ダンジョン介護師の日常   作:河馬田いわし

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夜勤で試そう

目が覚めると、時計は二十時を回っていた。

 

「……寝過ぎた。」

 

 夜勤の日はこれくらいでちょうどいい。

 

 シャワーを浴び、制服へ着替えて家を出る。

 

 夜勤明けにダンジョンへ潜る生活なんて、一週間前なら想像もしなかった。

 

 それでも不思議と嫌じゃない。

 

 今日は試したいことがある。

 

 スケルトン僧侶――癒骨。

 

 そしてレッサーヒール。

 

 本当に介護で役に立つのか。

 

 それを確かめたい。

 

 

 施設へ到着すると、遅番の職員たちがパソコンへ向かって記録を入力していた。

 

 この様子なら定時で帰れそうだ。

 

「黒田さん、お疲れ様です。」

 

「お疲れ様です。」

 

 夜勤明けでダンジョンへ潜ったせいか、まだ少し重い。

 

 ……利用者さんを抱えるよりは楽だったけど。

 

 申し送りを受け、夜勤が始まる。

 

 

 二十二時。

 

 利用者さんのほとんどは、もう布団へ入って眠っている。

 

 夜勤はここからが本番だ。

 

「木田さん、トイレ行きましょうか。」

 

「いつも悪いねぇ。」

 

 車椅子を押し、ゆっくり廊下を進む。

 

 途中でふと木田さんの肘が目に入った。

 

 小さな内出血。

 

 木田さんは皮膚が薄いうえに、自分で身体を動かそうと頑張る人だ。

 

 だから気付くと腕や足へ、小さな内出血がいくつも出来ている。

 

 この程度なら経過観察になることがほとんどだ。

 

「木田さん、今日も結構動きました?」

 

 内出血を見ながら尋ねる。

 

「平気平気。」

 

 本人は笑っている。

 

 でも、高齢者の皮膚は思っている以上に弱い。

 

 木田さんは特にそうだ。

 

 肘だけじゃない。

 

 腕にも、足にも、小さな内出血が点々と残っている。

 

「……。」

 

 周囲を見渡す。

 

 誰もいない。

 

 少しだけ迷う。

 

 まだ施設長へも報告していない。

 

 ダンジョンで手に入れた力。

 

 本当に使っていいのか。

 

 でも。

 

「害にはならん……よね?」

 

「まずは確かめよう。」

 

 トイレへ着く。

 

 木田さんに手すりを握って立ってもらい、ズボンとリハビリパンツを下ろす。

 

 足にも、小さな内出血がいくつか見えた。

 

 よかった。

 

 今日は大きいのは出来てない。

 

 俺は誰にも聞こえないよう、小さく呟く。

 

「癒骨。」

 

 足元の影が揺れる。

 

 影の中から、スケルトン僧侶が静かに姿を現した。

 

「カタ。」

 

「静かにな。」

 

「カタ。」

 

 癒骨は小さく頷く。

 

「レッサーヒール。」

 

 淡い光が癒骨の手から溢れ、木田さんの肘を包み込む。

 

 数秒。

 

 赤紫色だった内出血が、ゆっくりと薄くなっていく。

 

「……。」

 

 俺は息をのむ。

 

 本当に治っている。

 

「そのまま続けて。」

 

「カタ。」

 

 癒骨は黙ってレッサーヒールを繰り返す。

 

 淡い光が何度も木田さんの足を包み、小さな内出血が一つ、また一つと消えていった。

 

【レッサーヒール】

 

PP 300/300 → 299/300

 

癒骨は黙々とレッサーヒールを繰り返す。

 

一つ。

 

また一つ。

 

木田さんの足にあった小さな内出血が消えていく。

 

頭の中では、

 

【熟練度+5】

 

【熟練度+5】

 

【熟練度+5】

 

と表示が流れ続けていた

 

 頭の中へ表示が浮かぶ。

 

 

「……ちゃんと上がるんだな。」

 

 僧侶のジョブ特性。

 

 支援系アーツへのPP補正。

 

 そして熟練度補正。

 

 その恩恵は間違いなくあるらしい。

 

 木田さんも足を見つめる。

 

「あれ?」

 

「さっきまで少しヒリヒリしとったのに。」

 

「気のせいやったんかな。」

 

 本人は不思議そうに笑うだけだった。

 

 俺は何も言わない。

 

 まだ、この力を話すつもりはない。

 

 木田さんの排泄介助を終え、車椅子へ移ってもらう。

 

「木田さん、お部屋へ帰りますね。」

 

「ありがとう。」

 

 車椅子を押しながら、俺は小さく息を吐いた。

 

 ダンジョンで手に入れた力。

 

 それが初めて、人の生活を支えた。

 

「……これ。」

 

「介護で使える。」

 

 そう確信しながら、俺は静かな夜の廊下を歩き始めた。

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