癒骨が施設へ来てからしばらく。
最初は驚いていた職員も、今ではすっかり慣れてしまった。
「癒骨、体支えてて。」
「カタ。」
看護師さんの声で、癒骨が利用者さんの身体をゆっくり側臥位へと動かす。
足を曲げ、身体が捻れないよう支えながら、顔がサイドレールへ当たらない位置まで丁寧に調整する。
最初は正直、不安だった。
でも今じゃ俺より気を遣ってるんじゃないかと思うくらいだ。
癒骨が身体を支えている間に看護師さんが処置を行い、最後はレッサーヒール。
利用者さんも職員も、もうそれを当たり前のように受け入れていた。
「黒田君、オムツ届いたよー。」
「はい、今行きます!」
事務所へ向かう。
介護施設では毎日のように届く消耗品。
特に珍しいことじゃない。
「受領印お願いしま――」
そこで言葉が止まった。
配送担当の男性も、俺を見たまま固まっている。
「……つかちゃん?」
高校時代、源だけがそう呼んでいたあだ名だった。
百九十センチ近い長身。
服の上からでも分かる鍛えられた身体。
その上に乗っているのは、優男みたいな整った顔。
高校の頃から、そのアンバランスさだけは変わらない。
「……源?」
高校卒業以来だろうか。
久しぶりに見る友人だった。
◇
「久しぶり。」
「うん……。」
源は返事をしたものの、どこか落ち着かない様子で辺りを見回している。
その時だった。
「カタ。」
空になった段ボールを抱えた癒骨が、事務所へ入ってきた。
「ひゃっ!?」
源が肩を大きく跳ねさせ、思わず一歩飛び退く。
段ボールを抱えたスケルトンと目が合う。
「…………。」
数秒、本当に時間が止まったみたいだった。
「つ、つかちゃん……。」
「ん?」
源は震える指で癒骨を指す。
「あれ……。」
「つかちゃんの従魔?」
「ああ。」
源は小さく息を吐いた。
「そうか……。」
「骨ダンジョン、見つかったんだ。」
「この近くにな。」
「へぇ……。」
ようやく納得したように頷く。
その時だった。
「癒骨、ちょっとお願い。」
「カタ。」
癒骨は段ボールを置くと、看護師さんの元へ向かう。
利用者さんの身体を優しく支え、処置の介助を始めた。
その様子を見た源が、もう一度固まる。
「…………。」
「つかちゃん。」
「ん?」
「この子も……。」
「おじいちゃんたちの介助してるの?」
「ああ。」
「身体を支えたり、処置を手伝ったりな。」
「レッサーヒールも使えるから助かってるよ。」
源は癒骨と俺を見比べる。
「……そんな使い方してるんだ。」
「使えるなら使った方がいいだろ。」
源は少しだけ笑った。
「……なんか。」
「つかちゃんらしい。」
近くにいた職員さんが、その様子を見て笑う。
「ああ、癒骨ね。」
「今じゃ、うちにはなくてはならない存在なんですよ。」
「カタ。」
癒骨は照れくさそうに頭を下げた。
「あ……どうも。」
反射的に源も頭を下げる。
でも、さっきまでの引きつった表情は少しだけ和らいでいた。
……やっぱり源は昔から変わらない。
◇
「黒田君、このオムツお願い。」
「はい。」
仕事中だ。
俺は荷物を受け取り、倉庫へ運ぶ。
癒骨も別の箱を軽々と持ち上げる。
「カタ。」
「ありがとう。」
その様子を源は、信じられないものを見るような顔で眺めていた。
◇
高校時代。
源とは三年間同じクラスだった。
見た目だけなら誰もが振り返るようなイケメン。
百九十センチ近い身長に鍛えられた身体。
初対面では怖がられることも多かった。
でも実際は真逆。
とんでもないビビりだ。
ホラー映画は苦手。
人見知りも激しく、初対面の人とはなかなか話せない。
見た目と中身が、まったく噛み合っていない男だった。
だからこそ、今みたいな反応も源らしい。
高校時代なら、夜にスケルトンを見た瞬間、叫びながら逃げ出していただろう。
◇
仕事を終え、伝票を返す。
「じゃあ、源。この辺担当になるならまたよろしく。」
「あ……うん。」
トラックへ戻りかけた源が振り返る。
「つかちゃん。」
「ん?」
「今日、仕事終わるの何時?」
「夜勤じゃないから夕方には。」
「……久しぶりに、ご飯行かない?」
その言葉に自然と笑みがこぼれた。
「いいよ。どこ行く?」
「今も前の家だから……この近くのファミレスで。」
「了解。」
午後八時。
そう約束すると、源は少しだけ安心したように笑った。
「……じゃあ、また後で。」
「おう。」
配送車がゆっくり施設を出ていく。
その背中を見送りながら、俺は少しだけ懐かしい気持ちになった。
高校を卒業してから、それぞれ違う道を歩いてきた。
まさか、介護施設で再会するなんて思いもしなかった。
……何から話そうか。