竜と歯車 〜帝都魔導院転変譚〜【学園ファンタジー】 作:瀬戸内弁慶
黒蛇の首を、グレアの一閃が断つ。
切り離され、地を大きく弾む首の下をミチルが滑り込む。
――【速駆】。
その技能を宿した鳥が彼女の脚と一体化し、その助力を得て一息に飛び上がった彼女が、無数に宙に展開した鳥群を背景に、
「【釣瓶】」
唱える。
転瞬、それら一切の鳥が急降下する。
流星となり矢となり降り注ぎ、ケイトもグレア諸共に攻め立てる。
ケイトはグローブを開くや、まるで鞠のごとく、火球を上へと放り投げた。
そこから無数に分たれた炎の腕が、鳥の斉射を下より迎え撃ち、相殺していく。
「【火箭】【曲射】」
そこまでは、読み通りだった。
落下の間際、その攻防の裏に潜ませた炎の一矢を、弓につがえて放つ。
「はっ、目眩し! やるね、そういう腹芸できない子だと思ってた」
「馬鹿にして!」
矢羽を広げた【火箭】は、曲線的な軌道を幾度となく刻み、後退するケイトを追った。
その退避の先に、低く腰を溜めたグレアが構えている。
「【地走】」
下より振り抜いた切先より
足場の選択肢と退路とを奪う。
「よっと」
その有効範囲の際をなぞるように、軽い跳躍で躱す。
……グレアにサポートされるのは癪この上ないが、良い誘導である。
依然追尾している赤熱の矢が、中心に叩き込まれる。
金音が、響いた。
クラドスが、受け止めていた。
だが、威力までは殺し切れていない。彼女の両足を浮かせたまま、吹き飛ばされた。その猫然とした面持ちに、薄笑いを含めたまま。
「百千倍にして、お返し」
その表明と共に、矢は掌中に握り込まれ、次の瞬間には無数の青い鳥に
【分千鳥】――ミチルのパークの、その模倣。とことん、愚弄してくれる。
舌打ちと共に、自身から魔力を捻出して自身も使い魔を再展開。だが、敵の鳥を打ち消さんと打ち出したそれらは空を切る。まるで、実体など無いように。
「幻覚!?」
「半分はね」
攻撃を一瞬中止した。それがまずかった。
ケイトの宣うところのもう半分が、霰のごとく飛んでくる。
「くっ……!」
通常の防壁では間に合わない。
【分千鳥】の一部にスキルを混ぜて、自らに還元する。
【金剛】。自らの皮膚下に魔力を展開し、身体的防御力を高める術。
だが、それでも脇腹への一発がそれさえも貫通した。
「でも、まだまだのダメダメだにゃー、ハッタリはこうやって利かせなきゃ」
明らかな軽侮と共に目を細め、ケイトは左手で逆立ち右手でスカートをおさえた奇妙なポージングをとった。
「ンで、キミは『見』に回り過ぎ」
そのまま一瞥さえくれず、奇襲を敢行したグレアへ嘲りを投げかける。
彼の足下が、大きく隆起した。
床下の空間を突き破って、巨大な鰐のごとき口が開き、そのまま丸呑みにしてしまった。
穿孔と出血に対して、捕まえた鳥を押し当てる。
【回帰】。魔力を生命力と治癒力に転換する。そも、それが本来の魔力の用途である。
「ま、その技の豊富さなら当然回復スキルも取得済みかにゃ。芸達者ねぇ」
(――貴女に言われたくない)
いったい、何なのだ。
何故、パークしか持っていないとされるケイトは、かくも膨大な物量、広範な能力を展開できるのか。
その解を、ミチルは未だ得ていない。
(物質を生命に変化させる? いや、そもそも魚を入れられた時、グレア・アンティキラは口の中に何も含んではいなかったらしい。なら、無から有を生み出す――? そんなことが、ありえるはずが)
ミチルの懊悩を見透かすように、治療中の彼女にあえて追撃を加えず、ゆるやかに姿勢を整えた。
「『密閉空間内の事象改変』」
――何処からともなく紡ぎ出された言葉に、ケイトの表情から笑みと余裕が消えた。
「それが、あんたの
如何にして咢から逃れ得たものか。下顎を引き裂かれて横たわった怪生物の傍らで、浅く呼吸を繰り返して言ったのは、グレアだった。
「未観測……何ですって?」
ミチルは、硬い声で問うた。
「クロノ・ナイツの資料にあったんだよ、『箱の中に閉じ込めた猫が生きているかどうかは分からない以上、それは現実として確定しない』とか、そんな意味わかんねぇ思考実験だかのな。多分、あの女の能力は、それの拡大解釈させた新興魔導だ」
ケイトは黙したまま。だがその細められた目は笑っておらず、両の口角はわずかに下がっている。
「たとえば閉じた手の中や、箱や仕切りで囲われたものの内容物を変えたり生み出したりできるってとこか」
グレアの口が閉じていたにも関わらず魚を捩じ込まれたのではない。
掲示板は、手の覆った部分が書き換えられた。一行ずつ。だから、行間にわずかなズレが生じていた。
「……だんまりなところを見ると、本当のようね」
彼が正答を引き当てた、何よりの証左だった。
「まァ、バレたとこでどうでも良いしね」
少なくとも余裕を取り戻してケイトは平然と言ってのけた。
「ワタシのパーク【仮想量域】は、箱の中身を変えられる。大小を問わず、有無を言わさず。ただ何が在るかを頭の中で思い描くだけで。それを止めることは、キミらには出来ない」
再び笑みを作り左手の指の開閉を繰り返す。
炎、水、雷や鋼鉄の武器挙句には栗鼠にいたるまで。
森羅万象のありとあらゆるものを、手を開閉させるだけで、生み出しては矢継ぎ早に変えていく。
まったくもってその通りだとは思うが、グレアはその指摘に動じることなく、体勢を正した。その傍らで、存在しなかったかのようにかき消えた怪物のことなど気にも留めず。
その淡泊な様子にケイトは鼻白んだ様子だったが、
「でも、良く気づいたねぇ。どの段階で分かった?」
上目遣いに、問う。
「試合前にはすでに。あとは確認作業でした……あんたの言うところの『見』に回るってところでね」
なるほどなるほど。噛み締めるようにそう相槌を打つケイトは、さらに目元を絞った。
「さすが――正体の怪しいもの同士、通じるところがあるってトコロかな――『アンティキラ』クン?」