銀河英雄伝説・次代篇 ~英雄の残光~   作:銀河の灯守

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【キベロン事件(後編)――数えられない名(新帝国暦十八年一月)】

帝国の公文書に、キベロン事件という名の事件は存在しない。

 

だが、裁判の記録なら存在する。

 

「ロフォーテン方面治安維持行動に関する特別軍事法廷」

 

年が改まった新帝国暦十八年の一月、帝都レーヴェンシュテルンで開かれた。

 

記録は、多くのものを数えている。

開廷は十四回。証拠書類は千二百余点。審理は三十九日。

検察官の論告は四時間に及び、弁護人の最終弁論は十三分で終わった。

十三分で足りたのである。

 

そして裁判記録が、最後まで数えていなかったものが一つある。

 

 

 

***

 

【新帝国暦十八年一月 帝都レーヴェンシュテルン・軍務省内軍事法廷】

 

 

被告人は、軍服で入廷した。

 

ロフォーテン方面軍の守備隊指揮官、オイゲン・ドルスト准将。

 

階級章は、まだ肩にあった。

起訴の日から判決の日まで、彼は一度も声を荒げず、一度も目を伏せなかった。

問われるたびに、彼は同じ答えを同じ姿勢で返した。

 

「治安維持権に基づく、適法な措置であります」

 

検察は、条文を順にあてていった。

 

四日目、住民殺傷の罪。

弁護人は条文を一つ読み上げただけだった。

治安維持行動における武力の行使は、現場指揮官の裁量に属する。

裁量の範囲を画する規定は——存在しなかった。

 

 

七日目、過剰な武力の行使。

 

「では問う。何をもって過剰とするのか。基準となる条文を示されたい」

 

検察官は、示せなかった。

過剰を測る物差しは、帝国軍刑法のどの頁にもなかった。

物差しのない過剰を、有罪判決の根拠にはできなかった。

 

 

さらに、弁護人は、先例を置いた。

「帝国軍が、過去に宇宙海賊の船を撃沈したとき、乗員の数を数えて撃った例はありましょうか。ありません。十隻沈めれば、海賊の数千は死にます。それを過剰と呼んだ先例は、帝国のどこにもありません」

「本件の死者数は、治安行動の規模として、前例の内にあります」

検察官からの反駁は、なかった。

そのような前例は、実在したからである。

 

 

「艦隊戦ならば、一会戦どころか、一戦闘での損耗の内であります。敵性協力者へ『付随的損害』が生じた事例などいくらでもございます」

弁護人は、事実を述べた。

事実として、それは事実だった。

 

 

十二日目、交戦規定への違背。

交戦規定は、敵との交戦を前提としていた。

帝国は、あの数千を敵と認定していない。

 

では、一般刑法の殺人罪はどうか。

治安維持権に基づく適法な武力行使である限り、一般刑法上の殺人罪は成立しない。

問題は、その武力行使がどこから違法になるか、だった。

その境界を定める規定が、なかった。

 

治安維持権による武力の行使そのものは、法が認めていた。

認めながら、上限を書いていなかった。

比例性を求める明文も、住民保護の具体的義務も、軌道からの爆撃を禁ずる規定も——どこにも、なかった。

条文は一枚ずつめくられ、あてられ、届かずに閉じられた。

 

書いた者がいなかったのは、それを行う者がいるとは誰も考えなかったからである。

 

帝国軍刑法は、王朝の交代とともに全面的に書き改められた、まだ若い法典である。

条文は新しく、解釈は詰め切られておらず、参照できる前例も薄かった。

 

薄いことには、理由がある。

旧王朝は、この種の惨劇を、そもそも裁判にかけなかった。

新王朝は、この種の惨劇を、この日まで起こさなかった。

 

裁いた例は、どちらの時代にもなかったのである。

法の空白は、法典の若さの中で——そして、新王朝の行儀のよさの中で——手つかずのまま残っていた。

 

 

 

 

 

三十一日目、検察官は条文の外の問いを、一つだけ発した。

 

「同じ状況に置かれれば、貴官は同じ措置を執るのか」

 

「状況が同じであれば、規定も同じであります」

 

答えは、正確だった。

正確さの他には、何もなかった。

 

