「兄さん。兄さんは立派やったよ。」
「桂次郎。」
桂太郎さんがキッと祖父をにらんだ。
「兄さん、もういいやろ。越智家は普通の一家になったんや。武門と言うたって別に侍の家系じゃあるまいし。」
「明治以前はいざしらず、明治以降の越智家の誉れは受け継がねばならん。」
私はといえば桂太郎さんと祖父がそれぞれ言葉を発するたびに首を左右に忙しく向けて話を必死に聞いていた。
「桂次郎、お前は地方でサラリーマンをして大成したそうだな。」
「いっぱしに商社の社長やったけん軍隊で言や、大佐くらいやろな。武門やねえけど、商門とでもいえるかもしれん。立派に家を立てたと自負しとるよ。」
「商社が支那朝鮮を払いのけられるのか!」
桂太郎さんが抜刀した。
背中からなにかわきたつものが見える気がする。ものすごい気迫だ。
祖父、桂次郎の面先に刀の切っ先が向いているが、祖父はわずかにも動かない。
腕組みをして桂太郎さんを睨み据えている。
この修羅場のそばにいる将はチラと見たきり、またミニカーで遊び始めた。愚鈍なのか大物なのか・・・
「け、桂太郎さん、落ち着いてください。」
私は勇気を出してとりなしたが、よくよく考えたら幽霊が幽霊を斬っても別に大事ないのでは・・・とふと思った。
思ったが、とめないわけにはいかないだろう。
祖父は大きなため息をついて桂太郎さんに言った。
「兄さん、これは機会がなかったけん言えんかったんやけど。」
「なんだ、桂次郎。」
「恭子さんは火傷をしてなくなったが。」
「承知している。」
こんなときだが、桂太郎さんは死後どうやってそういう情報を得ているのだろうか。
気になって気になって仕方ない。
愛妻の話題になったからか、桂太郎さんは抜いた軍刀を鞘におさめた。
ちゃん
静かな室内に軍刀が納まる音がした。
静かといったが、いつの間にか寝てしまった将の寝息が規則正しく室内に響いている。
「空襲で火傷をした恭子さんは在郷軍人会の手当て所に運び込まれたんや。すでに虫の息やったんや。桂三郎が言っていた。」
「それも知っている。哀れにも母子ともどもそのまま」
「違う。」
え。違うの?私は祖父の話にくいついた。
「恭子さんは大火傷のまま産気づいて、運よく産婆さんが居合わせとったんで」
「なんだと。」
「いっぽう俺は結婚はしとったが、子供に恵まれんかった。」
え、雲行きがあやしくなってきた。まさか。
「恭子は出産して死んだのか。」
「そうなんや、兄さん。兄さんも死んだ。恭子さんも亡くなった。俺は自分の子供として生まれた子供を引き取って育てたんや。」
「まさか、お前。」
「桂。その子にはそう名付けた。」
親父じゃん!桂!
「まさか・・・まさか。そんなまさか・・・」
桂太郎さんが絶句する。
わなわな震えた桂太郎さんが私を見やり、次いで、いつものように変な格好で寝入った将を見る。
「兄さん、桂の子供、桂馬、そしてその子、将や。」
祖父が腕組みを解いて桂太郎さんにそう、静かに言った。
「兄さんの孫とひ孫や。恭子さんの孫とひ孫や。」
申し訳ないが、桂太郎さんは面白いくらい狼狽していた。
しかし流石に高級軍人、ほどなく震えを止め、動揺を鎮めた。
咳ばらいをし、桂太郎さんは私を向いてこう言った。
「桂馬よ。将は絶対に自衛隊に入れてはならん。」
「え?」
「さきほど桂馬、お前は将に将来を決めさせると言ったが、もし仮に万一でも自衛隊に入りたいなどと言おうものなら張り倒してでもそれを止めるのだ。」
「え、なぜです。」
「馬鹿者!日本が支那朝鮮、ロシア、米国と戦になったときに矢面に立つのは誰か!」
桂太郎さんの現状認識は気になるが、この際どうでもよかった。
「私の、恭子の曾孫だ。ゆめゆめその命、粗末にしてはならん。」
桂太郎さんは将の頬を片手で撫で、私を向いて言った。
そして桂太郎さんはすぅっと消えて行った。
呆然とそれを見つめていた私であったが、はっと気づいて部屋の隅を見る。
祖父も消えていた。
あとは将の寝息だけが残った。