銀河英雄伝説・次代篇 ~英雄の残光~   作:銀河の灯守

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第二十六話 戦史再演・アスターテ星域の会戦(中編)(新帝国暦一九年秋)

【新帝国暦一九年秋 帝国軍士官学校・資料閲覧室 アレク】

 

三週間のうち、二週目が終わろうとしていた。

 

「――打てる手を、全部並べます」

 

クラインが卓に紙を広げた。

 

上から、書き出した。

 

 一、待つ

 

 二、正面から押す

 

 三、中央を突破する

 

 四、半包囲

 

 五、包囲

 

 六、記録の時刻表に先回りする

 

「六つです。上から潰します。残ったものが答えです」

 

 

***

 

 

「一。待つ」

クラインはその行を指した。

 

「何もしません。記録の中の第二艦隊は、〇五時〇〇分に、この宙域を離れます。……こちらが何をしようと、しまいと」

 

「去ったら」

 

「排除です。勝利条件、一。達成です」

フェリックスが口を開けた。

 

「……座ってるだけで勝ちか」

 

クラインは横線を引かなかった。

「ただし、加点はゼロです」

 

 

***

 

 

「二。正面から押す」

 

「二万で一万五〇〇〇を押します。押せます。艦隊は後退します。後退した先が、宙域の外です」

 

「加点は」

 

「ゼロです。押せば押すほど、離脱が早くなります。……早く勝って、加点を捨てる手です」

 

横線は引かれなかった。

 

 

***

 

 

「三。中央を突破する」

 

クラインは記録を呼び出した。

 

赤い塊が紡錘形に組み直されていく。

 

「史実です。ローエングラム伯はこれを選んでいます」

 

アレクは画面を見ていた。

 

 

***

 

 

フェリックスが身を乗り出した。

 

「待てよ。三つとも勝ってるじゃないか」

 

「勝っています」

 

「じゃあ、どれ引いても勝ちなのか」

 

「勝ちです」

 

「消えてねえぞ。一本も」

 

クラインは紙を見ていた。そして、白紙のままの余白を見ていた。

「……消せないんです」

 

「は?そりゃ、いいことじゃないのか」

 

「答えが出ません」

 

 

***

 

 

「四。半包囲」

 

「敵の片翼へ回り込み、逃げ道を一方向に絞ります。加点に、手が届きます」

 

「届くのか」

 

「届きます。……ただし、翼を伸ばした分、中央が薄くなります」

 

 

***

 

 

「五。包囲」

 

クラインは指を止めた。

 

「全周です。逃げ道をゼロにします。……離脱させなければ、指揮権限は切れません。加点を取れる手は、これしかありません」

 

「全周って、丸くか」

 

「球です。戦域図の上では円に見えますが、囲むのは球です。上も下も、裏も塞ぎます」

 

フェリックスが、椅子の背にもたれた。

 

「二万を球に貼るのか」

 

「貼ります。二十の区画に割って、一区画に一千隻」

 

 

***

 

 

「六。記録の時刻表に先回りする」

 

彼は端末を開いた。別の階層から、ファイルを一つ引き出した。日付が春になっていた。

「――アルテナ演習で棄てた手です」

 

フェリックスが動きを止めた。

 

「敵は記録です。応手しません。全機動の時刻表は、公開されています。何時何分に、どの座標で、艦隊が左右に分かれ、どの針路で逆進するか。……全部、分かっています」

 

「先回りできるのか」

 

「できます」

 

クラインは画面を三人の側へ回した。

 

「分かれる前の座標に、先に立ちます。分かれた両翼がこちらの砲門の前に自分から入ってきます。……成立します。数字の上では加点は満額です」

 

アレクは、その画面を見ていた。

「その手で加点を取ったとして――僕たちは、誰に勝ったことになる?」

 

クラインは、答えを持っていた。

春と、同じ答えだった。

「……『記録』に、です」

 

「そうだよね」

 

