【新帝国暦二十四年四月 ジャムシード星系外縁 教国軍第二聖団〈ウルカヌス〉艦隊旗艦〈ムルキベル〉 メスナー】
翌朝、教国軍第二聖団〈ウルカヌス〉艦隊の配置は前日とは大きく変わっていた。
中央の通路は昨日より広く、その入口近くまで〈ウルカヌス〉主力艦群と電子戦部隊が前へ出ていた。少し進めば射程に入り、トゥルナイゼンが叩けば分かりやすい戦果になる。さらにその奥にももう少し進めば届きそうな艦群が見えていた。
昨日は通路だけだったが、今日は通路の途中に本物の『餌』が置かれている。
途中で罠に気づかれる可能性について副官は懸念を残していた。しかしメスナーは気にしていなかった。むしろ気づかれた方がよいと考えていた。
「罠だと気づかせてやればいい」
副官が顔を上げた。
「気づかせたうえで、その先に獲れそうな本物の戦果を置く」
メスナーは戦況図の中央を指した。
「トゥルナイゼンは自分だけは罠の形を知ったまま食えると思う男だ」
戦場では各群が戦闘配置へ入り、艦体に金色の経文が浮かび始めていた。前日のように外側へ大きく散った艦は少なく、〈ウルカヌス〉は最初から帝国軍の正面に戦力を置いている。
トゥルナイゼンは出ると決めれば速かったが、前日は押し切れる余地を残したまま帰った。
今日は帰る理由を一つずつ奪ってやる。
メスナーはそう決めていた。
***
【帝国軍ジャムシード軍管区機動部隊旗艦 トゥルナイゼン】
教国軍の配置が変わっていることは帝国側でもすぐに分かった。昨日まで左右へ張り出していた艦群は減り、中央にはより広い進路が残されている。しかも今日はその入口近くまで〈ウルカヌス〉主力が前へ出ていた。
少し進めば実際に敵艦を射程へ捉えられ、さらにその後ろにもさらに戦果にできそうな別の艦群が見えている。
作戦参謀たちは前日の配置を現在の星図へ重ねた。昨日なら中央へ入った帝国軍の左右にもっと多くの教国艦がいた。それらが外側から行動範囲を狭め、奥へ誘い込む形だったが、今日はその外側が薄く、正面に厚い配置となっていた。
「メスナーの奴は、人を罠に入れないと戦争ができんのか」
トゥルナイゼンは呆れたように戦況図を見た。
「まあいい。罠なら罠で結構。使えるところを使わせてもらう」
戦力表示が開かれた。
戦闘開始時に約六千隻あった軍管区の機動戦力は、前日の損傷と修理不能艦を差し引けば五千隻ほどまで減っている。
作戦参謀は予備を今回こそ使うか確認したが、トゥルナイゼンは残すよう命じた。
今日、実際に攻撃へ出られるのは四千隻前後だった。
一万隻規模の〈ウルカヌス〉艦隊に対して、半数以下である。
副官はまだ中央の空間を見ていた。
「閣下。罠だと分かっていて、入るのでありますか」
トゥルナイゼンは少し考えてから首を振った。
「違うな。勝てそうだから入るのだ」
それから正面の戦況図を見た。
「では諸君、歴史を作りに行くとしよう」
艦橋の何人かがほんの一瞬だけ顔を見合わせた。つい先日、士官食堂で見た戦史劇を思い出したからである。誰も何も言わなかった。
そのときだった。
正面の〈ウルカヌス〉艦隊で灰色の艦体に次々と金色の光が浮かび上がった。
艦列のあちこちでほとんど同時に灯り、暗い宙域に金色の列を作っていく。
直後、通信士官が顔を上げた。
「鐘の信号です。ですが、昨日とは鳴り方が違います。複数の受信系で同時に拾っています」
昨日は記録系に一度現れただけだったが、今日は複数の受信系が同種の信号を拾い、艦橋では低い鐘音として次々と再生されていく。艦橋の空気が変わった。
「これは……」
作戦参謀が教国軍の表示と昨日の記録を見比べたが、答えを待たずトゥルナイゼンが言った。
「知らん」
艦橋の何人かが顔を上げた。
その反応には、では警戒して止まるのだろう、という期待がわずかに混じっていた。
トゥルナイゼンはその期待を裏切った。
「いくぞ。出撃だ」
トゥルナイゼンの機動部隊四千隻は固定砲台群の援護圏を離れ、そのまま一気に加速した。後方に残した予備戦隊には依然として待機が命じられていた。
帝国軍は速度を落とさず距離を詰め、教国軍が射撃諸元を取り直すより先に近距離へ入った。
鐘の徴候を捉えた直後、前面と後方の砲列がほとんど同時に火を開いた。前日より火線はよく揃っていたものの帝国軍の進入速度は予想より速く、後方の砲列ほど狙いの修正に時間を取られていた。それでも〈ウルカヌス〉の火力は重く、帝国軍側にもすぐ損傷艦が出始めた。
