守護者はヒーローになれるか?   作:ボルメテウスさん

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相棒を殺した男

蒸気を細く吐き出しながら、俺は赤黒い車体を滑らせて朝の街を駆けていた。背中に感じる戦兎の重みは、もうすっかり馴染みのものだ。肩のタイヤが規則正しく回転し、黄色いタンクユニットが昇り始めた朝日に照らされて鈍く光る。

 

「ビリー、次の交差点を左だ」

 

「了解。しかし、東都先端物質学研究所か。随分とまた、立派なとこに就職したもんだな」

 

「まあな。採用試験、全問正解だったんだぜ。天才だからな」

 

「はいはい、すごいすごい」

 

俺は軽口を叩きながら、ハンドルを切った。蒸気が路面をなぞり、赤い尾を引く。通勤途中のサラリーマンが、珍しそうに俺たちを振り返った。まあ、バイクが喋ってるんだから無理もない。

 

やがて、巨大な研究棟が視界に入ってきた。ガラス張りの近代的な建物だ。だが、その向こうには、もっと巨大な壁がそびえている。スカイウォール。朝の光を遮り、長い影を研究所の敷地に落としている。

 

「あれが、パンドラボックスを調べるための施設か」

 

戦兎の声が、少しだけ硬くなった。

 

「ああ。東都政府が威信をかけて設立した研究所だ。パンドラボックスの謎を解明し、スカイウォールを消し去る方法を見つける。それが目的だって話だ」

 

「パンドラボックス……」

 

戦兎の手が、俺のハンドルを握る力を強くした。彼の期待が伝わってくる。パンドラボックスを調べれば、自分の失われた記憶に近づけるかもしれない。そう考えているんだろう。

 

俺だって同じだ。葛城巧が所属していた施設。博士が何を研究し、何を残したのか。その手掛かりが、ここにあるかもしれない。

 

研究所の正門が見えてきた。無機質なガーディアンが職員証を確認している。俺は門の手前で停車し、さっそく蒸着を解除して人型に戻ろうとした。

 

「よし、じゃあ俺も――」

 

「待て待て待て」

 

戦兎が慌てて俺のハンドルを押さえた。

 

「なんだよ」

 

「お前、目立ちすぎるんだよ。赤いスカーフに機械の顔、ロングジャケット。しかも喋る。初出勤の朝から騒ぎになるのは勘弁してくれ」

 

「失礼な!俺はちゃんとした試作型機械兵だぜ?しかも今日は特に気合を入れて、装甲も磨いてきたんだ」

 

「だから余計に目立つんだって」

 

戦兎は俺の車体から降り、白衣を整えた。手には書類鞄。なかなかサマになっている。

 

「ビリー、お前は駐輪場で待機しててくれ。研究所の内部とは通信回線で繋がってるから、何かあれば連絡する」

 

「駐輪場って……俺はバイクじゃなくて機械兵なんだけどな」

 

「今のその姿はバイクだろ」

 

「ぐうの音も出ねぇ」

 

俺は渋々、駐輪場へと向かった。戦兎が俺のハンドルを軽く叩く。

 

「頼んだぞ、相棒」

 

「……おう、任せとけ」

 

戦兎は振り返らずに歩いていく。正門で職員証を見せ、ガーディアンのチェックを受ける。その背中を見送りながら、俺は思わず呟いた。

 

「相棒、か」

 

あの言葉を聞くたびに、胸の動力炉が少しだけ熱くなる。巧もそう呼んでくれた。戦兎もそう呼ぶ。でも、今はそれでいいと思える自分がいる。

 

俺は駐輪場の隅に車体を停め、センサーを研究所の方向へと向けた。外見はただのバイク。でも、俺の頭脳はすでに研究所の通信網へと潛り込んでいる。

 

「さてと。それじゃあ、こっそりと探らせてもらうか」

 

俺は通信回線を通じて、研究所内部のデータをスキャンし始めた。職員名簿、研究テーマ、セキュリティ構成。表向きの情報はすぐに集まる。

 

しかし、もっと深いところに、何かがある。パンドラボックスに関連すると思われる研究データの一部が、厳重な暗号で保護されている。東都政府の公式研究とは別の、もう一つの研究プロジェクト。

