バイオハザード:リサ・トレヴァー 〜怨霊と血濡れのトマホーク〜 作:ai試し
アンブレラ社の重要施設『ARK』であった。
アレクシアは懐から取り出した小型のガイガーカウンターをかざし、周囲の放射線量を確認する。針は高めだがこのフロアには致命的な汚染がないことを示していた。
「……ふん、管理状態は悪くないわね」
彼女が入り口へと近づくと、内蔵されたセンサーがアレクシアの生体情報を感知した。機械的な作動音と共に、巨大な鋼鉄の扉がゆっくりと左右に分かれ、内部への道が開かれる。
中に入ると、そこには静まり返った無機質な回廊が広がっていた。アレクシアは迷うことなく最寄りの制御端末へと歩み寄り、細い指先で素早くキーを叩いた。
すると、落ち着いた合成音声が鳴り響く。
『——お帰りなさいませ、アレクシア様』
それはこの施設の管理AI「ノア」の声だった。
「権限を確認して。今の私のステータスはどうなっているかしら」
アレクシアが傲慢に問いかけると、AIは即座に回答した。
『照合完了。あなたはアンブレラ社上級幹部の権限を保持しています。』
わずかに考え込むアレクシア。端末に映し出された施設の詳細な地図を確認した。彼女の目的は明確だ。ここにあるデータを確認すること。
「行くわよ。ついてきなさい」
アレクシアが先導し、リサ、シェリー、そしてレッドがそれに続く。
憎きアンブレラの施設だがリサは警戒するように周囲を睨みつけながら、黙ってアレクシアの背中を追った。
一行が辿り着いたのは、かつての職員たちが休息や事務作業を行っていたスタッフルームだった。そこは施設の他の場所よりも設備が整っており、ソファや簡易的なテーブルが置かれている。
アレクシアはそこで足を止め、振り返って二人と一匹を見た。
「いい?」
彼女の口調は相変わらず高圧的だったが、その内容は極めて現実的な警告だった。
「私は調べ物があるから、奥のサーバールームに籠もるわ。しばらくの間、あなたたちは好きにしていてちょうだい」
リサは不満げに鼻を鳴らしたが、アレクシアはそれを無視して指を一本立てた。
「ただし、絶対に守ってもらう注意事項があるわ。さっきの道から分かれた先のエリアには、決して足を踏み入れないこと。あそこは放射能濃度が極めて高い。リサにとってはただのご飯でも、シェリーにとっては危険よ、」
アレクシアの瞳に冷徹な光が宿る。
「さらにその先には……リサ、あなたがかつて暴走した際に切り離した『触手』が巣を作っているわ。意識はなくただ本能だけで動く飢えた怪物になっているみたいね。偵察に出した私のアリが食べられかけたわ」
リサはそんなことあったか?と思ったが、そういえば怨霊も何か言っていたことを思い出す。シェリーは不安そうにリサの服の裾をぎゅっと握りしめる。
アレクシアは特にリサを鋭く見据えて付け加えた。
「いいこと、リサ。もしその触手を見つけても、今は絶対に排除しないで。あの触手は結果的に入り口をふさいでいて、外部からの侵入者を食い止める防壁になっているわ。今の私たちにとって、あそこが『閉ざされている』ことは好都合なのよ」
効率性と実利のみを優先するアレクシアらしい指示だった。
「いいわね? 納得したら返事をしなさい」
リサは不承不承に「……ん」と小さく唸り、同意を示した。
最後に、アレクシアは生活面についての指示を淡々と並べ立てた。
「水についてはここに来るまでに説明した通りよ。施設外にある破損した上水道を使いなさい。」
リサとシェリーが顔を見合わせる中、アレクシアはさらに続けた。
「食料は持ち込んだもので凌ぎなさい。後で私が食用果実を植えてあげるから、しばらくはそれで何とかすることね」
そして彼女はシェリーの方を向いた。