だが今日は前がかりの配置となっていた教国側にも多くの損害が出ていた。
帝国軍の先頭集団が前衛の一角へ集中し、そこへ後続の砲火が重なる。教国艦が次々と隊列から落ち、前衛の一部が予定より早く後退を始めた。昨日までは崩れなかった〈ウルカヌス〉の戦列に、初めて目に見える窪みができた。
作戦参謀がその一帯を拡大した。
「敵前衛の一角、崩れました。押せます!」
トゥルナイゼンは答える前に離脱線を確認した。
「押せ。ただし事前に引いた離脱線は越えるなよ」
帝国軍がさらに前へ出ると、教国軍前衛は抵抗しながら下がり、その後方から別の艦群が姿を見せた。前衛を助けるために出てきたようにも見えるが、帝国側から見れば新しい標的が現れたことになる。先ほどまでより大きな艦群で、しかも前衛の後退に引きずられて隊形が整っていなかった。
帝国軍の幕僚たちも前日との違いに気づいた。昨日なら、この距離まで進めば左右へ張り出した教国艦からもっと強い圧力を受けている。だが今日は正面へ戦力を寄せた分だけ両翼が薄く、帝国軍の側面にかかる圧力も弱かった。
トゥルナイゼンはしばらく戦況図を見たあと、小さく鼻を鳴らした。
「なるほど。今日は本当に取らせる気か」
教国軍の損害表示は増えていった。もう少し進めば、前衛だけではなくその後ろの艦群まで叩けそうに見える。さらに押せば、〈ウルカヌス〉の旗艦がいるあたりまで届くかもしれなかった。
***
【教国軍第二聖団〈ウルカヌス〉艦隊旗艦〈ムルキベル〉 メスナー】
「第二列の祈燈、まだ揃いません。次の斉鐘時刻までに射界修正が間に合いません」
報告を受けたメスナーは帝国軍の進入速度を見て眉をひそめた。
金色の経文が艦列に一斉に浮かび、昨日とは違う鐘の信号まで入ったのだから、普通ならば警戒して一度は足を止めるだろう。
前日の戦いも計算に入れていた。二度にわたってトゥルナイゼンは押し切れる余地を残して退いた。昔より我慢を覚えたことは、メスナーも認めざるを得なかった。だから今日は、その我慢まで織り込んで艦列を組んでいた。
ところがトゥルナイゼンは、足を止めるどころかそのまま速度を上げて中央正面に突っ込んできた。
「……なんという阿呆だ」
メスナーは呆れたように呟いた。
「分からんものを見たら、普通は少しくらい考えるだろう。我慢はどうした」
前日のあれは何だったのだ。
トゥルナイゼンは一体変わったのか。変わっていないのか。
どっちだ。
トゥルナイゼンの突進の無謀ともいえる速さのせいで、前衛の射撃準備も後方砲列との時刻合わせも予定より早い接敵に追われていた。帝国軍を迎える位置はメスナーが想定したものより手前になった。
〈ウルカヌス〉旗艦では前衛の損害報告が続いていた。予定より早く隊形を崩した部隊があり、応急修理では戻らない艦も出ている。副官が外側の艦群を寄せ、予定より早く包囲を閉じる案を出した。
メスナーはしばらく帝国側後方を見ていた。
トゥルナイゼンはまだ予備を出してきていない。
その間にも前衛の損害表示は増えていった。
「……仕方ない」
メスナーは小さく息を吐いた。
「やむを得ん。予備まで包むのは諦める」
副官が顔を上げた。
「外側の艦群を寄せろ。もう包囲を閉じる」
帝国側後方には、まだ無傷の予備戦隊千隻が残っている。だが、そこまで引きずり出すためにさらに前衛を削る必要はなかった。
メスナーは戦況図の中央にいる帝国軍本隊を見た。
「包むのは本隊だけでいい」
少し間を置いた。
「だが、トゥルナイゼンだけは帰さん」
***
【帝国軍ジャムシード軍管区機動部隊旗艦 トゥルナイゼン】
帝国軍側でも敵が包囲を始めないことは不自然に見えていた。
作戦参謀が戦闘開始時の配置と現在の配置を重ねた。
「閣下。敵はこちらが予備を出すのを待っています」
「まあ、そうだろうよ」
トゥルナイゼンも同じ結論だったが、それでも攻撃中止は命じなかった。
敵が待っていることと、こちらが損害を与えていることは両立する。罠の中に入っているからといって、そこで得られる戦果まで偽物になるわけではない。
固定砲台群までの帰路をもう一度表示させる。前日から決めてある離脱線はまだ越えていなかった。
「もう一段押す。予備はまだ待機だ」
帝国軍本隊がさらに前へ出た。
作戦参謀が後方の予備戦隊を見た。
トゥルナイゼンはそちらを見なかった。左右から寄ってくる教国艦の進路を追い、やがて口元をわずかに緩めた。
