【新帝国暦二十四年四月 バーラト星系 ハイネセン 自治政府庁舎】
バーラト自治政府は、エルフリーデ・フォン・コールラウシュを受け入れる、と帝国へ回答していた。
だが、外交ルートでの交渉は行き詰まっていた。
***
帝国政府とバーラト自治政府の協議が始まった。
自治政府庁舎の会議室には、事務総監アレックス・キャゼルヌ、内務局長ムライ、自治政府記録官フレデリカ・グリーンヒル・ヤン、自治政府顧問クブルスリーが集まっていた。
帝国側からは、軍務尚書ケスラーと皇帝付参謀クライン・ヴァルター大尉が超光速通信で参加している。
最初にクラインが資料を表示した。
『確認済みの事項から申し上げます』
画面が二つに分かれた。
左側には〈確認済〉、右側には〈未確認・推定〉と記されている。
『コールラウシュ女史本人は、神聖黄金樹教国による保護を望まない。安全地域への移動支援を望む。現時点で銀河帝国への帰還を望まず、当面の退避先としてバーラト自治政府領への移動を望んでいます』
左側に四つの回答が並んだ。
クラインは右側を示した。
『現在地は未確認です。本人の容態もわかりません』
ムライが資料から顔を上げた。
「教国が先に身柄を確保すれば、バーラトへの移動はさらに難しくなるな」
『そのとおりです』
ケスラーが引き取った。
『教国は現在、女史の身柄を保持しておらず、発見すれば本人の安全を理由にまず自分たちが保護すると通告してきている』
「その前に連れ出す方法を、検討したいということですね」
ムライが、自治政府側の権限表を表示した。
「受入れの準備は進められます。問題は、迎えに行く方です」
バーラトの〈傘の会〉は、旧同盟軍人や民間の操船者、医療・救難経験者らが参加する救難・防災協力組織である。自治政府の軍隊ではなく、政府が活動を要請することはできても、危険地域へ出動せよと命令する権限はない。
「自治政府所有船を出す。民間船へ協力を求める。医療受入れを用意する。ここまでは、手続を踏めばできます。しかし、教国支配圏へ人を入れ、妨害された場合まで想定すると、こちらの権限だけでは足りません」
ムライは権限表を閉じた。
「〈傘の会〉へ出動を命じることはできません。帝国軍人を民間救難船へ乗せる場合も、救難と軍事行動をどう区別するのかが問題になります」
『名札だけ民間に掛け替えるつもりは帝国にもありません。帝国軍人に民間の服を着せて乗せるような真似はしない、ということです』
ケスラーが言った。
『帝国軍を使う必要があるなら、帝国軍として使います』
ムライはその回答を記録へ送ったが、画面を閉じなかった。
「もう一つあります」
ケスラーが待った。
「救難艇が無事に帰れば、それで終わるとは限りません。教国の許可なく、その支配領域内にある惑星へこちらの船を勝手に入れて、人を連れ出すことになる。教国がそれを国家主権への侵害だと主張し、バーラトの宙域封鎖を始めたらどうしますか?教国が、ハイネセンへ艦隊を進出させてくるという可能性も考えなければならない」
会議室が静かになった。
キャゼルヌは星図ではなく、ムライを見ていた。
「救難艇を帰せば終わり、というわけにはいかんな。帰したあとでバーラトへ圧力が来た場合まで考える必要がある」
「そうです」
ムライは頷いた。
「二人を連れ帰る責任だけを考えて、バーラト自治政府市民への責任を忘れるわけにはいきません。一人の民間人を救うためだからといって、自治政府がどこまでの危険でも引き受けてよいことにはならない」
フレデリカが記録の手を止めた。
「それに、今回の対象者が誰なのかも無関係ではありませんね」
キャゼルヌが彼女を見る。
「皇帝陛下の友人であり、ミッターマイヤー元帥の養子でもあるフェリックス・ミッターマイヤー大尉の実母です。だからこそ、他の救難対象者の場合の対応と比べて、判断基準が一貫していることを記録しておく必要があります。無名の民間人ならしなかったことを、今回はするのか、と後から問われます」
ケスラーは反論しなかった。
『当然の問いです』
「帝国軍がバーラトを守る、と一言で済ませるつもりもありません」
ムライが言った。
「救難艇を護衛してもらうだけでは足りません。今回の作戦を理由に、教国からバーラトへ様々な圧力が加えられた場合、帝国政府がどこまで対応するのか。そこまで確認した上でなければ、自治政府として実行の判断はできません」
ケスラーは少し考えてから答えた。
『軍務省として、想定される教国側の反応と帝国側の対応を整理し、枢密院と元帥会議へ諮ります』
「お願いします」
ムライは最後に一文を記録へ加えた。
「作戦の実行は、自治政府評議会の承認を条件とする。これも確認事項に入れてください」
『承知しました』
クラインが答えた。
キャゼルヌが椅子を少し前へ動かした。
「まず、人を運ぶ方法を考えよう」
卓上の表示が切り替わり、惑星アロヨ・ド・モリノの首都地域の地図が現れた。
キャゼルヌが宇宙港を指した。
