休日。
俺は約束していた岩崎台第二ダンジョンの前で源を待っていた。
「おーい、つかちゃん!」
源が手を振りながら駆け寄ってくる。
私服姿だが、その表情はどこか緊張していた。
「悪い、待った?」
「いや。」
俺が首を振ると、源はダンジョンの入口を見上げて苦笑いした。
「……やっぱ緊張するな。」
「ダンジョンなんて高校以来だし。」
高校ではジョブストーンを使用した後、安全な訓練施設で基礎訓練を受ける。
源はそこで第二階位《盾士》としての基本を学んだ。
だが、本格的なダンジョン探索は今日が初めてだ。
「俺も似たようなもんだ。」
骨ダンジョンへは何度も通っている。
だが、他のダンジョンへ入るのは初めてだった。
◇
ダンジョン協会で受付を済ませる。
「レンタル装備を二人分お願いします。」
受付の職員が棚から装備を取り出し、カウンターへ並べた。
俺は片手剣を一本受け取る。
……とはいえ、使うのは俺じゃない。
「戦骨。」
「カタ。」
戦骨へ片手剣を手渡す。
今日は戦骨が主力だ。
源は盾と片手剣を受け取る。
「……久しぶりだな。」
盾を構えながら、源が懐かしそうに笑う。
「高校の授業以来か?」
「ああ。」
軽く頷き合い、俺たちはダンジョンへ足を踏み入れた。
◇
初心者向けダンジョン。
湿った空気が通路を満たしている。
先頭は戦骨。
その後ろに癒骨、転骨、鑑骨。
最後尾を俺と源が歩く。
「骨が前を歩いてるの、まだ慣れない……。」
「そのうち慣れる。」
そう言ってから俺は苦笑する。
「……いや、本当は盾士のお前が一番前なんだけどな。」
「だ、だってさ……。」
源は戦骨をちらりと見る。
「頼もしすぎるだろ。」
思わず笑ってしまう。
確かに、今の戦骨の方が頼もしさは上かもな。
そんなやり取りをしていると、
ガサッ。
物陰から一体のゴブリンが姿を現した。
「で、出た!」
源の肩が大きく震える。
ゴブリンは棍棒を構え、こちらへ走り出した。
「源!」
「わ、分かってる!」
震える手で盾を構える。
「タウント!」
叫ぶようにアーツを発動した。
ゴブリンの視線が源へ向く。
「戦骨!」
「カタ。」
戦骨の身体に淡い光が宿る。闘気アーツを発動した
続いて
スラッシュのアーツを使用して剣へ斬撃力が付与される。
このアーツは探索へ来る前、戦骨自身に選ばせて習得させたものだ。
今日は思い切り活躍してもらう。
戦骨は一歩踏み込み、迷いなく剣を振るった。
袈裟斬り。
ゴブリンはそのまま魔石へと変わった。
派手な必殺技じゃない。
スラッシュは剣に斬撃力を付与するアーツ。
実際に斬ったのは戦骨自身だ。
最近、休憩時間になると動画サイトで剣術動画を見ていたのは知っている。
……まさか、ここまで動けるとは。
「……終わった?」
源が恐る恐る辺りを見回す。
「終わった。」
「はぁ……。」
大きく息を吐き、肩の力を抜く。
「やっぱ怖ぇ……。」
「でも逃げなかったじゃん。」
「逃げたかったけどさ!」
源の情けない返事に、俺は思わず吹き出した。
◇
その後も何体かの魔物と遭遇した。
前衛は戦骨。
源は盾を構え、少しずつ前へ出られるようになっていく。
まだ戦う余裕はない。
それでも逃げずに立ち続けるだけで十分な成長だった。
「十分だよ。」
「そうかな?」
「初めてなんだから。」
その時だった。
戦骨へレッサーヒールを掛けていた癒骨がこちらを見る。
「カタ。」
【熟練度が一定値へ到達しました】
【ランク2アーツを習得しました】
【ヒール】
「……ヒール?」
思わず足を止める。
レッサーヒールは消えていない。
新しくヒールを習得しただけだ。
つまり、上位アーツを覚えても下位アーツは失われない。
「どうしたの?」
「癒骨が新しいアーツを覚えた。」
画面を見つめながら考える。
施設で毎日レッサーヒールを使い続けた成果だろう。
「ってことは……。」
最近確認した熟練度から考えると、区切りのいい数字は一つしかない。
「熟練度、一万を超えたのか。」
確証はない。
だが、ランク2アーツを習得した以上、その可能性は高かった。
◇
「源。」
「ん?」
「腕貸して。」
さっきの戦闘で、腕に小さな擦り傷ができている。
「癒骨。」
「カタ。」
「ヒール。」
柔らかな光が源を包む。
擦り傷は見る見るうちに塞がっていった。
「……すご。」
源が目を丸くする。
「レッサーヒールより全然速い。」
「けど問題もある。」
俺は癒骨のステータスを確認した。
「PP総量が少ない。」
「え?」
「レッサーヒールを扱う時は、ジョブ補正込みで三百近くまでPPを扱えてた。」
「でもヒールは百五十程度だ。」
回復性能は間違いなく上がっている。
その代わり、扱えるPP総量は半分ほどになった。
「施設ならレッサーヒール。」
「ダンジョンならヒール。」
「そんな使い分けになりそうだな。」
積み重ねた熟練度が、新しい可能性を見せてくれた瞬間だった。
◇
ダンジョンを出る頃には、源の表情も少しだけ柔らかくなっていた。
「怖かったけど……。」
一度言葉を切る。
「また来てもいいかも。」
俺は笑う。
「今度は最初から前に出てくれよ。」
「いや、それはまだ無理だよー!」
源の慌てた声が響く。
戦骨だけじゃない。
これから増える戦闘系のスケルトンたちにも、実戦経験は必要になる。
介護だけじゃなく、ダンジョンへ通う理由もまた一つ増えた。
……源にも、もう少し付き合ってもらおう。
「え、僕も?」
「もちろん。」
「マジかぁ……。」
源の情けない声を聞きながら、俺は苦笑した。
今日は、いい気分転換になった。