「どうやら予備を待つのは諦めたらしいな」
作戦参謀が顔を上げた。
「私だけを獲りに来たようだ」
包囲を閉じるため、外側の艦群が次々と中央へ寄っている。正面の砲列も前へ出た。先ほどまで帝国軍の予備を誘い出すために残されていた余地は、もうなくなっていた。
トゥルナイゼンは小さく笑った。
「我慢が足りんぞ、メスナー」
そして〈ウルカヌス〉主力の周辺を拡大させた。
包囲を閉じるために、外側の艦が動いている。正面を支える砲列も前へ出た。帝国軍本隊へ圧力を集中させるほど、その後ろに残る戦力は薄くなる。
トゥルナイゼンの口元がわずかに動いた。
「よし。今だ」
作戦参謀が顔を上げた。
「予備を全部出せ」
***
【教国軍第二聖団〈ウルカヌス〉艦隊旗艦〈ムルキベル〉 メスナー】
帝国軍後方に残されていた予備戦隊千隻の光点がまとまって増速し、一気に固定砲台群の援護圏を離れた。
メスナーは初めて椅子の背から身を起こした。
「……そうか。ようやく出してきたか」
その声には、わずかに安堵が混じった。
正面では帝国軍本隊が左右から包囲の圧力を受けている。ここからあと一段押せば退路はさらに狭まる。救援に出てきた予備も本体とともにまとめて包み、いよいよ〈聖骸布〉を発動する。
一度は諦めた千隻だった。
だが向こうから出てきたのなら、話は別である。
「まだ全部包めるな」
メスナーは小さく息を吐いた。
だが副官が帝国軍予備の進路を拡大したところで、メスナーの眉が動いた。
出撃した帝国の予備戦隊は、正面のトゥルナイゼン本隊の方向へ向かっていなかった。
固定砲台群の援護圏を離れたあとも本隊との距離は縮めず、そのまま大きく外側へ回り込んでいった。
「……待て」
進路予測線が伸びた。
帝国軍本隊ではない。予備戦隊はさらに外側へ回り込み、包囲のため艦群を引き出した〈ウルカヌス〉主力の側面へ向かっている。そこには旗艦直衛部隊がいた。
「帝国軍予備戦隊、さらに外側へ進路変更」
副官が報告した。
メスナーはすぐに訊いた。
「トゥルナイゼンの本隊はどうなっている?」
「こちらの包囲は最終段階です。ただ、敵本隊はすでに全速で後退を開始しています」
戦術表示が切り替わった。帝国軍本隊と固定砲台群の射界、その間に残された離脱経路が重ねて表示される。
副官の声がわずかに低くなった。
「……退路、まだ残っています。包囲は完全には閉じていません。損害は大きくなるでしょうが、トゥルナイゼン本隊には固定砲台群の援護圏まで離脱される可能性があります」
メスナーは黙った。
トゥルナイゼンは前へ出た。敵の中央を叩き、さらに一段押した。だが、自分の本隊が帰れなくなる一線までは越えていなかった。
開戦から一度も使われていなかった帝国軍予備の千隻。
メスナーはそれを、トゥルナイゼンがいずれ前線の不足を埋めるために使うものと考えていた。
一度目に足りなければ二度目に足す。押し切れそうなら投入する。あるいは今日のように本隊が圧迫されれば、退路を開くため本隊の援護に使う。
決戦をせず、ジャムシードを数日保持し、正規艦隊が到着するまで遅滞するのがトゥルナイゼンの任務のはずだった。そうである以上、最後まで残った無傷の予備は、遅滞を完遂するための保険として使うのが自然である。メスナーはそう読んでいた。
メスナーは帝国軍予備の進路から目を離さなかった。
あの千隻はメスナーを討つために最初から伏せてあったわけではない。
トゥルナイゼンは最後まで予備の用途を固定しなかった。
そしていまこのときだけ、メスナーの本陣へ届く道が開いた。
その瞬間にトゥルナイゼンは千隻をためらいなくすべて投入した。
メスナーの表情から、先ほどまでの苛立ちが消えた。
「まさか、あの阿呆がそんな我慢をできるはずもない」
だが、目の前の戦況図はそれ以外の説明を許さなかった。
予備とは本来そういうものだった。使い道を早く一つに決めれば、それだけ選択肢は減る。必要な時機まで我慢して使わず残し、最も価値のある場所が生まれた瞬間に機を逃さず投入する。
メスナー自身、その理屈は誰よりよく知っていた。
ただトゥルナイゼンがそれを実行する側の人間になったとは、考えもしていなかった。
帝国軍予備戦隊が速度を上げた。
メスナーの命令は早かった。
「外側の二群を戻せ。主力側面へ寄せろ。〈香炉〉も戻せ」
副官が復唱する。
「直衛は予備戦隊の進路へ展開。旗艦も主力中央へ下げる。次の斉鐘時刻を組み直せ」
通信士官たちが一斉に動いた。
