ダンジョン介護師の日常   作:河馬田いわし

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実験結果

源と別れ、一人で帰路につく。

 

「付き合わせちゃったな」

 

 二時間近く続いた実験。

 

 途中から、戦骨も源も明らかにぐったりしていた。

 

 そりゃそうだ。

 

 何度も動いて、止まって、また動いて。

 

 アーツを使った時と使わない時で違いを確認して、感想を聞いて、もう一回試して。

 

 やっていることだけ見れば、完全に体育の補習である。

 

 今度会ったら何か奢ろう。

 

 源には飯。

 

 戦骨には……何を奢ればいいんだろう。

 

 骨に奢るものが分からない。

 

 そんなことを考えながら、自宅へ戻った。

 

 

「ただいま」

 

 静かな部屋に声を掛ける。

 

 返事はない。

 

 いつものことだ。

 

 リュックを下ろし、机の引き出しから手帳を取り出した。

 

 介護の仕事でも使っている、いつもの手帳だ。

 

 勤務中に気づいたこと、申し送りで忘れたくないこと、利用者さんのちょっとした変化。

 

 そういうものを書き込む癖が、すっかり身体に染みついている。

 

 今日の日付を書き込み、ペンを走らせた。

 

『実験結果』

 

 最初に書いたのは、俺の考察ではない。

 

 実際に使ったやつらの感想だ。

 

『闘気』

 

 源

 

『身体全体が動かしやすかった』

 

 戦骨

 

『カタ』

 

 その下に、俺なりの翻訳を書き足す。

 

『普段より動きが滑らかだった』

 

 さらに一行。

 

 司

 

『必殺技というより、全身の動きを補助するものに近い。パワースーツっぽい』

 

 書いてから、少しだけペンが止まった。

 

 パワースーツ。

 

 自分で書いておいてなんだが、妙にしっくり来た。

 

 闘気という名前だけ聞くと、こう、必殺の一撃とか、気合いで吹き飛ばすとか、そういう派手なものを想像する。

 

 でも、今日見た感じは違った。

 

 源の動きも、戦骨の動きも、急に別人みたいになるわけじゃない。

 

 普段の動きに、少しだけ余裕が足される。

 

 足を出す。

 

 腕を振る。

 

 身体を止める。

 

 そういう一つ一つが、ちょっとだけやりやすくなる感じだった。

 

 続けて書く。

 

『ステップ』

 

 戦骨

 

『カタ』

 

『最初の一歩が明らかに速くなっていた』

 

 司

 

『移動だけでなく、位置取りにも使えそう』

 

 ステップは分かりやすかった。

 

 戦骨の一歩目が、明らかに違う。

 

 ただ、便利だからといって雑に使えるものでもなさそうだった。

 

 速く動ける。

 

 でも、速く動いた先で止まれなければ危ない。

 

 介助でも同じだ。

 

 急いで支えるより、倒れない位置に先に入る方が大事な時がある。

 

 速さは助かる。

 

 でも、速さだけでどうにかしようとすると、たぶん事故る。

 

 ページをめくる。

 

『マイナーバリア』

 

 源

 

『目には見えないけど、身体の前に薄い膜が一枚できる感じがした。ぶつかる怖さが少し減ったかな』

 

 続けて、源が言っていたことを思い出す。

 

『でも、これがあるから大丈夫ってほどではないかな。一回防いだら消えたし、張り直すまでは普通に痛かったし』

 

 俺はその下に、自分の考えを書き足した。

 

 司

 

『防御というより、最初の一撃を軽くする補助に近い。過信は危ない』

 

 マイナーバリアは、思っていたより地味だった。

 

 もっとこう、透明な壁が出て、攻撃をガキンと弾くようなものを想像していた。

 

 でも、実際に使った源の感想は違う。

 

 守られている。

 

 けど、絶対ではない。

 

 少し安心する。

 

 けど、無茶ができるほどではない。

 

 たぶん、そこを間違えると危ない。

 

 介護でも、手すりがあるから転ばないわけじゃない。

 

 歩行器があるから絶対に安全なわけでもない。

 

 道具は助けてくれる。

 

 でも、全部を任せていいものじゃない。

 

 マイナーバリアも、たぶん同じだ。

 

 ページの下へ、もう一つ書く。

 

『シールドアタック』

 

 源

 

『盾で殴るというより、盾を前に出したら、身体ごと前に突っ込もうとする感じだった』

 

『勢いがあるし、ちょっと怖かった。外したら止まれない気がした』

 

 その言い方が、いかにも源らしくて少し笑った。

 

 源は身体が大きい。

 

 見た目だけなら、かなり強そうに見える。

 

 でも、中身はわりとビビりだ。

 

 だからこそ、怖かったところをちゃんと言葉にしてくれる。

 

 俺はそこがありがたかった。

 

 戦骨だけで試していたら、たぶん「カタ」で終わっていた。

 

 いや、それでも何となく分かるようにはなってきたけど、細かい不安までは拾いにくい。

 

 司

 