「シェリー、あなたへの警告よ。絶対に単独行動は禁止。移動する時は必ずレッドを伴いなさい。それから、ARKの敷地内からあまり離れないこと。離れるときはリサを使いなさい、いいわね?」
シェリーが小さく頷く。
リサが不満げに唸り声を上げようとした瞬間、アレクシアはそれを遮るように背を向けた。
「もういいわ。私は確認することがあるから」
そう言い残すと、足早にサーバールームのほうへと消えていった。
静まり返ったスタッフルームに、リサとシェリー、そしてレッドだけが取り残された。
シェリーは自分の泥だらけになった服を見下ろした。トンネルを這いずり、瓦礫をどけて進んできた代償は大きく、不快感があった。
「……リサお姉ちゃん」
シェリーが控えめにリサの袖を引く。リサはゆっくりと視線を向けた。その顔もまた、泥と埃でひどい有様だったが、瞳だけは澄んでいた。
「アレクシアさんが言っていた上水道に行こうよ。体を洗って、さっぱりしたいな」
その提案を聞いた瞬間、リサの表情にわずかな変化が現れた。
(……水浴び)
記憶の中にあるのは、実験室の冷たい洗浄液ではない。シェリーと共に過ごした、あの束の間で温かかった時間だ。裸と裸で向き合い、互いの体温を感じながら汚れを落とした、あの日々。
リサは満足げに「……ん」と深く頷いた。久しぶりにシェリーと一緒に水浴びができる。それは今の彼女にとって、何よりも贅沢な時間だった。
レッドもまた、体にこびりついた泥が気になるのか、「ワン!」と短く吠えて同意した。
一行はアレクシアに教わったルートを逆に辿り、施設の外へと出た。
辿り着いた場所は、ちょうど破損した太いパイプから絶え間なく水が降り注いでいるエリアだった。コンクリートの窪みに天然の池のように水が溜まっており、どこかに流れ出している。
降り注ぐ水は冷たかったが、二人の少女にとってそれは気にするものではなかった。
リサは慣れた手つきでシェリーの服に手をかけ、ゆっくりと脱がせていく。泥に汚れ、張り付いていた布地が剥がれ落ちると、そこには白く、あまりにも無垢な12歳の肢体が現れた。リサ自身の衣服もまた、泥で重くなったドレスを脱ぎ捨てた。
14歳の美少女の姿に戻ったリサの身体は、見た目こそ可憐だが、その肌の下には始祖・T・G・ベロニカウィルスの複合体としての強靭な密度が秘められている。泥にまみれていた彼女の白い肌が露わになると、水しぶきを浴びて真珠のような光沢を放った。
二人は自然と、わずかに溜まった水の中へと足を踏み入れる。
「あぁ……気持ちいい……」
シェリーが小さく声を漏らし、リサに身を委ねた。リサは大きな手でシェリーの背中や肩を丁寧に洗い始める。その指先は、かつて怪物として全てを破壊していた時とは対極にある、至上の優しさに満ちていた。
流れる水の中で触れ合う肌と肌。
泥を落とすという名目ではあるが、リサにとってこの時間は、失われた「家族」の温もりを確認する儀式のようなものだった。シェリーの小さな体を抱き寄せると、心地よい石鹸の香りと少女特有の柔らかさが鼻腔をくすぐる。
リサはうめき声に近い吐息を漏らしながら、シェリーの白い首筋や肩に顔を埋めた。
それは母性とも、あるいはもっと根源的な執着とも取れる行為だった。水しぶきが舞い上がり、二人の裸身が密接に重なり合う。
「リサお姉ちゃん……くすぐったいよ」
シェリーが恥ずかしそうに笑いながらも、リサの胸に心地よく頭を預ける。
そこにあるのは、アンブレラの実験体と被害者かつ加害者という残酷な絆を超えた、背徳的でいて純粋な関係だった。
シェリーはリサに身を委ねるだけではなく、自分なりに恩返しをしたいと思った。
「今度は私が洗ってあげるね、リサお姉ちゃん」
シェリーは小さな手を伸ばし、リサの肩から背中にかけて、ゆっくりと指先を滑らせた。