まだ間に合う。
帝国軍の予備選隊は、しょせん千隻しかいない。こちらは全軍としてなお大きく上回っている。接近するまでの時間を使って側面を塞ぎ、外へ出した艦群を戻せばよい。
メスナーの判断に誤りはなかった。
問題は時間がどれだけ残っているかだった。
帝国軍予備戦隊が〈ウルカヌス〉旗艦直衛の側面へ突進してきた。
数だけを見れば、一個艦隊の十分の一にすぎない。〈ウルカヌス〉艦隊の一万隻をぶつければ、短時間ですり潰せる戦力だった。だが、いま一万隻はそこにいない。
帝国軍本隊を仕留めるため、メスナーはこの数日かけて罠を組み上げていた。
罠はほとんど完成していた。
だからこそ、その仕込みのために必要な艦群は旗艦の周辺から離れていた。
帝国軍予備の最初の砲撃が、旗艦直衛のために戻り始めた教国軍の先頭を叩いた。
艦列が乱れた。
だが、〈ウルカヌス〉の対応も速い。
主力周辺の艦が向きを変え、外側から戻る艦群も進路を修正する。
直衛戦力は旗艦前面へ集まり、新しい射線も作られ始めていた。
***
【帝国軍ジャムシード軍管区機動部隊旗艦 トゥルナイゼン】
トゥルナイゼンの艦橋では、本隊の後退と予備戦隊の突入が同じ戦況図に表示されていた。
帝国軍予備の前面で観測艦が位置を変え、砲列の射界が開かれた。ほどなく一隻の候補が戦況図に強調表示される。
「閣下、〈ウルカヌス〉艦隊旗艦と思われる艦を捕捉しました!」
トゥルナイゼンは戦況図から目を離さなかった。
「思われる?」
通信量と周囲の護衛艦の動きから候補は一隻まで絞られていた。だが電子妨害による偽装反応も残っている。観測担当は接近していた観測艦へ光学照合を求めた。
距離が縮まったことで艦影が捉えられた。偽装反応ではなく、実体のある艦だった。
「〈ウルカヌス〉艦隊旗艦で間違いありません!」
「確実か」
「確実です!」
「よし」
トゥルナイゼンはそこで初めて対象を見た。
「
予備戦隊の砲火が一つの点へ集まった。
***
【教国軍第二聖団〈ウルカヌス〉艦隊旗艦〈ムルキベル〉 メスナー】
〈ウルカヌス〉艦隊旗艦で敵からの直接照準を知らせる警報が鳴った。
メスナーは一瞬、意味が分からなかった。
帝国軍予備戦隊がこの短い時間のうちに旗艦〈ムルキベル〉を捕捉できたことには、偶然に助けられた部分もあった。
だが、その偶然が意味を持ったのは、トゥルナイゼンが昔のままではなかったからである。
予備を使い切らず、本隊を自力で帰れる位置にとどめ、機会が来るまで千隻を残していた。
人には運の悪い日もあれば、そうではない日もある。
この日はどうやら後者だった。
歴史が二十三年分の帳尻を合わせたのかもしれない。
副官が何かを叫んだ。
その声を最初の砲撃が消した。
艦体が大きく傾き、艦橋の照明が落ちた。復旧した表示の半分が赤く染まり、主機関からの応答が消える。作戦図にも欠落が走ったが、メスナーの目には、まだ実行されていない線がいくつも残っていた。
「待て!待ってくれ!」
メスナーは卓に片手をついて身を起こした。
「まだ何も終わっておらん!〈
まだ見せていない手がいくつもあった。
数日かけて準備した〈
ただし、時間があれば。
メスナーは消えかけた作戦図を指した。
「まだなんだ!まだ私は、何も見せていない!何も出し切っておらん!」
そこで、ほとんど訴えるように声を張り上げた。
「全部、これからだったのだぞ!!」
二射目が旗艦を捉えた。側面装甲が裂け、艦橋の床が跳ね上がる。メスナーは作戦卓へ叩きつけられたが、それでも消えかけた表示へ手を伸ばした。
「こんな終わり方があるか……」
血のついた手で作戦卓をつかむ。
頭の中には、この先にトゥルナイゼン相手に、いや帝国軍との戦争で出すはずだった手札がなおいくつも並んでいた。
「こんな奴に……トゥルナイゼンごときに……!次は、もっと……」
三射目が〈ウルカヌス〉旗艦を貫いた。
次はなかった。
アルノルト・メスナー従聖将は最後まで自分にはまだ手が残っていると思っていた。
実際に残っていた。
ただ、そのどれ一つとして実行する時間は与えられなかった。
メスナーが用意していたいくつもの罠はその全貌を見せることなく銀河の闇へ消えていった。
***
【帝国軍ジャムシード軍管区機動部隊旗艦 トゥルナイゼン】
教国軍旗艦の反応が消えた。
