護りたいもの〜IF〜 作:影風
「さて、困りましたね」
放課後、夕食を食べに学食に来た俺と雪菜様は、向かい合って席に座りながら揃ってため息をついた。
「すみません、俺のせいで…」
「いえ、ダイチのせいではありません」
雪菜様は小さく首を横に振る。
「大元を辿れば、私がダイチとオルコットさんのお話に割って入ったのが原因ですから」
「ですが、あのまま雪菜様が割って入ってくれていなければ、俺が嫌味で返して結局オルコットの機嫌を損ねていたと思います」
「それでも、勝負まで発展させてしまったのは私です」
雪菜様は困ったように眉を下げながらも、譲るつもりはないらしい。
「勝負を受けると決めたのは俺です。雪菜様が俺のために頭を下げようとしているのを、黙って見ていることはできませんでした」
「…では、どちらか一人が悪いということではなさそうですね」
「そういうことにしておきましょう」
雪菜様は俺と顔を見合わせ、揃って小さく息を吐く。
「今は誰のせいかより、一週間後のことを考えましょう」
「そうですね。私も、ダイチを信じているという言葉を撤回するつもりはありません。出来る限りお手伝いします」
そう言って雪菜様は俺をまっすぐに見つめる。
「とは言っても、ISの操縦経験が圧倒的に足りていないのも事実。どうしたものですかね…」
2人して腕を組み、揃って頭を抱える。
そんな俺たちに、よく通る明るい声が掛けられた。
「あらあら、新入生二人してそんな顔しちゃって。どうしたの?」
顔を上げると、水色の髪を揺らした少女が、人懐っこい笑みを浮かべながらこちらを覗き込んでいた。
「刀奈ちゃん‼︎」
雪菜様はぱっと表情を輝かせ、勢いよく立ち上がる。
「コホン、雪菜ちゃん」
少女は咳払いを一つすると、周囲をちらりと見回した。
「ここでは楯無って呼んでね」
「あっ、すみません」
雪菜様は慌てて口元を押さえる。
「あなたは確か、入学式で在校生代表の挨拶をされていた…」
俺が尋ねると、少女は嬉しそうに微笑んだ。
「あら、覚えていてくれたの?私は更識楯無。この学園で生徒会長をやっているわ」
「ちなみに、IS学園の生徒会長は学園最強の称号でもあるんですよ!」
雪菜様が誇らしげに補足する。
「やめてよ、雪菜ちゃん。別に大したものじゃないわ」
本当に何とも思っていないと言った様子で、更識さんは俺へ視線を向けた。
「申し遅れました。上代大地と言います」
「もちろん知ってるわよ。雪菜ちゃんからお噂はかねがね」
そう言うと、更識さんは顎に指を添え、俺を上から下までじっくり眺め始める。
「ふーん…」
値踏みされているようで何とも落ち着かない。
「なかなか面白そうな子じゃない♪」
「楯無さん、ダイチは私のなのであげませんよ?」
雪菜様がさらりと言う。
「はいはい、取ったりしないわよ」
更識さんは苦笑しながら肩をすくめた。
「ねえ、上代くん。私もダイチ君って呼んでもいいかしら?雪菜ちゃんから色々と聞いていたから今更苗字で呼ぶのは変な感じがして」
「もちろん大丈夫ですよ」
「ありがとう。私のことも楯無でいいわよ」
「ありがとうございます。では楯無さんで」
「うん。よろしくね♪」
そう言って満足そうに楯無さんが頷く。
「それにしても2人ともなかなか初日から面白いことしているわね〜」
「面白いこと?」
「IS適性Sの少女を守るためにイギリス代表候補生へ喧嘩を売った男子生徒がいるって、もう学園中で話題になってるわよ?」
「ああ…」
思わず額を押さえる。
「あとそれと同じくらい、『適性Sの少女と男子生徒の只ならぬ禁断の関係⁉︎』っていうゴシップでも大盛り上がりなんだから」
「やはりそうなりますか…」
嫌な予感はしていた。
「雪菜様、だから言ったじゃないですか。俺たちの関係は隠しましょうって」
「どうしてですか?」
雪菜様は本当に不思議そうに首を傾げる。
「私たちの関係を隠す理由が思い付きません」
「こうして騒ぎになってるじゃないですか」
「別に隠しても良かったんですけど、その場合だと、初対面のはずなのに男子生徒へやたら積極的な女子生徒として噂になってましたよ?」
「そこは周りに合わせて少しずつ仲良くなるとか…」
「何でそんな二度手間を踏まなきゃいけないんですか」
雪菜様はきっぱりと言い切る。
「私はダイチと一緒の学校に通えるから、この学園へ来たんですよ?」
「…」
あまりにも迷いのない一言に、俺は返す言葉を失う。
対する楯無さんはというと、肩を震わせながら必死に笑いを堪えていた。
「ふふっ…」
「楯無さん?」
「ごめんなさい。あまりにも雪菜ちゃんらしくて」