「宇宙港は使えない。出境審査で止められる。顔照合で一発だ。港を通さず迎えに行く方法を探すしかない。まず、必要となる仕事から考えよう」
新しい画面に項目が並んだ。
①潜伏中のエルフリーデと同行者へ接触し、本人であることと移動意思を、その場で再確認する。
②二人の身体状態を確認し、どの程度の加減速に耐えられるか判断する。
③宇宙港を使用せず、教国側に事前捕捉されない形で救難要員と船を地表へ入れる。
④収容後、教国側の追跡を受けながら危険区域から船を操縦して離脱する。
⑤教国の領宙を抜けた後もなお教国軍の追跡が継続した場合に、救難艇を防衛する。
⑥操船、医療、保安について、それぞれどの条件で中止または後退を選ぶかを事前に定める。
キャゼルヌが一覧を見た。
「①から④までは、バーラトで人と船を当てましょう」
ムライが言った。
「⑥の中止と後退の条件は、帝国側で可能な支援を踏まえて双方で詰める必要があります」
『異存ありません』
ケスラーが答えた。
『救難側の方式が固まり次第、こちらも必要な条件を出します』
ケスラーは、⑤の項目を見ていた。
『境界外で必要となる護衛と軍事的支援は、帝国軍が担当します。バーラトの出す救難艇への情報支援も可能です。帝国が負うべき保護責任を、バーラトの民間人へ負わせるつもりはありません』
「バーラトから出す民間救難班の指揮権は、どうなりますか」
ムライが訊いた。
『帝国軍の指揮下へ入れるつもりはありません。具体的な兵力と配置は、救難側の方式が固まってから統帥本部で詰めます。帝国の戦闘艦は教国支配宙域へ入れず、教国が領宙と主張している境界線の外で待ちます』
ムライは記録を送り、続けた。
「帝国側の要員はハイネセンへは寄せないでください。先日の件があります。ここは教国側にも対応を見られていると考えるべきです」
こちらには、ケスラーはすぐに答えた。
『承知しました。合流地点は公宙上で別に定めます』
***
【同日 ハイネセン 〈傘の会〉訓練区画・会議室】
ポプランとカリンは実航訓練中にヨーゼフ・ベルガーを救助し、その後の教国側の強制移送工作まで経験していた。
だが今回は、教国支配圏へ自分から入る。〈傘の会〉に出動命令は出せない。二人は、作戦に志願する意思があるかを訊くために呼ばれていた。
会議室にはキャゼルヌ、ムライ、クブルスリー、ユリアン、それに船の手配を受け持つラオがいた。
その少し後ろに、バーラト星系市民〈安全互助隊附属教育課程〉に在籍する二人も席を与えられていた。
一人はレイコ・クゼである。
机の上には資料が六つ開かれており、その横にもまだ未開封の資料束が大量に置かれていた。
もう一人はジュガ・ジンホンという男である。
細身で、白い肌に細面、長く流れる眉と切れ長の目を持ち、黒髪はやや長めに整えられている。
青灰色の上着にはこれといった装飾もなかったが、立っていても座っていても妙に姿勢がよい。
彼の前に置かれている端末は一つだけだった。
二人ともクブルスリーの指導のもとで危機事例分析を学んでおり、過去の事例を現在の判断に使える形へ整理する実務研修の一環として、この会議に同席していた。
キャゼルヌは本人から届いた四つの回答を表示した。
「現在分かっていることを話す。本人は教国の保護を拒否している。安全な場所への移動支援は希望している。現時点で帝国へ戻ることは望んでいない。当面の退避先としてバーラトを希望した」
ポプランは四つの回答を読んだ。
「本人が出たいと言っているんですね。帝国が勝手に『助けたい』と言い出したんじゃなく」
「ああ。本人の回答を照合している」
四つの回答も、前と同じ作業艇識別先へ届いたものだった。
ただし、その通信には、こちらから女史側を呼び出せる宛先は残されていない。
「なら、あとは迎えに行けるかどうかだ」
カリンが顔を上げ、キャゼルヌに訊いた。
「エルフリーデさんが、自力で歩けるかどうかは分かっていますか?」
「分からん。継続的に診療と投薬を受けていたことは分かっているが、病名の詳細は確認できていない」
「今、持っている薬は?」
「それも不明だ」
「強い加減速に耐えられるか、判断できるような診療記録はありませんか」
「ない。今あるのは、そこに出した分だけだ」
カリンは資料を下まで送った。
「……では、搬送の条件は厳しく見ておく必要がありますね」
その横からポプランが画面を覗いた。
「走って船に飛び乗らせて、『さあ、お客さん、特急便だ』というわけにはならんだろうよ」
キャゼルヌは二人が資料へ戻るのを待った。
「同行者が一人いる。イルゼ・ヴァイゲルト。旧コールラウシュ家の元侍女で、二十年以上にわたり女史と生活をともにしている」
カリンはキャゼルヌへ向き直った。
「そのイルゼさんも、一緒に連れてくるんですよね」
「同氏が同行を希望すれば二人とも対象だ」
「分かりました」
キャゼルヌが言った。
「二人には念のため言っておく。これは命令じゃない。説明を訊いてから断っても構わん」