 

「これは……ネビュラガスのエネルギー波形か?」

 

俺は検出した微弱なエネルギー反応を解析する。パンドラボックス由来と思われる特有のパターン。研究所の地下深くから、断続的に発信されている。

 

「博士が関わっていたのは、こっちの方かもな」

 

俺はそのデータを内部メモリに保存しながら、戦兎に暗号化通信を送った。

 

『戦兎、聞こえるか?』

 

『ああ、聞こえる。どうした?』

 

『研究所の地下に、妙なエネルギー反応がある。パンドラボックス由来の可能性が高い。気をつけろよ』

 

『了解。そっちも何かあれば教えてくれ』

 

通信を切り、俺は駐輪場で待機を続ける。朝日が徐々に高くなり、研究所のガラスが眩しく輝き始めた。

 

「道具は待つのも仕事のうち、か」

 

俺は誰に言うともなく呟き、次のデータ解析に取り掛かった。

 

保管室の重厚な扉が開く音が、通信回線を通じて俺の聴覚センサーに届いた。

 

「こちらだ、桐生君」

 

氷室幻徳の声だ。東都先端物質学研究所の所長であり、東都政府の要人。戦兎から聞いた事前情報によれば、かなり切れ者らしい。

 

『戦兎、俺にも映像を回せ』

 

俺は駐輪場から暗号化通信でリクエストを送る。戦兎の返事はなかったが、代わりに視界が切り替わった。戦兎のスマホのカメラが、こっそりと起動したらしい。気が利くじゃないか。

 

画面の向こうには、巨大な保管室が広がっていた。天井まで届くほどの装置が中央にそびえ、無数のケーブルとパイプが壁一面を覆っている。冷却装置の低い駆動音だけが、静かに響いていた。

 

そして、その中心に。

 

「これが……パンドラボックス」

 

戦兎の声が、息を呑むように震えた。

 

幾何学模様。人間の理解を超えた、完璧なまでの対称性。パネルの一つ一つが淡く発光し、まるで呼吸しているかのように明滅を繰り返している。あれが、スカイウォールを生み出した箱。この国を三つに裂いた、火星由来の物体。

 

「厳重に保管されている。この施設の最重要機密だ」

 

幻徳の声は誇らしげだった。いや、誇りというよりは、もっと別の感情が混ざっている。所有欲に近い何か。

 

「君には、このパンドラボックスの解析を任せたい。採用試験の結果を見せてもらった。全問正解。しかも、解答時間は規定の三分の一以下だ。君ほどの頭脳なら、この箱の謎を解き明かせるかもしれない」

 

戦兎がガラス越しに手を伸ばす。その指先に呼応するように、パンドラボックスの光が揺れた。

 

『おい、戦兎。あんまり近づくなよ。何が起きるかわからん』

 

俺が警告を送ろうとした、その時だった。

 

「緊急ニュースです!」

 

保管室の外から、誰かの叫び声が聞こえた。研究員たちのざわめき。幻徳が眉をひそめ、壁のモニターを起動させる。

 

画面に映ったのは、ニュース速報だった。

 

「本日未明、東都中央刑務所から死刑囚・万丈龍我が脱獄しました。万丈は元格闘家で、昨年、東都先端物質学研究所の元研究員・葛城巧を殺害した罪で収監されていました。警察は広域に検問を敷き――」

 

俺の胸部動力炉が、警報を発した。

 

警告音。危険域への接近。リミッターが自動的に作動し、強制的に冷却モードへ移行する。

 

「博士が……殺された?」

 

俺の声が、通信回線に乗って戦兎のイヤホンに届いたはずだ。でも、返事はなかった。

 

『ありえない。博士は、俺を封印した後、生きて施設を去ったはずだ。俺のメモリにはそう記録されている。最後の賭けに出るって言って、俺をあの場所に残して――』

 

「葛城巧は、優秀な研究者だった」

 

幻徳の声が、淡々と事実を述べる。

 

「しかし、彼はパンドラボックスの研究にのめり込みすぎた。危険な実験を繰り返し、ついには同僚の制止を振り切って暴走した。万丈龍我は、そんな葛城を止めようとして、結果的に殺してしまった。そういうことになっている」