事実関係は、一度も争われなかった。

 

争点は、条文の解釈だけだった。

 

 

***

 

 

審理は、公開で行われた。

 

旧王朝であれば、この種の裁判は開かれもしなかったであろう。

開かれず、記録されず、地名ごと官報から消えたはずである。

 

新王朝は開き、記録し、官報は審理の要旨を毎回掲載した。

隠蔽を拒んだことは、新王朝の誇りであり、事実、誇るに値した。

 

辺境では、その官報が読まれた。

 

論評は要らなかった。

何が問われ、何が問えなかったかを、要旨はそれ自体で正確に伝えた。

辺境の集会で回された刷り物は、官報の文面をそのまま転載しただけだったと、複数の記録が伝えている。

一語も足されていなかった。

足す必要が、なかったのである。

 

旧王朝は、隠して憎まれた。

新王朝は、開示して失った。

 

 

帝都には、被告人を擁護する論も、一部に流れた。

ヴェスターラントは二百万、本件は数千、規模が違う、という「算術」である。

数えられなかった死者を、この裁判で唯一数えてみせたのは、死を数字化して小さく言うための算術だけだった。

 

 

***

 

 

法廷の末席に、一人の少年が座っていた。

 

摂政府の判断で用意された、発言権のない傍聴席である。

裁く者でも、裁かれる者でもない。

ただ、見る者としての席だった。

 

公開の法廷には、空席が目立った。

 

席にいるのは官報の記者と、法務系統の士官ばかりである。

遺族のために空けられた一画だけは、ほとんど埋まらなかった。

 

キベロンは遠い。

旅費を持つ者は少なく、たとえ来られたところで、彼らに発言権はない。

数千の死の裁判を、死の当事者はほとんど見ていなかった。

そして職務でそこにいる者を除けば、全十四回の開廷を一度も欠かさず見届けた傍聴人は、末席の少年ただ一人だった。

 

少年は、帳面を持って来ていた。

 

戦死者の名簿を読むとき、彼は名の一つ一つに欄外の印を付ける癖がある。

誰に教わったのでもない。初陣の夜、一万二千の名を数えようとして数えきれなかった、あの日からの癖である。

今度も、そのつもりで来ていた。

数千の名は長い。長くても、三十九日あれば、読める。

 

そして彼は、被告人席の背中を、毎日見た。

 

憎もうとした。

 

できなかった。

 

少なくとも、少年が毎日見つめた法廷の背中には、憎悪が掴めるだけの歪みが見当たらなかった。

代わりに少年の中で動き出すのは、いつもの、あの悪癖だった——この正しさの後ろで、何人が死んだのか。

数える方へ、心が勝手に歩いて行く。

 

 

***

 

 

九日目、死者の数が証言に上がった。

 

「死者数について、確定した数字を述べよ」

 

「……確定して、おりません」

 

「概数でよい」

 

「数千、としか」

 

法廷は、次の証拠へ移った。

少年の帳面は、開いたまま、白かった。

 

 

***

 

 

法廷の裏手に、書記局の部屋がある。

 

辺境から届いた被害届が、証拠付番のために積まれていた。

賠償請求の添付書類、焼けた家屋の見取り図、代筆の署名。

書記官たちは、それを一枚ずつ規定の様式に写していく。

 

 

 

 

 

その一枚の日付欄に、「聖暦十七年」とあった。

 

 

 

 

 

 

書記官は手を止めず、「新帝国暦十八年」と書き直した。

辺境の書式の乱れなど、珍しいことではない。

彼はその日、四百枚を写した。

 

書き直される前の原本も、規定に従って綴じられ、保存された。

 

誰も、気に留めなかった。

 

 

***

 

 

二十二日目、少年は側仕えを通じて、書記局に一件の照会を出した。

 

犠牲者名簿の閲覧を請う——署名はなく、摂政府経由のただの閲覧願いである。

 

回答は翌日、一枚の紙で来た。

 

照会の件、確定した犠牲者名簿は現存せず、また現時点で作成の予定もなし。

個別資料に氏名の記載はあるものの、死亡確認及び重複排除の基礎となる原簿が失われたためである。

 

封印されているのではなかった。

機密なのでもなかった。

存在しないのだった。

 