「それは承知してますよ。で、どの艇を使うつもりです?」
「まだ決めていない。乗る方の注文を訊いてからでないと、二度手間になるだろう」
「よく分かっていらっしゃる」
ラオが地図を拡大した。宇宙港と、その周辺に残る民間貨物施設の古い発着場が表示された。
「宇宙港を使わないなら、このあたりが着陸地の候補になりますが――」
「教国も、まず港以外で船が着陸できる滑走路を警戒するだろうな」
ポプランが言った。
「ええ。ですから、航空施設以外で着陸できる土地を探します」
ラオは表示を市街地の外へ移した。道路沿いに、建物のない区画がいくつか見えた。
「使われなくなった資材置き場などです。未整備地でも着陸自体はできますが、女史への負担を考えてなるべく平坦な舗装面が残り、車で入れる場所を候補にします」
カリンが画面を見た。
「車を降りてから、艇まで長く運ばずに済むところにしてください」
「その条件も入れます」
ポプランは候補地を見比べた。
「問題は女史たちが、そこまでどうやって来られるかだな」
ムライが答えた。
「まず、自治政府から女史を名指しした公開告知を出す。移動支援を望むなら、域外救難窓口へ連絡するよう求める」
ポプランが訊いた。
「教国にも読まれますよ」
「構わん。女史を受け入れる意思は隠さない。隠すのは、どこで、いつ、どのように迎えるかだ」
「本人確認はどうやります?」
「ベルガー氏の供述を使う」
ムライは資料を開いた。
「彼が惑星を出る際、彼女に何を訊き、女史はそれに対して何と答えたか。連絡の際、その言葉を書いてもらう」
ポプランが資料を見た。
「なるほど」
「確認できたら、女史に一時連絡箱を一つ渡す。短期間だけ使える通信先だ。女史側は公衆端末からそこへ接続できる。現在地や、こちらから呼び出せる連絡先を渡してもらう必要はない」
カリンが訊いた。
「最初に何を確認するの?」
「身体の状態、薬の残量、車を使えるか、どの程度歩けるか。それから、惑星首都からどの区域までなら移動できるかだ」
ムライは続けた。
「そのときに、救難の予定日も伝える」
ラオが首都地域の地図を拡大した。
「惑星上で移動できる範囲が分かれば、その中から、さきほどの条件に合う場所を絞れます」
「候補は一つにしないでくださいよ」
ポプランが言った。
「ええ。最後までいくつか残します」
ムライが地図を見た。
「前日に、一時連絡箱へこちらから大まかな地域を送る。その範囲まで移動できるか確認する。女史たちには、当日になって長距離を動かせない」
カリンが頷いた。
「その地域まで寄ってもらっておいて、最後は当日ね」
「ああ」
ムライは答えた。
「当日の地上状況と、救難艇を降ろせる条件を確認してから、最終の場所と時刻を送る」
「向こうが見たかどうかは?」
「返答を求める。受け取ったことと、そこまで移動できること。それから女史のその時点の状態だ」
「返事がなければ?」
「降ろさない。計画は中止し、別の方法を考える」
ムライは地図上の候補地を見た。
ラオは候補地の表示を残し、救難艇の資料を開き、追加装備の欄を示した。低反射外装と蓄熱装置が並んでいる。
ポプランは機体の姿よりも、その横に記された使用条件を先に読んだ。
「なるほど、低観測降下での着陸か。反射を抑えて、無線もレーダーも黙らせる。熱は外へ捨てずに抱えておくわけだな」
抱えられる熱には限りがある。溜まりきれば外へ捨てるしかなく、捨てれば、そこで見つかりやすくなる。
ポプランは蓄熱装置の欄を拡大した。
「で、こいつは何分もつ?」
「整備側の見積りでは、二十数分です。追加装備を載せた状態での試験は、まだ必要です」
カリンが資料を自分の方へ寄せた。
「医療機器を動かした分も入っていますか」
「そこは、まだです。必要な機器を出していただければ、負荷を加えて計算できます」
「では、こちらでまとめます。艇を冷やすために、患者の機器を止めるわけにはいきませんから」
「数字は仮、ということだな」
ポプランは表示から目を離さなかった。
「乗ってから『実は五分短くなりました』と教えてくれるのだけは、勘弁してくれよ」
「出発前に、条件を揃えて確認します」
ポプランは頷き、今度は惑星への接近図を開いた。
「減速は、大気の上層で十分に済ませる。速いまま突っ込んで光ったら、外装に何を塗ってあっても同じだ。流れ星になって女を迎えに行くのはおれの役目じゃない。詩人に任せよう」
「あんたが自分から地味に登場しようなんて、珍しいじゃない」
カリンが言った。
「迎えに行く前に見つかったら、顔を見せる相手が警備兵になるだろう」
救難艇は、惑星の近くまで別の船に積んで運ばれ、そこで切り離される。その船を、救難側は母船と呼んでいた。
ラオは、ポプランが指した区間を広げた。
「蓄熱装置を使うのは、最後の降下区間だけにする想定です。母船から切り離す場所と、降下中の減速区間は、これから詰めます」
「そこが先だな。最後の降下だけ隠しても、母船から出たところを敵に見られていたら意味がない」