 

「そういうことになっている?」

 

戦兎が聞き返す。

 

「記録上は、だ」

 

幻徳の目が、一瞬だけ鋭く光った。

 

戦兎はニュース映像を見つめている。画面に映る万丈龍我の顔写真。若い。まだ二十代前半だろう。元格闘家というだけあって、鋭い目つきと鍛え上げられた体格が印象的だ。でも、その目には何かが宿っている。怒りか、悲しみか、あるいは――絶望か。

 

「葛城巧……」

 

戦兎が呟く。その声には、自分でも理解できない引っかかりが滲んでいた。なぜだろう。初めて聞く名前のはずなのに、どこかで聞いたことがあるような、いや、もっと深く、自分の一部だったような。

 

「桐生君、君の仕事はパンドラボックスの解析だ。過去の事件に気を取られる必要はない」

 

幻徳がそう言って、モニターの電源を切った。

 

俺は駐輪場で、必死にデータへのアクセスを試みていた。葛城巧。死亡記録。殺害事件の詳細。何でもいい。手掛かりが欲しい。

 

しかし、研究所の重要記録には厳重なロックがかけられている。東都政府の公式発表以上の情報は、完全に封印されていた。

 

『なあ、戦兎』

 

俺は通信を繋いだまま、静かに言った。

 

『博士は、人を傷つけるような男じゃなかった。確かに無茶はした。危険な実験もした。でも、それは全部、誰かを守るためだったはずだ。俺はそう信じてる』

 

「……ああ」

 

戦兎の返事は短かった。でも、その一言には確かな意志が込められていた。

 

「俺も、調べてみる。葛城巧が何者だったのか。万丈龍我は本当に殺人犯なのか。そして――俺は何者なのか」

 

保管室の機械音だけが、低く、長く、響き続けていた。

俺は駐輪場の隅で、ずっと待っていた。車体を停めたまま、センサーだけを研究所に向けて。戦兎のスマホから流れてくる映像と音声を、一言も逃さずに記録しながら。

 

やがて、正門から戦兎が出てきた。白衣のポケットに手を突っ込み、俯き加減で歩いてくる。その表情は、朝とはまるで違っていた。初出勤の高揚感は消え、代わりに重い何かを引きずっている。

 

「ビリー、人型に戻れるか」

 

戦兎は周囲を見回し、誰もいないのを確認してから言った。

 

「ああ」

 

俺は蒸気を噴き出し、ライドモードから人型へと戻る。金属が組み替わる音が駐輪場に響き、赤いスカーフが風もないのに揺れた。

 

「どうした、戦兎。顔が暗いぜ」

 

「……葛城巧が、殺されたそうだ」

 

俺の胸部動力炉が、また警報を発した。でも今度は、さっきよりもずっと冷たい警報だ。

 

「ありえねぇ」

 

俺は即座に否定した。だって、そんなはずがない。俺のメモリには、はっきりと記録されている。

 

「博士は俺を封印した後、自分の足で施設を出ていった。俺はその背中を、ちゃんと見てる」

 

「見てる?」

 

「ああ。見せてやるよ」

 

俺は右腕を掲げ、装甲をスライドさせた。内部から小型の投影装置が展開し、レンズが淡く発光する。

 

「記録映像、再生」

 

俺の光学センサーが捉えた最後の記憶。ノイズが走り、映像はところどころ途切れている。でも、確かに映っている。

 

薄暗い通路。壁に並ぶ実験装置の数々。そして、俺に向かって手を振る白衣の背中。

 

「博士……」

 

映像の中の俺が呼びかける。声はくぐもっていて、録音状態が悪かったのがわかる。

 

『ビリー、ここで待っていてくれ。一か八かの賭けに出る』

 

葛城巧の声。疲れ切っているのに、どこか清々しい響きがあった。

 

『でも、博士、その傷……』

 

『大したことはない。それより、お前の動力炉はまだ安定していない。ここが一番安全だ』

 

白衣が煤で汚れている。実験着の袖が破れ、左手には包帯が巻かれていた。でも、背筋は伸びている。ちゃんと自分の足で立って、歩いて、通路の奥へと消えていく。

 

『博士!』

 