ひとしきり笑うと、楯無さんは表情を整え、俺たちへ向き直る。
「さてと。惚気話はこの辺にして、本題に入ってもいいかしら?」
「本題?」
「ええそうよ。二人とも、生徒会に入らない?」
「生徒会、ですか?」
全く予想していなかった提案に、思わず聞き返す。
「ええ」
楯無さんは頷く。
「クラス代表決定戦にあたって今一番の問題は、ダイチ君がISに乗る時間が圧倒的に足りてないこと。普通の訓練機だと他の生徒との兼ね合いもあるけど、生徒会には専用の訓練機がある。放課後も比較的自由に使えるから、生徒会に入ってもらえたら訓練時間はかなり確保できると思うわ」
そう言って悪戯っぽく笑う。
「もちろん、その分クラス代表決定戦が終わったら生徒会の仕事を手伝ってもらうけどね」
「俺としてはありがたい話です」
俺は雪菜様を見る。
「雪菜様はどうされますか?」
「私も賛成です」
雪菜様は静かに頷いた。
「ISを操縦することが出来る時間を確保できるのは大きなメリットですし、学園側としても私たちを目の届く所に置いておいた方が安心でしょうから」
その言葉に、楯無さんは苦笑する。
「…否定はしないわ。でも、それだけで誘ったわけじゃないわよ?」
「もちろんです」
雪菜様も笑みを返した。
「楯無さんが私たちを気に掛けてくださっていることくらい分かっています」
「なら良かった」
楯無さんは安堵したように微笑む。
「それに…」
雪菜様は少し嬉しそうに続ける。
「楯無さんと一緒に生徒会をやるのは、きっと楽しそうですから」
雪菜様の言葉に楯無さんは一瞬目を丸くし、そして笑顔を浮かべた。
「ふふっ、それなら歓迎するわ♪じゃあ早速役職なんだけど…」
楯無さんは少し考えるように指先を口元へ当てる。
「今空いている役職が副会長と庶務なんだけど、雪菜ちゃんが庶務、ダイチ君が副会長でどう?」
「俺が副会長ですか?ISのこともほとんど知りませんし、逆の方がいいと思いますが…」
「いえ、それでいいと思います」
「雪菜様?」
「だって、いずれ私が引き継ぐことになるでしょう?」
あまりにも自然に言われ、思わず言葉に詰まる。
「その時にもダイチには副会長をお願いするつもりですから、別の仕事を覚えるより効率的です」
楯無さんは肩を震わせ、小さく笑った。
「ふふっ…やっぱり雪菜ちゃんね」
「何かおかしいことを言いましたか?」
「ううん。昔から全然変わってないなって思っただけ」
雪菜様は不思議そうに首を傾げる。
楯無さんはそんな様子を見ながら、悪戯っぽく笑った。
「そういうことなら、代替わりを待たずに私から生徒会長を奪ってみる?」
「しません」
返事は即答だった。
「もちろん、適性Sが持つ意味も責任も理解しているつもりです。ですからいずれその責任は果たします」
その声音に気負いはない。それはいつの日か当然、自分に訪れる役目について口にしているように見えた。
「ですが、それは今ではありません」
「どうして?」
「私はまだ一年生で学園のこともよく分かっていませんし、人の上に立つ者としての経験も足りません」
雪菜様は穏やかに答える。
「それにまずは楯無さんから、これまで積み上げてきたものや大切にしてきたものを、しっかり学ばせていただきたいのです」
一瞬だけ楯無さんは目を丸くした。やがて、その顔にどこか嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「…それなら先輩としてカッコ悪いところは見せられないわね」
楯無さんはパンと手を叩く。
「じゃあ決まり。今日から二人とも生徒会メンバーってことでよろしくね♪」
「こちらこそよろしくお願いします」
「ダイチと一緒に頑張ります♪」
こうして、俺と雪菜様は生徒会に所属することとなった。
_____
「今日はいろいろありましたし、荷解きはほどほどにして早めに休みましょうか」
寮の部屋に着くなり、雪菜様はそう言って床に置かれた段ボールの一つを開き始めた。
その口ぶりも振る舞いもあまりに自然で、俺もつられて自分の荷物に手を伸ばしかけたところで、改めて自分が置かれている事態に気付く。
「雪菜様」
「はい?」
「どうして雪菜様が俺の部屋にいるんですか?」
俺の疑問に雪菜様は満面の笑みで答える。
「ここは私の部屋でもありますから」
「…俺と雪菜様が同じ部屋なんですか?」
「はい♪」
あまりにも当然のように頷かれ、改めて室内を見回す。
事前に説明されていたとおり寮は相部屋で、机やベッドも2人分が用意されている。しかしまさか、その片方を使うのが雪菜様だなんて思ってもいなかった。
「こういうのは、同性で同じ部屋になるものだと思っていたんですが…」