キャゼルヌが二人の間へ口を挟んだ。
「つまり、その装備をつければ降りられる、という話ではないんだな」
「ええ。玄関口でインターホンを鳴らして『侵入者ですよ』と名乗ってから、廊下だけ忍び足にしても、あまり効果はありませんからね」
ポプランはキャゼルヌへ顔を向けた。
「母船を離す場所と、向こうの監視状況の情報が要ります。艇の性能表だけでは決められません」
「必要な情報は、ラオに挙げておいてくれ。取れるものから集める」
ラオは分離地点と減速区間を未確定のまま残した。機体の資料へ戻り、今度は上昇性能を開く。
「帰りは、離陸した時点で見つかる前提にしましょう。二人を乗せて上がるときまで排熱を絞ったら、逃げ足の方を失います。離陸すれば、遅かれ早かれ現地管制に捕捉されます」
カリンも上昇性能の欄を見ていた。
「病人を乗せたときの慣性補償の記録もお願いします」
宇宙船が急加速や急減速をすれば、その力は乗員の身体にもかかる。慣性補償は、その負荷を打ち消して、人体にかかる加速度を小さくするための機構だった。
「機体がどれだけ加速できても、乗っている人間がそれに耐えられるとは限りません。補償しきれずに残る負荷まで見ないと、どちらが安全かは比べられません」
「分かりました」
ポプランはカリンへ視線を移した。
「その人は、加速と機動にどこまで耐えられる?」
「今はわからない。会って診てからよ。少なくとも、急な加減速を繰り返すつもりでは組まないで」
「だったら加速を抑えた条件でも比べる。全開の数字で並べても仕方がない」
ポプランは機種一覧へ目を戻した。
カリンは隣の候補艇の仕様を開いた。
「こっちも比べて。慣性補償と寝台の固定は、この艇の方がいい」
ポプランは二機の仕様を並べた。機体の最大加速では最初の艇が上だが、慣性補償は二機目の方がよかった。彼は最大値の欄を閉じ、ラオへ顔を向けた。
「こいつも候補に残してくれ。患者に残る負担を同じ範囲に抑えて、どちらが先に外へ出られるか比べたい」
「乗ってる人の負担をまず優先して、その中でどっちが速いか、ってことね」
「そういうことだ」
ラオが頷いた。カリンが医療設備の欄を見直していると、ポプランが横から言った。
「船にはずいぶん注文をつけるな。操縦士はどうだ?」
「あんたで我慢するわ。それとも、代わりを探してほしいの?」
「誰が断ると言った」
カリンは、ほんの少し笑った。
キャゼルヌが接近図を指した。
「見つからずに帰るのではない。二人を乗せるところまでは、なんとか見つからずに済ませる。その後は離陸して見つかってから、大急ぎで逃げるための計画が要るわけだ」
ムライは星図の外側を見た。
「帝国軍の情報支援が要るな。そろそろ帝国軍務省との協議の時間だろう。つなげるか」
連絡担当が帝国軍務省との回線を開く間に、ラオは検討中の方式を短くまとめた。
画面にケスラーとクラインが現れ、低観測降下、収容後の上昇、患者を乗せた離脱という順で説明が送られる。
クラインは一通り確認してから、星図へ観測点を置いた。
『救難艇自身のセンサーを、帝国軍の観測で補うことは可能です。複数方向から追跡すれば、艇から見えない距離にいる艦の位置や加速方向も、推定できる場合があります』
ポプランが画面を見た。
「その情報を、おれの船へ流してもらえるわけか」
『はい』
「まさかこのおれが帝国軍の目を借りて飛ぶ日が来るとはね」
ムライはさらに外側を示した。
「帝国軍による護衛は、どこからになりますか」
ケスラーが答えた。
『教国支配宙域の外側からです。護衛の部隊を待機させます。具体的な受入れ位置は、艇の性能と離脱計画を受けて決めます。帝国軍から越境して迎えに行く配置にはしません』
「では、先ほど確認した越境禁止も、受入れ部隊の命令に明記してください。救難艇が、その手前で止まる場合もあるはずです」
『明記します』
ケスラーが答えた。
『通信が切れた場合も、現地判断では越境させないようにしましょう』
ムライは星図に引かれた境界線を見た。
「もう一つ確認しておきたいことがあります。教国の引いている警戒線を帝国軍が越えなければ、教国軍は撃ってこない。今回の計画は、そこをすべての前提にしていますね」
ケスラーが頷いた。
『はい。教国側は、自分たちが設定した管理宙域へ外国軍艦が無断進入した場合には実力を行使すると宣言していますが、線外にいる艦艇については敵対行動がない限り自分たちから攻撃を開始しない、と』
「公示の内容はそうでしょう」
ムライは言った。
「実際に教国軍がそれを守る保証はあるでしょうか」
ポプランが椅子の背にもたれた。
「連中の行儀は悪くないとは聞いちゃいるが……たしかマーロヴィアじゃ、民間船まで面白半分に狙い撃ってた連中がいたって噂は聞いたぜ」
通信画面の向こうで、ケスラーが答えた。
『ラスバッハですな』
ポプランが画面を見る。
「名前が割れてるのか」
『ヴィクトール・フォン・ラスバッハ。第一聖団〈ベローナ〉艦隊司令です』
