銀河英雄伝説・次代篇 ~英雄の残光~   作:銀河の灯守

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第二十七話 戦史再演・アスターテ星域の会戦(後編)(新帝国暦一九年秋)

 

  経過 二時間二〇分

 

閉じた。味方の帝国軍二万隻が、敵軍一万五〇〇〇を、球殻に囲んでいた。

 

見積もりより三〇分、遅れていた。

曲がれと命じてから、二十区画の全体が新しい位置に乗り終えるまでに何分もかかる。その何分かのあいだに、内側の艦隊は短い弧を先へ進んでいる。外側の艦は限界まで噴かし、内側の艦は速度を殺し、それでようやく殻は殻のかたちを保つ。

 

「閉じました。加点条件、成立範囲です」

 

「よし。全艦、砲門――」

アレクの声が途中で切れた。

 

主表示の上で二万の光点が球を作っている。

その内側に緑の塊がある。

 

外から内へ撃てば、射線の先に向こう側の味方がいる。

 

「……クライン。撃てる艦は」

 

「――四区画です。四千隻」

 

「……四千対一万五〇〇〇か」

 

「回します」

クラインは言った。

 

「撃つ区画を、順に入れ替えます。四区画が撃って退がり、次の四区画が上がる。五巡で、二十区画が一回りします」

 

「順番は」

 

「番号順です。第一から第四、第五から第八、以下同じ」

 

「回せ」アレクが言った。

 

回した。球殻の上を射撃の位置が移っていく。四千が撃ち、四千が退がり、次の四千が上がってくる。

 

撃っているのは五分の一で、残りは順番を待っている。

 

「第七区画、被弾。巡航艦二、脱落」

 

「継戦できます。……ただ、損害出ています」

 

 

***

 

 

  経過 二時間五〇分

 

「敵艦隊、分離」

 

合成音声が言った。

 

「左右に、分かれます」

 

主表示の中で、緑の塊が二つに割れた。

二つの緑が球の内壁に沿って走った。

 

走って殻の一点で合流した。

 

「集束します。一点に、敵艦隊が。第五。……いま、退がっている区画です」

 

「戻せ! 回転、止めろ! 第四、第六、横へ滑れ!」

 

フェリックスが叫んだ。

 

 

***

 

 

主表示の一点が、白く飽和した。

敵一万数千の斉射が、戻りかけているこちらの一千隻に集中する光だった。

飽和が引いたとき、そこに残っている光点は、まばらだった。

そのまばらな光点の、外側は、空だった。

球の一点が、破れた。

 

「第五区画、崩壊。敵艦隊、破孔へ――」

 

破れた一点から、緑が外へ毀れていく。

 

 

***

 

 

  経過 三時間二〇分

 

緑の塊が、外へ抜けていった。

判定の音声は、何も言わなかった。

 

 

***

 

 

  経過 三時間三〇分

 

敵艦隊は、星域から出ていかなかった。

 

「移動しています。ただ、外へ、ではなく――」

クラインが、途中で言葉を切った。

「――旋回です。大きく、弧を描いています」

 

記録で見た、あの二匹の蛇のうちの一匹だった。

 

「……輪だ」

フェリックスが言った。

「記録で見た、あれだ」

 

記録どおりの時刻に、記録どおりの艦が沈んでいく。

二十一年前の砲火が、記録の中から届いて、緑の光点を一つずつ消していく。

誰もいない戦場で、艦だけが律儀に死んでいた。

 

「クライン。この輪は、なんのための形だ」

 

クラインは、重ねた二本の航跡を読みながら、言った。

「双方の先頭が、双方の尾を撃っています。削り合いです。どちらも抜けられません。……この形が終わるのはどちらかがやめると言ったときだけです」

 

「つまり?」

 

「相手にやめると言わせるための形です。勝てない側から設計した終わらせ方です」

 

フェリックスが、口笛を吹きかけてやめた。

「……作戦提案書と同じ考え方か。なあ、いまなら、撃てるぞ」

 

クラインが言った。

「はい。敵艦隊は、まだ星域内です。捕捉および撃滅による加点は、成立可能です」

 

アレクは主表示を見ていた。

二十一年前の戦争が、そこで回っていた。誰もいない相手と記録どおりに削り合いながら。

「やめよう」

 

「はい」

クラインは、それ以上、何も言わなかった。

フェリックスが、椅子に背を戻した。

「……ま、そうだな」

 

 

***

 

 

  経過 四時間三〇分

 

輪が、緩んだ。

双方が呼吸を合わせるように、距離を取り始めた。

幽霊と呼吸を合わせて、一万数千が、退いていく。

 

 

***

 

 

  経過 五時間〇〇分

 

「敵艦隊、アスターテ星域より離脱」

 

「勝利条件、一。達成」

 

「同時に、戦闘指揮権限を終了する」

 

 

***

 

 

  経過 五時間一〇分

 

クラインは星図を引き、宙域の外を見た。

 

緑の光点が少数ながら残り散らばっている。散らばったまま動かない。

 

「止まっています。敵艦隊、離脱後、停止。散開して、動いていません」

 

