竜と歯車 〜帝都魔導院転変譚〜【学園ファンタジー】 作:瀬戸内弁慶
ルールは、シンプル。
両陣営の奥、軍権の象徴に見立てた、大剣のオブジェを破壊した方の勝ち。また、相手方の全員を戦闘不能にした場合も勝利ではあるが、こちらはまず最上級生相手に現実的では無いだろう……本来であれば。
そして二組六人、エニグマを起動させる。
シンシャとミチルの頭上に、星図が瞬く。
グレアの足下で、歯車の図面が回る。
そしてジャーダの周囲を、巻物の如く可視化された彼の魔導系統が展開された。スケッチのようなタッチで蜻蛉が作る数条の渦巻きが、いずれも半ばまで翠に色づいている。
メリの背後に硝子管を蜂の巣状に組んだような、系統樹のイメージが浮かび上がる。補助系だろうか、淡く放たれた燐光は、左側に比重が置かれている。
そしてケイト。
彼女の背に、同じく硝子管のごときものが浮かび上がるが、その輪郭は四角形で囲まれた猫の頭の紋様。
その中で、猫の両目が燦然たる黄金の閃きによって浮かび上がっている。
試合模様は、カンネ・ティルテュ・エンドリオンが
暗所なれども、彼女ならばそれが可能だった。
彼女のエニグマ『ディープウンディーネ』。そのパーク【
難を避けるべく簡易的に設けられた高台の上。儀仗型のクラドスを短く持ちつつ操り、函状のヴィジョンを眼前に浮かばせながら、
「試合開始」
と彼女が告げると同時に、それぞれを象徴する系統樹のイメージが弾け飛ぶ。直後、矢が飛んだ。
ミチル・ジョゼ・サウヴァージュから放たれたその初撃は、愚直にケイトに向かった。
その軌道上に、ジャーダが躍り出た。
刃を跳ね上げ、矢を両断する。二つに折られて霧散する光の粒子を、ケイトはガントレットの内に握りこめた。
「初っ端からやる気だねぇ~」
調子外れの嘆を発するケイトに二度三度、ミチルはさらなる連射でもって畳み掛ける。
対するケイトの左手――リブラ型のクラドスから、爆炎と煙が巻き起こる。
それが帳となって視界を覆い、射撃を相殺する。
「【爆華】……!? 通常のスキルは習得していないはずでは……」
「習ってないということは、すなわち持ってないとは限らない」
「戯言をっ」
ミチルは【分千鳥】を
「激し過ぎだ。挑発に乗せられてんじゃねぇよ、バカ」
グレアは舌打ちした。
おそらくあれは、パークを利用した疑似的なもの。他の術式の再現も、その能力の範疇で行えるのだろう――そしておそらく、そこには限度というものがない。
そう、推察しつつ首をシンシャに振り向けた。
「俺はあのじゃじゃ馬のフォローに回って、ケイトを抑え込む。シンシャ、お前は残り二人の相手で、本陣落としてこい」
「えー、なんか俺だけ負担デカくない?」
「そりゃ、お前が最強戦力だからな」
……もっとも、それだけではないのだが、あえて真意をシンシャに打ち明けるゆとりはない。メリからミチルへの密告が本当だとすれば、ケイトをグレアとミチル両名で牽制することこそが最善手であるはずだ。
もしシンシャの天才を覆しうる要素があるとすれば、それは奇人、ケイト・シース・ポイアー以外にありえないのだから。
シンシャは、低く腰を落として鎌槍を構えるジャーダと、双扇型のクラドスを両手に携えたメリを相互に見遣りつつ、
「分かった」
溜息まじりに、応諾した。
瞬間、シンシャの身は踊り刃は繰られ、ジャーダへと斬りかかっていた。
受けた瞬間、けたたましい金属音が鳴り響く。
そのまま、刃を絡ませたまま、体格差ではゆうに勝っているはずのジャーダを押し込んでいく。
メリの姿も、気づけばそこにない。ただ、蜜のような甘い残り香が、先ほどまでそこに居たことを証していた。
そこでようやく、落ち着きを取り戻したらしいミチルが、次の光矢をつがえたままに、ケイトを睨み据えた。
「……ケイトさん、貴女とジャーダさんが共謀のうえ、シンシャさんをこの場で拉致しようと画策している……先ほど、そのような疑いを耳にしまして」
と、切り出した。
対するケイトは唇を曰くあり気に歪め、
「試合前にメリさんとなんかお話ししてると思ってたら、そのこと?」
「もしそれが事実だとすれば……ふだんのような悪戯では済まなくてよ」
「食えないねぇ、あの蜂女も……で、ミチルちゃんってばそれをマに受けちゃった?」