キャゼルヌが腕を組んだ。
「そういう男が艦隊を預かっている軍隊だ。公示がありますから安心です、で済むのか?」
クブルスリーが後ろの席へ顔を向けた。
「ジュガ君。読んでくれたまえ」
ジンホンが顔を上げた。
「承知しました。彼らの言葉ではなく、守った回数を数えるといたしましょう。
ではクゼさん、始めます。まず彼らが公示を破った反例の提示を先にお願いします」
「検索条件を確認。一、警戒線外の帝国軍艦、二、帝国側が先に仕掛けた事例は除外、ですね。検索期間は?」
「開戦から現在まで、全件」
「承知しました」
ポプランが眉を上げた。
「なんだ?何が始まったんだ?」
ジンホンは通信画面へ顔を向けた。
「ケスラー閣下。帝国側の教国艦との接触記録を、今この場だけ、いま申し上げた条件で帝国軍のデータベースと照合できる形にしていただくことはできますか?」
『可能だ。ヴァルター大尉、頼む』
『はい。該当項目だけ開きます』
レイコの端末に、新しい資料群が接続された。
ジンホンは会議卓へ向き直った。
「五分ください」
クラインから開示された帝国側の接触記録が、バーラトの端末へ流れ込んだ。レイコは戦闘詳報、警備艦の航行記録、教国側の退去要求を重ね、条件に合わないものを落としていった。三分ほどして、指が止まる。
「総数四三五件です。帝国艦が警戒線の外に留まり、こちらから先に射撃も火器管制も向けなかったものが三四〇件。その三四〇件では、教国側からの先制射撃はありません」
ムライが訊いた。
「残り九十五件は?」
「すべて交戦。六十一件は帝国艦が警戒線を越えています。三十四件は帝国側が先に火器管制、または射撃へ移っています」
ジンホンはレイコの表示を一度見た。
「結構。クゼさん。次は、『人』を読みましょう」
「命令からの逸脱行動の確認された教国指揮官ですね」
「お願いします」
数秒後、レイコが別の記録を開いた。
「ヴィクトール・フォン・ラスバッハ。第一聖団〈ベローナ〉艦隊司令」
ポプランが鼻を鳴らした。
「やっぱりそいつか」
「マーロヴィアでは、民間輸送を含む非戦闘対象への攻撃が確認されています。ただ、警戒線外の帝国軍艦への先制射撃という条件には該当しません」
ムライが訊いた。
「その人物の現在位置は?」
通信画面の向こうで、ケスラーが答えた。
『〈ベローナ〉艦隊はバーミリオン星域、惑星モン・ミラーユ周辺に展開中です。ラスバッハ本人も、直近の映像記録で確認されています』
ジンホンが卓上の時刻表示を見た。まだ五分経っていない。
「では、結論です。教国軍が公示した警戒線の運用は、これまでの接触記録では守られているようです。線外に留まり、攻撃行動を取らなかった帝国艦へ、教国側から攻撃した例はありません」
「規則から外れる指揮官はいます。最も明確なのはラスバッハですが、現在この宙域にはいません」
しばらく誰も口を開かなかった。キャゼルヌが壁の時刻表示を見る。
「……五分も使ってないな」
ジンホンはレイコの端末へ目をやった。
「帝国軍のデータがよく整理されていましたので」
ポプランがジンホンを見た。
「なあ、お前さん。教官か?」
「いいえ。学生です」
***
クブルスリーが資料を一枚増やした。表示されたのは、〈中止条件〉という文字だった。
ポプランがそちらへ顔を向けた。
「行く前から、やめる相談ですか?」
「いざ行ってからでは決めにくい。何が起きたら降下を中止するのか。どこまで行ったら収容を断念するのか。先に決めておきたまえ」
「目の前まで行っても、助けずに帰る場合があると?」
「ある。『可能な限り』とだけ決めておけば、その限界の判断を現場に全部背負わせることになる」
カリンが黙った。
ユリアンが言った。
「私も、助けずに帰る条件を決めるのは気が進みません。でも、行った人まで帰れなくなる計画にはできないでしょう」
ポプランはしばらく星図を見ていた。
「理屈は分かる。だが、気に入らん」
「ええ。それでも決めておく必要があります」
ユリアンは答えた。
「結構。実に良い方針です」
後ろからジンホンの声がした。
ユリアンが振り向く。
「気に入らないことと、必要でないことを混同しておられない。実に結構」
ジンホンはそれだけ言って、端末へ目を戻した。
クブルスリーは後ろの席へ顔を向けた。
「では次は、クゼ君の番だ。類例を見せてくれたまえ」
「はい」
レイコは待っていたように別の資料を開いた。
「七件あります。包囲地域からの民間人退避が三件、政変時の要人避難が二件、内戦下での医療対象者移送が一件、それから――」
「素晴らしい」
ジンホンが口を挟んだ。
「七件も見つけたのですか。結構、結構。実に結構ですよ、クゼさん」
「……ありがとうございます」
「で、その七件で、失敗した理由は何種類あります?」
レイコは一度口を閉じ、開いていた資料を見直した。
「完全に同じ事例は、一つもありません」
「もちろんです。歴史がそこまで親切なら、我々はもっと楽に暮らせるでしょう」