リサは突然のことに一瞬身を強張らせたが、すぐに心地よさそうに目を細め、うつむいてシェリーに身を任せた。
シェリーの手は小さく、そして驚くほど柔らかかった。泥を落とすために丁寧に肌を擦るその感触は、リサにとって未知の感触に近かった。実験室で受けた冷酷な処置や、戦いの中で浴びた血の感触とは全く異なる、純粋な「慈しみ」がそこにはあった。
「リサお姉ちゃんは、とっても綺麗だね」
シェリーが屈託なく笑いながら、リサの白い背中を優しく撫でる。
その瞬間、リサの心の中で何かが震えた。怪物として蔑まれ、化け物として恐れられてきた彼女にとって、「綺麗だ」という言葉は劇薬のように深く突き刺さった。
リサは堪えきれず、うめき声を漏らしながらシェリーを後ろからギュッと抱きしめた。
濡れた肌と肌がぴたりと吸い付き、二人の心拍数が重なり合う。リサの強靭な腕に包み込まれたシェリーは、心地よい圧迫感に身を任せ、リサの背中にそっと手を回した。
流れる水の中で絡まり合う二人の肢体。
それは母娘のようであり、姉妹のようであり、そして同時に、世界から見捨てられた者同士が寄り添い合うような切ない光景でもあった。
「大好きだよ、リサお姉ちゃん」
シェリーの囁きに、リサは言葉にならない感情を込めて、彼女の小さな肩に深く顔を埋めた。
降り注ぐ水の音だけが響く中で、二人の少女は裸身で互いの体温を分かち合い、この背徳的なまでの静寂の中にどっぷりと浸っていた。
降り注ぐ滝のような水のカーテンに遮られ、外界から切り離された二人だけの聖域。リサはシェリーを強く抱きしめ、その温もりを確かめるように何度も頬を寄せた。
泥に汚れた記憶さえも全て洗い流し、ただ「女の子」として互いの体温を感じ合う時間。
水浴びを終えた二人は、持ってきたタオルで互いの体を丁寧に拭き合った。濡れた肌が外気に触れると、わずかな寒気が走る。
しかし、今の彼女たちに身に纏うべき服は残っていなかった。泥と砂にまみれ、ボロボロになった元の服はもう使い物にならない。
「……ん」
リサが自分の胸元を指差し、それからシェリーを見た。
(私が作る)という意思表示だった。
リサが集中して作業に入ると、彼女の指先から細い繊維が紡ぎ出され始めた。
始祖ウィルス、T・G・ベロニカウィルスの複合的な適合、そしてインディアンの怨霊による職人的な記憶と導き。今のリサは、自らの細胞を自在に組み替え、最高級の「絹」と「綿」を生成することができた。
泥だらけの服を燃やし、ゼロから新しい衣服を作り出す。それはもはや裁縫というよりは、一種の錬金術に近い光景だった。リサの触手から滑らかな白い生地が織り出され、シェリーにぴったりのサイズへと形を変えていく。
リサが集中して作業している間、シェリーは大きなバスタオル一枚を体に巻き付け、その場に佇んでいた。
ふと、シェリーはリサの背中を見た。泥を洗い流し、一心に自分のために服を作るリサの姿。そこには狂気に染まった化け物の面影はなく、ただひたすらに献身的な「姉」のような温かさがあった。
不意に、シェリーは堪らなくなり、後ろからリサにぎゅっと抱きついた。
「……っ!」
リサが驚いて肩を揺らす。けれど、シェリーは離れようとしなかった。濡れた髪の香りと、バスタオル越しに伝わる少女の体温がリサの背中に押し付けられる。
「ねえ、リサお姉ちゃん。今、冷たいけど……私、全然寒くないんだ」
シェリーの声は心地よく、リサの耳元で囁かれた。
「だって、リサお姉ちゃんの治療を受けたからかな。なんだか体がすごく軽いし、力が湧いてくる感じがするの」
「……本当なら、不気味だなって思うかもしれないけど。でも私は嬉しいの。だって、これでリサお姉ちゃんに、ちょっとだけ近づけたみたいだから」
シェリーはリサの背中に顔を埋め、幸せそうに目を閉じた。