それでも〈ウルカヌス〉全体が崩れたわけではない。すでに受け取っていた命令は各部隊で実行され、正面の砲列も射撃を続けている。だがメスナーが最後に命じた再配置と、その後に組み直すはずだった次の斉鐘時刻は全軍へ行き渡っていなかった。
外側から戻ろうとしていた艦群では進路の調整が遅れ、主力周辺では古い任務を続ける部隊と新しい配置へ移ろうとする部隊が混在した。統一されていた火線にも一時的なばらつきが生じる。
その隙に帝国軍本隊は後退を続けた。やがて〈ウルカヌス〉の一部が距離を取り始め、それが全体の後退へつながっていった。
作戦参謀が、消えた旗艦の位置を見た。
「……メスナーは何をやろうとしていたのでしょうか?」
トゥルナイゼンは即答した。
「知らん」
作戦参謀が撤退していく教国軍を見た。
「追撃しますか?」
「昔の私なら、君が訊くころにはもう追っていたな」
トゥルナイゼンは少し笑った。
「むろん、追わん」
***
教国軍は十一個艦隊を擁して開戦した。
その十一人の艦隊司令のうち、帝国軍が討ち取った最初の一人がアルノルト・メスナーだった。
その戦果を挙げたのは、皇帝でもなければ、〈
ジャムシード軍管区司令、イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼン大将であった。
彼が率いたのは六千隻規模の軍管区機動部隊と固定砲台群である。一万隻の〈ウルカヌス〉艦隊を退け、その艦隊司令を討ち取り、ジャムシードを防衛した。
この日、彼は自分で歴史に一行を書き加えた。
***
【同日 惑星タフテ・ジャムシード ジャムシード軍管区司令官室(〈エドガー・レンナー・ライブ〉中継)】
トゥルナイゼンが、その夜の〈エドガー・レンナー・ライブ〉に出演することになった経緯は、あとになってもよく分からなかった。
戦闘終了後、ジャムシード軍管区司令部には帝都をはじめ各地の報道機関から取材申請が殺到していた。教国軍一個艦隊を退けたばかりか、帝国軍として開戦後初めて敵艦隊司令まで討ち取ったのである。
軍務省が想定していたのは戦果概要に司令官本人の書面コメントを添えて報道各社へ配布する程度だった。
少なくとも、その日のうちに本人を全銀河向けの生放送へ出演させる予定などなかった。
〈エドガー・レンナー・ライブ〉は全銀河へ生放送される長寿トーク番組である。名物司会者エドガー・レンナーが、その時々でもっとも話題になった人物を一人だけ迎え、台本に頼らず一対一で話を聞くことで知られていた。
帝都時間午後九時。
番組のタイトル映像が終わると、司会者のレンナーとジャムシードのトゥルナイゼンが画面に並んだ。
『トゥルナイゼン閣下。まずは勝利、おめでとうございます』
『ありがとう。勝つために戦ったのだから当然の結果ではあるが、祝意はありがたく受け取ろう』
レンナーは一拍置いた。
『……今夜は面白い放送になりそうですね』
最初の話題は兵力差だった。
『一万隻の教国軍第二聖団〈ウルカヌス〉艦隊を、数も装備も劣る軍管区の戦力で退けました。帝都では「予想外の勝利」という言葉も使われています』
トゥルナイゼンは怪訝そうな顔をした。
『予想外というのは、一体誰の予想かね?』
『これは失礼しました。少なくとも、あなたの予想ではなかった?』
『もちろんだ。負けると思っている戦いに、自分から出ていくほど私は酔狂ではない』
少し笑った。
『メスナーも自分が勝つと思っていたのだろう。その予想については、もう結果が出ているがね』
レンナーも笑った。
『二十三年前の第一次バーミリオン星域会戦についても伺います。今回の勝利をあなたの「名誉回復」と評する声があります』
今度こそ、トゥルナイゼンは本気で不思議そうな顔をした。
『名誉回復?』
『ええ』
『私はずっと、帝国軍の軍人だ。前のバーミリオン会戦の後は大将にも昇格した。給料も毎月、昇給分がきちんと振り込まれていた』
『給与を持ち出しますか』
『重要だろう。帝国は私を昇格させて、大将として扱っていた。分かりやすい証拠だ』
そして真顔で言った。
『「名誉回復」というのは、名誉を失った者に使う言葉ではないのかね?』
レンナーは笑いながら、次の質問へ移った。
『では、今日の勝因は?』
『第一に、私の指揮が適切だったこと。これはまず挙げてよいだろう』
『……最初にそこですか』
『他に誰が私の代わりに言うのだ』
中継室の後ろで小さな笑いが起きた。
『メスナーは優秀だったよ。こちらの癖もよく知っていた。最後まで何か考えていたようだ』