ポプランがカリンへ小声で言った。
「いいことを言うな、あの男」
「あんたなら、もっと楽をしてたでしょうね」
「話が早くて助かる」
レイコがジンホンを見る。
ジンホンは穏やかな顔のままだった。
「では訊き方を変えましょう。七件で共通している失敗は?」
「……一つあります」
「素晴らしい」
ジンホンは満足そうに頷いた。
「では六件、減りましたね」
ポプランが、ちらりとそちらを見る。
レイコは一瞬何か言いたそうにしたが、結局一件だけ画面へ残した。
「救出に入った部隊が、途中で任務を増やしています。治安回復、施設確保、追撃してきた相手の排除。どれも、現場判断では必要に見えました」
「それで結果は?」
「本来の退避が遅れました。人員も、時間も、そこで使いすぎて失敗しています」
「実に結構。良い報告でしたよ、クゼさん」
ジンホンは細い指で端末の端を一度叩いた。
「では、今回覚えておくのはそれだけでよいでしょう」
ポプランが訊いた。
「何をだ?」
「目的を後から増やさないことです」
「つまり、現場で余計な正義を始めるなってことか」
ジンホンはポプランを見た。
少しだけ眉を上げる。
「実に素晴らしい。私よりずっと短くおっしゃる」
ポプランが笑った。
「お前さん、褒めてんのか?」
「もちろんです」
一拍置いて、ジンホンは続けた。
「ですが、もっと重要なのは、救出を続けるために別の任務が必要になった場合です。治安を回復しなければ進めない。施設を確保しなければ収容できない。追手を排除しなければ帰れない。そうなった時点で、最初に立てた救難計画ではなくなっています」
クブルスリーが〈中止条件〉の表示を指した。
「その場合は、続ける理由を探すのではなく、中止する条件に入れるということだな」
「はい」
レイコが答えた。
「少なくとも、現場の判断で新しい任務を足してはいけません」
キャゼルヌが二人の前の資料を示した。
「危険な点は、今のところこれだけある。分かっていないことも多い。ほかに聞いておきたいことは?」
ポプランは機種一覧を開き直し、二機の仕様を並べ直していた。
「さて、どっちなら文句が少なくて済むかな」
「艇より先に、あんたの文句を減らせない?」
「それは仕様だ」
ラオは星図の内側と外側を見比べ、しばらくしてキャゼルヌへ声を掛けた。
「もう一人、呼んでもよろしいですか。全体の運航を組む人間が要ります」
「誰だ」
「ユアン・ウォードです」
***
【同日午後 惑星アロヨ・ド・モリノ 貨物区画外縁】
搬送機の振動は、午後になっても止まらなかった。
エルフリーデは寝台で目を閉じている。眠っているのかどうかは、イルゼにも分からなかった。ランズベルクは卓の端で、あの白紙に何かを書いていた。一行書いては手を止め、ときどき線を引いて消す。
扉の脇の端末が、短く鳴った。
〈短期契約者の皆様へ。明日午前、聖管区の指示により、入居者の身分証を再確認いたします〉
イルゼはそれを二度読んだ。
「明日ですね」
ランズベルクが顔を上げた。
「明日です」
エルフリーデが目を閉じたまま言った。
「今夜のうちに次を探すのね」
「いえ。ここは出入りが記録されます」
イルゼが答えた。
「夜中に部屋を出れば、そのこと自体が残ります。朝、確認が始まる前に出ましょう」
ランズベルクは書きかけの一枚を見た。
「朝の移動も書き加えておきます」
エルフリーデは目を開けなかった。
「使わないかもしれないわよ」
ランズベルクは少し考えた。
「そのときは、使わなかったと書き足します」
イルゼは端末に戻り、保存されていたバーラト自治政府の域外公報を開いた。
バーラトへの退避を希望することは、すでに伝えてある。だが、こちらからは折り返しの連絡先を渡していない。自治政府が応じるなら、公に何らかの告知を出す可能性があると考え、イルゼはそれ以来、配信される公報を確認するようにしていた。
新しい公報を上から順に見ていく。
「何かありましたか」
ランズベルクが訊いた。
「まだ何もありません」
イルゼは次の配信時刻を確認した。
「夕方に、もう一度見ます」
エルフリーデが寝台の上でわずかに身じろぎした。
「向こうも、考えている最中なのかもしれないわね」
「そうでしょうね」
イルゼは端末を閉じ、ずれていた掛布を肩まで引き上げた。そのあと薬瓶を手に取り、残りを確かめるように眺めてから卓へ戻した。
数は朝に確認してある。
返事を待っている間にも、薬だけは減っていく。
ランズベルクは白紙の端に翌朝の移動を書き加えた。
その先には何も書かず、筆記具を置いた。
***
【同日夕刻 ハイネセン 〈傘の会〉訓練区画・会議室】
ユアン・ウォードが呼ばれてきたのは、ラオが連絡を取ってから一時間ほど後だった。
ユアンはハイネセン中央港の運航調整員だった。
戦争が始まった翌朝、一万人を超える乗客を乗せた客船が推進系の故障で旅客ターミナルへ突入しかけた際には、貨物バースを空け、残った曳船で進路を逸らす案を出していた。ラオが覚えていたのは、危険な案を思いついたことよりも、使えるものを最初から全部使い切らず、最後まで予備を残そうとしたことだった。