「じゃあ、棄てよう」

 

フェリックスが天井を仰いだ。

「もったいねえなあ」

 

言い方まで、春と同じだった。

 

 

***

 

 

「五にする」

アレクが言った。

 

クラインが、球の図を描いた。二十の区画に分けた殻で、敵を包む図である。

「全周を閉じます。二万で一万五〇〇〇を完全に囲みます」

 

アレクは、その図を見ていた。

 

「一つ、申し上げておきます」

クラインの指が、球の向かい合う二点を差した。

 

「囲みきると、こうなります。外から中心へ撃てば、射線は球を抜けて、向こう側の味方へ届きます。……全周を閉じたぶん、撃てる区画が、減ります」

 

「どれだけ」

 

「互いの射線が交わらないのは、二十のうち、四つだけです。四千隻。……残りは、撃てば味方に当たります」

 

卓が静かになった。

 

「四千で足りるか」

 

「足りません」

クラインははっきりと言った。

「囲みを緩めて射線を開けば、火力は出ます。ですが緩めれば隙間ができます……囲みきるか、撃ちきるか。どちらかです」

 

両方は取れない。

 

アレクは、その図を長く見て言った。

「……囲む」

 

「よろしいのですね」

 

「囲んで、時間をかけて削る」

 

クラインは、それ以上何も言わなかった。

 

「クライン。旧同盟軍の艦隊は、逃げたあと、どうなった」

 

クラインは記録を呼んだ。

「アスターテで壊滅した第四艦隊と第六艦隊の生存者に、新兵を加え、新しい艦隊が編成されています。司令官は、この第二艦隊で指揮を引き継いだヤン・ウェンリー准将」

 

「規模は」

 

「艦艇六四〇〇、兵員七〇万。通常艦隊のおよそ半分です」

 

「半分か」

 

「はい。……副司令官は、第四艦隊で善戦したエドウィン・フィッシャー准将」

フェリックスが、顔を上げた。

「で、その半分の艦隊は何をした」

 

クラインは次の記録を出した。

 

出して、少し黙った。

「……数か月後に、イゼルローン要塞を落としています」

 

 

***

 

 

アレクは、指示書の二行目を見ていた。

 

  二、敵残存艦隊の捕捉および撃滅。

 

勝敗には関係がない。加点は取らなくても勝ちである。

 

彼は、その行をしばらく見ていた。

「……この演習を組んだ人は」

そこまで言って、やめた。言わなくても、三人とも、同じことを考えていた。

 

 

***

 

 

第一艦橋は、夏と同じ造りだった。同じ寸法で、同じ待機灯が点いている。

違うのは、正面の主表示に浮かんでいる数だけだった。

 

二万。その向こうに、一万五〇〇〇。

 

  開始まで 一〇分

 

クラインは参謀席の端末を起動し、星図を呼び出した。そして、二度確認した。

 

「それ、さっき見ただろ」

 

「確認精度の問題です」

 

 

***

 

 

「発令する」

 

司令官席でアレクが言った。

 

「全艦隊へ。球殻展開。二十区画。目標、敵艦隊の完全包囲」

 

復唱が艦橋に満ちた。人間の声ではない。記録から合成された、練度データどおりの応答である。

 

二万隻が動き始めた。戦艦が二千、巡航艦が四千、駆逐艦が一万。母艦と特務艦が、その後ろにいる。

 

動くのは駆逐艦が先で、戦艦が最後だった。重い順に遅い。

 

重心の低い唸りが模擬の艦橋にまで再現されて、床を微かに震わせた。

 

「各区画、展開速度そろってます。綺麗なもんだ」

フェリックスが戦域図を見ながら言った。

「夏のあれとは、別の生き物だな」

 

「同じ帝国軍です。二十一年前の」

 

「そうだった」

 

 

***

 

 

  開始まで 〇分

 

主表示の一万五〇〇〇が、動いた。直進である。

 

