「――おい、遅ぇぞ! 先行くからなッ!」
テレビのニュース中継でもお馴染みの、あの野性味あふれる勝気な声がリビングに響く。
声の主は、プロヒーロー・ミルコ。……そして、俺の妻である兎山ルミだ。
彼女はトーストを咥えたまま、自慢の脚力で玄関のドアを蹴破らんばかりの勢いで飛び出していった。相変わらず、せっかちで最高に凶暴なウサギだ。
「おいおい、待っておくれよルミ。まだコーヒーが残ってるんだから……」
俺は苦笑しながらカップを置き、ゆっくりと立ち上がる。
俺の名前は、閃 光 (せん ひかる)。個性は『光』。
身体を光の粒子に変え、移動や攻撃を行う能力だ。世間からは「実質、日本最速のヒーロー」なんて呼ばれ、現在のビルボードチャートではNo.2の座にいる。
だが、当の本人は自分の限界をよく知っている。
俺の移動速度は、まだ本物の光速には程遠い。脳の処理速度も、身体の耐久値も、本物の「光」に追いついていない。もし今、完全な光速を出せば、俺の身体は世界を滅ぼす質量兵器になってしまう。
だから、俺の速度はまだ、新幹線や戦闘機を少し超える程度。
世間的には破格のチートだが、俺にとっては「まだまだ発展途上」の未完成な能力だ。
「……ま、嫁さんを追いかけるくらいなら、今の速度でも十分かねぇ」
身体を黄金の光の粒子へと変換する。
キィィィン、と耳鳴りのような高音が部屋に響いた直後、俺は自宅の窓から街へと跳んだ。
ピシュンッ!!
音置き去りにして、直線上にビルをすり抜け、わずか数秒でルミの背後に追いつく。
「おっと、捕まえた」
「うお!? びっくりさせんじゃねぇよバカ野郎!!」
空中、ビルからビルへと跳躍していたルミが、背後から抱きついた俺に驚いて回し蹴りを放ってくる。
俺は一瞬だけ身体を光化させてその蹴りを透過し、彼女と並んでビルの屋上に着地した。
「ルミは相変わらず手厳しいねぇ。夫婦のスキンシップにしちゃ、ちょっと威力が殺人的じゃないかい?」
「うるせぇ! 外ではヒーロー名で呼べって言っただろ! あと、お前のその『ピカピカ』した移動、心臓に悪いんだよ!」
ルミは顔を少し赤くしながらも、不敵な笑みを浮かべて長い耳をピコピコと動かした。
「ま、追いついてくるあたりは流石No.2だな。だけどよ……いつまでもその席に座れると思うなよ? アタシがすぐ、お前もオールマイトもブチ抜いてトップに立ってやるからな!」
「はは、それは頼もしい。だけど、俺もまだまだ追いつかれる気はないからねぇ。……おっと」
俺のインカムに、サイドキックからの緊急入電が入る。
数キロ先、商業ビルでヴィランが立てこもり事件を起こしたらしい。
「ルミ、仕事が入った。現場は北へ3キロだ」
「ハッ、言われる前に気づいてるよ! 耳の良さをナメんな!」
ルミが屋上のコンクリートを爆砕するほどの脚力で跳躍する。
その姿を見送りながら、俺は右手に光の粒子を集束させ、眩い光の剣を形成した。
「ピシュンっと。お先に失礼するよ。ルミ」
俺の身体が再び完全な黄金の閃光と化す。
次の瞬間、空を跳んでいたルミの視界を、強烈な一筋の光が横切った。
「あ、おいっ!? 待てよコラ!!」
ルミの焦った叫び声が、遥か後方へと流れていく。
彼女の超人的な脚力すら置き去りにして、俺は一瞬で北の空へと突き抜けた。
(見えた)
黄金の軌跡が、事件現場である商業ビルの屋上へと突き刺さる。
光の粒子が収束し、俺が実体化すると同時に、ビルの内部から爆発音と悲鳴が聞こえてきた。
「おいおい、派手にやってるねぇ……」
俺は気だるげに首を回しながら、割れたガラス窓からビル内へと滑り込む。
エントランスホールでは、身体を巨大な岩石に変えたヴィランが、怯える人質たちを囲み、警察を威嚇している真っ最中だった。
「近寄るんじゃねぇ! 逆らう奴は全員このガレキの下敷きにして――」
「ねぇ、そこの岩石くん」
緊張感の走る空間に、俺はわざと緊張感のない声を響かせた。
ヴィランが驚いて振り返る。
「てめぇ、いつの間に……! って、お前はNo.2の……!!」
「そんなに力まないでおくれよ。怖いねぇ……」
ヴィランが恐怖で顔を引き攣らせ、岩石の拳を振り上げる。
だが、その拳が振り下ろされるよりも早く、俺は指先をスッと彼に向けた。
「光の速度で、蹴られたことはあるかい?」
あ、いや。今の俺はまだ光速(もどき)だから、正確には『新幹線より少し速い速度で』だけどね。心の中でそう訂正しながら、俺は右足を軽く払う。
ドンッ!!
空間が爆ぜた。
次の瞬間、ヴィランの巨体は自分が何をされたかも理解できないまま、ホールの壁を何枚も突き破って遥か彼方へと吹き飛んでいた。
「ふぅ。さて、人質の安全確保と……」
「おっしゃぁぁぁ!! どいつだアタシの獲物はァァァ!!」
その時、ビルの正面ガラスを豪快に蹴り破って、白い一陣の風が乱入してきた。
自慢の脚力でここまで3キロを跳んできたルミだ。
しかし、彼女の目に飛び込んできたのは、すでに縛り上げられて気絶しているヴィランと、人質を誘導している俺の姿。
「……あ?」
ルミは呆然と立ち尽くし、それから俺を思いっきり指差した。
「てめぇーーー!! またやりやがったなバカ光!!」
「やぁルミ。遅かったじゃないかい。コーヒー飲んでから出た俺の方が早いなんて、ミルコの名が泣いちゃうよ?」
「うるっせぇぇぇ!! お前がズルい速度で移動するからだろ! アタシの見せ場を奪うんじゃねぇ!!」
フシューッと頭から湯気が出そうなほど悔しがるルミ。長い耳がピンと怒りで逆立っている。
そんな彼女の隣に歩み寄り、俺は周囲の警察や人質に見えない角度で、彼女の頭をぽんぽんと叩いた。
「怒らないでおくれよ。君の力が必要な大物は、これからいくらでも現れるさ。……それに」
俺は声を少し落とし、彼女の耳元で囁く
「怪我なく早く終われば、今日の夜は長く一緒にいられるだろう?」
「っ……~~~バカ!! 外で変なこと言うなッ!!」
真っ赤になったルミが、今度こそ本気の照れ隠しの回し蹴りを放ってくる。
俺はそれを「ピシュン」と身体を光化させて透過し、ひらひらと手を振った。
「じゃあ、俺は先に署に行って報告書を出してくるよ。お先に失礼」
「あ、おいっ!? 待てコラーーー!!」
背後からの可愛い怒号をBGMに、俺は再び黄金の閃光となって、青空へと突き抜けた。