目が覚めると、時計は二十時を回っていた。
「……寝過ぎた。」
夜勤の日はこれくらいでちょうどいい。
シャワーを浴び、制服へ着替えて家を出る。
夜勤明けにダンジョンへ潜る生活なんて、一週間前なら想像もしなかった。
それでも不思議と嫌じゃない。
今日は試したいことがある。
スケルトン僧侶――癒骨。
そしてレッサーヒール。
本当に介護で役に立つのか。
それを確かめたい。
◇
施設へ到着すると、遅番の職員たちがパソコンへ向かって記録を入力していた。
この様子なら定時で帰れそうだ。
「黒田さん、お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」
夜勤明けでダンジョンへ潜ったせいか、まだ少し重い。
……利用者さんを抱えるよりは楽だったけど。
申し送りを受け、夜勤が始まる。
◇
二十二時。
利用者さんのほとんどは、もう布団へ入って眠っている。
夜勤はここからが本番だ。
「木田さん、トイレ行きましょうか。」
「いつも悪いねぇ。」
車椅子を押し、ゆっくり廊下を進む。
途中でふと木田さんの肘が目に入った。
小さな内出血。
木田さんは皮膚が薄いうえに、自分で身体を動かそうと頑張る人だ。
だから気付くと腕や足へ、小さな内出血がいくつも出来ている。
この程度なら経過観察になることがほとんどだ。
「木田さん、今日も結構動きました?」
内出血を見ながら尋ねる。
「平気平気。」
本人は笑っている。
でも、高齢者の皮膚は思っている以上に弱い。
木田さんは特にそうだ。
肘だけじゃない。
腕にも、足にも、小さな内出血が点々と残っている。
「……。」
周囲を見渡す。
誰もいない。
少しだけ迷う。
まだ施設長へも報告していない。
ダンジョンで手に入れた力。
本当に使っていいのか。
でも。
「害にはならん……よね?」
「まずは確かめよう。」
トイレへ着く。
木田さんに手すりを握って立ってもらい、ズボンとリハビリパンツを下ろす。
足にも、小さな内出血がいくつか見えた。
よかった。
今日は大きいのは出来てない。
俺は誰にも聞こえないよう、小さく呟く。
「癒骨。」
足元の影が揺れる。
影の中から、スケルトン僧侶が静かに姿を現した。
「カタ。」
「静かにな。」
「カタ。」
癒骨は小さく頷く。
「レッサーヒール。」
淡い光が癒骨の手から溢れ、木田さんの肘を包み込む。
数秒。
赤紫色だった内出血が、ゆっくりと薄くなっていく。
「……。」
俺は息をのむ。
本当に治っている。
「そのまま続けて。」
「カタ。」
癒骨は黙ってレッサーヒールを繰り返す。
淡い光が何度も木田さんの足を包み、小さな内出血が一つ、また一つと消えていった。
【レッサーヒール】
PP 300/300 → 299/300
癒骨は黙々とレッサーヒールを繰り返す。
一つ。
また一つ。
木田さんの足にあった小さな内出血が消えていく。
頭の中では、
【熟練度+5】
【熟練度+5】
【熟練度+5】
と表示が流れ続けていた
頭の中へ表示が浮かぶ。
「……ちゃんと上がるんだな。」
僧侶のジョブ特性。
支援系アーツへのPP補正。
そして熟練度補正。
その恩恵は間違いなくあるらしい。
木田さんも足を見つめる。
「あれ?」
「さっきまで少しヒリヒリしとったのに。」
「気のせいやったんかな。」
本人は不思議そうに笑うだけだった。
俺は何も言わない。
まだ、この力を話すつもりはない。
木田さんの排泄介助を終え、車椅子へ移ってもらう。
「木田さん、お部屋へ帰りますね。」
「ありがとう。」
車椅子を押しながら、俺は小さく息を吐いた。
ダンジョンで手に入れた力。
それが初めて、人の生活を支えた。
「……これ。」
「介護で使える。」
そう確信しながら、俺は静かな夜の廊下を歩き始めた。