ユアンは渡された資料に目を通し、星図より先に人数と医療条件の欄を見た。
「運ぶのは二人ですか?」
「二人だ。一人は病人。歩けない前提で考えている」
キャゼルヌが答えた。
「自力で乗艇できるかも分からないですか?」
「ああ」
ユアンは医療条件の欄を見たあと、カリンへ目を向けた。
「ここにない条件で、先に入れておくことはありますか」
「乗せ替えは、できるだけ減らして。一度寝台へ乗せたら、そのまま運べる方がいい。何度も抱えて移す計画にはしたくないわ」
「分かりました。危険区域を抜けるまでは同じ艇にして、その先は医療側の判断で引き渡す形にします」
ユアンはそこで初めて星図を開いた。暫定案には、高速救難艇一隻がアロヨ・ド・モリノへ低観測降下し、対象者を収容した後、そのまま離脱する一本の線だけが引かれている。
キャゼルヌがその線を示した。
「乗せ替えを減らすなら、この艇で長い区間を持たせることになるな」
「はい。ただ、飛ばすのが一隻でも、全部をその一隻でやる必要はありません」
ユアンは星図の縮尺を下げた。星図上の救難艇の周囲に、予備艇、支援船、通信中継、帝国の観測艦が次々と配置されていく。医療受入れ船は外側へ、保安艦はさらにその周囲へ配された。
艇から見えない場所は観測艦が見る。途切れる通信は中継がつなぐ。女史を医療船が受け取ってハイネセンまで搬送する。降りるのは一隻でも、その一隻を外から支える船が何隻も要った。
ポプランが星図を覗いた。
「周りのがどんどん増えてくな」
「迎えに入るのはポプランさんの艇だけです。周りには、それ以外の仕事をしてもらいます」
ユアンは次の表示へ移った。
「観測艦からは追手の情報をもらいます。通信中継は別系統を一つ残す。医療受入れ船は、引渡しまでに二人を受けられる状態にしておきます」
ポプランは星図の中央の救難艇から、周囲の表示へ目を移した。
「船の中には数人しかいないのに、外はずいぶん賑やかになるな」
「整備や医療、通信の交代まで入れれば、バーラト側だけで百人は超えると思います。帝国軍を合わせると数百人でしょう」
「二人を迎えに行くのにか」
「ポプランさんとカリンさんにも、帰ってきてもらう必要がありますので」
ポプランは何か言いかけて、やめた。ユアンは人数を仮置きしたまま、次の待機時刻を確認していた。
カリンが訊いた。
「途中で患者の状態が悪くなって、加速を落とす場合も考えてもらえる?」
「はい」
ユアンは救難艇の予定到達時刻を後ろへ動かした。
「それに合わせて、こちらの待機と引渡しを組み直します」
「追手が、その分だけ近づいてくるわね」
「そこも計算します。どこまでなら別の針路へ逃がせるか、逃がせなくなった場合はどうするか。帝国軍とも詰める必要があります」
「医療側から加速を落としてほしいと言ったとき、予定時刻を理由に押し返されるのは困る」
ユアンはカリンを見た。
「女史が耐えられないなら、その予定では運べません。変えるのは予定の方にしましょう」
カリンは少し間を置いて頷いた。
「分かった。こっちでも先に伝えられる条件をまとめる」
ポプランが横から言った。
「じゃあ、俺が『この速度じゃ無理だ』と言ったときも、時計を見せて急かすなよ」
「患者のためならね」
カリンが答えた。
ユアンは二人のやり取りの間に、通信中継の時刻をずらしていた。支援船は一か所に集めず、通信は二系統に分ける。交代要員も置き、支援側の一人、一隻が欠けただけで全作戦が止まらないようにした。
「実に素晴らしい」
不意にジンホンが言った。
ユアンが彼を見る。
ジンホンは薄い端末を閉じていた。
「一人欠けても、一隻欠けても、全体が止まらない。結構、結構」
ユアンは少し戸惑った。
「……ありがとうございます」
「ただし」
ポプランが笑う。
「ほら、来たぞ」
ジンホンは気にしなかった。
「ご自分まで予備から外してはいけませんよ、ウォードさん」
クブルスリーが、その言葉を受けるように訊いた。
「ウォード。君自身は、この計画のどこに乗るつもりかね」
ユアンは星図の外縁を指した。
「前へ出る運航卓です。最深部へ行っても、私にできる仕事はありませんから」
「交代は?」
ユアンの指が止まった。
「……まだ入れてません」
ムライが眉を寄せた。
「……またか」
「今回はまだ勤務表を作ってる途中です」
「前にも同じことを言っていたな」
「前は勤務表を作る前に客船が突っ込んできたんです」
「理由になっていない」
「はい」
ジンホンが静かに頷いた。
「実に良い返事ですよ、ウォードさん。改善されれば、なお結構」
ユアンは何とも言えない顔をした。
クブルスリーが言った。
「自分を計画から除外しないようにしたまえ。船の予備を置いて、運航卓だけ一人で持たせる理由はない」
ムライはクブルスリーへ向き直った。
