午後八時。
約束していたファミレスへ入ると、奥の席で源が小さく手を挙げた。
「こっち。」
「待った?」
「いや、今来た。」
向かいへ腰を下ろし、注文だけ済ませる。
ドリンクバーのコップを両手で持った源は、しばらく黙っていた。
「……。」
「どうした?」
「いや。」
源は苦笑する。
「まだ頭が追いついてない。」
思わず笑ってしまった。
「そんなに?」
「うん。」
一度頷いてから、少し考えるように口を開く。
「聞いてもいい?」
「いいよ。」
「今日いたスケルトン。」
「癒骨。」
「あの子。」
「本当に介護してるの?」
「ああ。」
「利用者さんを支えたり、看護師さんの処置を手伝ったり。」
「レッサーヒールも使えるからな。」
源は静かに頷く。
「……利用者さん、怖がらない?」
「最初は驚く人もいたよ。」
「でも今は慣れた。」
「癒骨が何もしないって分かったから。」
「そっか……。」
源はストローをくるくる回した。
「俺だったら、まだちょっと怖い。」
「知ってる。」
「つかちゃん!」
思わず二人で笑ってしまう。
◇
俺は名東第二ダンジョン――通称、骨ダンジョンを見つけたこと。
そこで癒骨と出会ったこと。
施設長へ相談し、ご家族の了承を得た上で介護へ支援アーツと回復アーツを取り入れたこと。
一つずつ話していく。
源は途中で口を挟まず、最後まで聞いていた。
「……なるほど。」
「だから、あの施設だったんだ。」
「ああ。」
「癒骨って名前も。」
「そのまんまだろ。」
源は笑う。
「うん。」
「つかちゃんらしい。」
「褒めてる?」
「……たぶん。」
◇
「でもさ。」
源が少し真面目な顔になる。
「介護って、本当にそんなに人手が足りないの?」
「足りない。」
考えるより先に言葉が出た。
「癒骨が来てから、本当に助かってる。」
「利用者さんを支えたり。」
「荷物を運んだり。」
「支援アーツを掛けたり。」
「一人増えるだけで、できることが全然違う。」
源は静かに聞いている。
「ニュースでは見るけど。」
「そこまでとは思ってなかった。」
「俺も働くまでは分からなかった。」
◇
「そういや。」
俺はふと思い出した。
「亮太と桜ちゃん、高校生になったろ。」
「ジョブストーン使った?」
源の表情が少し明るくなる。
「使った使った。」
「二人とも前の日は全然寝られなかったみたい。」
「分かる。」
「俺もあの日は寝られなかった。」
「で、どんなジョブだった?」
「亮太は戦士。」
「本人、大喜び。」
「桜は薬師だった。」
「薬師か。」
「最初は落ち込んでたよ。」
「戦士じゃなかったって。」
「……そうなるよな。」
今の世間なら、そう思う人は少なくない。
「つかちゃんは?」
「薬師ってどう思う?」
「良いジョブだと思う。」
「本人がそう思えるかは別だけど。」
源は苦笑した。
「今度そう言ってやって。」
「あの子、つかちゃんの話なら聞くから。」
◇
「そういえば源は?」
「今の仕事?」
「ああ。」
源は照れくさそうに笑う。
「配送。」
「見れば分かる。」
「給料は悪くないよ。」
「でも、高校の頃は探索者もちょっと憧れてた。」
「盾士だったもんな。」
「うん。」
「第二階位だから周りには羨ましがられた。」
「でも。」
源は少し笑って肩をすくめる。
「盾って前に立つじゃん。」
「俺。」
「怖いんだよ。」
「それに装備も高いし。」
「兄弟も多いからさ。」
「働いた方が早かった。」
俺は静かに頷いた。
ジョブがあっても。
才能があっても。
誰もが探索者になれるわけじゃない。
「でも後悔はしてない。」
「今の仕事も嫌いじゃないし。」
「そっか。」
◇
「つかちゃんは?」
「ん?」
「後悔してない?」
少し考えて答える。
「ない。」
「介護の仕事、好きだから。」
源は嬉しそうに笑った。
「やっぱり。」
「つかちゃんらしい。」
◇
料理が運ばれてきて、話題は高校時代の思い出へ移る。
誰が結婚したとか。
誰が地元を離れたとか。
そんな他愛もない話が続いた。
食事も終わり、食後のコーヒーを飲んでいた時だった。
「でもさ。」
源がぽつりと言う。
「今日話を聞いて思った。」
「支援とか回復って、思ってたよりずっと大事なんだね。」
「介護じゃかなり助かってる。」
「ダンジョンだと違うの?」
「違う。」
「戦闘系は結果が見えやすい。」
「モンスターを倒せば強いって分かる。」
「でも支援や回復は違う。」
「効果が分かりにくいし。」
「本気で育てる人も少ない。」
「だから研究も少ない。」
源は静かに頷く。
「……もったいないね。」
「俺もそう思う。」
◇
店を出る。
夜風が少しだけ涼しかった。
「今日はありがとう。」
「こっちこそ。」
源は少し言いづらそうに頭を掻く。
「あのさ。」
「うん。」
「今度。」
「ダンジョン、一緒に行ってもいい?」
少し嬉しくなって笑う。
「いいよ。」
源は一瞬だけ固まる。
「……。」
「やっぱやめようかな。」
「なんで。」
「スケルトンいるじゃん!」
「怖いんだって!」
思わず吹き出した。
「癒骨は優しいぞ。」
「そこなんだよ!」
「骨が優しいのが一番怖い!」
夜道に源の情けない声が響く。
高校の頃と何も変わっていない。
そう思うと、少しだけ嬉しくなった。
「じゃあまた。」
「うん。」
「またね、つかちゃん。」
源は手を振り、夜道を歩いていく。
その背中を見送りながら、俺は小さく笑う。
……まあ。
まずはスケルトンに慣れるところからだな。