指定された場所は、東都の端にある古ぼけた神社だった。
参道の石段は苔むし、鳥居の朱色は剥げ落ちている。森の奥にはスカイウォールが見えた。巨大な壁が空を切り取り、この神社ごと押しつぶさんばかりの威圧感を放っている。
(神様に頼むより、闇ブローカーに頼む方が早いってことか)
俺はライドモードのまま石段の下で待機していた。エンジンを切っているので静かだ。ただ風がスカーフを揺らす音と、遠くで鳥が鳴く声だけが響く。
「ここでいいのか?」
龍我が周囲を見回す。警戒心マックスだ。無理もない。指名手配犯が堂々と外出しているのだ。ガーディアンに見つかれば即逮捕コースだ。
「紗羽さんの情報通りならここだ」
戦兎がスマホで地図を確認しながら頷く。彼はパーカーのフードを深く被り顔を隠している。天才物理学者も指名手配犯の仲間入りか。世の中わからない。
「来たぜ」
龍我が顎でしゃくる。
社殿の陰から一人の男が出てきた。黒いトレンチコートにサングラス。闇ブローカーってのは全員こういう格好する決まりでもあるのか? ステレオタイプすぎて逆に怪しい。
「依頼人か?」
男が低い声で問う。
「そうだ」
戦兎が一歩前に出る。
「金は持ってきたか?」
「ああ」
戦兎がバッグを開け、中身を見せる。札束。百五十万。みーたんの投げ銭と惣一のツテで集めた血と汗と涙と可愛いオネエチャンの金だ。
男が札束に手を伸ばそうとした瞬間、その動きが止まった。
「…おい」
男の視線が龍我に釘付けになった。
「お前…万丈龍我か?」
龍我が舌打ちする。
「チッ、バレたか」
「バレるも何も顔丸出しだろ! お前指名手配犯だぞ!」
男が後ずさる。明らかに警戒している。
「おいおい俺は客だぞ? 金払ってるんだから案内しろよ」
「冗談じゃねえ! お前を北都へ連れて行ったら俺まで共犯者だ! 取引はなしだ!」
男が身を翻そうとする。
「待て!」
戦兎が男の腕を掴んだ。
「金は払う。俺たちを北都へ連れて行ってくれ」
「無理だ! リスクが高すぎる!」
「リスクに見合った追加料金を出す」
戦兎がもう一つのバッグを開けた。中にはさらに札束。惣一が用意した追加資金だ。
(マスターいくら用意したんだよ…)
男の目がサングラスの奥で光った。金の力は偉大だ。
「…追加で五十万。それで手を打つ」
「いいだろう」
戦兎は迷わず頷いた。
男は金を受け取り懐にしまいこむと態度を一変させた。金を受け取った時点で依頼人は客だ。
「わかった。案内する。但し条件がある」
男が戦兎と龍我を交互に指差す。
「スカイロードでは俺の指示に絶対服従だ。勝手な行動は許さん。はぐれたら置いていく。死んでも知らん。いいな?」
「了解した」
戦兎が頷く。
「もう一つ。あんたたちの名前を教えろ。念のためだ」
男が戦兎を見る。
戦兎は一瞬言葉に詰まった。
俺のセンサーが捉えた。彼の脈拍がわずかに上昇する。脳内で何かが葛藤しているのがわかる。
佐藤太郎。
それが彼の元の名前だ。葛城巧の部屋へ向かった男の名前だ。
もし彼が「佐藤太郎」と名乗れば闇ブローカーに怪しまれるかもしれない。安全なのは偽名を使うことだ。
だが戦兎の口から出たのは偽名ではなかった。
「…桐生戦兎だ」
静かで力強い声だった。
迷いはない。自分の意思で選んだ名前だ。
「桐生戦兎…変な名前だな」
男が鼻で笑う。
「それが俺の名前だ」
戦兎は譲らなかった。その瞳には揺るぎない光がある。
(相棒…)
俺の動力炉がトクリと熱を持った。
彼は自分の名前を選んだ。「佐藤太郎」でも「葛城巧」でもない。「桐生戦兎」だと。
「そっちのデカいのは万丈龍我だろ? 顔でわかる」
「ああそうだよ、文句あっか」
龍我が不機嫌そうに答える。
「でそこのバイクは?」
男が俺を見た。
「俺の相棒だ」
戦兎が俺のタンクに手を置く。
