竜と歯車 〜帝都魔導院転変譚〜【学園ファンタジー】 作:瀬戸内弁慶
モルマット事件。
二十五年前、既得権益の剥奪を危惧した貴族が、中央聖廟会および反皇帝派筆頭の太后と結託した事件。
一斉に蜂起し、軍権と兵器類を掌握。そのまま宮殿を取り巻き退位を迫ることを画策した。
しかしその動きはすでに事前に読まれており、当時皇太子であった皇帝の指揮の下、首謀者のモルマット卿以下は軒並み確保され、それをきっかけとして太后一派および中央聖廟会の権威は大きく失墜。大聖堂接収、ひいては魔導院設立の契機となる。
試験の場は、その捕縛劇の主なる舞台となったカタコンベを模した地下施設。
広くとられた間取りながらも、柱の合間に闇がひそむ。
「当時の状況をなぞらえ敵味方に分かれ、モルマットの一派の行動原理、およびそれに的確に把握していた陛下が、当時如何にご英断を下したか。それを再確認するのが本課題の趣旨である――」
と、前置きしたうえで、裁定役たるカンネは皇太子側として立ったグレアたち三人の手を取り、
「頑張って
と我がことのように意気込む。
「にゃわー、エコヒーキだー。ぶーぶー」
その裏手で、ケイトの調子はずれのブーイングが飛んでくる。
発言も、そもそも躊躇いなく彼女らをアンタッチャブル側に割り当てたことも、
(史家としても教師としても著しく公平性に欠ける)
と、激励を受けた側であるグレアはこっそり呆れた。
「双方、確認」
カンネに促されるまま、二陣営計六名、エニグマを外したクラドスを交換し、向かい合った相手間で、不当な改造が無いかを確かめる。
「種も仕掛けもございません」
いつぞや聞いた口上と共に、グレアのピスケス八式を預かるケイトはおどけてみせる。
嘘つけ、とは思いつつ、その種はエニグマのパークにある。いくらグローブ型クラドス――リブラ二十二式をまさぐったところで、探していた能力の正体を見抜けるはずもなし。あくまで義務的に確認を終えて、玩具の如き造形のそれを返す。
一方で、シンシャの手に渡っているのは、ジャーダ・ヤアドのクラドス。
スコルピオス七式。安定した重心のある、長得物。先端にある偃月型の刃の外縁には溝が細かに彫られ、そこへ魔力を流すことで、最小限の出力にてその威力を増すことを意図したものである。
滑り止めか、信仰上の理由か。持ち手の辺りには絹糸が巻かれている。
シンシャは、それを丹念に点検して返した。
「良い装備ですね」
「ありがとう。君のも手入れが行き届いているな。感心だ」
ジャーダは毒のない笑みと共に受け取るとともに、そこから続く丁寧な手つきで、シンシャのピスケスを返却した。
何故、この誠実そうな青年が、反発することなくケイトの悪戯に従うのか。まったくもって謎である。
分からないことは、続く。
彼の隣にてミチルと武器の交換は、二年のホープ、リチア・エルバイトではなく、蜂蜜色の髪を波打たせたシンシャの友人、メリ・アンブロシアだった。
「リチア
ジャーダが、静かな声音で問う。代わりに答えたのは、カンネだった。
「彼は、突如の体調不良で試験を辞退。代役を、メリさんが申し出てくれたんだよ……事前に説明したでしょう?」
眼鏡の奥、怪訝そうに目を眇める彼女に対しては答えず、あぁ、とジャーダは呼気を漏らした後、
「お目付け役か――念の入ったことだ」
と、呆れた調子で何やら納得したようだった。
メリ本人はそのような謎めいたぼやきには反応せず、小弓をミチルへと返した。
その交換の間際、二、三言分、小さなその口が動いた気がした。
そしてミチルは、こちらは明らかに、大きく目を見開いて動揺を見せていた。
敵味方間での確認が終われば次に、味方同士でその際に細工がされていないかを確認する。
これが、学院公認での戦闘の慣わしである。
「ん」
シンシャに手渡された剣を、自分のそれと取り換える。
「わ。同じピスケスシリーズでも、こっちはけっこう重いね」
「重い方が良い。手にしっくりくる」
へー、と嘆を発するシンシャの横顔は、好奇で明るく、あどけない。
「変なヤツ。戦いは好きじゃないくせに、その道具は好きなのか」
「今となっちゃ、戦いばかりに使うもんじゃないからね。その在り方が、俺には好ましくて羨ましい」
そう、シンシャは笑った。
「……ますます分からん」
グレアとしてはむしろ、明朗な存在意義にこそ憧憬する。主人の意に添い自らの技量を高め、何に煩うことなく、主人に尽くす。グレア・アンティキラもかくあれかしと。
「分かんなくて良いよ。ただの独り言だから」
それを真に受けて流して良いか悩んでいる最中、ぐいとミチルのクラドスが割り込んできた。
「私のも、お願いできるかしら?」
仮にもチームだという建前、シンシャの手前、露骨に引き攣らせながらも笑みを取り繕おうとしている、その懸命さは評価したいところだろう。
だが、得物を取り換える間際にミチルが耳打ちしたこと。にわかには信じがたい情報に、グレアは碧眼を見開かせた。