『何をしようとしていたか分かっていた?』
『知らん』
答えは早かった。
『旗艦が沈む直前まで、何か考えてはいたのだろう。たぶんまだ手もあった』
『それでも撃った』
『敵の司令官が次の策を完成させるまで待ってやる義理はないだろう』
トゥルナイゼンは肩をすくめた。
『私が少しばかり早すぎただけだ。メスナーも運が悪かったな』
一拍置いた。
『相手が、ほかならぬこの私だった』
レンナーは数秒黙った。
『……なるほど』
やがて表情を改めた。
『では、教国軍そのものをどう評価しますか』
トゥルナイゼンの笑みが消えた。
『強い。〈ウルカヌス〉も強かったし、メスナーも優秀だった。一つ判断を間違えれば、今日ここに座っていたのは私ではなかったかもしれん』
レンナーは黙って続きを待った。
『強い敵を弱いと言い張る必要はない。そんなことをしても、こちらが強くなるわけではないからな。だが、強いことと無敵であることも同じではない』
トゥルナイゼンはそこで少し身を乗り出した。
『そして今日の勝利を、私一人が特別だったからだと考えるのも間違いだ。まぁ、私が特別ではないと言っているわけではないがね』
レンナーが吹き出した。
トゥルナイゼンは構わず続けた。
『固定砲台群は撃つべき場所へ撃った。警備戦隊は戻るべきところで戻った。私の参謀たちは、私が聞きたい報告ではなく、私が聞くべき報告を上げた。予備戦隊の千隻は、目の前で味方が撃たれていても、命令が出るまで一隻も動かなかった』
その声からいつの間にか自慢げな響きが消えていた。
『誰か一人が奇跡を起こしたわけではない。ジャムシード軍管区の将兵が、自分たちが訓練してきた仕事を一つずつ果たした。その結果として、我々は一万隻の教国軍を退け、その艦隊司令を討ち取った』
トゥルナイゼンは正面を見た。
『ならば、他の帝国軍にもできる』
そこで初めて、レンナーではなく、画面の向こうにいる者たちへ語りかけるように言った。
『諸君。私と同じ戦い方をしろと言っているのではない。今日の戦術を真似ろという意味でもない。敵を見ろ。準備をしろ。部下に仕事をさせろ。分からないものを、分かったつもりになるな。そして、勝てるところでは迷わず勝て』
一拍だけ置いた。
『教国軍は強い。だが我々は今日、その一個艦隊を退けた。艦隊司令を討ち取った。それはもう、誰にも否定できない事実だ』
トゥルナイゼンは二十三年前とほとんど変わらない自信に満ちた顔で言った。
『諸君。敵は無敵ではない』
***
【同日同時刻 帝都レーヴェンシュテルン 獅子の泉〈北辰の間〉】
帝都の
ジャムシード方面から届いた戦闘詳報を前に、枢密顧問を務める皇太后ヒルダと帝国軍首脳は、〈ウルカヌス〉の推定損害、メスナー戦死後の指揮継承、帝国軍側の修理所要日数を確認していた。ただし、その場に全員が揃っていたわけではない。
トゥルナイゼンからの増援要請を受けた
ビッテンフェルトはその報告をまだ完全には信じきれないまま、艦隊をジャムシード星系へ進出させていた。本人は旗艦
会議が一段落しかけたところで、通信担当士官が手元の端末を見直した。もう一度確認し、それでも表示が変わらないことを確かめてから、何かの間違いであってほしいという顔で報告した。
「……大変です。トゥルナイゼン閣下が、〈エドガー・レンナー・ライブ〉に生出演しております」
ミッターマイヤーが顔を上げた。
「……誰が何に出演していると言った?」
通信担当士官は、聞き間違いではないことを祈るようにもう一度答えた。
「トゥルナイゼン閣下が、〈エドガー・レンナー・ライブ〉に、出演しています。現在、生放送中です」
数秒後、北辰の間の中央壁面に番組が映し出された。そこには名物司会者エドガー・レンナーと、実に機嫌のよさそうなイザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼン大将が並んでいた。
通信画面のビッテンフェルトが眉をひそめた。
『待て。情報量が多すぎるぞ。勝ったという報告はたしかに聞いた。だが、あのトゥルナイゼンが?寡兵で?軍管区の警備戦力だけで?敵一万隻を追い返した?艦隊司令のメスナーまで討った?それで今度は、生放送に出ているだと?』
誰もすぐには答えなかった。ミッターマイヤーは画面を見たまま訊いた。
「ケスラー。軍務省は出演を許可したのか」
ケスラーは記録も確認せずに首を振った。
「するわけがなかろう」
