角の槍が水の幕を突き破って迫ってくる。
白い湯気の中から、縞模様の装甲が弾け出るように現れた。
(速い。重い。止まらない)
俺の処理回路が、0.2秒で選択肢を弾き出す。
回避――間に合わない。ライドモードへの変形――0.5秒かかる。遅い。
リミッター解除――出力を上げて正面から受け止める。だがそれをやれば自爆リスクが跳ね上がる。博士が俺にリミッターをかけた理由を、今更忘れたわけじゃない。
(出力で押し切るのは最後の手段だ。道具は、使い方次第だろ)
なら、残る選択肢は一つ。
突進の軸を、ずらす。
広角放水は止まらない。だが収束放水なら、一点への圧力は倍増する。残水量百分之五十八。最大圧力を一発だけ叩き出せる。一度きり。
(一度でいい。角の先端を横から叩けば、槍の軸がずれる。突進の方向が逸れる。その一瞬の隙を――相棒に渡す)
「戦兎! 右へ飛べッ!」
俺は叫びながら、右側のガンを収束モードに切り替えた。ノズルの口径が絞られ、水流が一本の鋼線になる。
(max pressure。一回分。ここで外したら終わりだ)
一角獣の角の槍が、俺の識別灯のすぐ手前まで迫っている。あと0.3秒で直撃。
俺は両手でガンを支えた。右膝のアクチュエータを雪に突き立て、射撃姿勢を固定する。左側のガンは下ろした。二丁同時じゃない。一発に全精力を注ぐ。
(博士。あんたが俺に教えてくれた射撃計算。今こそ役立てるぜ)
トリガーを引いた。
ドシュゥゥゥッ!!
極太の水流が、一角獣の角の先端を横から叩いた。
ガギンッ!!
金属と高圧水が衝突し、甲高い音が雪原に響き渡る。角の槍が弾かれ、突進の軸が左へ逸れる。一角獣の巨体が雪煙を巻き上げながら、俺の右側を猛スピードで通り過ぎた。
風圧が俺のスカーフを激しく叩く。だが、当たってない。
(逸らした。成功だ)
一角獣が雪を蹴って急ブレーキをかけた。だが突進の勢いが殺しきれず、前のめりに滑る。蹄が雪を削り、体勢が崩れる。
その一瞬。
戦兎が動いていた。
合図を出した時点で、既に動いていた。右へ跳び、空中でビルドドライバーのボトルを入れ替える。忍者とコミックが外れ、ラビットとタンクが装填される。
『鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イェーイ!』
赤と青の装甲が空中で展開し、ビルドが雪煙の中から弾丸のように飛び出した。
一角獣が体勢を立て直そうとした瞬間、ビルドの右足が一角獣の胸部装甲を捉えた。
ズドガァッ!!
重い蹴りが、一角獣の巨体を雪原へ叩きつける。雪が舞い上がり、地面が揺れる。
一角獣が起き上がろうとする。だが、ラビットタンクの脚力による追撃が来る。
ビルドがドリルクラッシャーをブレードモードで構え、一角獣の角の槍を弾き飛ばす。武器を失った一角獣が、素手で抵抗しようと腕を振り上げる。
「ビリー! 頼む!」
戦兎が叫ぶ。
俺は左側のガンを一角獣の脚部に向けた。
パンパンパンッ!
光弾が膝裏と関節を正確に撃ち抜く。一角獣が膝をつき、動きが止まる。
「もらった!」
ビルドがドライバーのレバーを回した。
『Ready go!ボルテックフィニッシュ!イェーイ!』
赤と青のエネルギーが両脚に纏わり、ビルドが跳んだ。鋼のムーンサルト。空中で一回転し、両脚が一角獣の頭部を挟み込むように落下する。
ズガァァン!!