『相棒。お前は俺の最高傑作だ。だから、いつか、誰かがお前を必要とする日が来る。その時まで――』

 

映像はここで途切れる。ノイズが画面を覆い、あとは何も映っていない。

 

「これが、俺が博士を見た最後の瞬間だ」

 

俺は投影を止め、腕を下ろした。

 

「博士は生きてた。傷はあったけど、自分の足で歩いてた。それが、どうして殺されたことになってるんだ?ありえねぇよ、こんなの」

 

俺の声が、少しだけ震えていた。感情表現の制御プログラムが、わずかに乱れている。動力炉の熱が上がり、冷却ファンが高速で回転を始めた。

 

「万丈龍我。あいつが博士を殺したってのか?ふざけんなよ。俺は許さねぇ。絶対に許さねぇ」

 

「ビリー」

 

戦兎の声が、俺の思考を遮った。

 

「落ち着け。まだ何もわかっていない」

 

「わかってるだろ!博士は死んだんだ!あの万丈って男が――」

 

「だからだ」

 

戦兎は俺の目をまっすぐに見つめた。その目は、科学者の目だった。冷静で、分析的で、でもどこか熱を持っている。

 

「証拠のない憎しみで、人を判断してはいけない。俺たちはまだ、何も知らないんだ。葛城巧が本当に殺されたのか。万丈龍我は本当に殺人犯なのか。それすらも、確かめていない」

 

「でも……」

 

「俺も、葛城巧には引っかかりを感じている。なぜだかわからないが、他人事とは思えない。だからこそ、真実を知りたい。感情で動くんじゃなくて、ちゃんと確かめてから判断したいんだ」

 

俺は黙った。冷却ファンが、まだ高速で回っている。

 

職員たちが駐輪場を通り過ぎていく。俺たちの周りだけ、空気が張り詰めているのがわかる。遠くからは、東都ガーディアンのサイレンが聞こえていた。脱獄犯の捜索開始だ。

 

「……悪い、戦兎。少し熱くなった」

 

「いや、当然だ。お前にとっては、親友なんだからな」

 

戦兎はそう言って、端末を取り出した。

 

「ビリー、さっきの映像データを俺の端末に転送してくれ。葛城巧が封印を行った正確な時刻と、公式記録にある死亡時刻を照合したい」

 

「分かった」

 

俺はデータを転送しながら、戦兎に尋ねた。

 

「で、どうするんだ?」

 

「決まってる。万丈龍我本人から、話を聞く」

 

戦兎の声には、もう迷いはなかった。

 

「葛城巧の死の真相。そして、俺が感じているこの引っかかりの正体。全部、確かめる必要がある。そのためには、事件の中心にいる万丈に会わなければならない」

 

「でも、あいつは脱獄犯だぜ?警察も追ってる。簡単に見つかるとは――」

 

「見つけるんだよ。俺は天才だからな」

 

戦兎が少しだけ笑った。その顔を見て、俺の動力炉もようやく通常温度に戻り始める。

 

「そうかよ。じゃあ、俺も手伝うぜ。博士の真実を知るためだ」

 

「ああ、頼む。まずは万丈の行方を追おう」

駐輪場に、またガーディアンのサイレンが響いた。俺たちは顔を見合わせ、静かにうなずき合う。

街中にサイレンが響き渡っていた。

 

東都ガーディアンの警告灯が、夕暮れの道路を赤く染める。いつもなら仕事を終えて帰宅する人々で賑わう時間帯だが、今日は違う。道路は封鎖され、歩行者は建物の中へ避難している。

 

「包囲網を突破しただと?あいつ、ただの人間じゃないのか?」

 

俺は人型のまま、ビルの屋上から眼下の光景をスキャンしていた。何台ものガーディアンが道路を封鎖し、ある一点に向かって集中している。でも、その中心にいるはずの人影は、目まぐるしく移動を続けていた。

 

「これがその映像だ」

 

戦兎が端末を俺に見せる。ニュースの生中継映像。そこには、ガーディアンの壁を素手で殴り倒し、包囲網を突破する一人の男の姿が映っていた。

 

万丈龍我。脱獄犯。元格闘家。そして――葛城巧を殺したとされる男。

 