ビッテンフェルトがさらに怪訝そうな顔をした。
『では誰が許可した』
ケスラーも同じ画面を見た。
「……本人だろう」
それで説明はついた。少なくとも、トゥルナイゼンという人物については。
ヒルダは何も言わなかった。ただ、画面の大将が二十三年前の宴席とほとんど変わらない調子で話し始めるのを静かに見ていた。
ちょうどレンナーが「予想外の勝利」という言葉を口にしたところだった。
『予想外というのは、一体誰の予想かね?』
通信画面のビッテンフェルトの眉が動いた。続いて第一次バーミリオン星域会戦の話になり、「名誉回復」という言葉が出た。
『私はずっと、帝国軍の軍人だ。前のバーミリオン会戦の後は大将にも昇格した。給料も毎月、昇給分がきちんと振り込まれていた』
メックリンガーが額に指を当てた。画面のレンナーも笑っている。
『「名誉回復」というのは、名誉を失った者に使う言葉ではないのかね?』
ビッテンフェルトが通信越しに低く唸った。
『よくもまあ、あれだけ堂々と言えるものだ』
ヒルダが初めて口を開いた。
「昔から、そこには不自由しない方でした」
通信画面のビッテンフェルトは一度ヒルダを見たようだったが、それ以上は何も言わなかった。
画面では勝因についての質問へ移っていた。
『第一に、私の指揮が適切だったこと。これはまず挙げてよいだろう』
レンナーが「最初にそこですか」と返し、トゥルナイゼンは当然のように「他に誰が私の代わりに言うのだ」と答えた。北辰の間に小さな笑いが起きた。
だがメスナーについて語り始めると、トゥルナイゼンの言葉は少し変わった。
『旗艦が沈む直前まで、何か考えてはいたのだろう。たぶんまだ手もあった』
『それでも撃った』
『敵の司令官が次の策を完成させるまで待ってやる義理はないだろう』
そして肩をすくめた。
『私が少しばかり早すぎただけだ。メスナーも運が悪かったな。相手が、ほかならぬこの私だった』
ビッテンフェルトが大きく息を吐いた。
『何も変わっておらんではないか!!』
ワーレンは手元の戦闘詳報から目を離さなかった。
「いや、変わっているぞ。無謀な追撃をしなかったようだ」
宇宙艦隊副司令長官カール・エドワルド・バイエルライン上級大将が戦闘詳報を一頁戻した。
「追撃だけではありません。予備の千隻を、本隊を救うためには一度も使っていません」
通信画面のビッテンフェルトが黙った。
戦闘詳報にも、その事実は明確に残っていた。〈ウルカヌス〉艦隊の陣形が乱れ、追えばさらに損害を与えられる状況で、トゥルナイゼンは追撃を命じなかった。
かつてのトゥルナイゼンならばどうしたか。北辰の間にいる者たちも、通信画面の向こうにいる者も、その答えを知っていた。
やがてレンナーが教国軍そのものについて訊いた。画面のトゥルナイゼンから笑みが消えた。
『強い』
そのあとに続いた言葉を聞くうち、北辰の間からも軽口が消えていった。
『強い敵を弱いと言い張る必要はない。そんなことをしても、こちらが強くなるわけではないからな。だが、強いことと無敵であることも同じではない』
ビッテンフェルトが呻いた。
『……一体、誰だ。あれは』
『まぁ、私が特別ではないと言っているわけではないがね』
メックリンガーが答えた。
「本人のようだぞ」
トゥルナイゼンは自分一人の才覚で勝ったのではないと続けた。
『固定砲台群は撃つべき場所へ撃った。警備戦隊は戻るべきところで戻った。私の参謀たちは、私が聞きたい報告ではなく、私が聞くべき報告を上げた。予備戦隊の千隻は、目の前で味方が撃たれていても、命令が出るまで一隻も動かなかった』
ビッテンフェルトはしばらく黙っていたが、やがて通信画面の中で腕を組んだ。
『……トゥルナイゼンにしては、まともなことを言うではないか』
「そこが腹立たしい」
メックリンガーの返事は早かった。
画面の中で、トゥルナイゼンはそのまま帝国軍全体へ語りかけ始めていた。
『諸君。私と同じ戦い方をしろと言っているのではない。今日の戦術を真似ろという意味でもない。敵を見ろ。準備をしろ。部下に仕事をさせろ。分からないものを、分かったつもりになるな。そして、勝てるところでは迷わず勝て』
ミッターマイヤーはそこで画面から目を離し、手元の艦隊増勢計画を開いた。
帝国軍は開戦時の六個正規艦隊から、さらに艦隊を増設していく。艦艇は増やせる。だが、それを預けられる司令官まで同じ速度で増えるわけではない。
しばらく資料を見たあと、ミッターマイヤーが言った。