人間ではなくなったことへの恐怖よりも、自分を救い、愛してくれる唯一無二の存在と同じ「何か」になれたことへの喜び。
リサは作業の手を止め、抱きしめてくれる小さな体の方へゆっくりと手を回した。
シェリーには、彼女の純真さを引き立てるような、柔らかい白と淡いピンクを基調とした清潔感のあるワンピースが贈られた。生地は驚くほど滑らかで、それでいて丈夫だ。リサ自身にとっても、今の14歳の美少女の姿に相応しい、シンプルながらも上品な白いドレスが完成した。
新調された服に袖を通すと、先ほどまでの寒さは嘘のように消え、心地よい温かさが体を包み込んだ。
「わあ……すごい! 本当に綺麗!」
シェリーは自分のスカートをひらひらとさせながら、満面の笑みを浮かべた。リサはそれを見て満足げに「……ん」とうなずき、シェリーの髪についた小さな水滴を優しく指で拭った。
ふと、足元を見ると、レッドが満足そうに尻尾を振りながらこちらを見上げていた。泥を洗い流し、すっきりした表情の犬は、あたかも「これで準備万端だ」と言わんばかりに鼻を鳴らしている。
「ふふっ。レッドも満足したみたいだね」
シェリーがクスクスと笑いながらレッドの頭を撫でる。
リサは周囲を見渡し、再びスタッフルームへ戻る準備を整えた。
「……」
言葉にならないうめき声だったが、そこには確かな意思があった。
新調した服に身を包み、心まで軽やかになった二人の少女と一匹の犬は、ゆっくりと歩き出した。彼らが戻る場所はまだ冷たい金属質の施設の中にあるが、今の彼らの間には、どんな暖房器具よりも温かい絆が流れていた。
スタッフルームに戻った一行は、心地よい疲労感に包まれていた。清潔になった体と新調した服のおかげで、気分までリフレッシュされている。
「ねえ、そろそろご飯を食べない? アレクシアさんも一緒に誘おうよ」
シェリーの提案に、リサが同意するように小さく頷いた。
二人はサーバールームへと向かう。そこには、青白いモニターの光に照らされたアレクシアがいた。彼女は眉間に深い皺を寄せ、複雑なデータが並ぶ画面を凝視しながら、何か非常に困難な問題に直面しているかのように深く考え込んでいた。
その威圧感のある雰囲気に、シェリーは少しだけ気後れし、ためらいがちに声をかけた。
「あの……アレクシアさん」
その瞬間、アレクシアの鋭い視線がシェリーに向けられた。彼女は画面から目を離さぬまま、冷徹に言い放った。
「『様』よ。私を呼ぶときは、アレクシア様と呼びなさい」
相変わらずの傲慢な態度に、シェリーは苦笑いしながらも素直に言い直した。
「ごめんなさい……アレクシア様。一緒にご飯を食べませんか?」
その言葉に、アレクシアはようやく思考の海から浮上したようだった。彼女はふぅと小さくため息をつき、モニターをオフにした。
「……ちょうどいいわ。脳を酷使したから糖分が必要だと思っていたところよ」
アレクシアは椅子から立ち上がると、不敵な笑みを浮かべて二人を見た。
「案内しなさい」
「案内しなさい」というアレクシアの言葉が終わらぬうちに、リサがすっと、自然な動作で右腕を差し出した。
それは、かつてアレクシアから叩き込まれ、今も積極的に教育されている「淑女としての振る舞い」だった。リサは無意識のうちに、教育された通り、エスコートの姿勢を取っていた。
アレクシアは、それが当然であるかのように、迷いなくリサの腕に自分の手を添えた。
傲慢な女王様と、彼女に付き従う献身的な少女。
二人の姿は、まるで名門貴族の姉妹のような気品に満ちていた。泥まみれだった数時間前とは打って変わり、新調された白いドレスを纏ったリサがアレクシアをエスコートして歩く様は、どこか幻想的な美しささえあった。
その光景を隣で見ていたシェリーの瞳が、キラキラと輝き出した。
(ふたりとも、なんだかすごく似合ってる……!)