「敵艦隊、進路変更なし。針路、記録どおり」

 

「右翼、増速」フェリックスが言った。

「殻の先端を、敵の側背へ。先頭の駆逐艦群、砲戦距離に入る前に位置に着け」

 

届いた。二万は曲がり、一万五〇〇〇は曲がらなかった。曲がる必要がなかったからである。

 

殻の縁が、退がっていく緑の外側へ、ゆっくりと伸びていく。伸びるのに、時間がかかった。二万とは、そういう数だった。

 

命令の一語が球の裏側へ届くまでに、間がある。届いた頃には、その先の状況が少しだけ変わっている。それでも届く。届いて、艦が動く。

 

「敵先頭、火力圏に入ります」

 

「撃て」

 

アレクの声だった。

 

主砲の斉射が、主表示を白く洗った。弾着まで、六秒。二万隻のうち、前縁に出ている戦艦が撃ち、その後ろの巡航艦が撃ち、駆逐艦は距離を詰めながら待っている。光の束が届いた先で、緑の光点がいくつか、膨らんで消えた。

 

斉射のたびに、床が震えた。本物を測って作られた、震動の記録だった。

 

「弾着、有効。敵前衛、崩れます」

 

「応射来るぞ」

 

来た。緑の側から光が返り、殻の一部が薄く明滅した。数字が流れる。損害、軽微。

 

「押してるな」

 

「押しています」

 

「向こうの応射、痩せてきたか」

 

「……痩せていません」

 

クラインは数字を見ていた。

 

「損傷艦を後ろへ下げて、無傷の艦で撃ち返しています。退がりながら、隊列を組み替えています」

 

 

***

 

 

  経過 一時間一〇分

 

殻は、四分の三まで閉じていた。一万五〇〇〇は退がりながら、撃ち返してくる。応射は正確で、最小限だった。誘いには乗らず、深追いもせず、こちらの弧が「そこにある」という事実だけを、淡々と処理していく。

 

クラインは、そこに一度だけ指を止めた。止めて、数字を見た。数字は、こちらの優勢を示していた。

 

指を、動かした。

 

「クライン。あと、どれくらいで閉じる」

 

「四〇分です」

 

 

***

 

 

  経過 一時間五二分

 

敵旗艦パトロクロスの光点に、被弾の表示が出た。

主表示の中で、一万五〇〇〇の動きが乱れた。

一瞬だった。一瞬で、戻った。

 

クラインは、記録の時刻表を見ていた。

 

「傍受」

 

通信士の席で、合成音声が言った。

 

「敵艦隊、全周波、平文。……暗号化、なし」

 

クラインは顔を上げた。

 

平文である。こちらに、聞かせている。

 

艦橋に、電子音声が出た。演習が始まってから、初めてだった。

 

『全艦隊に告げる』

 

二十九歳の声には、聞こえなかった。落ち着いてもいなかった。ただ、乾いていた。

 

『私はパエッタ総司令官の次席幕僚、ヤン・ウェンリー准将だ』

 

『旗艦パトロクロスが被弾し、パエッタ総司令官は重傷をおわれた。総司令官の命令により、私が全艦隊の指揮をひきつぐ』

 

そこで、一拍、間があった。

 

『心配するな』

 

『私の命令にしたがえば助かる。生還したい者は、おちついて私の指示にしたがってほしい』

 

『わが部隊は現在のところ負けているが、要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ』

 

音声が、切れた。

 

クラインは、その声を頭の中でもう一度聞いた。負けている、とこの男は言った。認めた上で、全艦隊に流した。暗号もかけずに、こちらに聞かれることを承知で。

 

なぜだ、と思った。

 

答えは出なかった。

 

殻の縁があと少しで閉じる。二万隻が一万五〇〇〇を囲もうとしていた。




次回、7月26日(日)20時更新予定。

――二万隻で囲んだ、はずだった。


次回、『戦史再演・アスターテ星域の会戦(後編)』
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