「あいつは中央へ戻せ」
ザルツマンが顔を上げた。
「処分ですか?」
「違う」
ミッターマイヤーはトゥルナイゼンの戦闘詳報を閉じた。
「もうすぐ新しい艦隊司令が何人か必要になる。今日の戦いをした男を、いつまでも軍管区に置いておく理由はない」
ビッテンフェルトが露骨に嫌そうな顔をした。
『トゥルナイゼンに一個艦隊を持たせるのか』
「持たせられるようになった、と見るべきだろう」
ミッターマイヤーは中央画面のトゥルナイゼンを見た。
自信過剰なのは昔のままである。前へ出るのも好きなままだ。だが、帰るべきところで帰るようになった。
「中央へ戻せ。目の届くところへ置いておく」
ザルツマンは人事資料を開き、トゥルナイゼンの名に印を付けた。その操作は軍議の共有画面にも反映された。
ビッテンフェルトがそれを見た。
『首に鈴でもつけるか』
「そういうことだ」
メックリンガーはミッターマイヤーと通信画面のビッテンフェルトを見比べた。
「それは一般には栄転というのではないか?」
ミッターマイヤーは平然としていた。
「監視だ」
そこでヒルダがわずかに口元を緩めた。
「本人には、その説明でお通しください」
今度は北辰の間にも笑いが起きた。ビッテンフェルトの通信回線からも、短い笑い声が聞こえた。
その間にも放送は続いていた。
画面のトゥルナイゼンが、最後に視聴者へ向けて言った。
『教国軍は強い。だが我々は今日、その一個艦隊を退けた。艦隊司令を討ち取った。それはもう、誰にも否定できない事実だ』
そして真正面を向いた。
『諸君。敵は無敵ではない』
北辰の間は静かになった。通信画面のビッテンフェルトも何も言わなかった。
開戦以来、帝国軍は教国軍の強さを見せられてきた。その敵の艦隊司令を、帝国軍が初めて戦場で討ち取った。しかも、その最初の一人を討ったのがトゥルナイゼンである。
かつての彼を知る者ほど、その事実をどう受け取ればよいのか、少し困った。
***
レンナーが番組終了の時刻を確認した。
『トゥルナイゼン閣下。最後に一つだけ、個人的なお願いをしてもよろしいでしょうか』
『何かね』
レンナーは笑った。
『二十三年前の、あれです。今夜もう一度、お願いできませんか』
北辰の間にいる全員の視線がほとんど同時に動いた。
視線の先にいたのはヒルダだった。
ヒルダは気づいた。
「どうぞ、画面をご覧になって」
全員が画面へ戻った。
ジャムシードの司令官室でも、すでに何が求められているのか分かったらしい。
画面の外から、控えていた士官たちの笑い声が聞こえた。
トゥルナイゼン自身は五秒ほどレンナーを見た。
そのとき、画面の外でワインボトルの栓が抜ける音がした。
トゥルナイゼンがそちらへ目だけを向ける。
ほどなく、画面の外から赤いワインの入ったグラスが差し出された。
トゥルナイゼンは当然のように受け取った。
ヒルダの目がわずかに細くなった。
グラスを胸の高さまで上げる。
そして二十三年前とほとんど変わらない角度で、ほんの少し顎を上げた。
『
北辰の間で、誰もヒルダを見なかった。
今度こそ全員が心得ていた。
画面では、一瞬の静寂のあと、まず帝都側のスタジオから拍手が起こった。
一人、二人と立ち上がる。
すぐに客席全体へ広がった。
ジャムシードの司令官室でも、壁際にいた軍管区の士官たちが手を叩き始めた。その後ろにいた兵士たちまで加わる。笑っている者もいたが、トゥルナイゼンを嘲る顔は一つもなかった。
若い兵士が顔を紅潮させて拍手している。
帝都のスタジオでも、レンナー自身が立ち上がった。
やがて二つの場所で、ほとんど全員が立っていた。
拍手はなかなか止まらなかった。
トゥルナイゼンはグラスを掲げたまま、それを受けている。
満更でもなさそうだった。
いや、かなり満足そうだった。
ようやく拍手が少し収まると、トゥルナイゼンは画面の向こうのレンナーへ顔を向けた。
『……満足したかね』
レンナーは立ったまま頷いた。
『はい、閣下』
トゥルナイゼンも頷いた。
『そうか。私もだ』
拍手がもう一度大きくなった。
北辰の間では誰もすぐには口を開かなかった。
ヒルダは画面の中のトゥルナイゼンを見ていた。
二十三年前、その同じ台詞を聞いたときと同じ男が、そこにいる。
少なくとも本人は、そう思っているに違いなかった。
ヒルダはほんの少し笑った。
画面の中では、まだ拍手が続いていた。
北辰の間の誰も映像を切れとは言わなかった。