なんだか不穏な空気を漂わせていて、危うい関係だと思っていたリサとアレクシアだったが、今の二人の空気感は不思議と調和していた。シェリーは頬を緩ませ、憧れのような、あるいは微笑ましい光景を見たときのような表情で、仲睦まじく(?)歩き出す二人を追いかけた。
スタッフルームに用意された簡易的な食卓。そこには、持ち込んだ保存食や簡単な調理品が並んでいたが、それを囲む三人の光景はまるで高級レストランの晩餐会のようだった。
シェリーは食事の内容よりも、目の前で繰り広げられている光景に見入っていた。
リサが、完璧な作法でカトラリーを扱っているからだ。背筋をピンと伸ばし、フォークとナイフを適切に使い分け、口角をわずかに上げた控えめな微笑みを浮かべながら食事を進める。その所作のひとつひとつに無駄がなく、洗練されていた。
もちろん、教育係であるアレクシアの振る舞いは言うまでもなく完璧で美しかった。
二人が並んで静かに食事をする様子は、まるで緻密に計算された絵画のような調和を見せており、シェリーの瞳は終始キラキラと輝きっぱなしだった。
(リサお姉ちゃん……本当にすごい。あんなに怖かったのに、今はこんなに上品なんだもん)
心地よい食後感に包まれる中、アレクシアが静かにナプキンを置き、口を開いた。
「さて、食事はここまでよ」
彼女の瞳には再び、計画的な冷徹さが戻っていた。
「予定通り、ここは長丁場になりそうね。私が調べたいデータは膨大だわ。あなたたちが退屈して暴走しないよう、まずは食料源を確保しましょう」
アレクシアは立ち上がり、指で外を指し示した。
「果実を植え付けるわ。後で困らないように、しっかり手伝いなさい。ついてきなさい」
女王の命令に、リサはすっと立ち上がり、再びエスコートの姿勢を取る。シェリーとレッドもそれに続き、一行は再び施設外へと足を踏み出した。
施設の外へ出ると、アレクシアはリサから手を放す。
「いいわ、リサお姉さま。エスコートは十分よ。ここからは『作業』の時間だもの」
リサはおとなしく身を引き、シェリーの傍らに控えた。その表情には、どこか清々した様子があった。
軽くアレクシアが睨むが、リサはどこ吹く風だ。
アレクシアが向かったのは、施設から離れた湿り気のある岩壁に沿って広がるエリアだった。そこには、かつての滅菌作戦を生き延び、地下の特殊な環境に適応して増殖した「植物型生物兵器」が根を張っていた。人間すら捕食するその怪物たちは、この地で生態系の頂点に君臨していたはずだった。
だが、アレクシアにとってそれは単なる「土壌」に過ぎない。
「ふん、野生のままに増えすぎね。少し躾けてあげるわ」
アレクシアが指先から細い触手を伸ばし、植物型生物兵器へと深く打ち込んだ。
ベロニカウィルスの圧倒的な支配力が、生物兵器の神経系を瞬時に上書きしていく。寄生され、意識を奪われた怪物は、もはや恐ろしい武器ではなく、アレクシアの意向に従う「苗床」へと変貌した。
シェリーとレッドが驚いて見守る中、植物の枝先から急速に蕾が膨らみ、鮮やかな色彩の果実が結実し始めた。
アレクシアはそれを数箇所で繰り返した。
ある場所には瑞々しいオレンジが、別の場所には透き通るようなライチが。さらにはバナナやマンゴー、そして芳醇な香りを放つパイナップルまでもが、不自然なほど急速に実った。
「さあ、これで食料問題は解決ね」
アレクシアは満足げに微笑んだ。