「相棒ねぇ…バイクを相棒呼ばわりするなんざ、変人か天才かだな」
「天才物理学者だからな。両方だ」
戦兎が軽く笑う。
「ふん、まぁいい。出発するぞ。ついてこい」
男が社殿の裏へ歩き出す。
(おいおい、挨拶なしかよ。まぁいい、今は急ぐのが先だ)
俺はエンジンを始動させた。プシュウウッという蒸気音と共に動力炉が唸る。
「行くぞビリー」
戦兎が俺にまたがる。
「おう任せろ、相棒。揺れるぜ」
俺は思わず口を滑らせた。
「!?」
男が振り返り目を見開く。サングラスがズレそうだ。
「おい! このバイク喋ったぞ!?」
「あー…えーと」
戦兎が俺のタンクをポンポンと叩く。「喋るな」という合図だ。遅いって。
「高性能モデルなんで」
戦兎が苦し紛れに説明する。
「高性能モデルねぇ…」
男が疑り深い目で俺を見る。
(やべえ。喋らないって言ったのに)
俺は急いでスピーカーの出力を最小にした。これ以上喋るとまずい。
「まぁいい、動けば。変なバイクだこと」
男は首を傾げつつも先へ進んだ。
(変なバイクで悪うございました)
俺は心の中で毒づきながらエンジンの回転数を上げた。
社殿の裏には崩れかけた石段があり、その先に小さな洞窟のような入り口があった。スカイウォールの亀裂から伸びる暗い穴。
「ここがスカイロードへの入り口だ」
男が懐中電灯を点ける。
「いいか俺の後ろから離れるなよ。一歩でも間違えたら崩落して死ぬ。足元に気をつけろ」
「了解」
戦兎が頷く。
俺は二人を乗せて洞窟へと入っていった。
冷たい空気と湿った土の匂い。暗闇の中に懐中電灯の光だけが揺れる。
(これがスカイロード…)
政府の監視が届かない抜け道。密航者が命がけで通る道。
俺の赤い識別灯だけが暗闇の中で頼りなく点滅していた。
スカイロードは、ロードと呼ぶにはあまりにも無慈悲な空間だった。
政府の監視カメラもガーディアンの巡回も届かない。そんな謳い文句は、「誰にも助けが来ない」という同義語だ。
俺のタイヤが噛む地面は、崩れかけた瓦礫と湿った泥の混合物。一歩間違えれば数十メートル下の闇へ滑落する。サスペンションが悲鳴を上げるたびに俺の動力炉も「気をつけろ」と警告を鳴らす。
「右へ寄れ。左の岩盤が脆い」
前方を行く闇ブローカーの声が響く。彼は慣れた足取りで瓦礫を飛び越えていく。人間離れしたバランス感覚だ。
(俺のセンサーが弾き出した最適ルートとほぼ一致する。やっぱりプロはプロだな)
俺は闇ブローカーの軌跡をトレースしながら進む。右に傾けば上部からの落石リスク。左に傾ければ足場の崩落リスク。その中間を縫うように走る。
スカイウォールの亀裂からは赤い光が漏れている。まるで傷口から血が滲んでいるような不気味な光だ。その光が湿った岩肌に反射して俺の赤い識別灯と重なり視界を赤く染める。
鼻--といっても嗅覚センサーだが--を掠めるのは微かなガスの匂い。ネビュラガスの残滓だ。濃度は低いが、長時間浴びれば人間に影響が出るレベルだ。
(戦兎、龍我、マスクしてるか? いや、ここじゃ喋れないか)
俺は戦兎と龍我のバイタルをモニタリングする。二人とも心拍数は安定している。さすがだ。普通の人間ならこの閉塞感と足元の不安定さでパニックになりそうなものだが。
ギギッ…ゴゴゴ…
岩が軋む音が頭上から聞こえる。壁面が内側へ押し寄せてくるような圧迫感。
「少し止まれ!」
闇ブローカーが手を挙げた。
前方で天井の一部が崩落し道が塞がれている。瓦礫の山だ。
「迂回ルートがある。だが狭い。バイクは通れるか?」
闇ブローカーが俺を見る。
俺は即座に周囲をスキャンした。幅80センチ高さ1.5メートルの隙間。人型では通れない。ライドモードならギリギリだ。
(通れる。だが乗ってる人間が擦りむけるぞ)
俺はエンジンの回転数を落とし停止した。ここで人型に戻るしかない。
カシャン! カシャン!