フェリックスが主表示に近づいた。

「逃げないのか」

 

「逃げません」

クラインはそれ以上答えなかった。

星図の上で緑の光点がゆっくりと散っていく。

一隻ずつ。ばらばらの方角へ。隊形では、なかった。

 

フェリックスが途中で見るのをやめた。

いつもなら、ここで彼は何か軽口を言う。

自分や誰かの肩の力を抜くために。

ただ今日は、何も言わなかった。

 

 

***

 

 

  経過 六時間二〇分

 

「判定」

 

天井の声が言った。

 

「制限時間内における、アスターテ星域からの敵艦隊排除――成立」

 

「勝利」

 

主表示の光が一斉に止まった。

二万隻が、無傷に近い形でそこに浮かんでいた。

囲んだ形のまま、止まっていた。

 

「……勝ったんだよな、これ」

 

 

***

 

 

【新帝国暦一九年秋 帝国軍士官学校・統合演習棟 アレク】

 

演習室の照明が、戦域図の色から、昼の色に戻った。

三人は立って、ブーフナー教官の前にいた。

その後ろに、もう一人立っていた。

 

「判定を確認する」

ブーフナーは端末を持っていなかった。

「勝利条件、達成。損害、自軍五〇〇、敵軍一七〇〇。――以上」

 

沈黙があった。

 

「一点、確認する」

 

ブーフナーが言った。

 

「〇三時二〇分から〇五時〇〇分まで、敵艦を攻撃すれば、さらなる加点条件の成立が可能であった。判定記録は、貴官らの艦隊が射程内に待機したまま、攻撃命令を発しなかったことを示している。……理由を述べよ」

 

アレクは、立った。

「……撃ちたく、ありませんでした」

 

間があった。

 

「本演習に、敗北条件は設けていない。設けようがないからだ。諸君が演習の席に着いた時点で、この会戦の帝国軍の勝利は確定していた」

 

戦域図が消え、二行が並んだ。

 

  銀河帝国軍側   判定・勝利

 

  自由惑星同盟軍側 判定・勝利

 

フェリックスが顔を上げた。

 

「……両方ですか」

 

「両方だ。同盟軍側の勝利条件は、艦隊の保全および離脱である」

 

旧同盟軍出身の教官のダグ・オルセン中佐が、前に出た。

アレクは顔を上げた。

 

「演習の最後の約一時間で、何が起きていたかを言う」

 

「敵艦隊は散開した。隊形を解いて、一隻ずつ、ばらばらの方角へ動いた。……あれは、逃走ではない。収容だ。第四艦隊と第六艦隊の残存兵を、拾っている。戦場を回っている。実際は、本演習の再生時間終了後も、収容作業は続けられた」

 

彼は、一度間を置いた。

「私はあの最後の一時間に拾われた」

 

誰も、何も言わなかった。

「以上だ」

 

オルセンは、背を向けた。扉まで歩き、出ていった。

 

 

***

 

 

【新帝国暦一九年秋 帝国軍士官学校・資料閲覧室 アレク】

 

消灯時限まであと一時間。閲覧室に人はいなかった。

 

アレクは最奥の卓に座り、端末を一台だけ起動した。請求番号を打ち込む。

アスターテ星域会戦、銀河帝国軍、旗艦ブリュンヒルト、艦橋記録。

再生を始めた。

 

撃て(ファイエル)

 

若い声だった。式典で、記録映像で、肖像の下の音声で、何度も聞いている。

二十歳の声である。

 

時刻を送った。第四艦隊戦。

 

『無能者め、反応が遅い!』

 

アレクは、再生を止めなかった。

 

第二艦隊戦。

 

『敵艦隊、全周波で通信。平文です』

 

『平文だと?』

 

『傍受、可能です。……お聞きになりますか』

 

『流せ』

 

そして、あの声が出た。

昨日、艦橋で聞いたばかりだった。

 

『……わが部隊は現在のところ負けているが、要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ』

 

彼が生まれる一年前に死んだ男の、声だった。

音声が、切れた。

艦橋記録は、続いていた。

 

『――ずいぶんと大言壮語を吐く奴が叛乱軍にもいるのだな』

 

父がそう言った。

 

『……ふむ、まあいい、おてなみ拝見というこうか、キルヒアイス』

 

そして、次の命令に移った。

 

アレクは時刻を送った。会戦の終わりである。

 

『やるじゃないか、なかなか』

 

そして少し間があった。

 

『――なんと言ったかな』

 

一拍。

 

『ヤン准将でした』

 

『そう、ヤンだ。その男におれの名で電文を送ってくれ』

 

それきりだった。記録はそこから四十分続いた。四十分のあいだその名は一度も出なかった。

 

 

***

 

 

アレクは記録を閉じた。

閲覧室は、静かだった。消灯まで、まだ少しある。

 

「ヤン・ウェンリー」

 

声が出た。

閲覧室には、他に誰もいなかった。




次回、【番外編】不敗の魔術師(vs ヤン・ウェンリー)。
三度目の、不思議な夢の話。
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