映像の中の万丈は、明らかに普通の人間ではなかった。ガーディアンの装甲を一撃でへこませる腕力。数十メートルを一気に跳躍する脚力。彼は何か特別な力を持っている。

 

「あの動き、ただの脱獄犯じゃないな」

 

俺の呟きに、戦兎が頷いた。

 

「ああ。あれだけの身体能力は、普通のトレーニングじゃ説明がつかない」

 

その時、戦兎の端末が着信を告げた。画面に表示された名前は、石動惣一。

 

「もしもし、マスター?」

 

『戦兎、緊急だ。美空がスマッシュの反応を検出した。場所は東都第二区。反応は移動しながら増大している』

 

「スマッシュ?まさか……」

 

『ああ。反応の中心にいるのは、今ニュースで話題の脱獄犯だ。万丈龍我。あいつがスマッシュ化しつつある』

 

戦兎の表情が引き締まった。

 

「つまり、万丈は人体実験の被害者ってことか」

 

『可能性は高いな。とにかく、早く接触しろ。完全にスマッシュ化する前に、なんとかしなければ手遅れになる』

 

「わかった。ビリー!」

 

「ああ、聞こえてたぜ!」

 

俺はすでに動き出していた。屋上の端まで走り、空中へ飛び出す。同時に、全身の装甲が展開を始める。

 

肩部のタイヤが回転しながら前輪へと移動する。脚部のホイールが展開し、後輪を形成する。胸部装甲が折り畳まれ、フロントカウルへと変形していく。背中のバイクタンクユニットがせり上がり、無数の蒸気噴出口が一斉に白煙を吐き出した。

 

「蒸着!ライドモード!」

 

俺の身体が、赤黒い車体のバイクへと変わる。蒸気の中で金属が噛み合う音が響き、ヘッドライトが灯る。

 

「乗れ、戦兎!」

 

「ああ!」

 

戦兎が俺の車体に飛び乗った。彼の体重を感じるより早く、俺はスチームブーストを起動する。

 

「最短経路を算出!ガーディアン部隊より先に万丈へ接触する!」

 

「頼む!」

 

俺は急発進した。蒸気が爆発的に噴き出し、車体が弾丸のように加速する。赤い尾が夕闇に弧を描き、警告灯の赤とは違う、もっと深い色を残す。

 

「戦兎、どうする?万丈は今、スマッシュ化の途中だ。完全に怪人化する前に倒すのか?」

 

「いや、倒すんじゃない。助けるんだ」

 

「でも、あいつは博士を――」

 

「まだ決まったわけじゃない。万丈が本当に葛城巧を殺したのかどうか、俺たちは何も確認していない」

 

俺は黙った。動力炉が熱を持つ。でも、戦兎の言う通りだ。証拠はまだない。憎しみで動くのは、博士も望まないだろう。

 

「わかった。万丈を生きたまま確保する。それでいいな?」

 

「ああ。俺がビルドに変身して、スマッシュ化を止める。お前は周囲の安全を確保してくれ」

 

「了解!スチームブースト最大出力!一気に追い詰めるぜ!」

 

スカイウォールの影が街を覆う中、俺たちは加速した。端末に映る万丈の位置情報が、高速で移動していく。でも、俺の演算はすでに彼の逃走経路を予測している。

 

「次の交差点で先回りできる!しっかり掴まってろよ、戦兎!」

 

「任せた!」

 

俺は蒸気を下方に噴射し、車体を跳ね上げた。道路の上を滑るように飛び越え、ビルの壁面を駆け上がり、屋上から屋上へと跳躍していく。

 

眼下では、まだガーディアンたちが右往左往していた。俺たちは彼らよりずっと速く、ずっと自由に、夕闇の街を駆け抜ける。

 

「見えたぜ、万丈龍我!」

 

前方の道路を走る人影。彼の身体からは、間違いなくネビュラガスの煙が立ち上っている。スマッシュ化の兆候だ。まだ人の形を保っているが、時間の問題だろう。

 

「戦兎、準備はいいか?」

 

「ああ。ビルドドライバー、準備完了。いつでも行ける」

「よし!それじゃあ、捕獲実験の開始だ!」

俺たちは万丈龍我の下へ、蒸気の弾丸となって急接近した。

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