少年は、その紙を長く見ていた。

かつて彼は、一万二千の名を数えようとして力尽きたことがある。

数えきれなかったことを、ずっと自分の側の敗北だと思ってきた。

 

今度は、最初の一行が、なかった。

 

数える者の根気の問題では、もうなかった。

数えられる形で死ぬことすら、あの数千には許されていなかった。

 

その夜、少年は白い帳面の、最初の行に、一つだけ書いた。

 

名ではない。

書ける名が、なかったからである。

 

——キベロン。

 

地名一語の欄外に、彼はいつもの癖で、小さな印を付けた。

 

 

***

 

 

判決は、三十九日目に下りた。

 

有罪は、二件である。

増援要請に添えた状況報告の不実記載。

上級司令部への事前通報義務の違背。

 

数千の死は、どの罪状の中にもいなかった。

法が掴めたのは、書類に残った二つの違背だけだった。

法が数えられるものだけが、法廷に残ったのである。

 

「一階級降格。禁錮一年。」

二つの有罪事実について、軍法上科し得る最も重い処分であった。

 

オイゲン・ドルストは判決を直立で聞き、最後の敬礼を規定どおりに行って、退廷した。

 

官報は、判決の全文を掲載した。

辺境の刷り物は、そのうちの二つの数字だけを並べた。

死者、数千。禁錮、一年。

並べるだけで足り、論評は一語も足されなかった。

 

辺境は、この判決をこう受け取った——帝国は、身内を庇った。

そして記録の外で、辺境はこの軍法会議を別の名で呼んだ。

 

数えない裁判、と。

 

皇帝の名で、復興と賠償の予算が組まれた。

尽くせるものは、尽くされた。

 

 

ただ、民心だけが、戻らなかった。

 

 

そしてこの日から、もう一つのことが起きた。

 

辺境の孤児院と施療院を疑う言葉は、爆撃を正当化する言葉と同じ響きを持つようになった。

九か月かけてようやく門の形になったあの請求文書が追っていた筋を、もう誰も口にできない。

 

数か月ののち、辺境のある検察官が、施療院の送金記録の再調査を提案した。

会議室で最初に返った問いは、証拠の有無ではなかった。

 

——第二のキベロンを起こす気か。

 

提案は、その日のうちに取り下げられた。

 

正しい手がかりは、帝国自身の火で封じられた。

 

 

***

 

 

判決の報は、二人の大佐のもとへ、それぞれの任地で届いた。

 

回廊の哨戒任務にあったレオンハルト・リヒターは、判決文の写しを二度読んだ。

有罪となった罪状——増援要請の不実記載。

あの日、回廊の航行中に彼が三度読み返した、あの合わない数字である。

数千の死のうち、法廷に届いたのは、彼の疑念が引っかかった書面上の不実だけだった。

彼は写しを畳み、規定どおりの位置に納め、その手が机を離れるまでに、普段の倍の時間をかけた。

 

ロフォーテン隣接宙域のチェンイー・シェパードは、報を聞いて、何も言わなかった。

彼の手元には、四つの港の投降者名簿がある。

延べ二百時間の通信で聞き取った、数百の名前である。

生きて武器を置いた者には、名簿があった。

眠ったまま焼かれた者には、なかった。

彼はその晩、名簿の頁を最後まで繰り、綴じ紐を結び直しただけだった。

 

 

***

 

 

閉廷の夜、軍務省の一室で、法務官が頭を下げた。

 

「あてられる条文は、すべてあてました」

 

「詫びるな。条文の内では、貴官らは完璧だった」

 

ケスラーは、それだけ言った。

 

九か月、法の道だけを掘り続けた男である。

法の穴を使わず令状を待ち、待つ間に令状の届く先が焼かれ、いままた、焼いた男を法で捉えそこねた。

 

軍政の長は、明日の法を改めることはできる。

改正の上申は、彼の職権の内である。

だが、明日書いた罪を、昨日の被告に遡って負わせることはできない。

 

それを許せば、法は権力の後付けの道具になる——ドルストが使ったものと、同じものに。

法を守るために、あの数千の死を裁けない。

その矛盾を、この夜の帝都で、ケスラーほど正確に理解している者はいなかった。

 