「そこは私からも確認しておきます」
「分かりました。交代を入れます」
キャゼルヌが完成しかけた表示を見た。
「これを、実際に艇を降ろせるところまで持っていくには、何日かかる?」
ユアンは救難艇、予備艇、低観測装備、観測艦、保安艦、通信、医療の順に時刻を確認した。
「最短で四日です」
「四日か。惑星に降りる艇だけなら、もっと早く出せるだろう」
「出せます。帰りを支える船と人が、まだ揃いません」
ユアンは周囲の表示をいくつか消した。救難艇の予定線は残ったが、途中で観測と通信の引継ぎ先がなくなった。
「間に合わないところが、こうなります。この区間では、追手を自分の艇だけで見なければなりません。こちらでは、医療船へ渡すまで待つことになります」
ポプランが腕を組んだ。
「予定より早く追手が来たり、女史の状態が想定より悪くなったりしたら、その場に残った余裕だけで何とかしろというわけか」
「はい。今のまま急ぐなら、そうなります」
キャゼルヌは消えた表示の位置を見た。
「そこを埋めるのに四日か」
「予備艇、観測、通信、医療を配置して、一度つないで確かめるところまで含めてです。途中で一度も予定が狂わないなら、要らない準備かもしれませんが」
ポプランが言った。
「狂うと思ってるのか」
「狂わないと思う理由がありません」
ジンホンの口元が、ごくわずかに動いた。ユアンは周囲の表示を戻した。
「艇を出すだけなら、もっと早くできます。帰ってこられる状態まで整えるなら、四日ください」
カリンが医療資料から顔を上げた。
「四日かかることは分かりました。その間、エルフリーデさんが見つからずにいられるか。それに、身体が四日持つかも確認しないといけませんね」
「はい」
ユアンは工程表の初日を開いた。
ムライが言った。
「では、先ほど決めた方法で女史側へ連絡しよう。評議会の承認が下りたら公開告知を出す。本人確認が取れたところで、救難の予定日は四日後と伝える」
カリンが医療資料を示した。
「そのときに、今の身体の状態と薬の残量も確認してください。四日待てる状態なのかを見たいです」
「待てない状態なら、こちらの計画を見直す」
ムライが言った。
ユアンは工程表を開いた。
「着陸候補も、先ほどの検討どおり複数残しましょう。非常口が三つある建物で、最初から一つしか使わないと決める人はいないでしょう」
ポプランが言った。
「火事になる前から非常口の話か」
「火事になってから探すよりましですよ」
ユアンは工程表を一日進めた。
「前日に大まかな地域まで移ってもらう。正確な場所は当日、地上と上空の状況を見て決めます」
「ずいぶん直前だな」
ポプランが言った。
「旅行案内なら不親切ですけど、逃亡案内なら親切ですよ」
ポプランが少し笑った。
「お前さん、旅行会社には向かんな」
「いまのところ港湾会社なので大丈夫ですよ」
連絡担当が一時連絡箱の運用欄を開いた。
「通信内容は暗号化できます。ただ、公衆端末を使った記録までは消せません。教国側が調べれば、接続に使った端末を追われる可能性があります」
「同じ場所を何度も使わせるな」
ムライが言った。
「連絡は必要な回数に絞る。予定した時刻に接続がなければ公開告知へ戻る。その場合の合図も、最初の通信で決めておこう」
ユアンは、初回、前日、当日の三か所に印を付けた。
キャゼルヌがそれを見た。
「四日か」
クブルスリーが言った。
「こちらには準備のための四日だが、女史たちには、その間も見つからずにいてもらわなければならない」
誰も答えなかった。
ポプランは星図を見ていた。
救難艇は一隻だった。その後ろには観測、連絡、医療、受け入れ、予備輸送と、いくつもの仕事が残されている。前へ出す船もあれば、最後まで使わずに済むかもしれない船もあった。
「……ずいぶん、帰る方に手間をかけるんだな」
ユアンが顔を上げた。
「行くだけなら、簡単ですから」
ポプランは彼を見た。
「帰る方が難しい、と?」
「たいていは」
ポプランはしばらくユアンの顔を見ていた。
「ウォード」
「なんでしょうか」
「お前の親父さん、軍人だったか?」
ユアンは少し意外そうな顔をした。
「はい。同盟軍にいたと、母から聞いています」
「お前の親父さん、もしかしてヤン艦隊にいたか?」
「はい」
ユアンは頷いた。
「ただ、私が生まれる前に戦死しました」
ポプランの表情が少し変わった。
「……そうか。悪かった」
「いえ」
少し間があった。
ポプランが訊いた。
「どこでだ?」
「回廊の戦いです」
ポプランは黙ってユアンを見た。
「……ウォードってのは、親父さんの姓か?」
「いいえ。母の姓です」
ポプランはそれ以上訊かなかった。
星図へ視線を戻した。
中央には、教国領へ入っていく一隻の救難艇がある。その後ろには、帰ってくる船を受け取るための配置が、いくつも残されていた。
――「ロイエンタールがどんな人だったのか、父上が覚えていることを全部話してもらえますか?」
次回、『疾風と金銀妖瞳(前編)』