竜と歯車 〜帝都魔導院転変譚〜【学園ファンタジー】 作:瀬戸内弁慶
次の講義の後、シンシャ、ミチル、そしてグレアの受験者三名は、カンネ・ティルテュ・エンドリオンに呼び止められた。
「ごめんなさいっ」
若草色の板張りの教室。黒板の前にて彼女は低頭する。段差ごとに分かれた席に、まばらに座る三人は、おおよそそれの意味するところを察した。
「エンドリオン先生……取り下げはかなわなかったのですね」
ため息交じりのミチルの言葉に、カンネは重たげに唇を動かして続けた。
〜〜〜
朝の集会にて。
女教師は口舌鋭く、件の放蕩児たちの非を鳴らした
「そもそもケイトとジャーダの両名は、すでに履修済みにも関わらずッ、本購の掲示物を改竄し、新入生を弄ぶ算段をしています! 如何なる血筋の方であろうと、到底許されるものではありません! 直ちに本試験を組み直すとともに、ポイアー、ヤアド両家に魔導院として正式に抗議を!」
そう息巻く彼女に対し、
「証拠は?」
と、冷ややかな声が返ってきた。
最奥に座す院長トゥガ・ローキンである。
生活の大半を室内で過ごすと言われているにも関わらず、その肌は日に焼けた色味を帯び、生まれついての銀髪とも、老いて色の抜けた白髪ともつかぬ髪を取りまとめた、年齢不詳にして美貌の男。
指を絡めて脚を組む佇まいは、まるで取材に応じる一流のピアノ演奏者のように、優雅だ。
「……なんですって?」
問い返すカンネに、まともに視線を交わさずトゥガは言った。
「聞けばその貼り紙、君自身の筆跡で文章が書かれ、署名と捺印がされていたとか。生徒への聴き取りも行われたが、まばらで君の言い分の確証を得られるほどのものではない」
「それは……ッ、おそらくはポイアーの術が関係しているものと……」
「だから、それを行使した証があっての糾弾か、その能力の正体や原理は掴めているのかと訊いているのだがね」
「……ありません」
ポイアー家のスキルは意味不明な、どういう理屈を基に形成されているのか、あまりに不確定の要素が多すぎる。そしてそれを事件性と証拠も無い状態で教師側から強いて暴くことは、禁ぜられている。
「あるいは、件の三名とその関係者から異議申し立てでもあったかな」
「……現状、クロノ家のみがシール殿個人として。ランドバーク家は無視を決め込み、サウヴァージュ卿は『院の決定に従う』と」
「いやぁ、意外と話のわかる人たちで助かるね。本人たちからは?」
「今のところ率先しての抗議はミチル嬢のみです」
「結構。ならば何も問題はなかろう。卿のご厚意に甘え、こちらの決定を優先させる。通知の変更はしない」
「お待ちください!」
「シンシャも、ミチルも、すでに同期生では並ぶ者なき実力者と聞く。あと何と言ったか……例のまぐれ勝ちのもう一人もね。ちょうど釣り合いがとれて良いのではないかな」
「いえ、いくらなんでも荷が勝ち過ぎます! あの両名も、二年のリチア・エルバイトも、学年屈指の実力者です! ましてケイトなど、今のように私が手を焼くほどで……!」
つい、と。
魔導院長のしなやかな指先が、カンネへと突き出される。初めて、そこで一暼を呉れた。
「そもそも、そこが問題なのだよ」
と。
「君は曲がりなりにも、近代魔導成立の歴史を教えるとともに、それになぞらえた実戦を学ばせる立場の人間だ。その君が生徒に魔導で翻弄され、出し抜かれる時点で、反論の余地などないと思うがね」
ぐっと息を詰まらせた彼女に、トゥガはさらに畳み掛けてきた。
「というか、事務課に控えを提出していれば、このようなことにはならなかった。生徒の非ではなく、猛省すべき自身の手落ちと認めたまえよ」
その訓戒が、
〜〜〜
「あンのクソジジイ……ッ! どうせポイアーかヤアドから鼻薬きかされてるに決まっているのだわ……! ていうかそもそも歴史学者に実技試験の監督もやらせるって何!? 人員不足でやりくりが面倒だからって、しょーもない抱き合わせのカリキュラム組んでんじゃ無いってーの!」
事の顛末を説明した後、抑え切れない怒りと普段の鬱屈のあまり、カンネは目を剥き、総身を震わせた。
「でも、だとすればどうして先輩がたはそんな悪戯を」
「知るもんですか! あの二人に理屈を求めるだけ無駄よ無駄」
ミチルの問いを、彼女は怒りに任せて切り捨てたが、グレアもそこは気になるところではある。
(先生の邪推が当たっていれば、背後の両家も、奴らの行動を容認、ともすれば後押ししている、ということか? この行動には、やっぱ何か別の意味と意図が……)
もっとも、それを探ることは、現時点では難しそうだ。
「まぁ、俺はどっちでも良いけど。課題なら、フツーに戦うだけ」
それとなく視線を向けたシンシャは、肩をすくめてそう言った。
