竜と歯車 〜帝都魔導院転変譚〜【学園ファンタジー】 作:瀬戸内弁慶
際までしっかりと張られたハープのように、鋭く質す声が凛と響いた。自然、背筋が伸びた。
ヒールが土を抉り草を分け、両陣営の間に割って入る。
「これは、どういうことかしら」
と、無事を保っていた生徒に向けて、尖った目を傾けた。
ざっと見積もって十対一。どちらに非があるか、どちらから先に仕掛けたか。いくらグレア憎しの念で凝り固まった彼女であっても、それが判らないほど愚かではない。
「その……我々は、ミチルさんの御心を想えばこそ」
「いつ、誰がこのような事を頼んだ!? サウヴァージュ家が! 闇討ちなど、良しとするものですかッ」
「で、ですが確かに彼女は……」
そう高らかに謳うミチルの威にたじろぐ生徒が漏らした言葉をグレアは確かに拾った。
数を恃んだ包囲陣といい、伏兵といい、奴ららしからぬ念の入った準備だと思った。にも関わらず、そこからの行動は等閑だった。おそらくは、誰ぞに指嗾され、入れ知恵されたが故だったのだろう。そしてそいつ自身はこの場で指揮を執ることがなく、高見の見物を決め込んだということか。
そしてそれは、ミチル本人ではなかった。
狙われる理由や相手には、心当たりがあり過ぎる。
追及も詮索も、するだけ不毛だ。
そう考えたグレアは、素知らぬ体で無言と静観を決め込んだ。
「いいや……っ!」
最初に飛び掛かった男子が、身をもたげながら槍を手に取った。
「こいつはここで沈ませる……! 何処の馬の骨とも知れんようなぽっと出の輩が、ランドバーク殿や貴女と肩を並べて良いわけがない!」
鼻から血を流しながら、低く呻く。
「貴様の噂、聞いたぞ……口にするだにおぞましいことを」
「……そうかよ」
鼻から流入したかの如く、充血した涙混じりの目が、
「そんな貴様のような不義者が、ご両人と肩を並べることなど烏滸がましいわぁッ」
突貫にして、吶喊。
【一噛】。再び、より勢いを加えた魔力を帯びて、突き込んでくる。
鳥の囀りのごとき、舌打ちが聞こえた。
ミチルのものだった。
彼女は自らのエニグマを、携えた小弓の持ち手のあたりに装填した。
アエリオフュロン。そのエニグマの起動を確認したクラドスが、その頭上に円を描いて舞う鳥群を星図として投射した。外縁の数十が、一際輝きを放っている。
そしてその鳥星に匹敵する数の使い魔が、彼女の周囲に展開した。そのうちの二羽が、その手元に吸い付き、合わさりながら、光の矢へと姿を変える。
「【
二つ、低く唱えると同時に、つがえたその矢が橙色に染まり、彼女の相貌を照らす。指から離れると同時に弧を描いてグレアや、他の立ち尽くした者たちをすり抜けて、男の眼前で爆ぜた。
直接的な爆発こそ受けなかったが、飛散した火花を浴びた顔を覆って、一角獣の生徒は悶絶しながら転がった。
さらに彼女は使い魔を縒って矢として、撃ち放つ。
【釣瓶】――【曲射】。
天へと向けて射放たれた一矢は多岐に分裂し、ある者の足下に突き立ち、またあるものの武器を弾く。
「これ以上、身内の恥を晒さないで頂戴」
低く怒りを込めた命令は、瞬く間にその従者たちの間に浸透していった。
倒れた者をあわてて助け起こすとともに、彼らはその場から退散していった。
これが、彼女のパーク【分千鳥】の本領。
使い魔に保存した複数のスキルを融合させることができる。
ネックがあるとすれば、種々様々なスキルを修めてこそいるものの、一つ極めたところがない。所謂器用貧乏で、同等以上の相手には決め手に欠けるという点か。
「……いや、助かりました。ミチル殿が現れなければどうなっていたことか。感謝いたします」
一応の礼を述べたグレアに、ツンと鼻先を逸らした。
「今回はこちらに非があるようですし、礼など無用。そもそも、助けが必要だったのかしらね」
顔の角度は変えないまま、その横目が無傷、どころか着衣の汚れさえないグレアの姿を捉えていた。
「いえいえ、あのままでしたら、抜き差しならない事態に陥っていたのは必定。ミチル殿のご威光と御技のおかげで、さしたる大事にもならずに済みました」
「それと、その薄っぺらい慇懃さも不要よ。今更上辺だけ取り繕われたところで、気分が悪いだけだわ」
「……そう? じゃ、遠慮なく」
肩の力を抜いて、グレアは息を吐いた。
「まぁ、ぶっちゃけ今回のはあんたの手下どもの躾がなってなかったってだけだしな。正直、最初はあんたの差し金かとも疑ってた。そこまで分別のない女じゃなくて何よりだった」
「…………」
ミチルは限界まで、顔をしかめた。
「いや、あんたが取り繕わなくて良いつったんだろうが。なんで引いてんだ」
「程度ってものがあるでしょう? 前身はどうあれ、クロノ家は今や上流階級の一員。なのに、そんな野卑な言葉遣い……アンティキラ家の教育はどうなっているのかしら?」