『前進する力が強い。攻撃だけでなく、相手の位置を崩したり、距離を詰めたりするのにも使えそう。止まり方の練習が必要』

 

 強いアーツ。

 

 便利なアーツ。

 

 使えないアーツ。

 

 今の結果だけを見れば、簡単に分けられる。

 

 でも、それが完成した状態とは限らない。

 

 レッサーヒールだって、最初は指先ほどの内出血を治すのが精いっぱいだった。

 

 それが今では、明らかに治せる範囲が広がっている。

 

 熟練度が上がれば、マイナーバリアの耐久力や、シールドアタックの扱いやすさも変わるのかもしれない。

 

 だからといって、今ある危険を無視していいわけじゃない。

 

 勢いが出るなら、止まれない危険もある。

 

 前に出られるなら、前に出すぎる危険もある。

 

 一度うまくいったからといって、次も同じようにいくとは限らない。

 

 介護の現場でも、その油断で変なことが起きる。

 

『マイナータフネス』

 

 源

 

『正直、よく分からない。でも、疲れにくかった気はする』

 

『タフネスアップ』

 

 源

 

『こっちは違いが分かった。明らかに息切れしにくくなった』

 

 そこまで書いて、ペンが止まった。

 

「……やっぱり、本人の感想が一番参考になるな」

 

 俺はまだ戦闘経験が浅い。

 

 というか、まともな探索者として見たら、ほぼ素人だ。

 

 だから、自分の感覚だけで、これは強い、これは使えないと決めつけるのは怖い。

 

 介護でも、こっちから見て歩けているように見えても、本人は膝に不安を感じていることがある。

 

 逆に、今日はしんどそうだと思っても、本人は意外と調子がよかったりもする。

 

 見た目だけじゃ分からない。

 

 使った本人の感覚は、ちゃんと聞いた方がいい。

 

 手帳の隅へ、小さく書き加える。

 

『今後も第三者の感想を集める』

 

 ふと、アーツの確認画面を開いた。

 

 昨日より、少しだけ進んでいる。

 

 劇的ではない。

 

 でも、止まってもいない。

 

「少しずつ、か」

 

 一日で急に強くなるわけじゃない。

 

 使って、試して、記録して、また使う。

 

 地味だ。

 

 でも、こういう地味な積み重ねは嫌いじゃない。

 

 視線をPPへ移す。

 

 まだ回復し切ってはいなかった。

 

「そういえば……」

 

 高校時代。

 

 ダンジョン学の授業で聞いた話を思い出す。

 

『PPは時間経過で自然回復します』

 

『睡眠中は回復効率が上昇します』

 

「あの時は聞き流してたな」

 

 ジョブを使う気なんてなかった。

 

 だから、興味もなかった。

 

 先生が黒板に書いていたことも、教科書の端に載っていた説明も、当時の俺にはただの試験範囲でしかなかった。

 

 今になって、ようやく意味が分かる。

 

 手帳へ一行だけ書き足した。

 

『PP回復については後日確認』

 

 分からないことは、まだ多い。

 

 でも、焦る必要はない。

 

 一つずつ確かめていけばいい。

 

 手帳を閉じようとして、ふと帰り道で考えていたことを思い出した。

 

 源には、今度何か奢る。

 

 あれだけ実験に付き合わせたんだから、それくらいは当然だ。

 

 ラーメンがいいか。

 

 丼ものがいいか。

 

 源なら、どっちでも喜びそうな気はする。

 

 じゃあ、戦骨は?

 

 戦骨にも、かなり付き合わせた。

 

 何度も動いて、何度も止まって、そのたびに「カタ」で感想を伝えてくれた。

 

「……何なら喜んでくれるかな」

 

 声に出してから、我ながら変なことを言っていると思った。

 

 でも、考え始めると少し気になった。

 

 戦骨だけじゃない。

 

 癒骨も、転骨も、鑑骨も。

 

 みんな仕事をしている。

 

 手伝ってくれている。

 

 現場を回してくれている。

 

 だったら、俺だけが助かって終わりじゃなくてもいい。

 

 何か、骨たちにも返せるものがあっていい。

 

「給料も、ちょっと上がったしな」

 

 全部使う気はない。

 

 俺にも生活がある。

 

 でも、その中から何かを買ってやるくらいならできる。

 

 問題は、何を買えば喜ぶのか、まったく分からないことだ。

 

「骨の福利厚生って、何がいいんだろうな……」

 

 口にすると、ますます意味が分からない。

 

 それでも、悪くないと思った。

 

 少なくとも、考えてみる価値はある。

 

 手帳の最後に、もう一行だけ書き足す。

 

『骨たちへの還元を考える』

 

 ペンを置いた。

 

 今日はもう寝る。

 

 考えるのは、明日でいい。

 

 ただ、明日起きたら、まずは財布の中身と相談しよう。

 

 源に飯を奢って、骨たちにも何か返す。

 

 俺の生活が干からびない範囲で。

 

 俺は明かりを消し、静かにベッドへ横になった。

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