「……シンシャさんがそう言うのなら、私としても決まった事に異存はありません……甚だ、不本意ですけど」
その不本意さは、そのままグレアに対する敵意の眼差しとなって顕れた。
「自分も同じく」
それを流して、グレアは軽い挙手と共に賛意を示した。
「シール・クロノは、反対してるみたいだけど?」
「……クロノ・ナイツ自体の、意向ではないので。学業の一環であれば、ミチル殿であろうと、ポイアーとヤアドの方であろうと手合わせしますよ」
「じゃ、俺ともまた戦ってくれる?」
一つ上の段から、シンシャが半身を乗り出してグレアの顔を逆さまに覗き見た。グレアはそっぽを向いて、視線を外した。
「お前は戦うの嫌いなんだろうが」
「嫌いじゃなくて、どうでも良いだけだし……あ、さては『自分と戦うのも実はどうでも良かったんじゃないか』とか、そう考えて拗ねてる〜?」
「拗ねてない!」
そんなわけがあるか、と自分に言い聞かせるも、今感じている動揺こそが、それが図星であると教えてくるようだった。その反応を見て、何やらシンシャは嬉しそうだ。
「へへへ、可愛いなぁ、もう……そんなわけ、ないでしょ」
それを横目に、グギギギギ、と聞こえるぐらいにミチルが歯を軋らせた。
「……おのれ、グレア・アンティキラァ……!」
と、多分に理不尽感のある妬心と憎念とを注がれた。
てんでバラバラの反応を示している三人を、カンネの無言の咳払が咎める。
「……ともあれ、これは異例中の異例。ルールを設けてゲーム形式にすることで、一定の公平性を保つようにはセッティングした。もちろんそれで圧倒的に不利な事に変わりはないから、勝敗ではなく、試合の内容それ自体が評価点になる」
「あ、先生先生。じゃあそれに関して提案」
シンシャがそのまま前のめりに滑り込むように、軟体生物か、だらけ切った猫よろしく、グレアの横に落ちてきた。
「ケイトさんの、その謎の能力を暴く!」
は、という呼気が、残りの三人から漏れた。
「だからさ、課題を通してあの人のスキルの実態を調査するんだよ。で、それがどこまで深堀できたかで、評価点を加算する。それだったら、アリだよね?」
「まぁ、そうだね……学生間での能力の探り合いは、実地訓練の一環として認められてるわ」
だからこそ、リジェクは強いて立ち合いという形式でそれを引き出そうとした。
「つまり、彼女らがこっちを玩具代わりにするってんなら、こっちは向こうをテスト道具に使うってことか?」
「そゆこと」
身をもたげながら、シンシャはグレアに向けて指を鳴らした。
「仮にも先輩相手に、んな不遜な……」
「良いねそれ! シンシャくん、ナイスアイデア!」
カンネがむしろ食いついてきた。今までにないほど、晴れ晴れした声音で。
(……相当溜まってたんだろうなー……)
グレアの同情の裏で、
「まぁ、それならば……思う様に、力と器の差を見せつけてあげられるわね……」
とミチルも何か思うところありげに、視線を流しながら呟いた。
(なるほど)
グレアもその提案に、言葉には出さないものの、心の中で頷く。
それならば、試合内容という解釈の中に含めることができるし、評価点の分かりやすい基準にもなり得る。何よりカンネが溜飲を下げられる。
何より、横槍で有耶無耶となったミチルとの『決闘』とやらを、それにて代用することができる。調査偵察は、彼女の得意分野。少なくとも、ミチルにとっては納得のいく決着がつけられるはずだ。
「どうよ」
誇らしげに、シンシャが言った。
そのあまりの屈託の無さに、溜息がこぼれた。知らず、手がシンシャの頭に伸びた。
犬を愛でるが如く、わしゃわしゃと容赦なく赤髪を撫でくりまわした。
「あぁ〜、自己肯定感が高まっていく〜」
とろけた表情とおどけた調子で訳の分からないことを宣う彼に、「アホか」と短く気怠く返す。
ごく自然に己に絶対の自信を持ち、それと同等に他者からの声望を集めるような天才児が、自己肯定もへったくれもないものだ……
「つか、変なとこで気を回し過ぎ」
「でも、グレアだって、戦えるんなら強い人と気持ち良く戦いたいでしょ。後腐れなく」
グレアは、シンシャから手を離しながら、苦々しげに返した。
「だから、人を戦闘狂みたく言うんじゃねぇよ……まぁ、口の中に生魚突っ込まれた恨みぐらいは、正直晴らしたいとは思うが」
「え、何それ。むしろそっちを詳らかにしたい」
「変なとこに引っかかるな!」
えへんえへんと、女性陣二人からせわしない調子の咳払いがかかる。
……それぞれ、意図するところは別だろうが。
「でも、倒すにしても、能力の特定にしても、難儀な課題に変わりないですけどね。
険しい声音で、ミチルは言った。
「『キャッツインザボックス』……彼女のエニグマは、パークのみで基本のスキルを一切持たない」