竜と歯車 〜帝都魔導院転変譚〜【学園ファンタジー】 作:瀬戸内弁慶
自身と被ったグレアの声に反応して、ミチルはギリリと歯を食いしばりながら、凄まじい形相でツカツカと早足で歩み寄ってきた。
「貴方、どんな手を使ったの!?」
「は!?」
「私が見た時には、確かに私たちの一騎打ちだったはずなのに! どうして内容が変わってるのかしら!?」
「知らねーよ! 単にあんたが見間違えたんじゃないのか!」
胸ぐらを掴みかかりかねない剣幕に、思わず素が出る。
とはいえ、ここまで執拗に追跡してきたミチルが、この異例の対戦表を見誤るなどということがあるだろうか。
取り巻きの反応も、顔を見合わせたり視線を彷徨わせて互いの反応を窺ったり、どうにもまちまちで微妙だ。明らかに事態が、吞み込めていない。
そして――
「な、なんでぇー!?」
という、情けなく頓狂な叫び声がそれが異常事態であることを追認するかのように轟いた。
それほど学生たちと歳の離れていない、ともすれば童顔で同世代にさえ見える、丸眼鏡に丸帽子の女性が、貼り紙を前に愕然と口を開けていた。
近代魔導戦講師、カンネ・ティルテュ・エンドリオンだった。
「……あいつらぁ~……またやったなぁ……!」
青ざめた顔つきで帽子ごと頭を抱えた彼女の署名が、たしかにその告知分の末尾には記されている。
「おやおや、コイツはまた妙な差配でござんすねぇ」
そこに、声が転がってきた。
「ま、でも? こゆことがあるから、世の中ワンダフル! もっとハプニングを楽しもうよカンネちゃん」
近づく声は舌っ足らずで、抑揚が滅茶苦茶で、一節一節が別の歌のような調子を持っている。
上体を不自然に、左右に揺らしながらやってきたのは、猫を模したフードを頭から被り、その内で金髪を繭玉のように丸めた、少女の姿。
蠱惑的な紅の瞳を眇め、長い両手を擦り合わせる。その片方、左側には、ブリキの質感と、尺を余らせた手袋の意匠を持つ、グローブが嵌められていた。
赤紫を主体とするドレスを、最高学年を示す赤いリボンで彩った、独創的な装束と、統一性のない言葉遣いやキャラクター、直接の面識は無くとも、名は主に悪い意味で知れている。
ケイト・シース・ポイアー。
レイヤード・オウル社の経営者一族、ポイアー家現当主の息女。魔導院きっての問題児。院において発生する厄介ごとの三割から五割ほどは、彼女にまつわるものだという風聞さえ立っている。
その彼女の相棒的存在の男子、ジャーダ・ヤアドがいる。今も、後ろにひっそり控えている。
顔立ちは端正なれども特徴無し。
しかし、
『マギカ・エンテ』を取り仕切るヤアド家の未成人の男子は、精霊の加護を得るために衣服に金物を使うことを厭い、呪術的な意味合いで儀礼的にこのような格好をするという。
だが奇抜さの代わりに、足取りは確かなもので、一個の武人の気風を感じさせた。
どちらかと言えど、彼はケイトのストッパー役なのだが、止めきれず強引に騒動に、しかも加害者側として巻き込まれることが常と聞く。
「ケイト・シース・ポイアー、ジャーダ・ヤアド……あんたら、やってくれたね」
「えーっ、何ンのことかにゃ?」
「しらばっくれて! あんたら以外の誰が! こんなデタラメなイタズラするってんの! このことは明日の教員会議の議題に挙げるから、覚悟しときなさいっ!」
確信をもってそう怒鳴り散らすカンネの横で、グレアあらためてその書面を見た。
頭からケイトらを決めつけてかかっているカンネ。ミチルたちの混乱と合わせて考えれば、おそらく本当に、彼女の言った通りの内容で、カンネの貼り出した対戦表が掲示されていた。
それが、誰に気づかれる間もなく、差し替えられていた。