滅菌後の地獄のような光景の中に、突如として現れた色鮮やかなフルーツガーデン。生物兵器を家畜化し、果樹園に変えてしまうという、アレクシアならではの傲慢で贅沢な解決策であった。
「リサ、シェリー、レッド。好きなものを摘んでいいわよ。ただし、私の許可なく根こそぎにするのは禁止よ」
その言葉に、真っ先にレッドが飛びつく、シェリーも目を輝かせて駆け出した。リサもまた、シェリーが転ばないようにそっと見守っていた。
果実をたっぷりと収穫し、一行は再び施設へと戻った。
アレクシアが次に案内したのは、施設にある最重要区域、「記録管理室」だった。重厚なセキュリティ扉が開くと、そこには機械が整然と並んでいた。
そして、その隣に併設されていたのが「書斎」である。
スタッフルームとは比較にならないほど豪奢な空間で、壁一面を埋め尽くす古書や革張りのソファ、アンティーク調のデスクが配置されていた。そこはまるで、地下施設の中に作られた貴族の私室のような趣があった。
アレクシアはすぐにでも記録管理室に籠もりたい様子だったが、彼女には先に済ませなければならない「目的」があった。
「さて、リサ。シェリーとレッドをこちらへ」
アレクシアが冷徹な瞳で二人(一人と一匹)を見た。
「二人の身体検査を行うわ」
リサの眉がぴくりと動いた。彼女は本能的に警戒し、シェリーを庇うように半歩前に出た。だが、アレクシアは不敵に微笑み、あえて挑発するように続けた。
「怖がることはないわ。リサ、あなたのウィルスの影響がどう及んでいるのか確認する必要がある、そうでしょう?」
実際、アレクシアがリスクを冒してまで北米大陸でシェリーとレッドを保護——という名の誘拐——をした理由はここにもある。
リサがシェリーに注入したウィルスがどのように作用しているのか。そして、犬であるレッドの身体にどのような変異が起きているのか。そのデータを採取し、解析することが彼女にとって目的の一つだった。
もし単に「実験したいから」と言えば、復讐に囚われたリサにその場で八つ裂きにされるだろう、怨霊の制止も今度はさすがに聞かない。だからこそ、「今後のためにもリサがしたことの影響を確認する必要ある」という大義名分を掲げているのだ。
リサはアレクシアの意図を完全には理解していないが、彼女がシェリーを傷つけないかだけかを心配していた。
「……ん」
リサの低い唸り声に、アレクシアは肩をすくめて見せた。
「安心なさい。ちくっとするだけよ、大して痛みはないわ。」
そう言って、アレクシアは書斎から精密な検査機器がある部屋へとシェリーとレッドを促した。
検査は拍子抜けするほどあっさりと終わった。
被験者であるシェリーとレッドにとって行われたのは採血だけだったからだ。もちろん、アレクシアがその血液を用いて行う解析には時間がかかるだろうが、彼らにとっては「ちくっ」とした痛みがあっただけのことだった。
アレクシアは検査を終えながら、不思議そうにレッドを見た。
生物兵器になったとはいえ本能があるはずの犬が、大人しく血を抜かれていたからだ。もっと暴れたり、唸ったりするものだと思っていた。
「……ふん。意外と従順ね」
するとシェリーがクスクスと笑いながら答えた。
「レッドはこういうのに慣れたみたい。私より検査されてたし、あと美味しいおやつがもらえるんだって覚えているんだと思うよ」
アレクシアは皮肉げに口角を上げた。
(この施設に犬用のおやつなんてあるはずがないけれど)
一行は再び記録管理室へと戻った。
アレクシアは椅子に深く腰掛け、大量のモニターに囲まれた空間で宣言した。