フレームが展開し俺は人型へと戻った。
「迂回ルートは狭い。俺が先導して瓦礫をどけるから、二人は後ろについてこい」
俺は短く告げた。前回の「喋るな」命令は一時停止中なら解除されるだろう。
「お前、喋ったな…まぁいいか」
闇ブローカーは呆れつつも頷いた。
「ビリー大丈夫か?」
戦兎が俺に近づく。
「俺は平気だ。それより二人のマスクをつけてくれ。ガス濃度が上がってる」
「ああ…そうだな」
戦兎と龍我がバッグから簡易マスクを取り出し着ける。
俺は瓦礫の隙間へ入り込んだ。出力を底上げしつつ不安定な岩をどかしていく。
その作業中だった。
「…なあビリー」
戦兎の声が響いた。マスク越しでもわかるその声は沈んでいた。
「京香さんに…何て言えばいいんだろうな」
手が止まる。
俺は瓦礫を抱えたまま振り返った。戦兎の顔はマスクとフードで隠れているが、その瞳には迷いがある。
「博士のお母さんだろ。息子さんのことを聞きに行くのに…俺みたいな顔をした人間が」
戦兎が自嘲気味に呟く。
「もしお前が本当に博士を殺してたら?」
昨日も聞いた問いだ。だが今日の問いは昨日より重い。昨日は仮定だった。今日はその仮定を実行に移そうとしているのだから。
「俺もわかんねぇよ」
俺は正直に言った。
「博士は俺の親友だった。京香さんはその母親だ。何を伝えればいいのか…慰めなんて俺には言えないし嘘もつきたくない」
瓦礫を脇へ退かす。ドサリと音がして砂埃が舞う。
「でも一つだけ言えることがある」
俺は戦兎を見た。
「俺たちは真実を探しに行くんだろ? それ以外に言うことなんてないさ」
「…そうだな」
戦兎が小さく頷いた。
「行こうぜ。道は開けた」
俺は再びライドモードへ変形した。
* * *
迂回ルートを抜けると開けた空間に出た。
赤い光が強くなっている。出口が近い。
「あそこだ」
闇ブローカーが指差す。
前方に巨大なアーチ状の隙間が見える。その向こうに青空が見えた。北都の空だ。
(見えた…!)
俺の動力炉がトクリと熱を持った。外の世界。博士が過ごした場所かもしれない場所。
「あと少しで抜けられる! 急ぐぞ!」
闇ブローカーが足を速める。
戦兎と龍我もそれに続く。
俺もエンジンを吹かした。
出口まであと50メートル。
40メートル。
30メートル。
北都の風が吹き込んでくる。冷たくて澄んだ空気。
その時だった。
『警告 前方熱源反応多数』
俺のセンサーが赤色警告を鳴らした。
「ッ!?」
俺は急ブレーキをかけた。タイヤが悲鳴を上げ土煙が舞う。
「どうした、ビリー!?」
戦兎が声を上げる。
「来る!」
俺は叫んだ。
出口のアーチ。その影から何かが滲み出てくるように現れた。
黒と暗い灰色の装甲。金色のコウモリを思わせる装飾。そして顔面を覆うゴーグルの奥で光る冷たい目。
ナイトローグ。
「待っていたぞ…ビルド」
低く威圧的な声が響き渡った。
俺は戦兎と龍我を庇うように前に出た。
(ナイトローグ…! どうしてここに!?)
