドラの死から数年ほど経った頃、ある者がユリアに聞いたことがある。
──母がいなくて淋しくはないのか、と。
成人が近いとは言え、母を亡くした少女にとって残酷ともとれる質問に慌てる周囲をよそに、ユリアはこう答えたという。
「大丈夫です。実は、たまに会っておりますのよ。この前お会いしたときには、なんと妹が生まれておりました」
そう言って、彼女はうふふと笑った。
彼女のその言葉は、当然ながら冗談として受け止められた。
酷な質問に機知を持って返したこの逸話は、長く宮中の語り草になったという。
もっとも、一部の吟遊詩人の中には、ユリアのこのときの話を真実と受け止め、当時人気だったとある叙事詩の主人公と結びつける者もいた。
それは、顔に包帯を巻き付けた異様な風体の旅の騎士と、その妻と思われる仮面を着けた巫女が、各地で弱き者を助けるために悪党と戦う物語である。
この話の最後では、たびたびユリアが登場して悪役たちを法の下に裁くのだ。
王妹ユリアの話が本当なら、この仮面の女性こそが、ディアドラだということになろう。
では、その夫である包帯を着けた男はアルヴィスか、いやいや騎士だからシグルドということになるだろう──そんな話題で当時の酒場は盛りあがり、あり得ない与太話だと、皆笑い合ったという。
これとは別に、後世の歴史家が、聖王セリスとその妹ユリア、及び彼らの仲間たちの行動について首をひねることがある。
彼らは定期的に、大陸の南西・ヴェルダンの辺境にある”精霊の森”を訪れていた節があるのだ。そして彼らはこの場所を聖地とし、何者かが侵すことをけして許さなかった。
多くの歴史家たちは、彼らがそこで秘密裏に交流し、外交的な会議を行っていたのだと解釈している。
ただ、一部の想像力に富んだ者たちの中にはこのように言う者もいた。
──彼らはそこで、死んだ自分たちの両親と密かに会っているのだ。”精霊の森”は、英雄たちの魂が集う場所であったのだろう、と。
”精霊の森”にそのような魂が集まるという記述は、どこの歴史書にも存在しない。
従って、この説は妄言の類いとして扱われることがほとんどである。
ただ、”精霊の森”の存在する一体では、シグルドとディアドラの魂は、シアルフィではなくこの地に眠っているという伝説が存在するのも事実だ。
森と湖の国であるヴェルダンの民は、今でもこう信じている。
その美しい緑はシグルドの祈り、その透き通った水はディアドラの涙だ、と。
【了】
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
エピローグ後に恐縮ですが、あと一話、後日談を入れる予定です。