雪原に亀裂が走り、雪が放射状に爆ぜる。
一角獣が、倒れた。
* * *
煙と雪が晴れた時、スマッシュの成分が分離されていくのが見えた。緑色のエネルギーがボトルへ吸収されていく。美空の浄化システムが遠隔で作動しているのだ。
(成分回収完了。これでフルボトルが一本増える)
だが俺の関心はボトルじゃない。
倒れた一角獣の装甲が剥離し、中から人間の姿が現れた。青年だ。二十代前半くらい。痩せていて、北都の薄い服を着ている。意識はないが呼吸はある。
「生きてるか?」
俺は青年の首元にセンサーを当てた。脈拍は弱いが安定している。ネビュラガスの影響は残っているが、生命に直結する異常はない。
「大丈夫だ。呼吸はある。脈も安定してる」
俺は戦兎に告げた。
戦兎はドリルクラッシャーを下ろし、青年の体を支え起こした。変身を解除した素顔には、安堵と疲労が同時に浮かんでいる。
「意識が戻るまで休ませないと。ガスの影響も確認しなきゃならない」
戦兎が青年の背中を支えながら呟く。
「農場…」
青年が、かすかに口を動かした。
「ん?」
龍我が近寄る。
「農場の…兄貴に…無事だって…伝えてくれ…」
掠れる声。途切れ途切れ。だが確かに言葉になっている。
「農場の兄貴? お前の家族か?」
龍我が尋ねる。
「…兄貴じゃない…けど…世話に…なった…」
青年の目が閉じる。意識が途切れた。だが呼吸は続いている。
「農場の兄貴、か。あとで聞こう。今は救護が先だ」
戦兎が静かに言った。
研究の話を聞きたい。佐藤太郎のことを聞きたい。葛城巧の治験について知りたい。聞きたいことは山ほどある。
だが今は。
「ああ。まずはこいつを休ませないとな」
俺は頷いた。
(道具は使い方次第。今の俺の使い方は、こいつを助けることだ。調べるのはその後だ)
龍我が青年を戦兎から受け取り、背中に背負った。その腕は力強いが、青年の体に負担をかけないよう慎重に支えている。
「校舎に戻ろう。京香さんなら手当ての方法を知ってるかもしれない」
戦兎が校舎の方を向いた。
* * *
俺は校舎へ戻る前に、校庭を一周した。
消火後の現場確認だ。火は完全に落ちている。だが、まだ煙が残っている場所がある。俺は残りの水量で、念のため残った火元に散水した。
(残水量百分之三十二。もう戦えないな。でもいい。火は消えた)
それから、子どもたちの様子を見た。
校舎の入口から、小さな顔が覗いている。さっきの少年だ。鉄パイプは持っていない。代わりに、俺を見ている。
「おいロボット」
少年が呼びかけた。
「何だ」
「あの怪物、倒したのか」
「倒した。もう大丈夫だ」
「…すげぇな」
少年の目が、少し大きくなった。俺はその視線を受け止めて、口元のサーボを動かした。
「俺じゃない。相棒が倒したんだ。俺は火を消しただけ」
「それもすげぇよ」
少年は言い返して、また校舎の中へ引っ込んだ。
(すげぇと言われたのは初めてだ。悪くない気分だな)
俺は子どもたちに怪我がないか確認した。擦り傷は数カ所あるが、大きな外傷はない。全員歩ける。全員無事だ。
(よし。救助完了。次は――)
俺は校舎の入口へ向かった。
龍我が青年を背負って入っていく。戦兎がその後ろについている。
京香が、校舎の入口に立っていた。
腕組みをして、三人を見つめている。さっきまでの拒絶した表情ではない。だが、警戒が完全に解けたわけでもない。
その目は、龍我の背中の青年を見て、次に戦兎の顔を見て、最後に俺の顔を見た。
俺が子ど们的怪我を確認している間、ずっと見ていたのだとわかる。
(何を見てたんだ京香さん。俺たちを? それとも――)
俺たちは京香の前で足を止めた。
「怪我人は?」
京香が問うた。声は硬い。だが、拒絶の硬さではない。確認の硬さだ。
「スマッシュ化していた青年一人。意識は途切れてるが呼吸は安定してる。あと子どもたちは擦り傷程度です」
戦兎が答える。
「…そう」
京香が、龍我の背中の青年を見た。その目が、一瞬だけ揺れた。教師が生徒の安否を気にする目だ。
「火は?」
「完全に消しました。校舎への延焼も止まってます」
俺が答える。
京香が、俺を見た。
ロボットの顔。赤い識別灯。人型マスク。表情は読めないはずだ。でも、俺はわかる。この人は今、俺の顔から何かを読み取ろうとしている。
「子どもたちは?」
「全員無事です。擦り傷はありましたが、歩けます。今は校舎の中に避難してます」
俺は答えた。
京香の目が、少しだけ細められた。
(警戒されてる。当然だ。さっき追い返した相手が、学校を守った。それが信用に繋がると思ったら間違いだ)
戦兎が、京香に向き直った。
「京香さん。さっきは無理を言ってすみませんでした。俺たちは――」
「待って」
京香が手を挙げて戦兎の言葉を止めた。
彼女は、戦兎の顔をじっと見た。長い沈黙。風が校舎の隙間を吹き抜け、冷たい空気が三人の間を過ぎていく。
そして。
「その人を、こちらへ」
京香が、龍我の背中の青年を指差した。
「手当てが必要でしょう。私の部屋を使って。救急キットがあるわ」
その声には、柔らかさが戻っていた。完全な信頼ではない。だが、拒絶でもない。
「…ありがとうございます」
戦兎が、静かに頭を下げた。
京香は頷かない。代わりに、踵を返して校舎の中へ歩き出した。
「こっちよ。ついてきなさい」
その背中は、さっきまでの拒絶した背中じゃなかった。
俺は赤いスカーフが風に揺れるのを感じながら、二人の後ろについて歩いた。
(まだ何も聞いてない。博士のことも、佐藤太郎のことも。でも今は——)
(今は、傷ついた人を助ける。それが先だ。調べるのはその後だ)
古い校舎の木の床が、四人の足音を拾って、ギシギシと鳴った。
赤い識別灯が、薄暗い廊下で静かに点滅している。