スカイロードを抜ける直前。政府の監視が届かないこの場所で待ち伏せていたのか?
赤い識別灯が激しく点滅する。
北都への道は目の前だ。だが立ち塞がるのは最悪の敵。
俺の動力炉が唸りを上げた。
「待っていたぞ…ビルド」
ナイトローグの声が、スカイロードの狭い空間に重く響く。黒い装甲に金のコウモリ装飾。その姿は、この薄暗い道にはお似合いの闇の住人だ。
「ナイトローグ…!」
戦兎が低く唸る。ビルドドライバーに手をかけるが、その指先が微かに震えているのを俺は見逃さない。恐怖じゃない。怒りだ。自分の記憶を奪い、人間を実験材料にした男への純粋な怒り。
「ここで何をしてる? まさか俺たちを迎えに来たわけじゃないだろ」
戦兎が声を絞り出す。
「迎え? 違うな。回収だ」
ナイトローグがゆっくりと一歩踏み出す。
「お前たちがここへ来ることはわかっていた。スカイロードの情報も、闇ブローカーの存在も、全てファウストの掌の上だ」
(餌かよ。ブラッドスタークに続いてこいつも同じこと言いやがる)
俺は二丁のプロトトランスチームガンを構え、戦兎の前に出た。赤い識別灯が激しく点滅し、警告音が頭の中で鳴り響く。
「ビリー」
ナイトローグの視線が、俺を捉える。ゴーグルの奥の冷たい目が、値踏みするように細められた。
「試作機。お前は賢い道具だ。なのに、なぜそんな男を守る?」
「ああ?」
「その男は…葛城巧を殺したかもしれない『佐藤太郎』だぞ。お前の最初の親友を殺したかもしれない男を、お前は守るのか?」
言葉が、ナイフのように飛んできた。
俺の動力炉が、一瞬だけ凍りついたような感覚に陥る。否定できない事実。疑いの種。それを突きつけられた瞬間、思考回路にノイズが走る。
だが、俺は銃口を下ろさなかった。
「守るさ」
俺は答えた。
「俺が守るのは、今ここにいる桐生戦兎だ。佐藤太郎の過去を調べるのも、博士の真実を知るのも、この俺だ」
俺は一歩踏み出す。瓦礫が足元で崩れる音が、俺の決意を後押しした。
「答えが出る前に、お前の都合で相棒を潰させるかよ。そんなの守り方として最低だろ」
「ふん…道具が主人の仇を討つと言うか。面白い」
ナイトローグの口元が歪んだのが見えた気がした。
「だが、実験は続く。お前たちのデータ、ここで頂戴しよう」
ナイトローグが腕を振り上げる。スチームブレードが展開し、毒性の蒸気が噴き出す。
「変身!」
戦兎が叫ぶ。ラビットフルボトルとタンクフルボトルを装填し、レバーを回す。
『鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イェーイ!』
赤と青の装甲が戦兎を包み込む。仮面ライダービルドが出現した。
「万丈! あんたはそこのブローカー連れて出口へ! 俺とビリーでこいつを食い止める!」
「おう! 任せろ!」
龍我が闇ブローカーの肩を掴み、出口へ向かって走り出す。
「待て!」
ナイトローグが龍我たちを追おうとする。
「させないっての!」
俺は二丁のガンを連射した。
パンパンパンパンッ!
光弾がナイトローグの足元と進路上の壁を撃ち抜く。直接的なダメージにはならないが、足止めにはなる。
「邪魔をするか…」
ナイトローグが俺を睨む。
「行くぜ相棒! 突破するぞ!」
ビルドがドリルクラッシャーを構え、ナイトローグへ突っ込む。
ガギンッ!