「ダイチ、あなたは自分の立場を分かっていますか?」
「俺の立場ですか?」
「あなたは今や、世界で2人しかいない男性操縦者のうちの1人なんですよ?」
雪菜様は人差し指を立て、俺に言い聞かせるように続ける。
「男性操縦者2人を同じ部屋に集めてしまえば、何かあった際に同時に狙われかねません。それに、今のダイチはISの操縦に関してはまったくの素人です。緊急事態が起きても、1人で適切に対処できるとは限らないでしょう?」
「俺と織斑を別々にする理由は分かりました。ですが、なぜ雪菜様が俺の護衛になるんですか?」
「ダイチの性格や普段の生活も知っていますし、ISの扱いにもそれなりに慣れていますから。それに、私の専用機も近いうちに用意していただけるそうです」
「専用機…?」
「はい。ダイチを守るためには、あったほうがいいでしょう?」
専用機が与えられる。それがどれほど特別なことなのか、ISにまだ疎い俺でも分かる。
だが雪菜様はそれを、まるで買い物ついでにちょっとした小物をカゴに入れるかのような気楽さで言ってのけた。
「ですから今後のことも考えれば、私が護衛も兼ねてダイチの同室になるのが最も安全_というのが、表向きの理由です」
「表向き……ということは他にもあるんですか?」
全く予想していなかった言葉に、俺は思わず聞き返す。
「もちろん、私がダイチと同室がよかったからです。他に何か必要ですか?」
キョトンとした顔でとんでもないことを言われた気がして、俺は思わず視線を逸らす。
「…雪菜様のおっしゃることは分かりました。ですが、年頃の男女が同じ部屋で生活するのはまずいでしょう。万が一、何かあったらどうするんですか?」
「ダイチは何かしてくれるんですか?」
雪菜様の表情が、パッと明るくなる。
「しませんよ‼︎万が一そんなことをしようものなら、旦那様と奥様に顔向けができません‼︎」
「父も母も、ダイチ相手なら喜んでくれると思いますよ?」
「そういう問題ではありません‼︎」
「そうですか…」
雪菜様は心底残念そうに眉を下げる。冗談なのか、本気なのか分からない。いや、雪菜様の場合、おそらくどちらもなのだろう。
「…とにかく、男女が同じ部屋で生活するのは良くないと思うんです」
「それがダイチの本当の気持ちですか?」
「えっ?」
それまでと違う静かな問いに、思わず言葉が詰まる。
「立場や役目ではなく、ダイチ自身がどう思っているかを聞かせてください」
「…俺は」
雪菜様と同じ部屋で暮らす。そのことに驚きはしたものの、嫌なはずはなかった。
朝起きた時から、学園から帰ってきた時も、すぐそばに雪菜様がいる。そんな生活を想像すれば、むしろ嬉しいと思う。
だからこそ、その気持ちだけで頷いていいものなのか分からなかった。
「俺も、雪菜様と一緒の部屋で過ごせるなら嬉しいです」
「では_」
「でも、俺は雪菜様に仕える使用人です。嬉しいからというだけで、同じ部屋で過ごすことを望んでいいのか_」
「ダイチ」
雪菜様が俺の言葉を遮るようにはっきりと名前を呼んだ。
「私はダイチと一緒に暮らしたくて、この部屋を希望したんです」
「雪菜様…」
「護衛のためというのも本当ですよ。ですが、一番は私がそうしたいと思ったからです」
雪菜様は、まっすぐに俺を見つめていた。
「でも、私が望んだからと言ってダイチに無理をさせたいわけではありません。もしダイチが私と同じ部屋では気が休まらないのでしたら、明日にでも学園に相談します」
そう言いながらも、その瞳には隠しきれない不安の色が浮かんでいた。
「ダイチはどうしたいですか?」
雪菜様が、これほどまっすぐに自分の望みを伝えてくれている。ならば俺も、立場を言い訳にせず、自分の気持ちを答えるべきだ。
俺は一つ息を吸い、答える。
「…俺も、雪菜様と一緒にいたいです」
「本当ですか?」
「はい。今でも本当に一緒に暮らしていいものなのかとは思っています。ですが、雪菜様と一緒に暮らせるのは嬉しいですし、これからの生活を楽しみにしています」
俺の言葉に、雪菜様の表情がパッと明るくなる。
「ありがとうございます、ダイチ」
雪菜様は、心から幸せそうに笑った。
「それでは、これからよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。雪菜様」
これから始まる雪菜様との生活を思うと、まだ少し落ち着かない。
けれどその落ち着かなささえ、今はどこか心地よかった。
オリキャラ同士の掛け合いは原作の補助線がないので、想像以上に難しいと実感する今日この頃。ですが、次も楽しんでもらえるように頑張ります。