ダンジョン介護師の日常   作:河馬田いわし

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癒骨の仕事

癒骨が施設へ来てから、一週間ほどが過ぎた。

 

 最初は物珍しそうに見られていた癒骨も、今ではすっかり施設の日常へ溶け込み始めている。

 

「癒骨!」

 

「ガーゼお願い!」

 

「カタ!」

 

 看護師さんが声を掛けると、癒骨は棚からガーゼを取り、すぐに手渡す。

 

 俺が利用者さんの身体を支えている間に、必要な物品を準備してくれる。

 

 慣れないはずなのに飲み込みは早い。

 

 ……骨だけど。

 

 癒骨には、支援アーツの効果が切れる前に、自分と俺へ掛け直すよう指示してある。

 

 最初は一つひとつ言わないと動けなかったが、熟練度が上がった影響なのか、今では単純な指示なら自分で考えて動ける場面も増えてきた。

 

 実際、自分も支援アーツを掛けてもらうと夜勤終盤の動きが全然違う。

 

 夜勤明け二時間前。

 

 一番身体が重くなる時間帯でも、利用者さんの立ち上がりや移乗介助が驚くほど楽だった。

 

 その様子を見た職員たちも、少しずつ支援アーツをお願いするようになる。

 

「癒骨、私もお願い。」

 

「カタ。」

 

「俺にも頼む。」

 

「カタ。」

 

 最初は恐る恐るだった職員たちも、今では朝方になると自然と癒骨を探していた。

 

 気付けば癒骨は、利用者さんだけでなく職員にとっても欠かせない存在になっていた。

 

 

 レッサーヒールだけでは難しい処置もある。

 

 皮膚の保護。

 

 褥瘡の処置。

 

 軟膏の塗布。

 

 そういう時は看護師さんが処置を行い、最後に癒骨がレッサーヒールを掛ける。

 

 汗疹。

 

 治りかけの褥瘡。

 

 内出血。

 

 完全に治るわけではない。

 

 それでも治りは明らかに早くなった。

 

「これ、本当に助かるね。」

 

 主任看護師がぽつりと呟く。

 

 その一言だけで十分だった。

 

 癒骨はもう珍しい存在ではない。

 

 現場の戦力になっていた。

 

 

 後日。

 

 休憩室を通り掛かった時だった。

 

「……。」

 

 俺は思わず立ち止まる。

 

 看護師のお姉さんが、癒骨へコーヒー牛乳を渡していた。

 

「はい、ご褒美。」

 

「カタ♪」

 

 嬉しそうにストローをくわえる癒骨。

 

 ……いや。

 

 骨だよな?

 

 思わず近付いて確認する。

 

 コーヒー牛乳はちゃんと減っている。

 

 でも。

 

 肋骨の中は空洞だった。

 

「……どこ行った?」

 

「カタ?」

 

 本人――本骨? は首を傾げるだけだった。

 

 深く考えたら負けな気がした。

 

 

 リハビリ室。

 

「じゃあ今日も立ってみましょう。」

 

 理学療法士さんの声に合わせ、癒骨が支援アーツを発動する。

 

「マイナーパワー。」

 

「マイナーアジリティ。」

 

「マイナーデクスタリティ。」

 

 淡い光が利用者さんを包む。

 

「おや?」

 

「今日は足が出るね。」

 

 理学療法士さんも驚いたように笑う。

 

「昨日より一歩多く歩けましたね。」

 

「ほんとだ。」

 

 利用者さんも嬉しそうだった。

 

 劇的な変化じゃない。

 

 でも。

 

 一歩が二歩になる。

 

 その積み重ねが生活を変えていく。

 

 

 新しく購入した支援アーツも少しずつ効果が見え始めていた。

 

 マイナーガード。

 

 転倒しても腰を痛めたり、大きな青あざが出来ることが減った。

 

 マイナータフネス。

 

 「疲れた」と横になる回数が減り、午後のレクリエーションまで参加できる利用者さんが増えた。

 

 マイナーインテリジェンス。

 

 計算や言葉遊びのレクリエーションでは、以前より考える速度が上がっている人もいる。

 

 もちろん全部がアーツのおかげとは言えない。

 

 リハビリもある。

 

 日々の介護もある。

 

 利用者さん本人の努力もある。

 

 それでも。

 

 以前より生活の質――QOLが上がっていることだけは、誰の目にも分かるようになっていた。

 

 

「施設長。」

 

「最近、ご家族から問い合わせが増えてます。」

 

 事務所で主任看護師が苦笑していた。

 

「保証人じゃないご家族が面会に来られて、『うちにもお願いできませんか』って。」

 

「ああ……。」

 

 施設長も困ったように笑う。

 

「正式な同意がないと始められないからね。」

 

「説明する機会を増やさないと。」

 

 嬉しい悲鳴というやつだろう。

 

 

 正式にアーツを使えるようになったおかげで、熟練度も順調に伸びていた。

 

【レッサーヒール】

 

熟練度 9,842/10,000

 

 あと少し。

 

 もうすぐ一万へ届く。

 

 他の支援アーツは効果時間が終わるまで掛け直せない分、成長はゆっくりだ。

 

 それでも確実に熟練度は積み重なっている。

 

 最初は親指ほどの内出血しか治せなかったレッサーヒールも、今では手のひらほどの内出血まで治せるようになっていた。

 

 癒骨も以前より自然にアーツを扱っている。

 

 成長しているのは俺だけじゃない。

 

 癒骨も同じだった。

 

 

「黒田君。」

 

 休憩中、主任看護師がコーヒーを片手に話しかけてきた。

 

「はい?」

 

「そのレッサーヒールって……私でも覚えられるの?」

 

 思わず主任看護師を見る。

 

「覚えられます。」

 

「アーツキューブがあれば。」

 

「ただ、支援職じゃないので熟練度はかなり上がりにくいと思います。」

 

 主任看護師は少し考えてから笑った。

 

「それでもいい。」

 

「一人でも多く使える人がいた方が、この施設のためになるでしょ?」

 

 少し間を置いて続ける。

 

「聞いてた値段なら、十分元は取れそうだもんね。」

 

 その言葉に思わず笑ってしまう。

 

「そうですね。」

 

 癒骨一体だけじゃ限界がある。

 

 さすがに俺が休みの日まで置いていくわけにもいかない。

 

 でも。

 

 支える仲間が一人増えるだけで、救える人はきっと増える。

 

 そんな気がした。

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