「では、身に覚えのない事だと?」
「そんなコト言ってないけど?」
語尾を真似つつ人を食ったような受け答えに、ミチルの眦がさらに吊り上がる。
「落ち着けって」
その肩を押さえてグレアはたしなめた。
「そもそもメリ・アンブロシアは敵だろ。すでに因果を含められてて、こっちのペースを見出すための盤外戦術ってことも考えられるんだぞ」
いずれにしても、と彼は両女子の間に割り込んで、ケイトと向き合う。
「偽言なら黙らせて、本当ならそれを防いで口割らせる。どっちにしても、勝ちゃ良いだけの話だ」
ケイトは眉をそびやかせた。
「おやおや。自己主張しない日陰者って聞いてたけど。意外と強気だねぃ」
「えぇまぁ。本試験に家は関係ありませんし――口の中に魚ブチ込まれた恨みは晴らしたいし、仕組みを解き明かしたいと思ってるもので」
「解き明かしたいのは、ホントにそこなのかい?」
「……どういう意味です?」
小悪魔的に笑むケイトは、そのまま服の袂に突っ込むや、
「よしよし、それじゃあ頑張る後輩ちゃんたちに、いっちょ良いものあげようか」
どこに隠していたものか。その中から一個の紙箱を左手で抜き取った。
「箱の中身は、なんだろにゃ」
おもむろに、謳う。
瞬間、箱を内より突き破って、黒々とした大蛇のごときものが飛び出て、二人に飛び掛かったのだった。
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数合の打ち合いのたびに散る火花が、地下の薄暗がりの中で若者たちの顔を浮かび上がらせる。まるで戦っているようには見えない、冷静で理性的な面持ち。
互いにその様子を認めた後、示し合わせたかのごとく、足を止めた。。
上級生組のオブジェを、すでに間合いに収めていた。引き離したのか何か思惑あって自ら姿を晦ましたのか。メリの姿も気配も、そこにはない。
大剣を背にしたジャーダに、
「で、何か俺に用ですか? ヤアド殿」
そう出し抜けに、シンシャは切り出した。
「やはり気づいていたか」
いっそ微笑さえ浮かべんばかりの、穏やかな調子で、ジャーダは頷いた。
「……まぁ、あえて一対一にして引き込む理由なんてふつうは無いですし。さっきからスキルも何も使ってないし」
靴裏で石畳で小突きながら、さして興の乗らない様子でシンシャは言った。反響を、その爪先で感じ取る。
「話が早くて助かるね」
ジャーダは片手を武器から離して差し伸ばした。
「単刀直入に言おう。今すぐに魔導院から、いや帝都から離れろ」
と言った。
「でなければ君、死ぬぞ」
脅しには聴こえない、だが無慈悲な予測を淡々と添えて。
シンシャは、天青の瞳を静かに細める。
「……どうやら、自らの置かれた状態ある程度には把握しているようだな」
ジャーダの言葉に、シンシャは答えなかった。そしてジャーダも、答えは待たなかった。
「ならば迷う必要などあるまい。自分たちなら、君を逃がす手引きが出来る。今が唯一の機会なんだ」
シンシャは、まとまりに欠ける自らの赤髪を、指で鋤いた。口元には微苦笑を浮かべた。脳裏には、書庫の、夕暮れに沈むグレアの姿が浮かんだ。
「……あの言葉、聞く前だったら乗ったかも知れないんですけどね」
本当に、色々と間が悪い。
だが逡巡はない。後悔さえもない。
「残念ながら、行けません」
間を置かず、彼は首を振った。
「……理由を訊いても?」
「俺を寄るべに、暗闇から逃れようともがいてるヤツがいるんです。だから、今はまだ……あいつの前から消えるわけにはいかない」
「自らを危機に晒すことになろうともか?」
「――はい」
理解は求めない。納得など、されるべくもない。
それでも彼は、真摯に耳を傾けて頷く。
「分かった。説得は諦めよう」
ジャーダがそう言った瞬間、彼の衣の裾がはためいた。
手にした長得物をあらためて振るうとさらに大きく風が生じる。
生じた渦に乗って、顔の大きさほどの、蜻蛉の形をとった魔力の塊が、五匹ばかりのその群れが縦横に踊る。
「だが、こっちにはこっちの事情がある……ここからは、実力行使だ」
「分かりました。それじゃあまぁ、お互いに分かりやすいやり方を選ぶことにしますか」
表情を引き締め、シンシャは剣を前へ、傾ける。