スチームブレードとドリルクラッシャーが激突し、火花が散る。
俺はビルドの側面へ回り込み、ナイトローグの関節や装甲の継ぎ目を狙って援護射撃を行う。牽制、誘導、隙を作る。それが俺の役目だ。
だが、ナイトローグは強い。
一撃一撃が重く、ビルドの動きを的確に封じてくる。蒸気による視界不良、超音波による平衡感覚の破壊。この狭い空間では、俺たちの連携も束の間だ。
「ぐっ…!」
ビルドが蒸気の鞭のようにしなるスチームブレードの連撃を受け、後退する。
「戦兎! 怒るな! 突破だ!」
俺は叫んだ。
「俺たちの目的はこいつを倒すことじゃない! 京香さんに会うことだろ!」
ビルドの動きが、一瞬だけ止まった。
怒りで荒い息をついていた複眼が、ふっと静まり返る。
「…そうだな。勝利の法則は決まった」
ビルドがドリルクラッシャーをナイトローグに押し付けたまま、俺の方を見る。
「ビリー! お前の力貸せ! 一発でいい、奴の視界を奪ってくれ!」
「了解! 蒸気で蒸気を消すってか? やってやるよ!」
俺はリミッターを一時的に解除した。胸の封印ボルトが解放され、動力炉が唸りを上げる。
「うおおおおッ!」
俺は全身の蒸気排出ポートを全開にした。
プシュウウウウウウウッ!!
真っ白な蒸気が猛烈な勢いで噴き出し、狭いスカイロードを一瞬にして真っ白な世界に変えた。ナイトローグの放つ毒性蒸気すらかき消すほどの、圧倒的な排気量だ。
「なっ!?」
ナイトローグの声が驚愕に染まる。
視界ゼロ。だが俺にはセンサーがある。赤い識別灯が暗闇と蒸気の中で激しく明滅し、ナイトローグの位置を正確に捉えている。
「今だ相棒!」
「ああ!」
ビルドが跳んだ。蒸気の中を赤い残像が描く。ラビットの脚力による高速跳躍。ナイトローグの頭上を飛び越え、出口へと向かう。
「逃がすか!」
ナイトローグが蒸気の中で手を伸ばす。
「逃がさないっての!」
俺は再びガンを連射し、ナイトローグの伸ばした腕を正確に撃った。
「ぐっ!」
ナイトローグの動きが止まる。その一瞬の隙に、俺は反転し出口へとダッシュした。
「ビリー! 乗れ!」
ライドモードへ変形したビルド…いや、ビルドがライドモードに…ではなく、俺がライドモードに変形しつつ戦兎の手を取った。人型からバイクへの変形は0.5秒。戦兎が空中で俺のハンドルを掴み、シートに着地する。
「行くぜェェェッ!」
俺はエンジンを全開に吹かした。
出口の光が見える。北都の空が見える。
龍我と闇ブローカーが既に抜けている。俺たちはその後に続く。
背後でナイトローグの怒号が響く。
「逃がしたか…だが、逃げ場などないぞ!」
その声を背に、俺たちは光の中へ飛び出した。
* * *
風が、吹いていた。
冷たくて、澄んでいて、どこか懐かしい匂いのする風。
俺はライドモードのまま、北都の大地の上で急停止した。タイヤが土を巻き上げ、砂煙が舞う。
「ついた…」
戦兎が俺から降りて、マスクを外した。その顔には汗と土がついているが、瞳には強い光が宿っている。
「北都か…」
龍我が少し離れた場所で、膝に手をついて荒い息をついている。闇ブローカーは恐怖で顔が青くなっていたが、無事のようだ。
俺は人型へと変形した。
「寒いな…」
俺は赤いスカーフを巻き直した。千切れた端が風にヒラヒラと揺れる。
(ここが博士の故郷か)
俺は雪原の向こうに見える街並みに目を凝らした。
(京香さんは、そこにいる)
ビルドシステムの秘密、佐藤太郎の真実、葛城巧の遺言。その全ての答えが、この白い大地のどこかにあるはずだ。
「行こうぜ」
戦兎が俺の肩に手を置いた。その手は温かい。
「ああ。行こう」
俺は頷いた。動力炉の熱が、冷たい風の中で頼もしく脈打っていた。