明日の法は、書ける。

昨日の死者は、その外にいる。

 

書く仕事は、玉座の側に残された。

その玉座の主は、法廷の末席で、白い帳面を閉じたところだった。

 

後年、ケスラーの評伝を書いた歴史家は、この一件の章に「法律家の敗北」と題した。

老いた本人は、題の訂正を求めなかったという。

ただ、欄外に一行だけ書き残した。

 

——敗北したのは、法律家ではない。

 

 

***

 

 

その数日後、摂政府の会議は、辺境の民心に関する報告を受けた。

 

数えられるものは、すべて数えられていた。

賠償の受領は千数百件。復興の資材は数十万トン。工程の進捗は予定の内。

どの数字も、健全だった。

 

そして、士官学校への辺境出身者の志願が、前年の半分に減っていた。

これも、数えられた。

減った理由だけが、報告書のどの欄にもなかった。

 

会議の席で、内務の官僚が一件の台帳に触れた。

辺境の苦情台帳である。

 

その最も古い頁は、爆撃よりずっと前の日付だった。

旧同盟の軍人恩給——支払うべき国家が消滅し、帝国に引き継ぐ義務のなかった未払いの列である。

 

法的には、誰の落ち度でもない。

台帳は、そこから始まってキベロンで終わっていた。

 

摂政は報告を最後まで聞き、賠償の増額をその場で裁可した。

財源の問いには短く、工面する、とだけ答えた。

 

 

***

 

 

帰りの車中は、静かだった。

 

摂政皇太后ヒルダは窓の外の帝都の灯を見たまま、隣の少年に一つだけ問いを渡した。

「陛下。あの数千の死を裁けなかったのは、裁く者が無能だったからだと思いますか」

 

少年は、少しの間黙っていた。

「いいえ。……法が、届いていなかった」

 

摂政は、頷いた。

それだけだった。

答えの続きも、問いの解説も、与えられなかった。

 

少年の膝の上には、一行だけ書かれた帳面があった。

彼はその帳面を、捨てなかった。

 

 

***

 

 

賠償と復興の計算は、方面軍の兵站部に降りてきた。

 

卓に就いたのは、アルブレヒト・フォン・ミュッケンベルガー中佐である。

計算を誤ると人が死ぬ、と言い続けてきた男が、どう計算しても取り返せない死の後始末を弾いていた。

式は解ける。損失は出る。

出た数字を戻す式だけが、この宇宙のどこにもなかった。

 

その計算の途中で、彼の目が、一つの記録に止まった。

 

民間救援の到着記録である。

焼け跡の港に、食糧と資材と医薬が着いている。

帝国の復興計画の、第一便より先に、である。

 

彼はその行を、三度読んだ。

 

速すぎる。

この規模の船荷があの辺境にこの日数で届く手配を、彼は職業柄、組めない。

帝国の兵站が組めない速度で、誰かの救援が動いている。

手配の主は、記録のどこにもいなかった。

 

彼はそれを、報告書に書いた。

備考欄である。

 

——民間救援第一便。手配主体不明。到着速度に重大な疑義あり。要照会。

 

三行である。

報告書は、正しく受理された。

その三行を、次の仕事に変える部署だけが、どこにもなかった。

 

 

***

 

 

焼け跡へ最初に届いた救援の船は、帝国のものではなかった。

 

船は名を名乗らず、荷には、同胞の互助、とだけあった。

医薬を配り、屋根を直し、代価を取らず、名簿を求めなかった。

名を差し出させない救いが、名を焼かれた土地にいちばん深く沁みた。

 

辺境の記憶には、こう刻まれた。

 

 

  帝国は、焼いた。

  名も名乗らぬ誰かが、救った。

 

 

 

賠償の帳簿は、帝国の手元に残った。

民心の帳簿は、別の誰かの手で、静かに付けられ始めていた。

 

その船荷の主の名を帝国が公式に知るのは、あと五年を待たなくてはならない。




重い話が続きましたので、本日22時に番外編「ユリアンとカリンの結婚式」を投稿します。

次回、本編は7月15日(水)20時更新予定です。
――数えられなかった名を、拾いに行く者たちがいる。次回、幕間『あなたが要る』
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