触れてみる――筆圧がある。擦れば、かすかに新しいインクが指につく。幻影魔導の類ではない。
見てみる――筆跡を、自らの用紙と照らし合わせて確かめても、まったくの同一。行間の上下差に僅かな乱れが見受けられる程度だ。
それはまるで、最初からカンネがそう書いたかのようだった。彼女の驚きぶりから、それはあり得ないのに。催眠など、かかる彼女でもあるまい。
その、あり得ないことが、現実になっている。
(いったい、何をした……? ケイト・シース・ポイアー)
無言で投げかけた視線の先から、彼女が消えていた。
「じゃ次は味覚で確かめてみよっか?」
その声に、咄嗟に顧みたその先、至近――ケイトの紅眼があった。
左の指先で、閉じたグレアの唇の下をなぞりあげる。
――次の瞬間、グレアの口腔いっぱいに、異物感と生臭さが広がった。
咽喉と舌とが反射的に拒絶反応を示し、頽れて咽こむ。
その口から現れたのは、小魚だった。地面へと滑り落ちると激しくのたうち回って、生きていることを必死に誇示してみせている。
ミチルを含めた周りから、軽く悲鳴があがった。
「何、だ……これ!?」
「鰯だよ。モノを知らない子だにゃー」
訊きたいのは魚の種類ではなくて、という訴えは、自らの嗚咽に遮られる。
「勿体無い。美味しいのに」
そう残念そうに声を作って、ケイトはその尾ヒレを掴み上げて、両手の内にて丸め込んだ。
そして開いてみると、それは形はそのままに、茶褐色の、クッキーに変わっていた。
あらためて、それを自らの口へと放ってしまう。
「ほら、おいしーい」
などと宣い、頬を緩ませる。
(一体なんなんだ……このスキル!?)
発動条件も能力の仕組みも、まるで掴めない。それが魔的な要素に起因すること以外、まったく。
口の中には、何も無かったはずだ。生きた魚を入れる余地など、どこにも無かった。
「やめろ。後輩相手に大人気ない」
そう釘を刺しながら、ジャーダが、起き上がったばかりのグレアを庇うように、その身を割り込ませた。
「済まなかったな、これを舐めると良い」
心底より申し訳なさげに言うと、飴玉を握らせる。
息つく心地でグレアはそれを口に運んだ。
甘草のとろりとした甘さが、口内に残る不快感を洗い流す。
『マギカ・エンテ』は、薬草売りより始まり、養蚕、養蜂業などがその前身であるという。この手の口直しはお手のものということか。
「グレア・アンティキラ君と、ミチル・ジョゼ・サウヴァージュ君だな。入学式、拝見させてもらった。今回のセッションでも、あの時のような粘りを期待させてもらう」
と大真面目な表情で言う。
優男然とした佇まいとは裏腹に、意外としっかりした力強さでもって、グレアとミチル、それぞれに握手をしてみせる。
(別に、相棒の暴走を止めてくれるわけではないのね)
表向きは笑顔を取り繕いつつ、呆れる。
「じゃ、ケイトちゃんもシェイクハンズ!」
「どうせ良からぬことするつもりだろ……これ以上手の内をさらすな」
「手の内って、どの手の内よ。種も仕掛けもございやせぇーん」
ジャードによって跳ね除けられた両手を、おどけて振ってみせるケイトに向けて溜息一つ。彼はその首根を掴んで引きずっていく。
「それじゃ、シンシャ・ランドバークにもよろしく……当日お目にかかれる日を、楽しみにしていると」
そう、言い置いて。
途中から完全に場の主導権を奪われていたカンネは、そこではっとして
「ごめんっ、ぜったいに組み直すから、待っててね! クォら、待ちなさーい!!」
手を合わせて言い残して、二人組を追っていった。
「……で、どうするんです? 決闘とやらは」
「知るもんですかッ」
グレアが場の空気を持て余し気味に問えば、ミチルは声を荒げて返したのだった