「……物心つくかつかないかって時分に、親から引き離されて本家預かりの民家で育てられたもんでね。その時の癖が抜け切れてねぇんだよ」
「……はぁ、冗談も三流なのね。どこの世界に、唯一の幼い嫡男を切り離して市井で育てる親がいるの」
あぁ、とグレアは生返事をした。
きっと彼女のような、貴族としての常識や立派な親からの愛情を与えられてきた人間の世界には、まず存在しないのだろう。
目を見た瞬間、発作的に息子の首を絞める父親などというものは。その裏にある憎念など、頭を掠めたことさえあるまい。
それはおそらく、シンシャも。
「……タチの悪い冗談を聞かせてすまなかった。じゃ、試験当日はよろしく」
剣を納めてエニグマを解除しつつ、足早にその場を去ろうとした。怪訝そうに睨むミチルの眼前を通り過ぎようとした、その瞬間、
「……ふんッ」
「ぎゃあ!?」
グレアは向こう脛を、ローキックで蹴られた。
まったく予期していなかった不意打ちに、脚を抱えて悶絶する。
「その賢しら顔に、腹が立つ……!」
「してねぇだろうがそんな顔! ていうか今のローは
「何より腹立たしいのは、シンシャさんと似た表情だってことよ」
そして、思いがけないことを、ミチルは口にした。
「……俺が? あいつと? んな訳ねぇだろ」
韜晦でも何でもなく、素で戸惑うグレア、ミチルは弓を腰に納めてため息を吐いた。
「彼、可憐な見た目のわりに大人びたところがあるでしょう?」
混乱は、さらなる混乱へ続く。
彼女の言ったシンシャ・ランドバークのイメージは、グレアの知るそれ……おちゃらけて何を考えてるか分からない、常にヘラヘラしている自由人の姿とは大きく乖離していた。
「……お前も、冗談上手くねぇな……いって!? だから蹴るの止めろ!」
軽く浮かせたヒールを叩きつけられて飛び退くグレアに、悩ましげな吐息とともに、ミチルは言った。
「私たちに、あそこまではしゃいだ姿は見せてくれない……もちろん、笑顔は向けてくれるけれど、どこか遠い。常に天鵞絨越しに接しているようで――『君には分からない』と、時折そう言われている気さえする。そういう時決まって、さっきの貴方のようなとぼけた顔をするの」
薄く唇を噛んだミチルは、絞った目元に、わずかな涙を見せた。
「貴方たちは、どこで通じ合っているの? 私には、いったい何が見えていないというの?」
――どこで、そういう『思い違い』が生じたかはともかくとして。
グレアは、少し意外の念でミチルを見返した。
はじめ、彼女がシンシャに執着するのは、ランドバーク家との紐帯を密にしたいがための家の政略の一環かとも疑ったが、その眼差しは切実そのもので、自らの気持ちに対する真摯さを感じさせた。
心根も、鼻っ柱の強いところこそあれ、貴族の矜持に則った高潔さを持っている。
――襲ってきた連中の、言った通りだ。
そこはグレアとて認めている。
シンシャにせよ、ミチルにせよ。
本来なら、己は並び立てるような存在ではない、と。
「……いちいちそんな気を揉まなくても」
身を起こしながら、グレアは言った。
「シンシャは最終的にはお前らのところに帰ってくるだろうよ」
「……それは、寵愛を得た者の余裕ということかしら……?」
「寵愛って……そうじゃなくて」
どうせ、と言いかけたことをぐっと舌下に飲み込んで。
呼び止めてなお追及せんとするミチルを半ば無視するかたちで、今度こそグレアはその場を立ち去ったのだった。
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……その一連のやりとりを、木の幹に寄り掛かって、模様見している女の姿があった。
そして大事に至らず円く収束した様を見届けてから、彼女――元傭兵にして今はシンシャの取り巻きたるシギン・ブレラは、舌打ちした。
「せっかく絶好のタイミングと作戦を教えてやったのに詰めが甘い……ミチルもミチルで敵に情けをかけてどうすんだ。これだからイイトコの
そうたくましい腕を撫でさすりながらぼやき彼女の背後に、さらなる影が浮いて出る。東方列島からの留学生、
腰に佩いた片刃のクラドスの鍔に親指をかけ、一気に抜き放つ。
空を切ったかのように思えたその切っ先には、樹上から零れ落ちた雫が乗っていた。
「それで、どうするつもりですか?」
一度大きく振るって刀を納めたのち、素朴だが違和感のない帝国語で問う彼女にシギンは肩をすくめた。
「どうもしねぇさ。グレア・アンティキラの力量の確認自体はできた。楔も別に打ち込んである……ガキ同士、せいぜい無邪気に戯れ合ってろ」
あざけるような調子と共に、シギンは踵を返し、力強くぬかるんだ土を踏みしめる。
濡れた大ぶりの鉄傘を、その右手に握り締めながら。