「いい? 今から私は極めて重要な作業に入るわ。集中したいから、よっぽどのことがない限り話しかけないでちょうだい」
リサとシェリーが顔を見合わせる。ここでじっと待たされるのは、苦行であることは明白だった。アレクシアは隣にある端末を指差した。
「暇つぶしにこれを使いなさい」
彼女はシェリーに端末の基本的な操作方法を教えた。これでラクーンシティ事件までのアンブレラのデータを全て閲覧できる。アレクシアが本作業に入ると、シェリーは最初こそ興味深げに画面を見つめていたが、リサが気になるようだった。
シェリーは隣に立つリサを見た。泥を洗い流し、新調した白いドレスに身を包んだリサは、まるで忠実な騎士のように彼女を守っている。
シェリーはリサの手をそっと握り、上目遣いで提案した。
「ねえ、リサお姉ちゃん。今日はアレクシア様が作業している間、施設を探検してみない?」
リサの瞳に好奇心が灯る。「……ん」と力強く頷いた彼女は、嬉しそうにシェリーの手を引いて立ち上がった。
アレクシア任せだけではなく自分でも確認は必要だろう。
その様子に気づいたアレクシアが、視線をモニターに向けたまま口を開いた。
「待ちなさい。ガイガーカウンターを持っていきなさい。あと、絶対に地上には出ないこと、あの分かれ道の先には行かないこと。いいわね?」
リサは計測器をシェリーに渡し、シェリーをエスコートするようにして部屋を出た。
レッドはふてくされた表情で果実をかじっていた。
シェリーが軟禁されていた邸宅では、静かなパニックが起きていた。
「……シェリー? シェリー!」
母アネット・バーキンは、娘の不在に気づき、血相を変えて邸宅の中を駆けずり回っていた。子供部屋、書斎、庭へと走り、声を張り上げるが、返ってくるのは冷たい静寂だけだった。
アネットは震える手で監視カメラの映像を確認した。
シェリーの安全を守るという名目で設置された高度な監視カメラシステムだ。しかし、どれほど巻き戻して確認しても、シェリーが正門から出た様子も、裏から逃げ出した形跡もない。まるで、この閉ざされた空間から忽然と消え去ったかのようだった。
「そんなはずはない……どこへ行ったの? 誰かに連れ去られたというの!?」
アネットはすぐに、アネットとシェリーを保護・監視していた政府当局へ連絡を入れた。彼女自身の過去があるため、政府との関係は複雑だが、娘の身に関わることになれば話は別だ。
通報を受けた当局は即座に捜査を開始した。しかし、邸宅の周囲を取り囲む厳重な警備網をすり抜け、痕跡一つ残さず人間を連れ去るなど、常識的に考えれば不可能だった。
絶望と不安に突き動かされたアネットは、最後の手を頼ることにした。
彼女が電話をかけた相手は、かつてラクーンシティでシェリーと共に地獄を潜り抜けた男、レオン・S・ケネディだった。
「……レオン! シェリーが消えたのよ!」
電話越しのアネットの声は震えていた。
レオンは突然の知らせに愕然とした。彼はすぐに政府の担当者に連絡を取り、事の経緯とシェリーの行方について問い詰めた。だが、返ってきたのは「現在捜査中である」「手がかりがない」という、要領を得ない回答ばかりだった。
(政府が何も把握していない? そんなことがあり得るのか……)
レオンは直感した。これは普通の誘拐ではない。
あるいは、かつての悪夢が再び動き出したのではないか。
レオンは迷わず装備を整え、車に飛び乗った。彼はアネットのもとへ向かう。